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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第四章 〜王都血盟編〜
234/408

+:???、世界の法則。

7話連続で更新しております。

最新話は「47:ユリシス、白魔術師たちの攻防。」からとなります。

ご注意ください。







「ねえ、狩野先生。……ちょっと外出しても良いかしら」


翌日の事。

私はノートを小脇に抱え、セーラー服を身につけ、彼に尋ねました。


彼は目を細め「かまわない」と言っただけ。


「お金」


「……」


そして、ちゃんとお小遣いもくれました。

ああ、凄い。日本の諭吉だわ!! しかも二枚も!!


「あんたはどうするの?」


「……俺は、やる事がある。お前一人で、勝手にどこへでも行け」


「……」


彼は相変わらず冷めた態度でそう言うと、私をリビングに残し、別の部屋に籠ってしまいました。

まあ、奴がそう言うなら、好きにしましょう。







どうやら、私たちが居たのは東京の多摩方面の、森の中だったみたい。

狩野先生、隠れる様に住んでいるのね。


すぐにバス停を見つける事が出来て、そこから何とか駅に向かい、そして、中央線に乗りました。


懐かしい……電車に乗ってるわ、私。

前はいつも乗っていたのにな。


スーツ姿のおじさんや、若いお母さんと小さな子供、おしゃべりに夢中のおばさんたち。

皆、現代日本人が当たり前に着ている服を身につけ、電車に揺られています。

そりゃあ、ドレスや何やらは、ここではただのコスプレです。


当然の景色だったはずのそれを、私はもの珍し気に見ていました。


電車を乗り換える前に、一人で早めの昼食を食べる為に駅を出たのですが、駅前にて、必死な形相で何かを訴えている女性に、一枚のチラシを手渡され、私はそれを何となく見ました。


「……!?」


それは、娘が行方不明になっていると言う内容のチラシでした。

情報を求めている、と言う。


「……レナ……」


写真に映っているのは、紛れもなくレナでした。

そう、この地球では、あなた平玲奈たいられなって言うのね。


「……」


再び、チラシを配る女性の方を振り返ります。

前にレナに聞いた、彼女と母の確執を思い出しながら。


「レナ……お母さん、こんなに頑張ってあなたの事、探しているわよ」


確かに厳しそうな、きっちりとした姿の女性でしたが、それでもレナの事をこんなに一生懸命探しているのです。母親として、娘を……


でも、レナはこんな事、知らないのでしょう。

彼女の母親だって、まさかレナが異世界に行ってしまったなんて、思ってもみないでしょうね。


私は切ない気持ちを抑え、そのチラシをポケットにつっこんだまま、その場を去りました。











昼食をがっつり食べ終え、その後、私は自分たちが住んでいた地域へ向かいました。

体が勝手に、帰り道を覚えています。帰り道……って言って良いのか分からないけれど。


「おお」


私の住んでいたアパートは、まだそこにありました。

変わらずボロですが。


「うわあ〜……なっつかしい」


織田真紀子は辛抱強かったんだな。あんなボロくて小さなアパートに住んでたんだから。

転生したら貴族のお嬢様って、今思うと凄い事だったわね。


それほどそこに留まる事無く、私はその場所から通学する感覚で、透の住んでいたマンションへ向かいました。

透が私を迎えにくる事の方が多かったのですが、まれに私が迎え居に行く事もありましたから。


とは言え、そのマンションも相変わらずで、やはり懐かしいと思っただけ。

まだ、彼のご両親はいるのかしら。透が居なくなって……どう思ったんだろう。

あいつは両親と不仲でしたが、でも、息子が死んだら悲しいでしょう……?


ふっと、デリアフィールドの両親の事を思い出してしまいました。

マキアが死んで、あの二人は……いったい……。


「……っ」


ダメだダメだ。

泣きそうになる。


私はその場を足取り早く去って、今度は由利の家へ向かいました。



「ああ。相変わらず豪邸だこと」


由利の家は、門から造りが違いますね。流石。

綺麗に整えられた竹林の庭が、囲いの向こう側に見えます。


私はそれを、遠くから見ていました。


「……!?」


門から由利のお母さんが出て来て、私は慌てて、曲がり角に隠れます。


「……」


由利のお母さんは、相変わらず美人で、薄い紫色の着物を着ていました。

でも、やっぱり……少し痩せたかしら……


由利は私たちの中で、一番家族と仲良くやっていました。

由利のお母さんだって、私と透にいつも良くしてくれて。夕飯に呼んでくれたり、お弁当を作ってくれたり、お惣菜を持たせてくれたり、本当にお世話になった。


「……ごめんなさい、おばさん……」


思わずそう呟いて、私はその場を去りました。


確かに、この地球にも確かに、私たちは居た。

それを思い知らされました。








そして、最後にやってきたのは、私たちが通っていた高校でした。

ここの制服を着ているので、違和感は無いでしょう?


