47:ユリシス、白魔術師たちの攻防。
ユリシスです。
式典は粛々と執り行われていました。
フレジールのシャトマ姫、カノン将軍が出席したのと、他に分国の3人の王が出席。
また当然、ルスキアの新王であるレイモンド王も出席。
魔導回路の母体となるルーベル・タワーの完成は、それほどに画期的な事でした。
僕も参列し、櫓の上から式典を眺めていたのです。
トール君は無事にマキちゃんに会えたかな、今二人は一緒に楽しんでいるのかな、と考えながら。
式典の中盤、ルーベル・タワーの起動ボタンをレイモンド王が押し、この国の王都や地方都市に敷かれた魔導回路が繋がれました。
ルーベル・タワーの頂点にある丸い石が、きらきらと輝き、あちこちの回路にその光が流れて行くのを、僕は目で追っています。
フッと体を通り過ぎる魔力の波動は、この装置によるもの。
不思議な感覚ですが、そのうちに慣れてくるのでしょう。
全ての回路が繋がるのに丸一日程時間がかかるらしく、その間ソロモン・トワイライト率いるトワイライトのエンジニアはルーベル・タワーにつきっきりになるらしい。
「ほお……これは面白い。この塔に我が国のレア・メイダが使われていると思うと胸が躍る」
ギルチェ国王が顎を撫でながら、感嘆の声を上げました。
「ギルチェのレア・メイダは非常に質が良いからな……」
シャトマ姫が口元を扇で隠し、ギルチェ国王にスッと視線を投げかけました。ギルチェ国王は「姫のお墨付きとはありがたい」と、軽くかわしていたけれど。
ギルチェ王国はルスキア王国とフレジール王国以外にも、東のその他の国々に貿易の手を伸ばしています。
ルスキア王国やフレジール王国としてはそこら辺を制限して、レア・メイダをある程度確保したい所なのだけど、どうにもこのギルチェ国王はやり手で、なかなか……。
と、その時。
少しだけ空が曇ったかと思いました。
しかしそうではありませんでした。空を見上げると、空間の歪みのせいで、太陽の光が少しだけ弱くなっていたのです。
「……あれは」
思わず立ち上がりました。
この事に気がついていない人たちがほとんどでしたので、いきなり立ち上がった僕に何事かと視線が注がれます。
「どうかしましたか、殿下」
「レイモンド王、空が。何か、出てきます!」
僕がそう言ったか言わないかの瞬間、連続的に現れた転移魔法の魔法陣から、銀色の巨大戦艦の先端が出現。それはずっとずっと高い上空だったけれど、それでもよく見えると言う事は、それだけ大きな戦艦であると言う事です。
「……シルヴィード、か」
シャトマ姫も立ち上がりました。
「シルヴィード!? あの、連邦の最新戦艦シルヴィードかね!!?」
オリエン国王がすっとうきょうな声を上げ、後ろのめりになっています。
式典に参加していた国民たちや、役人、大臣たちが徐々にざわめきたち、周囲は不安と恐れに包まれ始めました。
一年前を彷彿とさせる状況です。
「案ずるな。ここは緑の幕内だ。戦艦としてならシルヴィードの火力は世界一だが、緑の幕を突破出来る程のものでは無い。ただ……問題は……」
シャトマ姫は集まった王たちに向かって、堂々とそう言いつつも、頬に汗を流していました。
僕は彼女を横目に見ていましたが、次第に彼女が指差す方に視線を移し、そして、絶句。
「……え」
いつの間にか、海面を僅かに浮く、小さな何かがあったのです。
何故、どうして、という動揺と共に、あれは本当に“あれ”なのだろうか、と戸惑う。
「シャトマ姫……あれは……」
「……おそらく巨兵だろう。ギガスだ。ただ……普通のものより小さいな」
シャトマ姫は既に魔法陣を展開。
いつあの巨兵が攻撃して来ても良いと言う様に。
彼女は淡々としていましたが、僕は状況を察します。
マズい。これは非常にマズい事態だ。
それは、レイモンド王にも分かった様です。
「最悪のパターンと言うのをいくつか考えていたが、これは最悪も最悪だ。なぜ巨兵が緑の幕内に入って来ているのだ……」
彼はすぐに民を避難させるよう、指示を出していました。
「ヤバいですか、シャトマ姫」
