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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第四章 〜王都血盟編〜
230/408

49:トール、世界の境界線1。


7話連続で更新しております。

最新話は「47:ユリシス、白魔術師たちの攻防。」からとなります。

ご注意ください。







そこは温かい血の中の様だ。

コポコポと赤くクリアな液体を沈んで行く感覚だけが分かる。


俺はいったいどこにいるんだろう。

何をしているんだろう。

何をしてたんだろう。あいつが死ぬまで。


何もかも分からない。俺は何を憎み、何を糧に生きていけば良い。



マキア……マキリエ……お前もこんな気持ちだったのか。

絶望と、憎しみと、後悔と恐怖の渦巻く、こんな……










ふと目の前の景色が変わり、気がついたら俺は、白い花の咲き乱れる森に立っていた。


鳥のさえずりだ。

とても温かく、キラキラした音があちこちで聞こえる。


目の前にはアーチがあった。空間の壁に出来た穴。

どうやら二重空間のようだ。真っ黒なトンネルがずっと奥まで続いて、ゴウゴウと風の通る音を鳴らしている。




『ようこそ、世界の境界線へ』




入口にそんな文字が浮かび上がっていた。


「ここは……前にマキアと共に来た……」


ああ、残留魔導空間の一つに隠されていた空間だ。と言う事は、ここは魔導要塞か。


「……」


前に来た時はこの先へ入る事が出来なかったが、俺の足は無意識にそのトンネルへと向かって行った。魔導要塞の物理要素がどんどん大きくなっていったけれど、構わない。


「……マキア……この奥にいるのか……?」


この向こう側にマキアが居る。

その確信があった。なぜならここは条件空間。マキアが居なければ開かない空間だったはずだ。








トンネルを抜けた所に、先ほどまでとは違う木々の大きな森があり、さらにその奥に小屋を見つけた。

小屋の側を通る小川のせせらぎが耳につく。


「ああ、あの小屋……紅魔女の家だ」


それに気がつくのに、少しの時間がかかってしまった。

何せ、俺は紅魔女の住む森に一度しか来た事が無い。

なぜこんな空間が広がっているのだろう。マキアの血を体に入れた事で、彼女の記憶と、俺の空間魔法が繋がっているのだろうか。


ぼんやりとそんな事を考えていたが、いまいち分からない。

ふと、意識が引き戻される。


「……マキア」


マキアが居た。小川で水を汲んでいる。

マキアと言うよりは、紅魔女?


いや、誰だろう。真っ赤な髪、アクアブルーの瞳は彼女のもので、見るからにマキアだが、衣服は地味な赤茶色で、飾りっ気も無い。

マキアの様にも、マキリエの様にも思えるが、どうにもその地味な出で立ちのせいでどちらとも違う様にも思える。

なぜだろう。


「マキア、マキア!!」


ただ、やはり今の俺にとってマキアと言う名が最初に出てくる。

彼女をそうだと思いたかった。


しかし、名を叫び駆け寄った所、マキアは何故かぎょっとして、恐れおののいた表情でバケツを俺に投げつけ、「きゃああ」と声を上げながら小屋へ帰って行ってしまった。


「……」


きゃああ?

あのマキアが?


俺はバケツの水を思いきりかぶって、そのまま立ち某気。

しかし諦めない。マキアに会いたい。マキアをここから連れて帰りたい。


「マキア、マキア!! 俺だ!! 開けてくれ!!」


ドンドンと小屋の扉を叩く。

これなんて変質者。いや、そんな悠長な事を言っている場合じゃない。


「だ……だれ……」


そろっと扉を開け、顔を覗かせるマキア。

しかしその表情はまるで怯えきっていて、彼女のものとは思えない。

そもそも、誰って。


「俺だ、トールだ」


「トール……? し、知らないわ」


マキアははっきりとそう言うと、完全に扉を閉めてしまって、そのまま開けてはくれなかった。


「な……なんで……」


俺の事を覚えていないんだろうか。

随分へこんだものだ。








小屋の側の木の根元に座り、ただ小屋を見つめる。

そんな日が、何日続いただろうか。ここで陽が昇り陽が沈む現象を、一日と数える事が出来るのか分からないが、何だか腹が減って来た。


ここは現実世界ではない様だが、腹は減るし、眠くなる。

いったい何なんだろう。

そんな事を考えていたら、ついついうたた寝をしてしまった。


「……」


遠くから草を踏む音がして目の前が陰る。

ゆっくりと目を開けると、目の前には見知らぬバスケットが。


「?」


顔を上げると、走りながら小屋へ戻って行くマキアの後ろ姿が見える。

呼び止めようと思ったけど、既に、彼女は小屋の中へ入ってしまっていた。


「なんだ、これ。俺に?」


仕方が無いのでバスケットを開けると、美味そうなクルミパンが。

腹の減っていた俺には、たまらない御馳走に見えた。

取り出して、遠慮なくかぶりつく。


「ん……クルミパンにベーコンと卵が挟んであるのか。こっちはポテトサラダか……これは美味いな」


あいつが作ったのかな。俺の為に?


