48:マキア、大業を成す。
「なんて威力なの……」
巨兵の砲撃は、どうやらルーベル・タワーを狙っている様でした。
直前でその光線を90度曲げ、空で激しく爆発したのを、私たちは呆気にとられて見上げます。
「おそらく、ユリシスの精霊宝壁だろう。それでも弾くのが精一杯なのか」
トールは堤防から砂浜に降りて、周囲にキューブ型の立体魔法陣を作り出します。
「もう、ここからあの巨兵をぶっ壊す。あれはやばい。早めにかたを付けた方が良い」
「魔導要塞で?」
「ああ」
彼は使い魔グリミンドに指示して、あの巨兵を倒す事の出来る魔導要塞を探させていました。
「しかし黒魔王様。今のあなたには神器“時空王の権威”がありませんので、上位要塞のほとんどが使えません」
「……なんだと。上位要塞で無いと、あの巨兵は倒せないって言うのか」
「ええ。調べました所、あの巨兵、今までのものとは随分と違います。空間魔法の割合が少し減って、創造魔法の要素が強いようで。それ故に質量が随分と小さくなっているのですが……」
「ど、どういう事?」
私はさっぱり分からず、ただ深刻な表情をしているトールと、巨兵を見比べていました。
「無駄だよお」
その時、突然堤防の上からクスクスと笑い声が聞こえ、私もトールもそちらを見ました。
銀色の長い髪を高い所で二つに結って、白い軍服を着た美しい少女が、堤防に座って足をぶらぶらとさせていたのです。
まだ、12か13ほどの歳に見える、小柄な少女。真っ赤な瞳が、まるでこの世のものとは思えず、私は思わず息を呑みました。
「僕の創った人形に、パラ・クロンドールの神器も無いお前の魔導要塞が通用するもんか」
「……」
少女は自らを僕と呼び、まるで男の子の様な口調で語ります。
ぴょんと堤防を飛び降りて、小生意気に瞳を細めました。
神器の名を出して来たと言う事は、この子は私たちの事を知っている……?
「やあ、クロンドール。僕らが出会うのが創世期以来かな? その様子じゃあ、僕が誰なのかも、さっぱり覚えていない様だね……ふーん、腹立つなあ」
少女はさっきからトールばかり見て、私の事はまるで無視。
私は無償にイラッとして、トールの小脇をつつきました。
「ちょっとあんた誰よこの娘っ」
「し、知らねえよ」
「あんたこんな小さな娘にまで!!」
「だから知らねえって」
修羅場。
いや、そんな事言っている場合じゃないのですが。
トールは真面目な顔をして、その少女を酷く警戒していました。
「お前……その軍服の紋章はエルメデス連邦のものか。いったい何者だ」
「何者だぁ〜だって? クロンドール……本当に僕の事を忘れてしまったのかい? 競い合う様にあのゴーレムを作ったじゃ無いか。ふふ、昔はねえ、土しか無かったから、脆いゴーレムしか出来なかったけど、そのうちに僕が岩や金属を作って、沢山の巨兵を作った。君は空間魔法を使って、ゴーレムをどんどんおっきくするのが得意だったよねえ。みるみる進化していったじゃないか、僕たちの人形は!」
「……お前、何を言って」
「また、人形遊びしようよ……って話だよ」
にやりと、狂気に満ちた微笑みを浮かべ、意味の分からない事を言う少女。
だけどトールは何かが心に引っかかっている様。
私はトールの腕を引っ張って、彼の意識を呼び戻します。
「ちょっとトール!! なにぼさっとしているの!! こんな子の相手をしている場合じゃないでしょう」
「……マキア」
「さっさとあの巨兵、倒しちゃうわよ!! ユリシスがあんなに粘っているのに……っ」
その時、トールがハッと何かに気がつき、とっさに私の腕を引いて、勢いそのまま共に砂浜に転がりました。
「……っ」
私の腕を僅かにかすめたのは銃弾。
トールはすぐに体勢を整え、周囲に空間の歪みを作その後の銃撃の軌道を変えます。
目の前の少女は今まさに銀色の銃を放ち、私を撃ったのでした。
「ちっ……またお前か。マギリーヴァ。いつもいつもいつも僕たちの邪魔ばかりして。その赤い髪、目障りだ」
彼女はぶつぶつと言いながら、私を嫌悪感にまみれた表情で睨むのです。
そして、唱えます。
「シェム・ハ・ヲ―ル」
聞き覚えの無い呪文の後、私とトールの間の砂が盛り上がり、細長い人型を象った砂が私を掬い上げます。
「ちょ、ちょっと」
「マキア!!」
いつの間にか、銀髪の少女が砂の巨人の肩に乗っていました。
「あっはははははは。砂人形だ!! どうだ、懐かしいだろうクロンドール。昔はねえ、人が居なかったから、人形を作って働かせたものだ。そうやって僕たちはアクロポリスを作ったじゃないか!!」
