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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第四章 〜王都血盟編〜
232/408

fin:メディテ卿、新たな時代の幕開けの為の記録。



7話連続で更新しております。

最新話は「47:ユリシス、白魔術師たちの攻防。」からとなります。

ご注意ください。




俺はウルバヌス・メディテ。


さっきから、分厚いノートに記録を付ける手が止まっている。

毎日毎日、楽しすぎて止まる事の無かった、記帳するこの手が。


「どうしたのよ……ため息なんかついちゃって」


書斎に妻のジゼルがやってきた。

温かいワインを持って来て、俺のノートを覗いている。


「何かねえ……。上手く書けないんだよね。どうやってまとめれば良いんだろうって。残りのページも少ないし」


「新しいノート、使えば良いじゃない」


ジゼルが呆れた様子で言う。まあその通りなんだけど。


「……マキア嬢の事、考えてるの?」


「そうだね。あと、トール君の事とか。……色々と予想の上を行ってしまったからね」


「……それは、つまらない結末だった?」


ジゼルは俺に問う。

俺は視線を落とし、悲しく微笑んだ。


「いいや。つまらなくはないけれど……残念な結末だったよ」










マキア嬢は死んだ。

青の将軍の呪いを受けていた彼女は、自分の結末を最初から予期していた。


フレジールのカノン将軍とも協力関係にあった様だ。

彼女が協力を求めたのは、彼女自身を殺す事に躊躇わない者たちばかりだった。

だから決して、トール君やユリシス殿下には言わないで……


確かに彼女が死ぬ事で、青の将軍の支配を逃れ、またその遺体をヴァビロフォスの棺に捧げる事が出来る。

全てはとても効率的で、効果的だ。

彼女は紅魔女として、それを世界に対する“償い”としたのだろうか。





さて、今年の聖教祭は最悪の幕引きとなった。


あの時の事を語るなら、巨兵はマキア嬢の力により塵一つ残らず消えた。

マキア嬢自身もカノン将軍により殺され、形成は一気に逆転。


エルメデス連邦から忍び込んでいたあの銀髪ツインテールの少女は、激しく憤りその場を去ったっけ。

彼女は確か、連邦のイスタルテ・シル・ヴィス・エルメデス。

連邦の総統閣下にして君主の末娘だ。


見た所、イスタルテ殿下も魔王クラスに縁のある人物の様であったが、はっきりと確定的な事は分からない。俺の片眼鏡では判断が出来ない程、彼女は何か特別な魔法によって守られていた。