ちょうどお昼休みの時間で、皆あちこちうろうろしているし。


「……」


私はこそこそと学校に侵入して、懐かしい場所へと向かいました。

そう。前世懺悔同好会のあった、あの使われていない美術準備室です。


狩野先生に聞いたのだけど、私たちは“行方不明”って事になっているんですって。

まあ、あいつが私たちを殺した跡を、わざわざ残したりはしないわよね。


別館の静かな廊下を歩き、あの部屋へ向かいます。

既に懺悔同好会と書いた紙は剥がされているけれど、そっと扉を開いてみると、鍵は開いている様でした。


「あら……不用心ね」


まあ、こちらには都合が良い。

そう思って、懐かしいその部屋へ入りました。


しんとした空気の中、午後の日差しに照らされた埃が、ゆっくりと舞っているのが見えます。

使われなくなった石膏像や、牛骨、画材なんかが、私たちのいた時よりは整えられている気がして……


よく使っていたホワイトボードは、そのままあるみたい。


「……何もかも懐かしいわね。ここで、あいつらと愚痴ばっかり言ってたのよね」


木製の、ぼこぼこした傷だらけの机を撫で、私はしばらくその場に留まっていました。

しかし、休み時間のチャイムが鳴って、ハッとします。


「……ダメね。そろそろ、戻らなくちゃ」


私は脇に抱えていたノートを、じっと見つめました。ここでたくさんの記憶を語り合い、記録したノート。

そう。語り合わなければ、やってられなかったあの時代。


この場所は私たちにとって、唯一素を晒せる場所でした。


少しばかり戸惑いましたが、それをいつも仕舞っていた棚の、無数の教材の中に挟み込みます。


分からない。

何故私がこんな事をしているのか。


胸が高鳴って仕方が無かったけれど、私はこれを、“ここ”に残しておきたいと思ったのです。

いつか、誰かが見つけても、決して、理解出来ないかもしれないけれど。


そして、たくさんの古い教材に挟まれた、地味なノートの背を一度撫で、私はこの部屋を出て行きました。


走っては行けない廊下を走り、別館を出て、そのまま学校を飛び出します。

置いて来た大事なものを名残惜しく思いながらも。


それは、私はもうここへは戻って来ないと言う、一つの決意の結果でした。









狩野先生の家に帰って来たのは、夕方の事。

色々と買い物をしていたものですから。


「……やっと、帰って来たか」


「ええ。買い物をしていて遅くなっちゃったわ。あ、もらったお金全部使っちゃったけど良いわよね」


「……」


「あ、そうそう、ねえ先生」


私は買って来たものを全部床にぶちまけ、大きな肩掛け鞄に詰め込んで、言いました。


「私、戻るから。メイデーアに」


「……」


そして、立ち上がって彼に向き直ります。


「……メイデーアにまた、行くわ……」


狩野先生は、しばらく私を見つめていましたが、ふっと視線を斜め下に向け、複雑そうに「そうか」と言っただけ。

何だか、少し意外な反応でした。


「そのための荷物を……俺の金で買って来たのか」


「ええ、まあ。良いでしょうあんたが私に手渡した時点で、私のお金よあれは」


「……」


「何よ。異世界に体一つで行けって言うの? しばらくは一人で何でも出来る様に、準備したって良いでしょう」


「別に、何も言ってないだろう」


私は荷物を肩にかけ、準備万端と言う様子で彼を見上げました。

狩野先生は「こっちへ来い」と。


私は彼について、再び地下へと居りて行きました。


あのカプセルの並んだ怪しいラボを抜けた所に、広い空間があり、その中央にメイデーアの魔法陣が描かれています。


「……これを持って行け。お前の……神器だ」


彼はこの空間の端に立てかけていたそれを持って来て、私に差し出しました。


「え? でも、こんな形だったかしら……」


彼の手のうちにあるのは、長く血の様に赤い槍の姿でした。

黄金の剣、巨兵を撃滅した装甲兵器の形は見ていますが、この槍の姿は初めて見ます。


「“戦女王の盟約”とは……本来“長槍”の姿をしている。神話の壁画などを見れば、槍の姿で描かれていることの方が多い。しかしこれはお前の意志によって、何の形にでも変化する神器だ。争いの為の兵器であればな」


