04:トール、地下迷宮の遺産。
2話連続で更新しております。
ご注意ください。
俺はトール。
シャンバルラ王国の王都シャーハリーに向かう途中のオアシスで、謎のセーラー服少女に出会った。
生意気そうな猫目の美少女だが、そうとうな変わり者だ。
名前はマキ。
そいつが単身でシャンバルラ王国の国境を越えようとしていたから、俺が引き止め、共に地下から行こうと言う事になった。
「おい、降りれるか?」
「ふん。こんなのちょろいわ」
マキは水の引いた井戸に飛び降りた。
あまりに軽々降りるので、本当に異世界からやってきた少女なのかと思う。
俺も彼女のすぐ側に降り立ち、周囲の空間を分析。
レンガの向こう側に通路がありそうな場所はすぐに分かった。
「ここだ。この向こう側に、道がある」
「どうやって行くの? この壁ぶっ壊すの?」
「アホか。そんな事してトラップ発動したらどうする」
「そんなの発動しても、正面から粉々にしちゃえば良いじゃないのよ。何だって」
「お前……」
力押しタイプって奴か。
真顔で言っているこいつが怖い。
俺はマキの言う事を無視して、この壁を開く仕掛けを捜した。
空間把握能力があれば、どこをどうすれば良いか自ずと分かって来る。
「あ、あった」
右斜め下の窪みをみつけた。
そこに僅かな魔力を感じる。
俺は自分の魔力をその流れに合わせて、窪みに触れる。
これを更に押すと、どうやらこの井戸の底が抜けて、針山に落ちるっていうベタなトラップらしい。
粘着性のある小さな空間を作って、窪みに押し当て、引っ張り出す。
そう簡単には取り出せない、長いレンガが出て来た。
すると、魔力を持ったレンガがガラガラと崩れ、人一人通れる入口が開いて行く。
「あら、穏便。“ひらけごま”よりずっと」
「魔力のある程度ある奴しか、入れない様になってるんだな」
奥の方でゴウゴウと、深い低い音が響いている。
何の音だろう。
俺とマキは周囲に警戒しながらも、暗い道を行く。
ふっと、目の前が明るくなったと思ったら、マキが懐中電灯を照らしていた。
「お前そんなもの持って来たのか?」
「ええ。ソーラー充電式よ。途中で切れちゃうかも」
「はああ〜……準備が良い事で」
まるで、異世界にやってくるってことを、あらかじめ聞いていたかの様だ。
その光で分かった事なのだが、やはりこの通路は人工的に作られたトンネルの様で、アーチ状に固い物質で固定されている。
とても古いものの様で、劣化している所もあったが、それでも今まで地下の空間を保ち続けたんだから、並大抵の技術じゃない。
シャトマ姫も言っていたが、これはやはり、超古代文明の遺産らしい。
「あ、広い通路に出るみたいよ」
「……」
地図にある通り、砂漠を横断する太い空洞がある。
それがメインストリートって奴だ。
そこから小さな通路が根っこの様に広がって、あちこちの入口出口に繋がっているのだが、シャトマ姫ですら、全てを把握している訳ではないと言っていた。
メインストリートは分かりやすいのだが、それ以外の通路はあまりに入り組んでいて、調査員を送っても帰って来ない事の方が多いとか。
もう少し時間があったら、俺がこの地下迷宮の全貌を解き明かすのに。
「お前、怖くないのか?」
「何が?」
「何がって。こんな暗い通路……普通の女は怖がるぞ」
「怖くはないけど、変な感じはするわよね」
「……」
彼女は冷静に、でも警戒している風だった。
「あ、懐中電灯、切れた」
「え」
突如真っ暗になる空間。
「お前、早すぎるだろ」
「だってだって、いつも鞄に入れてたんだものっ!」
「ソーラー式だって自分で言ってたのに、普段充電してなかったのかよ」
「だってだってだって」
パニックになる俺たち。
しかししばらくして、マキの持っていた槍にはめ込まれていた石がボワボワと光る。
周囲は懐中電灯の光で照らされている時より、広範囲が伺える様になった。
「わ、これ、こんな便利な機能があったなんて」
