+:???、たくさんの真実。
7話連続で更新しております。
最新話は「47:ユリシス、白魔術師たちの攻防。」からとなります。
ご注意ください。
ふっと、巻き戻された様な、引き戻された様な、そんな意識の目覚め。
私は大きな衝撃を受けました。
「ゲホッ……ゲホッ……」
直後苦しさのあまり、咳き込み、動かない体を何とか起き上がらせようとします。
何かが私の手を取って、引き上げさせてくれました。
「……」
まるで、産まれたての赤子。
温かい場所から出て来て、驚いて泣いている赤子。
長く伸びきった、濡れた髪が顔にかかっているのも気にしないで、涙を流しながら、新しい世界を見る。
「目が覚めたか……紅魔女……」
「……あんた」
最初に見たのは、カノン将軍。そう、勇者。
ただなぜかスーツを着ていて、いつもの出で立ちとは違います。
私は、カプセルの中に居た様です。
まるでヴァルキュリア艦の中にあった、あのカプセルの様な。
「……」
何で?
私、死んだんじゃなかったの?
おもむろに自分の姿を見ます。
「う、うわああああああっ」
真っ裸でした。
それを意識した時、思わず変な声が出て、体を両手で隠しました。
勇者はどうでも良いと言いたげなしらっとした態度でした。それもまた腹が立ちますけれど。
「タオルがあるだろう。……そこに置いてある服を着ろ」
「……だったらあんた、向こう側向いてなさいよ!」
「……」
彼は言われた通り、反対側を向きました。
訳が分からなかったけれど、側の台にタオルがあったのでそれをバッと取って、立ち上がります。
ふらつきましたが、何とか。体や髪を拭いて、置かれていた衣服に手を伸ばします。
「……セーラー服?」
セーラー服でした。
まごう事無く。深い紺色で、赤タイの。
「これ、あんたの……趣味?」
「馬鹿を言うな。元々お前の着ていたものだろう」
「……え」
そして、気がつきました。
「もしかしてここ……地球?」
「……」
「私、この私の体……もしかして、織田真紀子……?」
「……その通りだ」
奴は肯定だけ。
私は急いでその衣服を着て、いまだ反対側を向いている彼の前に問いかけました。
「あんたもしかして……狩野先生……?」
「ああ。この世界では、そう呼ばれていた時もある」
「……」
不思議な事もある様です。
私は前世、織田真紀子の体に戻って来ていました。この男に殺されたはずの。
周囲を見てみると、そこは薄暗くしんとした、ラボの様でした。
他にもいくつかカプセルの様なものが並べられていて、少しばかりぞくっとしたものです。
そして、突如込み上げて来た悲しみ。
私はもう、メイデーアには居ないのです。
狩野先生に連れられてラボを出て階段を上ります。
すると、普通の家の普通の部屋に出ました。
何と言うか、普通の日本の家庭の、リビングと言うか……
あれは地下の秘密のラボだったようです。
窓から見えるのは木々ばかりで、ここが地球であるのかは良く分からないのですが。
「……」
「……食え」
何故かリビングのダイニングテーブルの上に、お粥が。
私はその匂いを嗅いだ途端、半端じゃない空腹感に襲われ、しゅたっと席につきました。
「一年近く何も体に入れていないんだ……あまりがっつくなよ……」
「お、お米だわ……」
ああ、ただのお粥がこんなに眩しい。
「これあんたが作ったの?」
「……」
狩野先生は瞳を細めただけで、特に答えようともしません。
まあ、良いのだけど。
私はそれを一口掬って食べ、ゆっくりと噛む。
あまりに懐かしい、やさしい味。
「……」
沈黙が続きました。
私は黙々とお粥を食べ、狩野先生は向かいの椅子に座ってそれを横目に見ていました。
何故か涙が出て来て、セーラー服の袖でそれを拭います。
「……うう……っ……」
私は死んでしまった。
ここでお粥を食べているのに、その絶望感が胸を襲います。
そしてふと出て来た……トールの顔。世界の境界線でトールと過ごした、夢の様な日々を、私は覚えています。
「……トール……っ」
もう会えない。
トールはこれから、私の事を全て忘れてしまうのだ。
「……おい、泣くか食べるか、どっちかにしろ」
泣きながらお粥を食べる私に、いよいよ口を出す狩野先生。
私は鼻をすすって、ボロボロな姿を晒しながら、時間をかけてお粥を全部食べてしまいました。
狩野先生は私が食べ終わるまで、この状況の話は一切せずに、ただただ黙っていました。
ぼーっとしています。
心ここにあらずと言う様な。
私がお粥を食べてしまった後、狩野先生が白いマグカップにコーヒーを入れて持ってきました。