「ヤバいな。ヤバヤバだ。こんなに大陸の近くではヴァルキュリア艦を動かすのも難しい」
「はは。シャトマ姫がそんな事言うんですから、それはもうヤバいんでしょうねえ」
僕も魔法陣を展開。
緑の幕ほどの強度は無いにしろ、何かしら巨兵が攻撃して来た時に、白魔術の“守護宝壁”で守る他無いのです。
「カノン、神器を」
「……」
カノン将軍がシャトマ姫の神器、“聖女王の号令”を彼女に差し出しました。いったい、いつの間に持って来たと言うのでしょうか。
長く幅の広い、紫色の杖。
「守護宝壁で保つでしょうか」
「通常の巨兵なら問題ないだろう」
「はは。何だか一年前の同じ日にも、似た様なものを港から見たなあ……」
「暢気な事を言うんじゃない、賢者様。あの時は緑の幕の外で起こったが、今回は……。ただ、何が目的なのか察しは付く。おそらく、ルーベル・タワーの破壊であろう」
シャトマ姫がいっそう表情を険しくしました。
海上に浮かぶ巨兵が、僅かにその羽を広げ浮かび、頭上のラクリマに光らせ砲撃準備に入ったのでした。
僕は魔法陣を無数に作り、今手元に居る24体の精霊全てを精霊宝壁として召喚出来る準備をします。
いったいどれほど必要になるかは分からないけれど……
僕は息を呑みました。
「くるぞ!!」
シャトマ姫の声が響き、同時に精霊宝壁を召喚。
巨兵の砲撃に合わせて港に広範囲の結界を張り、軌道に添って宝壁を重ねます。
しかし、手前に張ったシャトマ姫の宝壁が連続的に突破されてしまいました。
「何!?」
これはマズいと瞬時に察知して、広範囲に張っていた宝壁を一極集中。
それらを重ね、曲を描く様にして列ねます。
「……っ」
巨兵の砲撃は重なる宝壁を割る度に力を弱めましたが、それでもただの一年前見た巨兵の砲撃より、ずっとずっと威力が強い。
やばい、マズい。
砲撃は僕の宝壁に添って上へ促され、大陸に届く事無く空で爆発。
僕らはただただ、それを見上げ、呆気にとられてしまっていました。
「……あいつ……いままでの巨兵とは訳が違うな」
シャトマ姫も、その巨兵の威力を察した様。
僕らは手持ちの精霊全てを宝壁として利用して、やっと一撃を回避しただけなのです。
「魔法陣のストックもそのうちに尽きてしまう。このままでは……」
一刻も早く奴を倒さなければならない。そう思わされました。
僕とシャトマ姫が守護に徹する必要があるなら、あれを倒す事が出来るのはおそらくトール君の魔導要塞くらいのもの……。それにマキちゃんの命令魔法をかけ合わせるのがベストか。
回避したとは言え間近で巨兵の砲撃を目の当たりにした民は、皆混乱しあちこちから悲鳴が聞こえました。
とにかく今は守護に徹するしか無いのか……
「おい、お前たちのなよっちい精霊の守護宝壁なんぞ、俺のパンチでも突破出来るわ!!」
「……!?」
頭上から聞き覚えのある声が聞こえました。
どうやら櫓の上に、エスカ義兄さんがいるようで、彼は何やら腕を組んで格好付けた態度で、僕らの前に降り立ちました。
「おお、大司教様ではないか」
「え、あ、その。藤姫様に置かれましてはお日柄も良く……」
シャトマ姫の前では何故かウブな態度になるのが、焦りと相まってイラッと。
「エスカお義兄さん今はそれどころではないのです」
「そんな事は分かってんだよ!! うっせーな、これを持って来たんだろうが」
僕には常に半ギレな態度。しかし彼は僕に向かって、ある錫杖を投げました。
「これは……精霊王の錫……!?」
「ああ。2000年前、白賢者が死んでから聖域が保管していたものだ。これがあるか無いかで、精霊魔法の威力も変わって来る。いいか、守護宝壁は俺が作る。白賢者の百精霊より、俺の大四方精霊の方がずっとずっと格上だからな!!」
「あ、ああなるほど。僕はそれに、精霊乗算をかければ良いと言う事ですね」
「そう言う事だ!! ……あ、えっと藤姫様も出来れば精霊乗算を……」
「了解だ大司教様。いや、やはりあなたは頼りになる」
「……」
