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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第四章 〜王都血盟編〜
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48:マキア、大業を成す。



「なんて威力なの……」


巨兵の砲撃は、どうやらルーベル・タワーを狙っている様でした。

直前でその光線を90度曲げ、空で激しく爆発したのを、私たちは呆気にとられて見上げます。


「おそらく、ユリシスの精霊宝壁だろう。それでも弾くのが精一杯なのか」


トールは堤防から砂浜に降りて、周囲にキューブ型の立体魔法陣を作り出します。


「もう、ここからあの巨兵をぶっ壊す。あれはやばい。早めにかたを付けた方が良い」


「魔導要塞で?」


「ああ」


彼は使い魔グリミンドに指示して、あの巨兵を倒す事の出来る魔導要塞を探させていました。


「しかし黒魔王様。今のあなたには神器“時空王の権威”がありませんので、上位要塞のほとんどが使えません」


「……なんだと。上位要塞で無いと、あの巨兵は倒せないって言うのか」


「ええ。調べました所、あの巨兵、今までのものとは随分と違います。空間魔法の割合が少し減って、創造魔法の要素が強いようで。それ故に質量が随分と小さくなっているのですが……」


「ど、どういう事?」


私はさっぱり分からず、ただ深刻な表情をしているトールと、巨兵を見比べていました。



「無駄だよお」



その時、突然堤防の上からクスクスと笑い声が聞こえ、私もトールもそちらを見ました。


銀色の長い髪を高い所で二つに結って、白い軍服を着た美しい少女が、堤防に座って足をぶらぶらとさせていたのです。

まだ、12か13ほどの歳に見える、小柄な少女。真っ赤な瞳が、まるでこの世のものとは思えず、私は思わず息を呑みました。


「僕の創った人形ゴーレムに、パラ・クロンドールの神器も無いお前の魔導要塞が通用するもんか」


「……」


少女は自らを僕と呼び、まるで男の子の様な口調で語ります。

ぴょんと堤防を飛び降りて、小生意気に瞳を細めました。


神器の名を出して来たと言う事は、この子は私たちの事を知っている……?


「やあ、クロンドール。僕らが出会うのが創世期以来かな? その様子じゃあ、僕が誰なのかも、さっぱり覚えていない様だね……ふーん、腹立つなあ」


少女はさっきからトールばかり見て、私の事はまるで無視。

私は無償にイラッとして、トールの小脇をつつきました。


「ちょっとあんた誰よこの娘っ」


「し、知らねえよ」


「あんたこんな小さな娘にまで!!」


「だから知らねえって」


修羅場。

いや、そんな事言っている場合じゃないのですが。


トールは真面目な顔をして、その少女を酷く警戒していました。


「お前……その軍服の紋章はエルメデス連邦のものか。いったい何者だ」


「何者だぁ〜だって? クロンドール……本当に僕の事を忘れてしまったのかい? 競い合う様にあのゴーレムを作ったじゃ無いか。ふふ、昔はねえ、土しか無かったから、脆いゴーレムしか出来なかったけど、そのうちに僕が岩や金属を作って、沢山の巨兵ゴーレムを作った。君は空間魔法を使って、ゴーレムをどんどんおっきくするのが得意だったよねえ。みるみる進化していったじゃないか、僕たちの人形は!」


「……お前、何を言って」


「また、人形遊びしようよ……って話だよ」


にやりと、狂気に満ちた微笑みを浮かべ、意味の分からない事を言う少女。

だけどトールは何かが心に引っかかっている様。


私はトールの腕を引っ張って、彼の意識を呼び戻します。


「ちょっとトール!! なにぼさっとしているの!! こんな子の相手をしている場合じゃないでしょう」


「……マキア」


「さっさとあの巨兵、倒しちゃうわよ!! ユリシスがあんなに粘っているのに……っ」


その時、トールがハッと何かに気がつき、とっさに私の腕を引いて、勢いそのまま共に砂浜に転がりました。


「……っ」


私の腕を僅かにかすめたのは銃弾。

トールはすぐに体勢を整え、周囲に空間の歪みを作その後の銃撃の軌道を変えます。


目の前の少女は今まさに銀色の銃を放ち、私を撃ったのでした。


「ちっ……またお前か。マギリーヴァ。いつもいつもいつも僕たちの邪魔ばかりして。その赤い髪、目障りだ」


彼女はぶつぶつと言いながら、私を嫌悪感にまみれた表情で睨むのです。

そして、唱えます。


「シェム・ハ・ヲ―ル」


聞き覚えの無い呪文の後、私とトールの間の砂が盛り上がり、細長い人型を象った砂が私を掬い上げます。


「ちょ、ちょっと」


「マキア!!」


いつの間にか、銀髪の少女が砂の巨人の肩に乗っていました。


「あっはははははは。砂人形だ!! どうだ、懐かしいだろうクロンドール。昔はねえ、人が居なかったから、人形を作って働かせたものだ。そうやって僕たちはアクロポリスを作ったじゃないか!!」