「……」


「これがあれば、お前の力は今まで以上の威力を発揮するだろう。これから生き行くメイデーアで、きっと力になる」


私はその槍を受け取り、冷たい重みに表情を引き締めました。

そして顔を上げ、再び彼に問います。


「ねえ……なんで、この神器……“女神の加護”って呼ばれてたの? なんであんたが持っていたの……?」


「……」


「って、聞いてもこれも、教えてくれないのよね、あんたは……」


私はクスッと笑い、魔法陣の上にぴょんと立ちました。

しばらくすると、ボウッと浮かび上がって来た光が、魔法陣の文字をなぞるのです。


「……紅魔女」


狩野先生は……いえ、勇者は……言いました。


「お前の魔力数値は、マキア・オディリールの時点で166万mg代……転生した事で跳ね上がった数値だったな」


「……ええ」


「知っているか。世界の境界線を越え“転生”する事で、一つ前のメイデーアでの数値を、約1.5倍にした数値にまで跳ね上がる。これは、魂のみが境界線を越えるからだ。……逆に“転移”は、肉体と魂の両方が、この境界線を越えるため、一つ前の数値の倍にまで跳ね上がる事になる」


「……それって」


「ああ。お前が次にメイデーアに降り立った時、その魔力数値は約330万mg……破格の数値となるだろう」


「……」


「文字通り、最強の魔王だ。……お前に敵うものなど、いない。お前の魔王としての戦いは、きっとこれからだ……」


勇者は、くっと、小さく笑みを作りました。


「お前は……“転移”した者。そう……次にメイデーアに降り立ったとき、お前には世界の“救世主”という立場が適応されるだろう。その偉大な力を……持って」


それは、世界の法則。

私の魔力数値は跳ね上がり、メイデーアの記録を大きく塗り変える事になると言う事。

そして、私は、勇者やレナと同じ様に、あの世界での“救世主”という立場になるのです。


驚きの瞳のまま彼を見ていたら、ふっと世界の色が変わりました。

青空と、どこまでも続く薄い水面。


トールと別れた、あの場所にとても似ています。


世界の……境界線でした。


「もしかしてあんた……ここまで全部、計ってたの?」


私が、これだけの力を持って、再びメイデーアに行ける様に。救世主となれるように。

全部、最初から、全部。


私がそう問うと、彼はまた、ふっと微笑みました。

嫌味と、少しの安堵。そういったものを滲ませて。


そして彼は、もう一つ私に手渡すものがあった様で、それを目の前に差し出しました。私は手のひらを出して、受け取ります。


「……」


赤い、雫型のイヤリング。

その片割れでした。



「また……会えると良いな。あいつに……」


「……」



彼はそれだけ言うと、私に背を向けます。

私もまた、彼に背を向け、ただ前を見据えました。


「ありがとう……“勇者”。色々とお世話になったわね。……この恩はちゃんと返すから。あんたも、しっかりやんなさいよ」


「……」



そして、一歩一歩、進み行く。

水面を蹴る様にして、前へ、前へ。


ただの一線を越えて、その先、はるか彼方の光の強い方へ。

私は再び、かの異世界へと旅立つのだ。












かつて、織田真紀子という少女がいました。

マキア・オディリールという少女がいました。


私は、この二人とも違います。体は真紀子のもので、魂はマキアのものだもの。


なら、いったい誰?


名前は、ありません。

それが、救世主です。



「あら……本当に、“名無し”なのねえ、私」



降り立った場所で、私は自分の情報を知ろうと思ったけれど、名前が無いので、何一つ分からないのです。

おそらく勇者が言った通り、魔力数値は300万mgを越えているのでしょうけれど。

満ちあふれる魔力は、今までのものとは別格の様に思います。


「……」


そこは、砂漠でした。

巨兵の残骸があちこちに落ちている、見知らぬ殺伐とした世界。


紺色のセーラー服のスカートをなびかせ、真っ赤な細長い槍を手に、私はその世界を見渡します。


帰って来たのだ。

私は、再びメイデーアに降り立った……


「私の魔王は……これからだ……ってやつ、ね」


そして、歩みを進めます。

どこへ行けば良いのか、何をすれば良いのか……それは自ずと分かって来るでしょう。



「……」



乾いた砂の匂いを吸い込んで、ただ、私は、力強く。

異世界の地を踏み、見据える。



たくさんの“私”を育んだ、愛しいこの世界で、今の私に何が出来るのか。


それを知るために。





7話連続の爆撃投稿申し訳ありませんでした。


これにて、第四章「王都血盟編」終了になります。

何かと長引いてしまいましたが、ここまで読んで頂きまして、本当にありがとうございました。



陰鬱な展開が続きましたが、ここからはうってかわって、爽快なものになるのでは……なかろうか? と思われます。

まさに、俺たちの魔王はこれからだ! になれば良いなと。


第五章からは「フレジール攻防編(仮)」に突入し、舞台はルスキア王国から東の大陸、北の大陸に移って行きます。

マキアが異世界トリッパ―として冒険したり、他の魔王たちも任務を持って旅していたりします。ここら辺がどう出会って行くのか、楽しみにして頂ければ嬉しいです。



いつもなら章が終わって、一ヶ月くらいお時間頂いていたのですが、今回はすぐに次章を始めようと思っています。

来週にでも始められればと思っていますので、どうぞよろしくお願い致します。



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