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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第四章 〜王都血盟編〜
222/408

41:マキア(マキリエ)、追憶12。

3話連続で更新しております。ご注意ください。




目を疑いました。


やっと辿り着いた、アイズモアの地で、私は見たくなかった最悪の結果を目にする事になりました。

いえ、でもどこかで、不安は確かにあったのです。


黒魔王が……トルクが、勇者に破れ殺される、そんな悪夢のような。

白い雪原の真ん中の、紅がただただ目立っていました。



「……トルク……トルク……っ!!」


その上にトルクが倒れ、今にも意識を失いそうな、ぼんやりした表情で居ました。私は彼に駆け寄り、しゃがんで名前を呼びます。血の染み込んだ雪を握りしめ。


「どうしたって言うのよ!! あ……あんたがこんな事になるなんて……っ!!」


「………紅魔女……」


彼は絶望を通り越した、虚無の表情でいます。それこそ“死”を思わせる様な。

トルクは私が誰だか分かると、少しだけ微笑みました。


「はは……久々だな……。でも、もう駄目だ。俺は……死ぬ様だ」


「……どうしてよ……っ。あんたがあいつに……勇者に負けたとでも言うの!!」


「ヘレーナが……俺を刺したのだ……」


「え……?」


彼の言葉は痛切で、私は一時信じられませんでした。

ヘレーナが? どうして?


あんなに愛し合っていたのに、勇者では無く、なぜヘレーナが……。


しかし、黒魔王の傷も治癒魔法が働いているはずです。

私だって、腹を貫かれもとりあえず三晩ほどで完治したんだもの。

もっと早く動ける様になっていれば、黒魔王を救う事が出来たかもしれないのに。


私はトルクの上半身を抱きかかえ、その傷の様子を確かめました。だけど、すぐに分かります。彼の体内に構築されていた治癒魔法の術式が、全く作用していない事に。


「駄目だ……治癒魔法が働かないんだ……」


「……どうして……っ」


なんで……。

私のときは、大丈夫だったのに。


訳が分かりませんでした。ヘレーナに刺されたのなら、なおさら、トルクが死ぬ意味が分かりません。普通の人間なら死ぬ傷でも、私たちは死なないからです。

恐怖だけが、私の手足の先からののぼって来て、ただただ首を振りました。


「嫌よ!! あんたまで死んだら、私……本当に一人になっちゃうじゃない……っ!! こんな世界で、私だけが……私だけがたった一人、こんな力を持っていたって……っ」


泣きながら、トルクに訴えました。


このままでは、本当に一人になってしまう。

この世界のどこにも、私と同じ様な人間がいなくなってしまう。


白賢者も、黒魔王も死んでしまったら、私は……。


だけど、それ以上に、トルクがただただ辛そうで、私はそれがとてつもなくやるせなかったのです。

愛する者に裏切られた悲しみとは、いったいどれほどのものなんでしょう。


裏切られて、死ぬの?

トルクはそんな死に方をしてしまうの?


私の愛した人は、そんな残酷な死に方をしてしまうと言うの。


「すまない……」


トルクは、一言、私に謝りました。

その一言で、私は悟るのです。ああ、終わってしまうんだ、と。


200年という長い年月を生き長らえ、沢山の人を見送ったであろうこの黒魔王は、今、死を目前にしているんだ。それは、とてもとても寂しく悲しい事だけど、もしかしたら、ある意味私たちの救いの一つなのかもしれない……。そしてそれを見送るのは私なんだ。


