14:トール、御館様と公爵のやり取りにつっこみどころしか見つけられない。
「ほお、なかなかロマンチックな事を言いますな、マキアお嬢様。まさか、そっちの異国の使用人との若々しい恋物語でも聞かせてくれるのかね」
公爵は自分でそう言って、自分でクスクス笑っている。
「おいおい、エルリック。君はこれでいいのかい? 田舎の貴族とは言え、娘がどこぞの馬の骨とも知れない男に取られては、またしても恥をさらす事になるぞ? 今はまだ若いからと多めに見ていたら、いつかきっとこの家を乗っ取られる。東の国の者は野蛮だ。確かに知的で様々な能力に長けていると聞いた事があるが、結局は争いを好む民族だ。今のうちに手放しておいた方がこの家の為だぞ」
「な、何を言うかロベルト・ビグレイツ公爵!! 私はトールを婿養子にしても良いと長年考えてきた。それはひとえに彼の忠実な働きと、その有能さ、正義感のある人柄故だ。よもやそんな民族差別的なくくりに捕われている君の方こそ、筋違いと言うものだ」
さて、俺的につっこみどころは色々あった。
公爵の言い分と御館様の反論、そのどちらにもだ。
まずは公爵の言い分だ。
確かに、東の人間はどこか好戦的である。しかしそれは長い戦争によって、侵略されたり西からの移民が押し寄せ食料不足になったりと、常に生きる事が困難の中にあったからだ。生まれた時から戦いの中にいる民族なのだ。
そりゃあ、この南の国からしたら野蛮にも見えるだろう。それを否定はしない。
ただ一つ言わせてくれ。
だからってなんで俺がこの家を乗っ取る話になる。
しかも何でマキアとくっつく前提なんだよ。殺す気か。
「ちょっと、何か勘違いしていませんか? なぜ私たちがそう言う関係になっていると言うのが前提なんです?」
マキアも予想しなかった話の展開に、どうやら呆れてしまっている様だ。
「バカにしないで下さいよ。わたくしとトールはただの主従関係。それでいて平等。ただそこにあるのは恋愛の“愛”では無く、愛着の“愛”。お父様もお父様です。何勝手にこいつを婿養子にしようなんて考えているの? 呆れた」
「え、え……だって」
御館様は指をつんつんしてどことなく寂し気だ。
ああ、本当に俺を息子にしてくれようと思っていたんだな。それだけで胸いっぱいですよ御館様。
「それにしても公爵。あなたは移民の者を良く思っていない人間のようですね。それなのにトールを欲しがるとは、その矛盾はいったいどういう事なのでしょう」
「……本当に、マキアお嬢様は利発でいらっしゃるな。あなたを見ているとスミルダはまだまだ子供だと思わされるよ」
「子供とはそれで良いのです。全ては周りの大人がどうかと言う事なのですから」
マキアの言葉の切れがどんどん増していく。
ちょっとこれはまずいのではないかと思わされるほどだ。
おいおい、11歳の少女である事を忘れて暴走するなよ。
「……ではお答えしよう。私が彼に期待する点は、まさしく東の国の者であったと言う点だ。好き嫌いはもはや個人的な感想でしかないのだ。私は、騎士を王宮に送った後の事を考えている」
ビグレイツ公爵は足を組み直し、続けた。
「王宮には今、次期国王の候補として、現ルスキア国王の弟君レイモンド様、現国王の第一王子であるアルフレード王子、第五王子のユリシス王子、この三人があげられている。既に王宮内ではこの三つの陣営に分かれ熾烈な王位争いが繰り広げられているが、私は、次期国王はレイモンド様であると考えている」
「質問を二つほど。なぜ、候補者はその三人なのですか? そして、なぜあなたはレイモンド様だと?」
「他の王子や候補者は“色々な不幸な事故”などで死んでしまったからだ。王宮内は華やかさの裏に醜い戦場を構えている。候補者たちは日々命がけなのだ。そして、今の所最も、権力と後ろ盾を持っているのがレイモンド様であり、他の王子たちと違って実績がある。だからこそ、私はあの方こそ次期国王であるだろうと予想している」