可愛らしい笑い声を上げ、愉快そうにトールを見下ろす少女。
トールは激しく彼女を睨み、魔導要塞“影の王国”を発動。暗い世界に砂の巨人とその少女を空間に捕えました。
「うるせえよ。マキアを離せ小娘が」
ユラリと黒い魔力が漂う。まるで黒魔王の様な。
それを感じ取ったのか、少女はふっと冷たいまなざしになり、ギロリと私を見下ろし髪を引っ張りました。
「いっいたたた。ちょっと、何を……」
「黙れマギリーヴァ。卑しい血の魔女め……っ。正直このまま握りつぶして殺したい所だが、将軍の奴がお前を欲しがっているからな。……ほーら、そろそろ、迎えに来るぞ」
ドクン……
彼女の声が何かを誘導する様に、私の中にある呪いの蔦が急激に伸びた……そんな感覚でした。
ジワジワと足下から感覚が無くなって行くような……
「マキア!!」
トールが私の名を呼ぶ、その声もどこか遠くに聞こえ始めるのです。
影が砂の巨人を飲み込み、私はその束縛から解放されましたが、体が言う事を聞かず、動かない。
少女は舌打して腰から剣を抜き、トールに斬りかかっていました。
「あの女はもうじき、我々のマリオネットさ。呪いの蔦は全身を覆った。意識は完全に乗っ取られ、あの女の魂は死に至る!!」
「何を言っている、お前……っ!!」
激しく剣を交わす少女とトール。銀と黒の魔力がぶつかり合っています。
流石に剣はトールの方が押していましたが、少女は奇妙な呪文をぶつぶつと唱えながら、魔導要塞の効果を跳ね返している……
魔法で相殺しているのです。
ダメ……
私は遠くなる意識の中、トールに手を伸ばしました。
トール……私……
チャリチャリと、鎖が伸びて来る。私の足から、私を引きずる様に。
もう時間が無いのだと、私自身が良く分かっていました。
「……」
腕から流れる血が、トールの空間に染み込んで行きます。
私は力の入らない手で、自らの剣を、神器に、触れました。
まだ、まだダメ。私はまだ大業を成していない。
ピシピシと音を立て壊れる魔導要塞。
私の血には、その力があります。
「……マキア……?」
少女と剣を交わしていたトールが異変に気がついて、私の元へ回り込もうとしましたが、少女に道を塞がれてしまいました。
「ダメだよ。お前は僕の相手をしていれば良いんだ!! それにマギリーヴァはもう、僕らの言いなり……さあ、この空間をぶっ壊せ、破壊の魔女!!」
彼女が笑いを堪えられないと言う興奮した様子で、私に命令。
私はそのまま、トールの“影の王国”を破壊。
視界は明るくなりました。
会場に浮かぶ巨兵が、高らかに音を奏で、そのラクリマに光を溜めているのが見えます。
「よくやったマギリーヴァ。ふふ……はは。いや、今は青の将軍かな……? あははははは」
少女はピョンピョンと飛び跳ね、喜んでいました。
だけど私は、朦朧とする意識の中立ち上がり、ニヤリと微笑む。
「誰が“青の将軍”ですって……? 残念、まだ私は“紅魔女”よ、小娘が」
そして、腰の鞘に収めていた剣を思いきり引き抜きました。
その黄金の輝きに、少女も、トールも、一瞬で表情を変えます。
「なんでお前が……その剣を……」
少女はその剣に恐怖しているのか、今までの調子とは裏腹に声音を低め呟きました。
「……」
ああ、クラクラする。
意識が飛んでしまいそうだわ。
青の将軍の腹立つ声が聞こえる。早く、こっちへ来いって……
「目覚めなさい……“戦女王の盟約”……」
私はゆっくりとその名を唱え、命令しました。
黄金の剣は私の血を吸い込んで、その黄金の輝きを僅かに鈍らせ、そして弾ける様に赤い光を放ちました。
目映い、偽りの金の殻は剥がされ、真の姿を現すのです。
握る柄の部分から形を変え、更に構築される装甲により、長く、高く、摘み上がって行きます。
赤い模様に、私の血が惜しみなく注がれ、生き物の動脈の様にドクドクと脈打つ。
そして、それは言葉では形容しがたい兵器となったのです。
銃器の様にも見えるし、剣の様にも王錫の様にも思える……
一発だろうな。
おそらく、私が保つのは……
「おい、マキア!!」
トールの声が聞こえ、私は一度そちらを見て、困った様に笑いました。
しかし何を言う事も無く、その神器を構え、海上の巨兵を睨みます。
「解放。……滅びなさい、お人形さん」
自らの神器の門出だと言うのに、その力を解放するその時の口ぶりは弱々しいものでした。
