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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第五章 〜シャンバルラ迷宮編〜
236/408

02:トール、オアシスにて見知らぬ女と出会う。

二話連続で更新しております。

ご注意ください。



「安心しろ。お前が死んだら俺が祝詞を読んでやる。そして柩にぶち込んで聖域の肥やしにしてやる。光栄に思えよ」


「……てめえもテンションに身を任せすぎて死ぬなよ。シャトマ姫に褒めてもらえないぞ」


「て、てめえ、この、死ね!!」


エスカの言う事は半分“可哀想な子の言ってること”と思って聞いてあげるといいよ、とユリシスに教わった。それから俺は、こいつの言うことを軽く受け流せるようになった。

ありがとう流石賢者様。助言が的確だぜ。


「トール様は他の魔王クラスの方に比べ、何かと怪我してるので、まあ心配がないわけではないのですが……」


「レピス……お前は本当に素直じゃないな」


「必要性が無いので」


レピスはそう言って、ぺこりと頭を下げた。

手厳しいが、少しは心配してくれているのかと思うと、まあまだ……一応ご先祖様ですよ、俺。


「トールさん、頑張ってください。お体には気をつけて……ください。無茶はしないでくださいね」


レナはやはり、この中じゃ一番一生懸命に俺を心配してくれていた。

痛み入るぜ。


「レナも、あまり、気に病みすぎるなよ。ゆっくり、しっかりな」


「……は、はい」


彼女は二度ほど頷いて、引き締まった表情をした。

昨晩の戸惑いからは、少し立ち直ったようだった。


俺はその後、シャトマ姫から魔導回路経由で届いた地下迷宮の立体地図を元に、バロメットロードを一度南下し、シャンバルラの兵士たちの目の届かない場所まで向かった。

砂漠の下に地下迷宮があるなんて意味不明だと思うが、その地下の空洞はここら一体が砂漠になる前に作られたものらしく、堅い壁に覆われた妙な空洞になっているらしい。

要するに随分な古代地下通路なわけだ。




二日ほど移動した。

バロメットロードを少し外れたところに、そこそこの大きさのオアシスを発見した。

地図にもそのように書かれていたのだが、無人のオアシスらしい。

そのオアシスで少し休んだら、すぐに地下へ向かうことになる。


「……ふう。あっちい」


寒いのは得意だが、暑いのは苦手だ。

食料などの必要なものは全て、自分の収納空間に押し入れているから、何事にも困ることは無いが。


オアシスにはヤシの木が茂っていて、以前は人の住んでいた跡が見られる。

商人などはここにしばらく滞在したりしていたのだろうが、最近はわざわざバロメットロードを通って貿易したりしない。海と空が基本だ。

砂漠の商人や、砂漠の民というものは消えつつあるのだとか。


オアシスを見て回りながら、いつかオアシスの魔導要塞など作ってみようかと思って、空間を確かめていた。木の質感を調べたり、地面の強度など。


ヤシの木の間からチラチラと見えるブルー。

俺はすぐに、浮き足立って、そちらに向かった。

泉があるに違いないと思った。


二日も埃にまみれたもんだから、水浴びも悪くない。そう思った訳だが……


「……」


あまりに予想外のものを目にして、俺はしばらく呆然と立ち尽くした。

流れる緩やかな赤みのある黒髪に、白い肌……背中だ。

未熟な様でどこか完璧にも思える肢体を象るライン。細身ながらに見事すぎる胸元。

ふっとこちらを振り向いた、そいつ。


黒目の大きな、目尻の少し釣った印象的な瞳。赤く小さな唇。

でも愛らしさもある顔立ちだ。


分かっていた。

それが例え、偶然だったとしても、俺は今見てはいけないものから目を逸らせずにいる。

水浴びをしているその“少女”から。


紅。


彼女のどこにも、そんな色は強調されていなかったにも関わらず、彼女はどこか紅の色を予感させた。


「……」


「……あ」


はたと、目が合った。

その少女も、ヤシの木の間に立ち尽くしている俺に気がついたのだ。

最初、彼女はとても驚いた様子で、その目を見開いて俺を見つめていた。