シャトマ姫に背中を叩かれ、おそらく凄まじい力を得たエスカ義兄さんは、大層ご満悦な様子で大四方精霊を召喚。
流石に伝説の精霊たち。僕の百精霊には無い神がかった存在感を見て取れます。
「行くぜお前ら。あの巨兵に審判を下すぜ!!」
「アイアイサー!!」
声を上げたのは黒海亀のブラクタータ。
その他にも赤鳥フェニキシス、蒼竜ブルーウィンガム。はじめて見るのは、おそらく白獣キューヴィーロ。
巨兵はその場から動こうとしません。しかし再び頭上のラクリマに光を集め始めました。方向は変わらずルーベル・タワーの方角。要するに、こちらです。
「くるぞ!!」
エスカ義兄さんは聖灰の大司教の神器である、杖状になっている灰色の聖杯を掲げていました。
「ヒャッハー!! これが聖灰の大司教の神器、“教海王の聖杯”だ!!」
「いや、ヒャッハーは良いので早く精霊宝壁の召喚をしてください」
「う、うっせー、死ね!!」
自分の超かっこいい神器の名を唱えてヒャッハーしたくなるのも分かりますが、今はそんな時間すらありません。
とは言え、やはりエスカ義兄さんはそれなりにやり手です。4枚の守護宝壁を同時に召喚し、僕とシャトマ姫は精霊全てを、この宝壁を対象に精霊乗算で召喚し、おそらく今出来るこれ以上無い固い防御壁を築きます。
二度目の砲撃が発射され、すぐにその宝壁に到達。
一度目より大きなエネルギーのものでした。
「……っ」
重い。非常に重い圧力が僕らを襲います。まるで力比べの様。
壁はその砲撃を何とか防いだけど、僕らは元居た場所からずり下がっていて、自身の体にもかなりの圧力を受けたのだと分かります。
今だけで、一体何枚の魔法陣を消費したんだろう。
一度の砲撃を防ぐだけで。
魔王クラス3人がたった一撃を防ぐだけでこれほど手こずるとは……
「チッ。あの化け物、あきらかに、シャンバルラ海上戦の時より威力が上がっている。どういう事だ……っ」
エスカ義兄さんは真面目な顔になって、舌打をしました。
いくら僕らが魔王クラスで、体内に大量の魔法陣を抱え込んでいるとは言え、限りはあります。
今はあの一点から動こうとしない巨兵だけど、あれが動いて大陸にでも上がって来たら、被害は想像を絶するでしょう。
高みの見物を決め込んでいる戦艦シルヴィード。
ヴァルキュリア艦がシャトマ姫の命令で固定されていた宙から動き、巨兵を攻撃するも、巨兵の周囲には無数の魔導障壁が築かれかすり傷さえ付けられないのです。
「動きもしないくせに……生意気な……っ」
「くそ。あいつらは何やってんだよ!! 黒魔王と紅魔女は!!」
エスカ義兄さんの言う通り、この状況をどうにか出来るのは僕らじゃない。
トール君、マキちゃん、君たちは今どこに……
「……ふふふ……」
その時、後ろから、不吉な笑い声が聞こえてきました。
いったい誰がこんな状況で笑えるのかと思って、思わず僕らは皆振り返る。
「あの巨兵、普通のものより小さいでしょう。あれは“オリジナル”の子ですからね。……超魔導遊撃巨兵ギガス……『タイプ・エリス』」
そう言ったのは、ギルチェ王国の国王でした。
彼は今までとは明らかに違う、どこか丁寧な口調で僕らの知らない事を解説してくれました。他の王たちは皆避難しているのに、彼だけはここに居座り、悠々と見物しているのです。
「お前……」
僕は訳が分からなかったけれど、僕以上に驚愕していたのがエスカ義兄さんとシャトマ姫。
彼らは、その言葉を聞いただけでそれが“誰”なのか、察した様でした。
「まさか、お前……はは、青の将軍か? いつからだ? いつからギルチェ国王の体を乗っ取ったって言うんだ!!」
エスカ義兄さんの表情は、いつも以上に血相を変え筋立っていて、シャトマ姫は逆に、いつもの彼女らしからぬ様子で青ざめていました。
僕にとっては、初対面となるでしょう。
それが、1000年前の魔王クラスの一人、青の将軍でした。
青の将軍が人の体を乗っ取る事が出来ると言うのは、トール君から聞いていた話ですが、まさかギルチェ国王の体を乗っ取っていたとは。
そして、それはとても大きな不安をかき立てるもの。