可愛らしい笑い声を上げ、愉快そうにトールを見下ろす少女。

トールは激しく彼女を睨み、魔導要塞“影の王国”を発動。暗い世界に砂の巨人とその少女を空間に捕えました。


「うるせえよ。マキアを離せ小娘が」


ユラリと黒い魔力が漂う。まるで黒魔王の様な。

それを感じ取ったのか、少女はふっと冷たいまなざしになり、ギロリと私を見下ろし髪を引っ張りました。


「いっいたたた。ちょっと、何を……」


「黙れマギリーヴァ。卑しい血の魔女め……っ。正直このまま握りつぶして殺したい所だが、将軍の奴がお前を欲しがっているからな。……ほーら、そろそろ、迎えに来るぞ」


ドクン……

彼女の声が何かを誘導する様に、私の中にある呪いの蔦が急激に伸びた……そんな感覚でした。

ジワジワと足下から感覚が無くなって行くような……


「マキア!!」


トールが私の名を呼ぶ、その声もどこか遠くに聞こえ始めるのです。

影が砂の巨人を飲み込み、私はその束縛から解放されましたが、体が言う事を聞かず、動かない。


少女は舌打して腰から剣を抜き、トールに斬りかかっていました。


「あの女はもうじき、我々のマリオネットさ。呪いの蔦は全身を覆った。意識は完全に乗っ取られ、あの女の魂は死に至る!!」


「何を言っている、お前……っ!!」


激しく剣を交わす少女とトール。銀と黒の魔力がぶつかり合っています。

流石に剣はトールの方が押していましたが、少女は奇妙な呪文をぶつぶつと唱えながら、魔導要塞の効果を跳ね返している……

魔法で相殺しているのです。




ダメ……


私は遠くなる意識の中、トールに手を伸ばしました。


トール……私……


チャリチャリと、鎖が伸びて来る。私の足から、私を引きずる様に。

もう時間が無いのだと、私自身が良く分かっていました。



「……」



腕から流れる血が、トールの空間に染み込んで行きます。

私は力の入らない手で、自らの剣を、神器に、触れました。


まだ、まだダメ。私はまだ大業を成していない。


ピシピシと音を立て壊れる魔導要塞。

私の血には、その力があります。



「……マキア……?」


少女と剣を交わしていたトールが異変に気がついて、私の元へ回り込もうとしましたが、少女に道を塞がれてしまいました。


「ダメだよ。お前は僕の相手をしていれば良いんだ!! それにマギリーヴァはもう、僕らの言いなり……さあ、この空間をぶっ壊せ、破壊の魔女!!」


彼女が笑いを堪えられないと言う興奮した様子で、私に命令。

私はそのまま、トールの“影の王国”を破壊。


視界は明るくなりました。

会場に浮かぶ巨兵が、高らかに音を奏で、そのラクリマに光を溜めているのが見えます。


「よくやったマギリーヴァ。ふふ……はは。いや、今は青の将軍かな……? あははははは」


少女はピョンピョンと飛び跳ね、喜んでいました。

だけど私は、朦朧とする意識の中立ち上がり、ニヤリと微笑む。


「誰が“青の将軍”ですって……? 残念、まだ私は“紅魔女”よ、小娘が」


そして、腰の鞘に収めていた剣を思いきり引き抜きました。

その黄金の輝きに、少女も、トールも、一瞬で表情を変えます。


「なんでお前が……その剣を……」


少女はその剣に恐怖しているのか、今までの調子とは裏腹に声音を低め呟きました。


「……」


ああ、クラクラする。

意識が飛んでしまいそうだわ。


青の将軍の腹立つ声が聞こえる。早く、こっちへ来いって……



「目覚めなさい……“戦女王の盟約”……」



私はゆっくりとその名を唱え、命令しました。

黄金の剣は私の血を吸い込んで、その黄金の輝きを僅かに鈍らせ、そして弾ける様に赤い光を放ちました。

目映い、偽りの金の殻は剥がされ、真の姿を現すのです。


握る柄の部分から形を変え、更に構築される装甲により、長く、高く、摘み上がって行きます。

赤い模様に、私の血が惜しみなく注がれ、生き物の動脈の様にドクドクと脈打つ。


そして、それは言葉では形容しがたい兵器となったのです。

銃器の様にも見えるし、剣の様にも王錫の様にも思える……


一発だろうな。

おそらく、私が保つのは……


「おい、マキア!!」


トールの声が聞こえ、私は一度そちらを見て、困った様に笑いました。

しかし何を言う事も無く、その神器を構え、海上の巨兵を睨みます。


「解放。……滅びなさい、お人形さん」


自らの神器の門出だと言うのに、その力を解放するその時の口ぶりは弱々しいものでした。

でも、確かな威力を持ってして、戦女神の盟約は唸る。


「や、やめろ。やめろおおおおっ!!」