ブラックかよ……と思いながらも、啜り、長いため息。
「気はすんだか」
「……ええ。泣き疲れちゃった……今夜はお寿司が食べたい」
「…………ちっ」
彼はあからさまに舌打ち。
どこからか寿司屋の出前のチラシを持って来て、ぶっきらぼうに目の前に置きました。
「……懐かしい文字ね」
ああ、やっぱりここ、地球なんだな。
日本語で書かれてあるチラシを、懐かしそうに持ち上げ、文字を目で確かめます。
「ねえ……そろそろ教えてちょうだい。私、なんで生きてるの? この状況はいったいなに?」
「……紛れもない。お前は織田真紀子だ」
「……?」
「魂の転移だ。マキア・オディリールとしての魂を、地球で保管していた織田真紀子という空の肉体に入れたまでの事。……お前がメイデーアに転生したら、遅かれ早かれ、こうなる事は予期していた。……だから、織田真紀子の肉体だけ時間を止め、保管していたのだ」
コ―ヒーのカップをテーブルに置いて、絶句。
「……そ、そんな事、可能なの?」
「俺は、魂と死を司る力を持っている。それが出来るから、俺は何度となくこちらとあちらを行き来しているのだ。肉体のストックを作ってな……」
「肉体の……ストック?」
「こちらとあちらを、転生、転移の特徴を利用し、行き来して来た。転生する事で肉体は増える。こちらで子供、青年、壮年などの肉体を作り保管し、時代時代に合わせて利用するのだ」
「……」
ふと、地下のラボに置いてあった沢山のカプセルを思い出します。
こいつ……ずっとそうやって、あの世界とこちらを行き来して来たの?
たった一つの魂に、全ての記憶を抱えて?
「ていうか、あんた、そんな事が出来るって言うなら、こっちで魔術が使えるってこと? ここは地球なんでしょう??」
「……今の俺は、メイデーアから肉体ごと“転移”をしている。あちらからこちらに転移した場合、こちらでも魔術が使えるのだ。肉体に魔力が残っているからな。お前の場合、魂だけだから使えないが……」
「……へえ」
良く分からないけれど、頷きの事実です。
「も、もしかして……透や由利のも保管してあるの?」
「……あいつらの分なんて無い。あいつらは葬った」
「……」
「お前の場合、メイデーアの仕組み上、あちらに転生したら確実に遺体を回収する必要があった。現メイデーアで停止してた棺は、お前のものだけだったからだ。……だから、地球での織田真紀子の肉体を保管しておいたのだ。まさか、青の将軍のせいでこんな事になるとは思わなかったが……。それでもまあ、かねがね予定通りと言える」
彼は視線を逸らしつつ、コーヒーを啜った。
ああ、こいつ、もの飲むんだなあ……
でも、そうか。
こう言う形で私の事を助ける手だてを、最初から考えていたんだなこの男は。
そう思うと、沢山の疑問が出てきます。
いったい彼は何なのか……って。
「ねえ……。色々と聞いても良い? もう、聞いても良いでしょう?」
「……ああ。隠す必要も無いだろうからな。お前はメイデーアとは関係のない人間になった」
「……」
小さく頷いて、しばらく俯き、そして顔を上げました。
「なら、最初に。……結局あのまま死んでしまったから分からないのだけど、あの銀髪の女の子は誰だったの? 青の将軍の仲間?」
「……ああ、まあそう言えるだろうな。あの娘はイスタルテ・シル・ヴィス・エルメデス。エルメデス連邦君主の末の娘だ。……そして、魔王クラス“銀の王”……」
「……銀の王」
メイデーアでの、3000年前の魔王クラス。銀の王と、金の王。
その内の銀の王が彼女だったと言う事でしょうか。
「私、3000年前の英雄って両方男だと思ってたんだけど……銀の王って女性だったのね」
「……いや、男だったが」
「……」
「転生して性別が変わるのは、別におかしな事では無い」
「……ああ。なるほど。それであの子、僕っ娘だったのね。何だか……かわいそうね」
自分は同じ女の子で良かったなと、二分の一の確率に感謝の念を。
だって、記憶があったら確実に混乱してしまうもの。
「そう言えば……あの子あんたの事、金の王って言ってたわね」
「……ああ。3000年前は、金の王と呼ばれ、奴と戦った」
「なるほどねえ」
3000年前は金の王、2000年前は伝説の勇者、1000年前は名無しとしてこいつは魔王クラスの遺体を回収していた、と言う事ね。
ご苦労な事だわ。
「そう言えばあの子、やたらトールにご執心だったわね。パラ・クロンドールって呼んじゃって。……神話時代の因縁なのかしら。トールは全く覚えていなさそうだったけれど」
