44:トール、新時代の象徴。
3話連続で更新しております。
ご注意ください。
ルーベル・タワー。
約一年をかけ、運用にこぎ着けた魔導回路システムの象徴である。
いやしかし基本がフレジールにあるとはいえ、こんなものを一年足らずで作り上げるトワイライトの一族の技術が凄い。まあ空間魔法なんてある意味建築業だけど。
俺はこの開発にずっと携わってきたが、明日から本格的にあの塔が稼働するのかと思うと感慨深い。
「……すごーい……。あの塔、トールさんが作ったんですか?」
「いや、別に俺が建てた訳じゃ無いが。あの塔の中の、魔導回路システムっていうのに空間魔法が使われているから、それに携わっただけだ」
「何の事だかちんぷんかんぷんですね」
「……だろうな」
レナは港から見えるルーベル・タワーを仰いで、口を丸くしていた。
「でもルスキア王国の雰囲気とはあまり似合いませんね」
「そりゃそうだ。あれはフレジールから輸入した技術と素材で出来ている。お前だってフレジールにいたんだろう?」
「ええ、まあそうですけど。確かに、フレジールの王都はあのタワーっぽいものが点々としています。とても不思議な国です。人の住む場所から出たら、砂漠ばかりなのに」
「……だよな」
俺だって東の大陸に居た時期がある。
まあフレジールの近国の田舎だから、到底あの国の技術には追いついちゃいなかったが、フレジールがどのような場所であるのかは少しばかり知っている。
「……」
レナは俺をじっと見上げていた。
「何だ」
「え、いや。……その、トールさん、落ち着きが無いなーと思って」
彼女は遠慮がちに言うが、俺はハッとさせられた。
確かにさっきから腕を組んだり腰にあてたり、何だか動きに無駄が多いと言うか、手持ち無沙汰と言うか。
「チラチラとヴァルキュリア艦の方を見てます。マキアの事、やっぱり気になっているんですね……」
「え、いや。まあ……あいつ最近本調子じゃないからなあ。どうせヴァルキュリア艦の中で贅沢してるんだろうけど」
ぶつぶつとそう言うと、レナは瞬きして、クスッと笑った。
「まるで保護者ですね」
「……まあ間違っちゃいないと思うが」
言葉を濁しつつも、視線を逸らす。
俺とマキアの関係は、あまりに複雑で一言では形容しがたい。
元敵、元同級生、元主従、現……
「……」
「……トールさん?」
「いや……。ルーベル・タワーの中、見に行ってみるか?」
不思議そうにしているレナに、あのタワーへ行ってみたいか尋ねてみた。
随分気にしていたから。
彼女は驚いた顔をして、少しばかり頬を染め、コクンと頷いた。
素朴な反応が、やはりマキアとは違うなと思った。
ルーベル・タワーの周辺は、明日の記念式典の為の準備をしていて騒がしい。
「あ、トール様だ」
キキルナ・トワイライトが俺たちの横を通り過ぎようとして、ハッと気がついて戻って来た。
ツインテールのつり目の少女だ。
「どうしたの? 見に来たの?」
「よおキキルナ。忙しそうだな」
「ええ、とっても。ああ、でもトール様、今システム管理室入れないわよ。ソロモンさんが最後の調整をしているから」
「……?」
キキルナの言葉は気になった。
ルーベル・タワーはすでに完成していて、これ以上何かが必要な事も無いと思っていたが……
「分かった。なら、展望台に上れるか?」
「ええ、それなら大丈夫だと思うよ。……あれ、今日はマキア様じゃないんだ。別の女の子連れちゃって、トール様ってば本当、言い伝えの通りなのね」
ニヤニヤしながら、俺の後ろのレナを気にしたキキルナ。
レナは少しばかり気まずそうにしている。
「おい、何言ってんだ。レナはフレジールの客人だぞ。そして俺はその護衛だ。お前だって分かってんだろ」
「きゃっはははは。やだー私も気をつけなくっちゃ!!」
「……お前なんて曾孫くらいの感覚だよ」
「!?」
キキルナは一度驚いた顔をしたが、そのうちに嬉しそうにつり目を細めて、きゃっきゃと笑いながら軽快な足取りで去って行った。