「お前自分のだろ。ていうか、それ、何なんだ? どこで手に入れたんだ」
「うーん、なんて言ったら良いのかしら。ちょっとした敵が、持っていたっていうか。最近手に入れたんだから」
「敵? 盗賊とか? 奪ったのか?」
「ううん、貰ったの」
「……?」
意味不明である。またマキも、まともに俺に説明する気が無い様だ。
かなり電波な女に見えるな。
「それにしても、不思議な魔力に満ちた場所ね」
「マギ粒子だよ。良質なものだが、古いな」
「……マギ粒子」
マキがポツリと、呟く。
マギ粒子とは魔力を構築する要素の事だが、様々な種類がある。
西の大陸に沈殿しているのは、悪質なマギ粒子で、人間はそれに触れたり体内に含むだけで体調や体に支障をきたすレベルだとか。
しばらくして、マキの持つその槍の石の光に反応したのか、周囲のマギ粒子が騒いだ。
石の周囲に集い、濃密度な魔力を形成している。
妙な魔法道具であるのには違いない。
光を頼りに壁に触れ、探る。
とても古いのに、現代のメイデーアの技術では造り得ない素材と構造をしているのが分かる。
何だろう。ザワザワと、自分の奥の方にある何かがくすぐられる。
「ほら、トール。先へ進みましょうよ」
「あ、ああ」
マキに呼ばれ、メインストリートをシャンバルラ王国の方面に進んでいく。
所々に横道がある様だが、それらを覗く事は許されない。
気になるけどな。
「!?」
しかし、ただメインストリートを進んで行けばよかった俺たちの道中は、ある困難に見舞われる。
突如として、天井が落盤し、道が塞がれていたのだ。
「ああ。ダメだこりゃあ。もらった地図にこんな落盤、無かったのにな。まあ、地図も去年のものだしな」
「でも砂漠の砂、入って来ないのね」
「この壁は修復魔術が施されている。古いものが剥がれれば新しい壁が出てくるって仕組みらしい。その術式が何らかで狂えば、もう修復すらされないんだろうけどな」
「ふーん。あんたの魔導要塞みたいね」
「……」
なぜこいつは、俺が魔導要塞を使える事を当たり前に言ってくるのだろうか。
そもそも、なぜ知っているのだろうか。
マキはぽっと口に出してしまったその事に、気がついてさえいないが。
「仕方が無い。回り道をしよう。地図には横道から再びメインストリートに出て行く道もあるようだ」
「へええ。迷宮探索って感じじゃない。大通りつっきるより、面白そう」
「あのな。遊びじゃ無いんだぞ」
「で、どっちに行けば良いの?」
マキは聞いちゃいない。
俺は少しばかり周囲の空間を探り、ある横道を選んだ。
横道に入るととたんに迷うぞ、とシャトマ姫に言われていたが、仕方が無い。
メインストリートより、地面の荒さが足の裏に伝わって来る。
「ね、ね、ねえトール」
「ん」
マキが俺の袖をガシガシ引っ張った。
キューブ型の立体魔法陣に記される周囲の空間情報を気にするばかりに、目の前をあまり見ていなかったのだが、マキの慌てた声で顔を上げる。
「あ、あれ……」
「……」
ズン……ズン……
意識すればする程良く聞こえて来る、足音のようなもの。
しかし重く鈍い音だ。
だんだん、だんだん大きくなる。
「……え」
姿を現したのは、天上に頭をこすりつける程の大きな大きな、岩の巨人。
「……まさか、巨兵か?」
そいつは手に持つ大きな岩の剣を振り上げ、機械音の混ざった謎の音を発した。
それは知らない言語だったのに、俺にはそれが、理解できたのだ。
『シンニュウシャ ハイジョ』
理解できたとたんに、こいつが俺たちを亡き者にしようとしている事も理解できた。
急いで剣を抜き、魔法を構築しようとしたが、俺が何かをするより早く、目の前を一直線に駆ける紅の光を見る。
マキだ。
彼女は真っ赤な槍を大きく振るって、目の前の敵を一撃で粉砕。
文字通り、それはまるで積み木で出来ていたんじゃないかと思えるくらい、あっけなく崩れた。
岩の崩れ落ちる大きな音と、土煙に包まれる。