「……」
狩野先生はもう一度コーヒーを啜って、視線を横に流し、少しばかり沈黙。
そして、ふらっとどこかへ行ってしまいました。
「……?」
私も両手でマグカップを掴んで、コーヒーを飲みます。
ああ、苦い苦い。
「これを見ろ」
「?」
彼はすぐに戻って来て、私の目の前に、ある古びた紙を置きました。
そこには、メイデーアの9の創世神の名前が。
想像と創造の神 パラ・アクロメイア
戦争と破壊の女神 パラ・マギリーヴァ
空間と時間の神 パラ・クロンドール
精霊の神 パラ・ユティス
大地と豊穣の女神 パラ・デメテリス
運命と生命の女神 パラ・プシマ
災いの神 パラ・エリス
空と海の神 パラ・トリタニア
魂と死と記憶の神 パラ・ハデフィス
「……これ」
「ああ。メイデーアの創世神だ。……神話の時代の話を少し、してやっても良い」
「……」
「記録に残る魔王クラスは全て、お前と対面した事になるが、誰が誰だか、お前は分かっているか……?」
狩野先生が私に質問したので、私は名前を指差しながら答えました。
「……あんたが、ハデフィス……でしょう? で、私がマギリーヴァ。そして、トールがクロンドール。ユリシスがユティスで、ペルセリスがデメテリス。エスカが……トリタニア? で、シャトマ姫がプシマ……」
「……そうだ」
「……」
私は残った名前と、知っている情報を照らし合わせます。
「なら……青の将軍がエリス? 何となく、災いってイメージ。なら、あの銀髪ツインテールのお嬢ちゃんが……アクロメイア」
「……その通りだ」
ああ、全部揃っている。
改めて答え合わせをすると、全員が既にあのメイデーアに集まっていた事を思い知るのです。
「あんた、前に言っていたわよね。9人が皆集まる時は、世界が終わる時か、始まる時って……。これは、世界が始まろうとしているの? 終わろうとしているの?」
「……終わって、始まろうとしている。少なくとも、そうなりかねない。……パラ・アクロメイアとパラ・クロンドール。……この二つの神が、出会ってしまったからには……」
「あのお嬢ちゃんと、トール? 何で?」
「神話の時代に起こった最終局面、巨人族の戦いを知っているだろう。あれは、大きく言えば、主にこの二柱の神の争いだ。神々の中でも、特別に力のあった二大神だ」
「……へえ。トールってそんなに凄い奴だったのね」
「……」
狩野先生は鼻で笑いました。
「まあ……その二大神の戦いをやめさせようと割って入ったのがお前だがな、マギリーヴァ。お前の力は、この二大神をも凌ぐ破壊力があった。何しろ、戦争と破壊の女神と言われていた程だ」
「へえ……やるじゃない、私」
「お前の力は、情報量を糧とする命令魔法だ。対象が偉大であれば偉大である程、破壊力は増す。いわば、あの二大神にとってお前の力は天敵の様なものだった」
ああ、それで。
あの銀の王、私にはすっごく冷たい態度だったものね。
私は苦笑い。
「と言うか、何故その二人の神様は争っていたの?」
「……」
しかし私の問いに、狩野先生は無言。
「それは……お前は知らない方が良いだろう」
「……は? 何で? あんたさっき、何でも答えてくれるって言ったじゃない」
「……」
彼はすっと立ち上がり、何を言うでも無くまたどこかへ行ってしまいました。
あいつ……逃げやがったな。
仕方が無いので、待っている間お寿司のチラシを眺めていたら、狩野先生が何かを持って戻ってきました。
「……それ」
彼の持っていたそれは、薄汚れた大学ノート。
見覚えのあるものでした。
「……懺悔同好会で使っていた、記録用のノート……」
「ああ。メイデーアの情報が漏洩しないよう、俺が回収しておいた」
「……どうせ見つかったって、痛々しい学生の妄想ノートとしか思われないと思うけど……」
彼の手からそれを受け取り、懐かしさにそっと表面を撫でます。よれよれのノート。
ぱらぱらとめくる度、思い出される学生時代に胸を打たれ、私はぐっと奥歯を噛みました。
「それは、お前に返そう。……好きに使うと良い」
「……好きにって……」
どうしろと。
狩野先生は再び席について、ぼうっと、テーブルに置いていたお寿司のチラシを見ていました。
私はもっと彼に聞きたい事があったけれど、これ以上を聞くのをやめ、胸にノートを抱きます。
私、これからどうすれば良いのだろう……そんな不安が込み上げてくるのです。
「お前には……二つの選択肢がある」
「……?」
狩野先生は、ぼんやりとしていた視線を私に向け、続けました。