自分の子孫の一人で、今までルーベル・タワーや魔導回路関連で何度も関わって来た娘で愛着もあるが、小生意気で俺はいつもからかわれる。でもレピスとは違ってまだ素直で娘らしい所があるからして……
「私が可愛くないと?」
「うーん……レピスはなんて言うか、いちいち小姑くさいと言うか……。って、うわああ!!」
いつものようのいつの間にか、背後にレピス。
レピスは相変わらずじとっとした瞳で俺を横目に見ている。
「なんでお前、俺の心を読んでるんだよ!!」
「……やっぱりそんな事を考えているだろうと思っていました」
「あ」
呆れたレピスの声。
俺は低く唸って、頭を掻いた。レピスはレピスで、何と言うか誰よりシーヴの血を受け継いでいるようで、シーヴと似た雰囲気は俺としては複雑な所だ。
そんな事レピスに言ったらゴミを見る様な目で見られそうだから言わないが、レナとレピスがここに揃っているというのは調子の狂う要因と言える。
「あれ、レピスさん、マキアの所へ行ったんじゃ……」
レナが首を傾げた。
「ええ。先ほどマキア様と共に居ました。実はあのヴァルキュリア艦から、あなたたちを見ていたんですよ」
「げ」
思わず青ざめる。
と、特に変な事はしてなかったはず。
俺は額に指を押し当て、少しばかり落ち着きを取り戻し、真面目な顔で問う。
「で、マキアの調子はどうだ。ヴァルキュリア艦に行った意味はあったんだろうな」
「……いきなりキリッとされましても」
「言うなよ、そう言う事」
「ええ。調子は良さそうです。昨日は一晩中、魔力を整える装置に浸かっていましたから」
「……まあ、それなら良いんだが。あいつ、どうしてしまったんだろうな。元に戻るのか?」
「……ええ、まあ。ただ少し時間がかかるかもしれません」
「そういうものなのか」
レピスは頷いた。少々引っかかる間があったが、こいつ特有のテンポかもしれないし、淡々とした奴なので内心が読めない。
俺たちの会話を聞いていたレナが隣でホッとする。
「でも、良かった。マキアの体調が良くなりそうで……」
「今日はあの戦艦の中で、お暇そうにしています」
レピスは俺たちに頭を下げ「では私はこれで」と言って、中枢の管理室へと向かって行ってしまった。
「わあああ、高ーい」
「外から見上げるのと、ここから見下ろすのでは全然違うだろう」
「はい!」
レナは楽し気に頷き、展望室からミラドリードの町並みを見下ろす。
ここからはヴァルキュリア艦も、より近くに見える。
「……」
マキア、何してんのかな。
「あ、トールさん、見てください船です!」
「ああ。ギルチェ王国の貨物船だな。聖教祭の間もご苦労な事だ」
海の上を行き交う船を見て、レナが声を上げた。
俺はちらりと海を確かめ、またヴァルキュリア艦の方をぼんやりと。
レナがそんな俺を気にして、少し躊躇いがちに問う。
「あの、トールさん……。マキア、聖教祭が終わったらあの戦艦から帰ってくるんですよね」
「ああ、勿論だ」
「私、マキアにお礼が言いたいんです」
「……?」
レナは伏し目がちに、小さく笑った。
「マキアは、記憶を取り戻した私を助けてくれました。どうすれば良いのか、訳が分からなくなっていた私を、支えてくれたんです。とても強い……言葉で……」
「強い言葉……?」
「ふふ。トールさんには、言えませんけど」
彼女は困った様に笑って、一瞬苦しそうな顔をした。
しかしすぐに元通りになると、くるりと俺に背を向け、反対側の窓ガラスを覗きに行く。
やはり明るく振る舞っていても、記憶を取り戻した事で受けた動揺はまだ残っていそうだ。
俺は再び、ヴァルキュリア艦を見る。
晴れた空と穏やかな海に、あの鈍い紫色の戦艦はあまりに不釣り合いだ。このルーベル・タワーと同じ。
「だけど明日から、これがこの国の、新時代の象徴になるんだな……」
ポツリと呟いて、ふと思い出す。
新しい時代を作るのは常に魔王であると、かつて勇者が言ったのを。
そして悟るのだ。
俺たちが居るから、これら新時代の象徴がここにあるのか……と。