だけど、そのうちにみるみる頰を染め、両手で胸元を隠して泉の中に肩まで沈んでしまった。


「あ……っ、す、すまない。覗いた訳じゃ無いんだ! たまたま、たまたまここに立ち寄って。……誰も、居ないと思ってたから」


慌てて反対側を向いて、謝罪。

そのまま、その場から去ろうと思った。


しかし、そのうちにクスクス笑う声が聞こえて来る。


「ふふ、あはは。あーあ、びっくりした。いえ、ごめんなさい。変なもの見せちゃったわね」


「……いや、変なものっていうか」


ありがたいというか。


「私が勝手に水浴びしてたのが悪いんだもの。だって、ここら辺暑くって。砂埃にまみれていたから」


「……」


「あ、ちょっと待ってちょうだい。今、着替えるから」


彼女はそう言うと、水音をたてて泉から上がり、そのうちに衣服を着始めた様だ。

しゅるしゅると衣擦れの音がする。


「できた!」


彼女はそう言うと、ひょこっと俺を覗き込む様にして、後ろから。

意味ありげに微笑む彼女は、まだ濡れた髪から雫を垂らし、どことなく艶めかしい。


15、16歳程の娘だ。よくよく顔を見ると、実に美しい顔立ちをしているのが分かる。


「あんた、旅の人?」


「……ああ、トールだ。トール・サガラーム」


「ふーん。ふふ」


なぜか彼女は笑った。俺の名前なんて、東の大陸じゃあ定番中の定番なのに。

ふと、彼女の着ていた衣服に、俺は目が止まった。

それはどう見ても、地球の、日本の学生の着ているセーラー服に他ならない。


紺色に、赤タイの。これもまた定番中の定番の。


「……お前」


思わず、ぐっと表情に力が入った。


「お前、もしかして異世界の者か?」


「……まあ、そうかもね?」


少女は少しだけ考えて、コクンと頷いた。何故か疑問系。


「なぜ曖昧なんだ。……お前、それ、結構重要な事だぞ。名前は?」


「私? 私は……うーん……」


「……?」


彼女はまた考え込んだ。

大丈夫かこの女。


「私は、マキ。そうね、ただの、マキよ」


「……マキ」


何故だろうか。

名前を聞いた時、凄く懐かしい響きだと思った。

マキという少女はセーラー服から覗く白い細足を惜しみなく晒し、太ももから流れる雫を、手に持っていたタオルで拭き取っていた。


ふっと先ほどの、入浴姿を思い出し、思わずゴホンと咳払い。

煩悩を捨てねば。


「マキ、お前はこんな所で、いったい何をしているんだ? 娘が一人でいる所じゃないだろう。もし、異世界からやってきて行く当てが無いなら、俺からフレジール王宮に保護を申請してやるが……」


「保護? あはは、別にそんなの必要ないわよ。私、今からシャンバルラ王国へ行くの」


「シャンバルラに? なぜ?」


「助けたい子が居るの」


「助けたい子?」


「ええ。ちょっとね……」


彼女は肩を上げ、木の隅に置いていた荷物の方に、タオルを放り投げた。

荷物の側には、赤く鋭い杖の様な……長い槍のような何かが。護身用か?


どうにも不可解だった。

俺の中で、異世界からやってきた少女のイメージはレナの様な娘で、こうも堂々としていて勝手に動いている少女と言うのは、奇妙な感じがする。


「じゃあ、私行くわ。シャンバルラの国境は物騒だけど、もう正面突破するしか無いわね」


「お、おい。なんて無茶な。お前の様な小娘にどうこう出来るもんじゃないぞ」


「あーら、私ってこう見えて、結構強いのよ」


顎を突き上げ、ニヤリと笑う彼女。

とても強そうには見えないが、例えこいつが凄まじい猛者でも、今あの国境を正面から越えられると困る。

エスカたちの作戦に支障が出かねない。


「お前、わざわざ正面切って行く必要は無いぞ」


「あら、何で? 私、シャンバルラの王都シャーハリーに行きたいのよ?」


「ああ。俺も丁度、シャーハリーに行く予定だ。……地下迷宮を進んでな」


「地下迷宮?」


マキは目をパチパチとさせ、眉を寄せた。

何それ、と言いたげに。


「知らないのだろう。俺も良く分からないが……この砂漠の地下に、古代の地下通路と言うものがあるらしい。シャンバルラへ繋がっているから、そこからシャーハリーへ向かう。お前も、どうしてもシャンバルラへ行くと言うなら、連れて行くが」