でも、確かな威力を持ってして、戦女神の盟約は唸る。
「や、やめろ。やめろおおおおっ!!」
銀髪の少女が叫んだ時にはもう遅く、私の命令は、真っすぐ、ただ一直線に光の道の様に伸び、海上の巨兵のを押す様に包込み、そのまま滅したのでした。
空を斬る激しい音が耳を劈くのです。
緑の幕の内側からの攻撃は外に通じるので、緑の幕を越えどこか遠くの海の上で、その光は一度集束し、激しく爆発しました。
遠く真っ赤に昇り立つ炎の柱。
ああ、西の大陸を爆発させたときって、こんな感じだったのかしら。
いえ、あの時はきっと、もっと大きなものだったんでしょうね。
なんて事を考えながら、私は全ての力を出し切り、ドクンと激しい心臓の鼓動の音と共にふらつきます。
激しい魔法を使った為、一気に意識が消えかけ、目の奥で揺れる青い炎。
ああ、飲み込まれてしまう……
「……」
しかしそれを振り払う様に、目の端にちらついた、金色の髪。
いつから私たちのこの様子を見ていたのか、私はカノン将軍に支えられる様にして倒れ込み、そのまま、彼の手に握られていた霧を帯びた剣により、体を貫かれていました。
カノン将軍は……勇者はきっと何一つ迷わなかったでしょうね。
「……ふふ……悪い……わね。結局あんたの手を、患わせる事になって……」
「……」
口の端から血が溢れ、ズルリと、完全に体の力が抜けてしまう。そしてそのまま、砂浜に倒れ込みました。
「マキア!!!」
トールの悲痛な声。
彼は少女の剣を思いきり薙ぎ、私の元までやってきました。
「マキア!! マキア!!! 貴様よくもマキアを!!!」
トールは側で立つカノン将軍にくってかかろうとしましたが、カノン将軍の前にレピスが立ち、涙のたまった瞳で、強く首を振っていました。
「ダメですトール様。マキア様は……だってマキア様は、それを望みません……」
「……お前、なんで……っ」
レピスは、もう声の出ない私の変わりに、トールにそれを伝えてくれました。
「くそっ。なんでこんな……っ。あいつ、青の将軍め、失敗したっていうのか!!」
銀髪の少女は悔しそうに表情を歪め、舌打し勇者を睨みました。
「貴様……金の、金の王め!! マギリーヴァを殺し、肉体の支配を阻止するつもりか!! くそ……」
強く拳を握り、彼女は耳元に手を当て「うるさい分かっている!!」と、誰とも知れない者に怒鳴っていました。
そして、彼女は砂を煽る様にして、この場から消えたのでした。
それを追える者は居らず。勇者もまた、彼女を横目に見送っただけ。
「……マキア、マキア。今、ユリシスを呼んで……」
トールの表情は、この状況の不可解さと、混乱、恐怖に満ちたもの。
私はただ、彼に手を伸ばしました。もう、意識も曖昧で、僅かな声も出なかったけれど、彼の服を掴んで、首を振ります。
「何故だ、マキア」
トールの声は震えていて、私が居なくなるその瞬間を恐れに恐れている、そんなもの。
私はそれが酷く悲しかったのです。
「……ト……ル……」
「なんだ、なんだマキア」
振り絞った私の声を聞き逃すまいと、彼は私の口元に顔を近づけました。
瞼が重い。
言いたい事があるのに、口が動かない。
さっき、デートの最後に、トールに伝えようと思っていた事があるのに。
あのねトール、私、黒魔王がとてもとても好きだったけど……今はね……
「……」
私は彼の腕の中で、小さく、本当に掠れる程度、彼にキスをする。
血に濡れた唇で。
トールは一度目を見開き、涙を流し、今度は彼から私に深く口付けてくれました。
ああ……死に際としては、2000年前よりよっぽど素敵ね。
私は大好きな人の腕の中で、一生を終える事が出来る。
「……」
だけど、これって2000年前の逆だわ。
トールは私の死を、きっと深く悲しんでくれるでしょう。
嫌だ。残されたトールが、あの時の私みたいに泣くって言うの。
嫌だ。あの絶望は、あの悲痛は嫌だ。あんなの、トールに味合わせたくない。
この後の人生を、憎しみだけを糧に生きて欲しくない。
お願い。この世界の神様が私たちであると言うなら、私は私の血に祈るわ。
どうかトールを、悲しませないで。
彼を幸せにして。
彼を守って。
死んでしまう私の事なんて、もうどうでも良いから。
「……」
私の心臓は、一度ドクンと鮮血を送るように脈打ち、そして、もう二度と動く事はありません。
ただ最後までトールの温もりを感じる事が出来たのは、紅魔女とは違う、マキア・オディリールと言う少女にとっての、これ以上無い幸せだったのだと思います。