+:???、世界の法則。
7話連続で更新しております。
最新話は「47:ユリシス、白魔術師たちの攻防。」からとなります。
ご注意ください。
「ねえ、狩野先生。……ちょっと外出しても良いかしら」
翌日の事。
私はノートを小脇に抱え、セーラー服を身につけ、彼に尋ねました。
彼は目を細め「かまわない」と言っただけ。
「お金」
「……」
そして、ちゃんとお小遣いもくれました。
ああ、凄い。日本の諭吉だわ!! しかも二枚も!!
「あんたはどうするの?」
「……俺は、やる事がある。お前一人で、勝手にどこへでも行け」
「……」
彼は相変わらず冷めた態度でそう言うと、私をリビングに残し、別の部屋に籠ってしまいました。
まあ、奴がそう言うなら、好きにしましょう。
どうやら、私たちが居たのは東京の多摩方面の、森の中だったみたい。
狩野先生、隠れる様に住んでいるのね。
すぐにバス停を見つける事が出来て、そこから何とか駅に向かい、そして、中央線に乗りました。
懐かしい……電車に乗ってるわ、私。
前はいつも乗っていたのにな。
スーツ姿のおじさんや、若いお母さんと小さな子供、おしゃべりに夢中のおばさんたち。
皆、現代日本人が当たり前に着ている服を身につけ、電車に揺られています。
そりゃあ、ドレスや何やらは、ここではただのコスプレです。
当然の景色だったはずのそれを、私はもの珍し気に見ていました。
電車を乗り換える前に、一人で早めの昼食を食べる為に駅を出たのですが、駅前にて、必死な形相で何かを訴えている女性に、一枚のチラシを手渡され、私はそれを何となく見ました。
「……!?」
それは、娘が行方不明になっていると言う内容のチラシでした。
情報を求めている、と言う。
「……レナ……」
写真に映っているのは、紛れもなくレナでした。
そう、この地球では、あなた平玲奈って言うのね。
「……」
再び、チラシを配る女性の方を振り返ります。
前にレナに聞いた、彼女と母の確執を思い出しながら。
「レナ……お母さん、こんなに頑張ってあなたの事、探しているわよ」
確かに厳しそうな、きっちりとした姿の女性でしたが、それでもレナの事をこんなに一生懸命探しているのです。母親として、娘を……
でも、レナはこんな事、知らないのでしょう。
彼女の母親だって、まさかレナが異世界に行ってしまったなんて、思ってもみないでしょうね。
私は切ない気持ちを抑え、そのチラシをポケットにつっこんだまま、その場を去りました。
昼食をがっつり食べ終え、その後、私は自分たちが住んでいた地域へ向かいました。
体が勝手に、帰り道を覚えています。帰り道……って言って良いのか分からないけれど。
「おお」
私の住んでいたアパートは、まだそこにありました。
変わらずボロですが。
「うわあ〜……なっつかしい」
織田真紀子は辛抱強かったんだな。あんなボロくて小さなアパートに住んでたんだから。
転生したら貴族のお嬢様って、今思うと凄い事だったわね。
それほどそこに留まる事無く、私はその場所から通学する感覚で、透の住んでいたマンションへ向かいました。
透が私を迎えにくる事の方が多かったのですが、まれに私が迎え居に行く事もありましたから。
とは言え、そのマンションも相変わらずで、やはり懐かしいと思っただけ。
まだ、彼のご両親はいるのかしら。透が居なくなって……どう思ったんだろう。
あいつは両親と不仲でしたが、でも、息子が死んだら悲しいでしょう……?
ふっと、デリアフィールドの両親の事を思い出してしまいました。
マキアが死んで、あの二人は……いったい……。
「……っ」
ダメだダメだ。
泣きそうになる。
私はその場を足取り早く去って、今度は由利の家へ向かいました。
「ああ。相変わらず豪邸だこと」
由利の家は、門から造りが違いますね。流石。
綺麗に整えられた竹林の庭が、囲いの向こう側に見えます。
私はそれを、遠くから見ていました。
「……!?」
門から由利のお母さんが出て来て、私は慌てて、曲がり角に隠れます。
「……」
由利のお母さんは、相変わらず美人で、薄い紫色の着物を着ていました。
でも、やっぱり……少し痩せたかしら……
由利は私たちの中で、一番家族と仲良くやっていました。
由利のお母さんだって、私と透にいつも良くしてくれて。夕飯に呼んでくれたり、お弁当を作ってくれたり、お惣菜を持たせてくれたり、本当にお世話になった。
「……ごめんなさい、おばさん……」
思わずそう呟いて、私はその場を去りました。
確かに、この地球にも確かに、私たちは居た。
それを思い知らされました。
そして、最後にやってきたのは、私たちが通っていた高校でした。
ここの制服を着ているので、違和感は無いでしょう?