巨兵が倒された事、青の将軍がマキア嬢の肉体の乗っ取りに失敗した事で、戦艦シルヴィードも間もなく撤退した。

ルーベル・タワーは無事に起動し、ひと月以上経った今では問題なく作動している。




トール君はマキア嬢が死ぬ瞬間、何か特別な魔導要塞を発動した様だった。

そのせいで彼は約一ヶ月もの間、膨大なリスクを支払い生死を彷徨う事となる。

それほどのリスクを払うとは、いったい、どんな魔導要塞を発動したのか。それを知っているのは、結局トール君だけだ。

ユリシス殿下ほどの白魔術師が居なければ助からなかっただろう。

ユリシス殿下と、レナ嬢がつきっきりで看病していた。


なかなか目を覚まさない彼に、レナ嬢はよく一人泣いていたっけ。

自分は何の為にこの世界に召喚されたのか分からない、と。


今回の事に最も心を痛めたのは、ユリシス殿下だ。

ユリシス殿下はトール君とマキア嬢の長い友人でもある。

マキア嬢の遺体は、彼女が生前にエスカに依頼していた通り、ヴァビロフォスの棺に納められる事となった訳だが、それを最後まで納得出来ずに居たのが殿下だ。

二人の友人を同時に失うかもしれなかった、あの時の殿下の御心を考えれば無理も無い。


殿下の妻でもある、緑の巫女ペルセリスは、毎日マキア嬢の棺に花を添えている。

最初こそ泣いていたけれど、最近はしっかりとした足取りで巫女の仕事をこなしている。

かつて、白賢者と緑の巫女の息子の遺体が治められていた棺。

それがマキア嬢の寝床だ。

ペルセリスはどのような気持ちで、彼女の棺に花を添え続けているのだろう。


フレジールの王女、シャトマ姫は流石で、青の将軍に再び出会った事で僅かに動揺していたが、その後誰より早く次を見据える。

ルスキア王国と様々な話し合いを行い、すぐにフレジール王国へと帰って行った。


これは小耳に聞いた事だが、そろそろフレジールは、エルメデス連邦に捕われたトワイライトの一族の全面解放に乗り出すそうだ。

その為に、ルスキア王国に居る魔王たちに協力を仰ぐかもしれない、と。


カノン将軍は第七艦隊と共にこの地に留まっている様だが、その姿を見る事は無い。

この俺が見つける事が出来ないのだから。いったいどこへ行っているんだろう。


そう、カノン将軍と言えば、彼は2000年前の勇者だ。


伝説上、勇者の“女神の加護”と呼ばれていた黄金の剣は、実はパラ・マギリーヴァの神器“戦女神の盟約”だったようで、彼は事前にマキア嬢にこれを手渡していた。

これにより、マキア嬢がパラ・マギリーヴァであったことは確定である。

しかし、なぜそれをあの回収人が持っていたのか。それは謎のまま。



それと、トール君がパラ・クロンドールであった事も確定だ。

これはほとんど予想通りであるが、あのイスタルテ殿下が何度となく彼を“クロンドール”と呼んでいたから。

そうそう、そう言えばあのイスタルテ殿下……カノン将軍の事を“金の王”と言っていたっけ。

金の王を知っている者なんて、一人しか居ないじゃ無いか……


ここらへんも興味深いが、まあ、これで記録にある通りの魔王クラスは、全員揃った事になるのだろうか。



「……」


それは歓喜の瞬間であるはずなのに、俺はどうにも解せない。

揃った側から、一人居なくなってしまったのだから。





「あら、アクレオスが泣いているわ」


ジゼルが息子アクレオスの泣き声を聞きつけた。

俺も思わず立ち上がる。


「俺も行こう」


「あら、子煩悩ね」


「……ふっ。あの子は“マキア嬢”から名前を与えられた特別な子供だ。それがどんな意味を持つのか、俺たちはまだ分からないけれどね。大事に育てて行かなければ」


「……そうね」


マキア嬢の人生は、たった15年程であった。

しかし、彼女自身がこの世に残した遺産は確かにあるだろう。


彼女は確かに人の子だ。

オディリール伯爵家には多額の謝礼が贈られたが、あの夫婦がそれを喜んだはずは無い。一人娘を失った悲しみは、子の親である俺にも、少しは分かるつもりだ。

ただ、側にアルフレード殿下とルルーベット王女が居てくれるのは幸いだ。



心配なのはトール君。

彼はマキア嬢を誰より大切にしていたし、彼女との縁も最も強かった魔王。


マキア嬢が愛した男だ。


「まさか、マキア嬢が、彼の記憶を封じるとはね……」


彼女は、トール君の中にある自分の記憶を封じる様、最後に命じたらしい。

トール君は自分の記憶に優先順位を付け、細かく分類し管理していた様で、それを命じるのは簡単であるのだと、ユリシス殿下が教えてくれたっけ。

マキア嬢に関する記憶の優先順位を最下位に持って行く様、トール君の体に入れた血に命令するだけなんだとか。


2000年前、勇者を道連れに死んだ紅魔女としての思いが、そうさせるに至ったのか。

死に行く自分の事を、愛する者に覚えておいて欲しいと言うのが、普通だろうに。

俺には良く分からない。女心なんて……



「……」


俺は部屋を出て行く前に、彼らを追いかけて記録を付けて来た、そのノートを閉じる。


俺の記録も、ここで一つの節目を迎えた様だ。

何せ、あと2ページ程しか残っていない。


「……名残惜しいけど、次に行かないとねえ……」


「何? ノートの事? あんたそのノートに、そんなに愛着があったの?」


「……そりゃあね」



名残惜しいけれど、次に行かなくては。

時代は待ってはくれない。


マキア嬢が居なくなっても、世界は凄い早さで移ろい変わる。

新たな時代の幕開けの為の、記録をしなければ。



だけどいつか、世界は望むだろう。

ああ、彼女が居れば、と。


彼女以上の救世主がこの世界にいたのか、俺は疑問である。

それが、最初の記録を終えた俺の、密やかな感想だ。





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