「……」


マキは少々困った様な顔をした。

そこらをうろうろして、顎に手を当て、ちらりとこっちを見ては、またうろうろ。


「何を迷っている」


「いや、別に」


「正直に言うと、お前に正面突破をされると困る事態になる。俺の仲間が、国境辺りで少しな」


「……」


マキは「へえ」と言うと、突然、その場にぺたんと座り込んだ。


「お、おいどうした。大丈夫か?」


何事かと思って近寄ると、彼女から「ぐうぅ……」と、腹の鳴る音が。

電池切れか。


「も、もうダメ……」


「何だお前、腹減ってんのか?」


「だって、だってもう食料無いんだもの。昨日からここに生えてる果物しか食べてないわ。果物なんて水よ。お腹に溜まんないわよ」


「……」


マキは腹を押さえ、物欲しげな瞳で俺を見上げた。


「……なんだ、飯をくれって?」


「恵んでって言ってるの。かっこいい人」


「調子いい事言いやがって。はあ、別にいいけどよお」


「ご飯くれたら、あんたの言った通り、地下からシャンバルラに行っても良いわよ」


「……」


お願い、お願いと言う様なおねだりの視線は実際かなり威力があるが、俺としては、何でもかんでもこの少女のペースに乗せられている気がして、元黒魔王の名が泣くな、と。

何故だろう。こう言った感じの会話や関係に、ふっと懐かしさを感じるのは。


「……まあ良いけど」


「やったあ!」


マキはさっきまでへなへなとしていたくせに、ぴょんと飛び上がって、木陰の休みやすい場所まで走って行って、「さ、あんたも」と俺を呼んだ。









「……お肉……お肉……っ」


「ハムだけどな」


「充分よお!」


収納空間から厚切りのハムと少し固いパンを取り出し、パパッと挟んでマキに手渡した。

もっとこだわったものが出来れば良いんだけど、なんせここは暑いし、俺もさほど料理は出来ない。


だけどマキはたまらない御馳走でも頂いた様に、それを手に取って大きく頬張った。


「うう〜お肉おいしいよ〜っ。やっぱり人間は美味しいもの食べないとダメね」


「……」


最初のミステリアスな印象からは、かけ離れた大げさな喜び様。

幸せそうに食べるその姿からは、なかなか目を逸らす事が出来ず。


「あんたは食べないの?」


「あ、ああ。食べる食べる」


俺もようやく、自分の分の食事を始めた。

俺としては、そこらにあった果物や水のほうがよほど体に染みたが。

マキが足りないと言う様子だったので、俺はもう一つ同じ物を作って与えた。

レナやレピスは小食だからな。変な感じだ。


「うーん、おいしいおいしい」


「お前、見た目の割に食べるな〜」


「食べ盛りなのよ。あっちもこっちも、まだまだ成長すると思うし」


「……」


あっちもこっちも、まだまだか。ふーん。

って、煩悩を捨てろって言ったのに、思わずチラ見してしまう、セーラー服の胸元と、短いスカートから覗く素足。

俺って馬鹿だなあ。


「……」


一抹の不安が頭をよぎったのは、どれほど時間がかかるか分からない地下迷宮の旅の間、俺の収納空間の食料がどのくらい持つかなって言う……

いや、かなり詰め込んで来たから、おそらく大丈夫だろう。いざとなったらフレジールの魔導回路に同期している空間に、食料を送ってもらうしか無い。


本当、魔導要塞って便利。これに関しては要塞のよの字も関係ないけど。


「空間魔法ってこう言うときに便利よね。あんまり利便性良くないって思ってたけど、冒険するとなると荷物を手ぶらで持ち運べるのは随分良いわよね」


「お前……空間魔法に詳しいな。どこかで見た事、あるのか?」


「え? ええ、ま、まあ。……ちょっとだけ?」


彼女はまた濁す部分がある様だった。

まあ初対面だし、さほど探る必要も無いと思ったが、空間魔術は俺以外にはトワイライトの一族の専売特許で、広く使われている精霊魔法とは違う。

こいつ、いったいどこで、見たんだろう……



あ、まただ。

少しだけ、脳裏をよぎったものがある。


やはり曖昧な、目の端に移る程度の“紅”の何かだ。



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