ちょうどお昼休みの時間で、皆あちこちうろうろしているし。
「……」
私はこそこそと学校に侵入して、懐かしい場所へと向かいました。
そう。前世懺悔同好会のあった、あの使われていない美術準備室です。
狩野先生に聞いたのだけど、私たちは“行方不明”って事になっているんですって。
まあ、あいつが私たちを殺した跡を、わざわざ残したりはしないわよね。
別館の静かな廊下を歩き、あの部屋へ向かいます。
既に懺悔同好会と書いた紙は剥がされているけれど、そっと扉を開いてみると、鍵は開いている様でした。
「あら……不用心ね」
まあ、こちらには都合が良い。
そう思って、懐かしいその部屋へ入りました。
しんとした空気の中、午後の日差しに照らされた埃が、ゆっくりと舞っているのが見えます。
使われなくなった石膏像や、牛骨、画材なんかが、私たちのいた時よりは整えられている気がして……
よく使っていたホワイトボードは、そのままあるみたい。
「……何もかも懐かしいわね。ここで、あいつらと愚痴ばっかり言ってたのよね」
木製の、ぼこぼこした傷だらけの机を撫で、私はしばらくその場に留まっていました。
しかし、休み時間のチャイムが鳴って、ハッとします。
「……ダメね。そろそろ、戻らなくちゃ」
私は脇に抱えていたノートを、じっと見つめました。ここでたくさんの記憶を語り合い、記録したノート。
そう。語り合わなければ、やってられなかったあの時代。
この場所は私たちにとって、唯一素を晒せる場所でした。
少しばかり戸惑いましたが、それをいつも仕舞っていた棚の、無数の教材の中に挟み込みます。
分からない。
何故私がこんな事をしているのか。
胸が高鳴って仕方が無かったけれど、私はこれを、“ここ”に残しておきたいと思ったのです。
いつか、誰かが見つけても、決して、理解出来ないかもしれないけれど。
そして、たくさんの古い教材に挟まれた、地味なノートの背を一度撫で、私はこの部屋を出て行きました。
走っては行けない廊下を走り、別館を出て、そのまま学校を飛び出します。
置いて来た大事なものを名残惜しく思いながらも。
それは、私はもうここへは戻って来ないと言う、一つの決意の結果でした。
狩野先生の家に帰って来たのは、夕方の事。
色々と買い物をしていたものですから。
「……やっと、帰って来たか」
「ええ。買い物をしていて遅くなっちゃったわ。あ、もらったお金全部使っちゃったけど良いわよね」
「……」
「あ、そうそう、ねえ先生」
私は買って来たものを全部床にぶちまけ、大きな肩掛け鞄に詰め込んで、言いました。
「私、戻るから。メイデーアに」
「……」
そして、立ち上がって彼に向き直ります。
「……メイデーアにまた、行くわ……」
狩野先生は、しばらく私を見つめていましたが、ふっと視線を斜め下に向け、複雑そうに「そうか」と言っただけ。
何だか、少し意外な反応でした。
「そのための荷物を……俺の金で買って来たのか」
「ええ、まあ。良いでしょうあんたが私に手渡した時点で、私のお金よあれは」
「……」
「何よ。異世界に体一つで行けって言うの? しばらくは一人で何でも出来る様に、準備したって良いでしょう」
「別に、何も言ってないだろう」
私は荷物を肩にかけ、準備万端と言う様子で彼を見上げました。
狩野先生は「こっちへ来い」と。
私は彼について、再び地下へと居りて行きました。
あのカプセルの並んだ怪しいラボを抜けた所に、広い空間があり、その中央にメイデーアの魔法陣が描かれています。
「……これを持って行け。お前の……神器だ」
彼はこの空間の端に立てかけていたそれを持って来て、私に差し出しました。
「え? でも、こんな形だったかしら……」
彼の手のうちにあるのは、長く血の様に赤い槍の姿でした。
黄金の剣、巨兵を撃滅した装甲兵器の形は見ていますが、この槍の姿は初めて見ます。
「“戦女王の盟約”とは……本来“長槍”の姿をしている。神話の壁画などを見れば、槍の姿で描かれていることの方が多い。しかしこれはお前の意志によって、何の形にでも変化する神器だ。争いの為の兵器であればな」
「……」
「これがあれば、お前の力は今まで以上の威力を発揮するだろう。これから生き行くメイデーアで、きっと力になる」
私はその槍を受け取り、冷たい重みに表情を引き締めました。
そして顔を上げ、再び彼に問います。
「ねえ……なんで、この神器……“女神の加護”って呼ばれてたの? なんであんたが持っていたの……?」
「……」
「って、聞いてもこれも、教えてくれないのよね、あんたは……」
私はクスッと笑い、魔法陣の上にぴょんと立ちました。
しばらくすると、ボウッと浮かび上がって来た光が、魔法陣の文字をなぞるのです。