「なによこいつ、手応え無いわね」
「……」
マキは崩れた岩の上に立ち、槍でそれをつついて面白く無さげ。
俺は、ぽかん、と。
「今、お前、何したんだ?」
「何って。これを壊したのよ。壊れる様に命令したのだけど、ちょっと触れた所から壊れちゃうんだから、脆いわよねえ」
「……命令?」
「そ。巨兵壊す時は、“全壊よ”って命令すんの。だって、頭のラクリマだとか、背中に連なる術式壊せって言われても良く分かんないし」
「……お前」
彼女の手からは、血が流れ、赤い槍をいっそう輝かせている。
ぺろり、と手のひらの血を舐める彼女が、嫌に印象的で、目が離せなかった。
マキは、巨兵の壊し方を知っている。
なぜかと尋ねると、彼女はこう言った。
「前に壊した事がある」
それだけ。何だそれ。
女子高生が言う言葉じゃねえぞ。
こちとら巨兵一体倒すだけで結構苦労してるって言うのに。
「でも、これ、巨兵の手応えじゃなかったわよ」
「……現代の巨兵じゃない。文字通り、ゴーレムだ。おそらく遥か昔のな」
「遥か昔って、超古代文明の?」
「……」
ここが、超古代文明に作られた地下通路だと言うなら、あり得る話だ。
砕けた石には、古代文字で術式が直接刻まれていた。
かなり細かく。
そう言えば、前に銀の王が言っていた。最初は、石や砂からゴーレムを作っていた、と。
このゴーレムは地下空間で眠っていたんだろう。
だが、シャトマ姫はゴーレムの事なんて何も言ってなかったが……
考え事をしながら、しばらく進んだ。
「あ、ねえトール、見て!!」
マキが再び、俺の袖を引っ張った。
顔を上げ、彼女の指差す方を見ると、先ほどのゴーレムと良く似た形のへこみがある。
「もしかして、さっきのゴーレム、ここから出て来たって事か?」
「何かがきっかけで、動き出したのかもしれないわね。何かしら」
「……」
ゴーレムの形のへこみの周囲には、壁画が描かれていた。
樹を模した図に、古代文字と術式が枝葉の様に組み込まれている。
その頂点に横を向いた一人の神が居て、樹の根元には様々な形のゴーレムが並んでいる、奇妙な絵だ。
ゴーレムが動き出した、きっかけか。
何だろうか……
俺の存在だろうか。
それとも、隣に居るこいつの持っている、この謎の槍か……あるいはこいつ自身か……
そもそも、こいつはいったい、何なんだ?
根本的な疑問。マキに対する興味が大きくなっていく。
「あ、何かある」
「……?」
マキが不用心に、ゴーレムの形をしたへこみに近寄った。
なんと、そのへこみの奥に、複雑な模様を持った扉があったのだ。
マキがそれをつついたり、叩いたりしても、微動だにしない。
「ねえトール。開かないんだけど」
「開けろって言いたいのか」
「だってあんた、さっきも井戸の中で何かしてたじゃない。きっと、カラクリよカラクリ」
「……」
マキは魔法は使える様だったが、基本的に考える事は嫌いな様だった。
俺は仕方が無く、その扉に手を当て、奥の空洞が何なのか、確かめようとする。
「……この壁の向こう側……開けた部屋が一つあるな。寄り道になりそうだが……」
「開けてみましょうよ」
「……」
シャトマ姫には、何か気になるものがあっても、寄り道はするなと言われていた。
キリが無いから、と。
しかしマキは興味津々と言う様子で、俺を見上げている。
開けて、開けて、開けて……そういった視線だ。
「開けて……開けて……開けてよトールっ」
そしたら呟き出した。
これはまいった。
「分かったよ。何が出て来ても知らんぞ。大量の蛇が出て来ても、サソリが出て来てもな。ミイラとかあっても泣き叫ぶなよ」
だいたいこの手の部屋は罠だったりする事が多いんだけどな。
マキは「あんたの後ろに隠れてる」と言って、俺の背中にぴったりくっついたまま、顔を覗かせるだけ。
俺は盾か。
仕方が無いが、なぜか俺はこいつの頼みを断る事が出来ない。
俺はその扉を開く方法を探してみた。