そう言えば昔、紅魔女の家に行った時も、シチューを御馳走になったっけ。

最近は必要が無いから料理をしないが、あいつ、実はけっこう得意なんだよなこういうの。



『……ね、ねえ。またいらっしゃいよ。ごちそうするわ』



ふと、かつて紅魔女マキリエに言われた言葉を思い出す。

彼女は一度尋ねた俺に、またいらっしゃいと言った。だけど結局、あれから俺は一度も彼女の家を訪れなかった。彼女がアイズモアに来るばかりで……


「……」


マキリエって、アイズモアに来て俺と喧嘩する姿ばかりが思い出される。

いつも身綺麗にしていて、偉そうで、俺と対等であろうとしたあの姿ばかりが。


だけど、普段は家で何をしていたんだろう。

沢山沢山喧嘩して来たけど、彼女が普通の日々を暮らした時間の方が、よほど多いはずだ。


俺には家臣も妻も子も多く居たが、あいつにはここに、何があったって言うんだろう。

俺は結局、本当の彼女を、ほとんど知らずに理解したつもりでいたんじゃないだろうか。


マキリエに限らず、マキアだってそうだ。

あいつは俺への気持ちを見事に隠し続けていた。

最後の最後だって……俺に内緒で、死を選んだんじゃないか。



「……」


空になったバスケットに、この森のどこにでも咲いている様な花を一輪入れて、彼女の小屋の前に置いた。

また扉を叩いて怯えさせる訳にも行かないから、こんな風にそっと、感謝の念を伝えようと思った。

そして再び、少し離れた樹の根元に戻る。


そろっと扉から出て来たマキアは、そのバスケットを両手で抱え、一輪の花を取り出し、不思議そうに遠くの俺を見ていた。

ただ、目が合うとすぐに頬を赤らめ小屋に帰ってしまう。


そんな事を、何度か繰り返した。俺は焦らず、少しづつ彼女に歩み寄ってみようと思った。


今度は俺から。

彼女が俺の所を何度も何度も尋ねてくれた様に、次は俺が彼女を尋ねるのだ。









「って、もう10日もこうやって、外で寝てるぞ俺。おいおい……」


ハーレム魔王……はーれむまおう……


なんだっけそれ。

全然マキアさんの心開けてないぞ。


毎日バスケットに弁当を詰めて、俺が寝ている隙に置いて行ってくれるのだが、そこからなかなか進展が無い。


花か? 一輪の花というのが何かさり気なさ過ぎたのか?

いやだって、ここでバラ百本とかもキザすぎて引かれるだろう? だから花束はやめとこうと思ったんだけど。

いやいや、あいつの事だから食い物の方が良かったんじゃないのか?

でも食い物くれたのに、食い物で返すのか?