「なるほど」
話を聞きながら、俺は「ほお」と思った。
なかなか興味深い話をしてくれる。
「レイモンド様は東の国の情報を重視しておられる。半鎖国状態の南の大陸とは言え、他大陸で繰り広げられている戦いや、その状況を知っておきたいと言う事だろう。東の国出身の者を重宝しているとも聞く」
「などほど、だからこそトールであれば、あなたの家の名前を掲げたまま次期国王に気に入っていただけると考えた訳ですね。なかなか考えましたね公爵」
「……ただの騎士を送り込むよりは、少しは気にかけていただけると考えたにすぎない。まあ、そこの若い騎士の働き次第だが。しかし、全てはただの世間話だ。お嬢様は彼を私に譲ってくれるつもりは無いのでしょう?」
「当然。しかし、納得出来ました。……どこか不自然だったんですよね、スミルダ様の頼み事の為にわざわざこちらへ赴かれた事が」
「ははは」
マキアと公爵はお互いに息をつくように、紅茶を飲んだ。
そして、今までの重々しかった空気が少し軽くなる。
既に公爵は、俺をどうこうしようと言う気はないようだった。
「いや何、分かりきっていた事さ。物好きなエルリックが拾ってきて可愛がっている子供を、金の為に手放すはずが無いって事くらい。それに、マキアお嬢様とトール・サガラーム君との仲睦まじさは良く聞く話だ。……ただ私はね、自分の目で見てみたかったのさ。いずれ娘の騎士を選ばねばならないとき、どのような者が良いだろうと考えるより、様々な忠誠の形をね」
彼は今まで前のめりだった体を、ソファーの背もたれに落ち着かせる。
どこか柔らかい表情になる。今までの嫌味ったらしかった態度をわずかに残しながらも、さっきまでの臨戦態勢とは全く違ったものだ。
「さて、トール君。君もそろそろ何か言いたまえ。さっきからただ黙ったままではつまらないだろう」
「……」
公爵は今までのバカにしたような態度ではなく、どこか俺を試すよな視線を投げかけた。
マキアが特に止めたりしないので、俺は少し頭を下げる。
「一つ言える事は、私ではスミルダ様に釣り合わないと言う事です。公爵様のおっしゃる通りでございます。私は東の大陸の者で、野蛮で無礼者でございますから、私ごときではスミルダ様はおろか、王宮に仕えるほどの能力を持ち合わせていないのです」
「……ほお」
公爵は「なるほどな」と言うようにくすくす笑い、やがて声を上げた。
「ははは。なるほどなるほど。君はそう言いながら自分の主人が自分と釣り合っていると、そう言ってるのかい? それは主人をバカにしてるのかい?」
「それを許して下さるのがマキア様です。そして、それを楽しんでいるのが我々の関係ですから」
マキアはフッと鼻で笑ったが、俺の言葉についての反論も言及もしなかった。
お互い目配りしただけだ。
この様子を見た公爵は「お手上げだよ」と言って席を立つ。
「さて、実はね、もし上手く話がまとまれば本当に君を引き抜いていこうと思っていたのだけれど……それはなかなか難しそうだ。どうしてエルリックのようなふわふわした天然の周りに、こうも鋭く一筋縄ではいかないような若者が揃っているんだろうね。これからのデリアフィールドが恐ろしいよ」
「ははは。言うよな君も。私はこう見えて人を見る目だけはあるのだよ。自分が能力足らずだと、他の者の才能に惹かれてしまうからね」
御館様と公爵はどこか打ち解けた様である。
もともとそれほど仲が悪かった訳ではないのだろう。
それにしても、ビグレイツ公爵はなかなかの狐だ。あの、自分の欲望のままに生きているスミルダの父親とは思えないほどに。
俺やマキアの事を試していただけで、もとより俺を引き抜く為にここへ来た訳ではなかったのだ。
いかがわしいと思いながらも、嫌いなタイプではない。
さて、この時の公爵による王宮事情話を、どこか遠くの世界の事のように聞いていたものだが、それが後に大きな意味を持つ事になると、この時の俺たちは知る由もない。