銀髪の少女が叫んだ時にはもう遅く、私の命令は、真っすぐ、ただ一直線に光の道の様に伸び、海上の巨兵のを押す様に包込み、そのまま滅したのでした。

空を斬る激しい音が耳を劈くのです。


緑の幕の内側からの攻撃は外に通じるので、緑の幕を越えどこか遠くの海の上で、その光は一度集束し、激しく爆発しました。


遠く真っ赤に昇り立つ炎の柱。


ああ、西の大陸を爆発させたときって、こんな感じだったのかしら。

いえ、あの時はきっと、もっと大きなものだったんでしょうね。


なんて事を考えながら、私は全ての力を出し切り、ドクンと激しい心臓の鼓動の音と共にふらつきます。

激しい魔法を使った為、一気に意識が消えかけ、目の奥で揺れる青い炎。

ああ、飲み込まれてしまう……


「……」


しかしそれを振り払う様に、目の端にちらついた、金色の髪。

いつから私たちのこの様子を見ていたのか、私はカノン将軍に支えられる様にして倒れ込み、そのまま、彼の手に握られていた霧を帯びた剣により、体を貫かれていました。


カノン将軍は……勇者はきっと何一つ迷わなかったでしょうね。


「……ふふ……悪い……わね。結局あんたの手を、患わせる事になって……」


「……」


口の端から血が溢れ、ズルリと、完全に体の力が抜けてしまう。そしてそのまま、砂浜に倒れ込みました。


「マキア!!!」


トールの悲痛な声。

彼は少女の剣を思いきり薙ぎ、私の元までやってきました。


「マキア!! マキア!!! 貴様よくもマキアを!!!」


トールは側で立つカノン将軍にくってかかろうとしましたが、カノン将軍の前にレピスが立ち、涙のたまった瞳で、強く首を振っていました。


「ダメですトール様。マキア様は……だってマキア様は、それを望みません……」


「……お前、なんで……っ」


レピスは、もう声の出ない私の変わりに、トールにそれを伝えてくれました。


「くそっ。なんでこんな……っ。あいつ、青の将軍め、失敗したっていうのか!!」


銀髪の少女は悔しそうに表情を歪め、舌打し勇者を睨みました。


「貴様……金の、金の王め!! マギリーヴァを殺し、肉体の支配を阻止するつもりか!! くそ……」


強く拳を握り、彼女は耳元に手を当て「うるさい分かっている!!」と、誰とも知れない者に怒鳴っていました。


そして、彼女は砂を煽る様にして、この場から消えたのでした。

それを追える者は居らず。勇者もまた、彼女を横目に見送っただけ。



「……マキア、マキア。今、ユリシスを呼んで……」


トールの表情は、この状況の不可解さと、混乱、恐怖に満ちたもの。

私はただ、彼に手を伸ばしました。もう、意識も曖昧で、僅かな声も出なかったけれど、彼の服を掴んで、首を振ります。


「何故だ、マキア」


トールの声は震えていて、私が居なくなるその瞬間を恐れに恐れている、そんなもの。

私はそれが酷く悲しかったのです。


「……ト……ル……」


「なんだ、なんだマキア」


振り絞った私の声を聞き逃すまいと、彼は私の口元に顔を近づけました。


瞼が重い。

言いたい事があるのに、口が動かない。

さっき、デートの最後に、トールに伝えようと思っていた事があるのに。



あのねトール、私、黒魔王がとてもとても好きだったけど……今はね……



「……」


私は彼の腕の中で、小さく、本当に掠れる程度、彼にキスをする。

血に濡れた唇で。


トールは一度目を見開き、涙を流し、今度は彼から私に深く口付けてくれました。


ああ……死に際としては、2000年前よりよっぽど素敵ね。

私は大好きな人の腕の中で、一生を終える事が出来る。


「……」


だけど、これって2000年前の逆だわ。

トールは私の死を、きっと深く悲しんでくれるでしょう。


嫌だ。残されたトールが、あの時の私みたいに泣くって言うの。

嫌だ。あの絶望は、あの悲痛は嫌だ。あんなの、トールに味合わせたくない。

この後の人生を、憎しみだけを糧に生きて欲しくない。



お願い。この世界の神様が私たちであると言うなら、私は私の血に祈るわ。

どうかトールを、悲しませないで。

彼を幸せにして。

彼を守って。

死んでしまう私の事なんて、もうどうでも良いから。



「……」



私の心臓は、一度ドクンと鮮血を送るように脈打ち、そして、もう二度と動く事はありません。



ただ最後までトールの温もりを感じる事が出来たのは、紅魔女とは違う、マキア・オディリールと言う少女にとっての、これ以上無い幸せだったのだと思います。




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