「……ヘレーナ……どうして……」


「……トルク……」


トルクは、最後にやはり、ヘレーナを気にしていました。

私はぐっと唇を結んで、彼の最後の望みは何なのか、それを見定めようとします。


「マキリエ……すまない。俺は勇者に破れた……っ。ヘレーナまで……俺を裏切って……」


「………」


トルクの頭を膝に乗せ、私は彼の髪を指で梳きました。

ヘレーナに殺されたと言うのに、やはり彼はヘレーナを恨む事が出来ず、彼女への未練を抱えているのです。


彼があまりに可哀想で、あふれる涙は止めどなく、私は結んだ唇を震わせました。


馬鹿な男ね。

これだから、あんた殺されちゃうんじゃない。


「……」


トルクに言いたかった事が沢山あります。

あんたの事が、本当はずっとずっと好きだった。

一緒に居るのが楽しかった。


お願い、私を一人にしないで。


だけど、それらの言葉は全て飲み込んで、私はトルクの絶望を、願いを、ただ受け止めたいと思いました。


「大丈夫。あなたの愛した……ヘレーナじゃない。きっと、あなたを裏切ったんじゃないわ……。私が、勇者からあの子を、きっと取り戻してあげるから。助けてあげるから……っ」


「………マキリエ……」


トルクは一度目を見開いて、私を見上げました。

この時少しだけ、彼の体の力が抜けた気がして、私は彼の手を握って小さく微笑みます。


トルクの最後を、決して、辛く苦しいもので終わらせたくない。

それが私の一番の願いでした。たとえ、トルクとヘレーナの絆を再確認するものだったとしても。


その為なら、何だってする。

トルクとの約束があれば、私はまだ生きていける。


「ああ……頼む、マキリエ」


トルクは一筋涙を流し、私の手を握り返し、頼み事をしました。

それは私にとって、一つの救いでありながら、胸を裂く程の痛みでもありました。


ああ。

私は最後の最後の最後まで、ヘレーナを越える事は出来なかったんだ。


私にヘレーナの事を託したトルクは、安心したのか、スッと眠る様に瞳を閉じ、やがて、その息づかいも止まり、私の手を握る力も無くなりました。


「……」


死んだのです。

私の愛した人は死にました。


いったいいつ死ぬんだろうと、何度も何度もお互い考えてきましたはずなのです。だけど、死はこんなにあっけなく、そして残酷なものでした。


少しの間、私はトルクの遺体を抱き締め、無言で涙を流していました。

死にたい。私も死んでしまいたい。トルクと一緒の所に行きたい。


この時の私を蝕んだ弱い気持ちは、トルクとの約束によって、何とか制御出来るものでした。

だけど、約束なんて無いほうが、幸せだったのかもしれません。

ここでトルクと死ねたら、きっとまだ、私にとっての救いだった。


私は冷たくなったトルクの体を地に横たえ、彼の頬を両手で包んで、彼の唇にそっと口付けました。

最初で最後の、別れの口付けでした。


「さよなら……さよなら……っ、トルク……」


自分自身に、言い聞かせるように。

トルクは死んだ。別れを、自分に刻み込まなければ。


ゆっくりと立ち上がり、私は空を仰ぎました。

夜明けの、とても寂しい色をしています。真っ暗でもなく、明るくもない、静かで清々しい時間。


誰もいない雪原の上で、私は大声を上げて泣きました。

自分の中にたまったものを、全部吐き出す様にして泣かなければ、耐えられそうになかったからです。


どうすれば良いのか、何をすれば良いのか、それは、トルクとの約束が私に示してくれる。

だから私は、トルクの剣を手に取りました。


「……っ」


彼の剣“時空王の権威”は、私を拒否し、握った所から身を削ろうと作用します。

だけど、私は体を傷つけながらも、その剣を手放す事はありませんでした。

私の血を飲み込んでより強力な力を得るなら、それで良い。


「いいわよ……私の血なんて、いくらでもくれてやるから………。でも、お願いよ……私に、あいつを倒せる力を…………っ、トルク……っ!!」


勇者を倒す。あの男を殺す。

その決意が、私を立ちあがらせる。それが私を生き長らえさせる。


私はトルクの剣を強く手に持ったまま、一度瞳を閉じて、ゆっくりと呼吸をしました。

そして、瞳を開けた時には、もう私はただの紅魔女では無いのです。


魔王でした。

その力を、ただただ破壊の為に使おうと決意した、史上最悪の魔王でした。


トルクの遺体をその場に置いて、もう彼を惜しむ事も縋る事も無く。

救いを求めようともしないで、私は雪原を下っていきました。




その瞳は、見てはいけない場所を見据えていたのでしょう。


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