この場に居た兵がレイモンド王の指示で彼を取り囲みますが、ギルチェ国王は余裕な態度。
「レナさん……こちらへ」
レイモンド王とレピスさんに守られる様に、レナさんが櫓から居りて行きました。
ギルチェ国王……いえ、もう青の将軍と言いましょう。
青の将軍はそれを横目に見て、嫌な笑みを浮かべつつも、特に何かをする様子でもなく。
ただ僕らも宝壁を保つのに精霊を全て使っていますから、これを一つでも解く訳にはいきませんでした。
「……なるほど、ギルチェ国王の体を乗っ取る事で、レア・メイダの貨物船に“巨兵”の素材を乗せて運んだか。全てこの日の為に……」
「ええ、ええいかにも。藤姫のおっしゃる通り。巨兵を連れて来るなんて、緑の幕を通る時点で見つかってしまいますからね。企業秘密ですが、巨兵の素材はすでにこの大陸に沢山いるのです。ほとんど黒魔王の魔導要塞に捕われてしまったのですが……問題はありませんでした。あれは主に創造魔法と空間魔法で出来ている、半分は視覚的幻想産物なので。……おっと、これ以上は言えませんねえ」
「って、めっちゃ言ってんじゃねーか」
エスカ義兄さんはイライラした様子でした。
今目の前に宿敵がいるのに、そいつをぶっ倒す事さえ出来ない状況だから。
「……」
今まで押し黙っていた勇者が、腰から剣を抜いた。
僕はそれを知っている。
黒い霧に覆われた剣。僕が殺された、あの剣でした。
「ふふ、回収者よ。また私を捕えるか? 今ソロモン・トワイライトは手を外せないはずだ。私をあの空間に閉じ込める事は不可能だ。……それに、この男の役目は終わりました」
青の将軍は懐から銃を取り出しました。
勇者が斬りかかったけれど、青の将軍は銀色の光によって守られていました。
勇者の剣はその光に弾き返されます。
「無駄です。前にヘマをして、一体捕えられてしまったので、今回は少し手を打たせて頂きました。……我が国家のシルヴィードがわざわざここまで来たのも、そのため。我が王の銀色のご加護を得るため……」
勇者はその表情を険しくして、上空のシルヴィードを横目に。
「……銀の……王か……」
ポツリと、おそらくとても重要な単語を発するのです。
「今回の目的は主に二つ。一つはルーベル・タワーの破壊。そして……もう一つは、あの方を迎えに」
「……あの方?」
僕は呟く様に問いました。
青の将軍はちらりと僕を見て、不敵に微笑みます。ギルチェ国王も一筋縄でいかない男でしたが、その時の雰囲気より、もっともっと深く緊張感がある……
「ええ。既にあの方の体には、私の植え付けた呪いが蔦を伸ばし、私の魂を受け入れる準備を完了させています。あの方の力があれば、ふふ……あっははは。世界など容易い」
「……」
僕には何が何だか分からなかったけれど、シャトマ姫も、エスカ義兄さんも、勇者も、その言葉の意味を理解している様でした。
「さあ、私はあの方を迎えに行かなければなりません。それでは皆さん、またお会いしましょう」
青の将軍は自らの銃をこめかみに当て、そのまま躊躇無く自らを撃ちました。
まさか自分を撃つなんて、正気じゃない。
「カノン!!」
シャトマ姫が叫ぶ。
「行け!! 紅魔女の元だ!!」
「……」
勇者は眉間にしわを寄せ、深刻な表情で櫓を飛び降り、レピスさんの魔法で転移。この場から消えました。
「……紅魔女?」
僕は言い様の無い不安にかられます。
「おい白賢者!! 宝壁に集中しろ!!」
エスカ義兄さんの切羽詰まった声で、僕は目の前の事に気を引き戻されます。
巨兵……あの小さな巨兵が、頭上のラクリマに光の帯を纏わせ、高らかな音を奏で始めました。
それはまるで祝福の言葉の様な歓喜の歌の様な、それでいてどこか狂気的な音色。
僕はゾッとして、背筋に汗を流すのです。
「なんか、凄いのが来そうだな……」
エスカ義兄さんは片口を上げ笑うしか無いと言った様子。僕は宝壁に集中しつつも、一度目を瞑り、空を睨みました。
戦艦シルヴィードは相変わらず高い所から見下ろしているだけ。まるで天上人が遊戯を見物しているかの様に。