おかしい。息をするだけで女がおちると言われた黒魔王の俺が、こんなに悩んでもなかなかマキアに近づけない。


「やっぱりこうなったら夜中に忍び込んででも……ちょっと強引な方が良いって言うし……っていやいや」


いやダメだろ。何を考えているんだ俺は。馬鹿か。


ため息混じりに小屋を見上げた。

マキアは本当に俺の事を、なんとも思わないのだろうか。


「……?」


そんな時、ぽつぽつと雨が降り出し、ゲッと顔をしかめた。

この空間雨が降るのかよ。おまけに雷とか鳴り出したぞ。


雷鳴轟く午後の森。

俺は樹の根元で、ただ濡れるのを我慢するしか無いのである。

しかし寒い……今までは大して寒くなかったのだが、雨が降った途端、空気が冷たくなった。


「……ねえ」


じっと腕を組んで縮こまっていた俺に、ふと声がかけられる。

顔を上げると、傘をさした赤毛の少女が一人。


「ね、ねえ……うちに、入る? ここは……寒いでしょう?」


「……」


マキアの声だ。久々に聞いた。

しかしどこか挙動不審で、遠慮がち。目線は逸らされ、声も小さくて、いつもの彼女とは思えない程にか弱く思える。


しかしマキアだ。それだけは分かる。

俺はただマキアと会話していると言うのがこの上なく嬉しくて、雨の中視界がぼやけて仕方が無かった。




小屋の中は、2000年前とほとんど変わらない造りで、壁の棚に沢山の瓶詰めの保存食があり、麦や香草が吊るされている。

何だかとても良い匂いがするのだ。


「……ほら、暖炉の前、行って」


「あ、ああ」


マキアは俺を暖炉の前に促した。


「雨が降ると、ここら辺は寒くなるのよ。服、脱いで乾かさないと。変わりのものを、持って来るから。お父さんので悪いけれど」


「……」


彼女は小声でそう言った。そして、パタパタと居間を出て行ってしまう。

俺は言われた通り、上着を脱いで、暖炉の前に吊るされた枝にかけた。

シャツも脱いで、温かい暖炉の火を見つめながら、ぼんやりとする。


「……あっ」


しばらくして部屋に戻って来たマキアが、不意に声を上げた。

手には白いタオルと、男物の服がある。

マキアは目を泳がせ、ボッと照れた様子で俺にそれらを突き出した。


「こ……これっ」


「お、おう」


そしてくるりと反対側を向いてしまった。

すぐにピンと来た。ああ、こいつ……男の体に免疫が無いから……


そう思うと途端にこちらも恥ずかしくなる。いつものマキアの気の強い態度から、思いもよらなかったが、こいつは前世から生粋のお一人様体質。

現実のマキアもおそらく似た様な反応をするのではないだろうか。


「おい、もう着たから」


慌てて体を拭いて着替え、報告。マキアはチラチラとこちらを見て、やがて向き直る。


「ねえ……あなた、旅人さん? どうしてずっとあの場所に居るの?」


お名前は? と聞く彼女。

俺は少しばかり目を細め、答えた。


「トールだ。お前に会いに来たんだ」


「な、なぜ? 私を殺しに来たの?」


「え? いやいや、そんな物騒な事じゃない。ただ、会いに来たんだよ」


「私に会う為に、10日間もあんな場所で野宿してたいたって言うの?」


「そうだよ。悪いか?」


「い、いえ。別に……」


マキアはモジモジとして、はっと気がついた様に、自分の名を名乗った。


「私は、マキア。ただのマキアよ」


「……マキアは、ずっとここにいるのか?」


「ええ。家族はみんな、ずっと前に死んでしまったの。裏の森の中に、お墓があるわ」


「……」


「ここに来る人は、私を殺しに来る人ばかりだから、あなたもそうなのかと思ってたわ。私、あまり好かれていないの。森を出た所にいる人たちに」


この空間が、果たしてマキリエとしての設定なのか、マキアとしての設定なのか、色々と曖昧ではあるが、おそらく“彼女”を総合した何かを表しているのだとは思う。

いや、そんな複雑な事を考えるのはやめよう。


こいつはただのマキアだ。


「そうか。それは危険だな。俺は別に、お前を殺しに来た訳じゃ無い。むしろ……うーん、何だろうな。お前を知りに来た。そう、そんな感じだ」


「……私を? なぜ?」


「なぜって……」


頭をぽりぽり掻きながら、説明に困る。


「お前と一緒に居たいからだ。それじゃあ、ダメなのか?」


「……」


明らかに不審者。だけど、誤摩化す事も無く。

マキアはしばらく考えて、ちらちらと俺の様子を伺いながら、頷いた。


「分かったわ。それなら、しばらくここに居たらどうかしら。あなたは見た所、剣士の様だし……わ、私の事、守ってくれるのなら。……いや、べ、別に、そんなことしなくても良いのだけどっ。出て行きたい時に、出て行って良いし……」


「……」


エプロンを弄りながら、視線を逸らしつつ、少々ぶっきらぼうに彼女はそう言った。

自分で要求したくせに、それを自分で否定したり。

彼女自身、自分が何を言っているのか、よく分かっていない様だった。


俺は思わず吹き出す。

マキアの素朴な願い、本当の思い、小さな欲、そういったものがちらちらと垣間見える。


ぽんぽんと彼女の頭を撫で、頷いた。


「分かった。お前が良いのなら、ここに居よう。勿論お前を守ってやる」


マキアは一度目を輝かせ、しかしすぐにぼっと頬を染めた。

素直な反応は可愛らしく、ウブな所は彼女らしくない。


……彼女らしくない?


いや、違うな。これもマキアだ。おそらく、あいつの本質。

だって、現実世界の今のマキアを作り上げたのは、沢山の出会い、悲劇と記憶なのだから。


それらの無い純粋なマキアが、ここには居るのだ。



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