「このまま地球で生きるか、その肉体を持って、再びメイデーアに降り立つか」
彼の言葉は、この時の私にとって大きな衝撃的なもので、思わず、コトンとノートを膝の上に落としてしまいました。
「え……また……メイデーアへ行く事が出来るの?」
「……当たり前だ。俺だって、ここから再びメイデーアへ戻らなければならない。何度も何度も行き来したんだ。方法は熟知している」
「……」
「別に……このまま地球で暮らしても良い。必要なものはこちらで用意しよう。もう、何もかも忘れ、この穏やかな場所で自由に暮らすのも悪くないだろう」
瞬きを何度かして、狩野先生を見ては、俯いて、そしてまた顔を上げる。
私はそんな事を繰り返していました。
額に手を当て、少しばかり混乱した頭を整えたくなります。
「……別に、今答えを出す必要は無い。死を経験した後だ。しばらくはここで療養し、その体に慣れるといい。久々の地球だ……好きに出歩いても良い」
「……」
彼の口ぶりは、まるで“勇者”のものとは思えない程、どこか私に気をつかったもので、違和感を覚えます。
だけど、そうね。私はもう、あんたにとっての役目を、終えてしまったんだものね。
私は小さく「ええ」と答え、その言葉に甘える事にしました。
夜は久々のお寿司に泣きました。あいつはちゃんと、出前を取ってくれました。
与えられた寝室にはテレビがあり、懐かしいニュース番組やバラエティ番組なんかを曖昧に見て、地球を、日本を、実感するのです。
ああ……変なの。
あれから、一年も経ってないのね。
先ほど狩野先生に確かめた事なのだけど、地球は私たちが死んで10ヶ月程しか経っていないんですって。
時間の流れが違うのでしょうか。
私たちの居た時代と、ほとんど何も変わっていないのです。
だからこそ、余計に懐かしい。
「……」
私はピッと、テレビのリモコンを消して、部屋の隅にあった簡素なデスクに座りました。
机の中にはご丁寧に筆記用具が揃っていて、私は一本のシャープペンシルを取り出します。
前世懺悔同好会で使っていたノートをそっと開き、記録の最後を確かめました。
当然ですが、紅魔女、黒魔王、白賢者時代の、恨みや妬み、嫌味ばかりが書かれています。
年表なんかも作っていて、時系列に起こった事など、ちゃんと記録していて……
「……」
私は何故か、続きを書かなくては、という気持ちだったのです。
それをする事に意味があるのか分からないけれど、メイデーアに居たという証を、どうしても残したくて。
ゆっくりと、確かめる様に、続きのページに文字を綴ります。
久々の日本語でしたが、体がちゃんと覚えているのです。
「……っ」
無我夢中。ただ、必死に、私は覚えている限りの記録を記します。
南の大陸のデリアフィールドにて、マキア・オディリールとして生まれ、トールと出会い、育った事。
王宮でユリシスと再会した事。ペリセリスやシュマについて。
王宮での謀反や、トールと魔族の結末。
トールが、私の思いに気がついてくれた事。
私の結末。
たった15年の記録でも、書き始めたらきりがない程。
私はその日眠る事も無く、ただただ、ノートに思い出を羅列し続けたのです。日本語だったり、時にメイデーアの言語だったり。
本当に、めちゃくちゃな記し方だったと思うけれど、ただただ、筆の進むままに。
書きながら、何度も何度も涙で目が曇って、それでもやめられません。
忘れる訳にはいかない。だからこそ、記録しないと。綴らないと。
全部全部、全部。誰に理解されなくても良いから。
前世の懺悔なのでしょう。今の私の前世は、紅魔女では無く、マキア・オディリール。
懺悔も後悔も山ほどある。だから、書かないと……っ
パキン……
最後の文字を書いた時、あまりに手に力が入っていた様で、シャープペンシルの芯が折れました。
そして、私は長く息を吐きます。
「……残り、2ページしか余ってないわ……」
そして、椅子に背を預け、天上を仰ぎました。
前世懺悔同好会のノート。
おそらく、この続きを、私がこの世界で書き綴る事は無いのでしょう。
(神々確定事項)
想像と創造の神 パラ・アクロメイア(イスタルテ)
戦争と破壊の女神 パラ・マギリーヴァ(マキア)
空間と時間の神 パラ・クロンドール (トール)
精霊の神 パラ・ユティス(ユリシス)
大地と豊穣の女神 パラ・デメテリス(ペルセリス)
運命と生命の女神 パラ・プシマ(シャトマ)
災いの神 パラ・エリス(青の将軍/本名不明)
空と海の神 パラ・トリタニア(エスカ/本名トリスタン)
魂と死と記憶の神 パラ・ハデフィス(カノン/本名不明)