「……紅魔女」
狩野先生は……いえ、勇者は……言いました。
「お前の魔力数値は、マキア・オディリールの時点で166万mg代……転生した事で跳ね上がった数値だったな」
「……ええ」
「知っているか。世界の境界線を越え“転生”する事で、一つ前のメイデーアでの数値を、約1.5倍にした数値にまで跳ね上がる。これは、魂のみが境界線を越えるからだ。……逆に“転移”は、肉体と魂の両方が、この境界線を越えるため、一つ前の数値の倍にまで跳ね上がる事になる」
「……それって」
「ああ。お前が次にメイデーアに降り立った時、その魔力数値は約330万mg……破格の数値となるだろう」
「……」
「文字通り、最強の魔王だ。……お前に敵うものなど、いない。お前の魔王としての戦いは、きっとこれからだ……」
勇者は、くっと、小さく笑みを作りました。
「お前は……“転移”した者。そう……次にメイデーアに降り立ったとき、お前には世界の“救世主”という立場が適応されるだろう。その偉大な力を……持って」
それは、世界の法則。
私の魔力数値は跳ね上がり、メイデーアの記録を大きく塗り変える事になると言う事。
そして、私は、勇者やレナと同じ様に、あの世界での“救世主”という立場になるのです。
驚きの瞳のまま彼を見ていたら、ふっと世界の色が変わりました。
青空と、どこまでも続く薄い水面。
トールと別れた、あの場所にとても似ています。
世界の……境界線でした。
「もしかしてあんた……ここまで全部、計ってたの?」
私が、これだけの力を持って、再びメイデーアに行ける様に。救世主となれるように。
全部、最初から、全部。
私がそう問うと、彼はまた、ふっと微笑みました。
嫌味と、少しの安堵。そういったものを滲ませて。
そして彼は、もう一つ私に手渡すものがあった様で、それを目の前に差し出しました。私は手のひらを出して、受け取ります。
「……」
赤い、雫型のイヤリング。
その片割れでした。
「また……会えると良いな。あいつに……」
「……」
彼はそれだけ言うと、私に背を向けます。
私もまた、彼に背を向け、ただ前を見据えました。
「ありがとう……“勇者”。色々とお世話になったわね。……この恩はちゃんと返すから。あんたも、しっかりやんなさいよ」
「……」
そして、一歩一歩、進み行く。
水面を蹴る様にして、前へ、前へ。
ただの一線を越えて、その先、はるか彼方の光の強い方へ。
私は再び、かの異世界へと旅立つのだ。
かつて、織田真紀子という少女がいました。
マキア・オディリールという少女がいました。
私は、この二人とも違います。体は真紀子のもので、魂はマキアのものだもの。
なら、いったい誰?
名前は、ありません。
それが、救世主です。
「あら……本当に、“名無し”なのねえ、私」
降り立った場所で、私は自分の情報を知ろうと思ったけれど、名前が無いので、何一つ分からないのです。
おそらく勇者が言った通り、魔力数値は300万mgを越えているのでしょうけれど。
満ちあふれる魔力は、今までのものとは別格の様に思います。
「……」
そこは、砂漠でした。
巨兵の残骸があちこちに落ちている、見知らぬ殺伐とした世界。
紺色のセーラー服のスカートをなびかせ、真っ赤な細長い槍を手に、私はその世界を見渡します。
帰って来たのだ。
私は、再びメイデーアに降り立った……
「私の魔王は……これからだ……ってやつ、ね」
そして、歩みを進めます。
どこへ行けば良いのか、何をすれば良いのか……それは自ずと分かって来るでしょう。
「……」
乾いた砂の匂いを吸い込んで、ただ、私は、力強く。
異世界の地を踏み、見据える。
たくさんの“私”を育んだ、愛しいこの世界で、今の私に何が出来るのか。
それを知るために。
7話連続の爆撃投稿申し訳ありませんでした。
これにて、第四章「王都血盟編」終了になります。
何かと長引いてしまいましたが、ここまで読んで頂きまして、本当にありがとうございました。
陰鬱な展開が続きましたが、ここからはうってかわって、爽快なものになるのでは……なかろうか? と思われます。
まさに、俺たちの魔王はこれからだ! になれば良いなと。
第五章からは「フレジール攻防編(仮)」に突入し、舞台はルスキア王国から東の大陸、北の大陸に移って行きます。
マキアが異世界トリッパ―として冒険したり、他の魔王たちも任務を持って旅していたりします。ここら辺がどう出会って行くのか、楽しみにして頂ければ嬉しいです。
いつもなら章が終わって、一ヶ月くらいお時間頂いていたのですが、今回はすぐに次章を始めようと思っています。
来週にでも始められればと思っていますので、どうぞよろしくお願い致します。