37:マキア(マキリエ)、追憶8。
3話連続で更新しております。ご注意ください。
約2100年前
西の大陸・グリジーン王国/紅魔女の家
マキリエ:100代〜
「……どっちが良いかしら」
三角帽子を二つ何度もかぶり直し、鏡の前で自分の姿を見つめていました。
もう何年も変わっていない見た目の年齢。私は自分の見た目がそこそこ好きでしたが、周囲が言う様に若さを保ったり美しさに磨きをかけるような事は特に無く、女性としては美貌と言うものに無頓着な方だったのではないでしょうか。
でも、見映えを気にする様になったのは、黒魔王に出会ってからです。
たかが帽子、たかがドレスを選ぶにしても、黒魔王に気に入ってもらえるかどうかいちいち考えていたんだから、紅魔女も良い歳して純情乙女の時期があったのね、と。
この頃既に私の歳は100を越えたか越えないかくらいで、黒魔王と初めて出会って60年程が過ぎていました。
黒魔王と紅魔女の戦いは周囲の国家や他の大陸にまで知れ渡り、私はより有名になってしまっていたっけ。
だけどまあ、そんな事はどうでも良かったのです。
トルクは私たちの戦いを政治的にも利用していた様でしたが、私にとっては、ただの戯れだったんだもの。
「……」
私は帽子を取り外し、小さくため息をつきました。
こんな所でリボンの色の違う帽子をかぶり比べた所で、黒魔王は僅かにも心乱れないわ。
三角帽子のつばを掴んで一度深くかぶった後、バッと頭から取ってベッドに投げました。
胸元のキツいよそ行き用のドレスも脱いで、早く緩いローブドレスにでも着替えてしまおう。そして、木の実でも炒ってお茶にでもしましょう。
そんな事を考え着替えていた時、ほとんど誰も訪ねて来ないこの家の戸を叩く音が聞こえ、私は眉をピクリと動かしました。
ただの人がこの森に入った場合、私には分かる様になっていますが、私が気がつかなかったと言う事は、とても大きな力を持った者が訪ねて来たと言う事で、まさか黒魔王では? と、胸が高鳴った訳です。
「……だれ?」
小屋の扉を開けると、目の前に真っ白な男の人が立っていました。
これはまた清々しいくらいに真っ白ね。肌も髪も服も、何か空気も真っ白。
アメジスト色の柔らかい瞳の、二十代中頃に見える男性でしたが、とてもそんな若造とは思えない程の落ち着いた出で立ちでした。
私は内心、期待と違う思いもよらぬ客を前に焦っていましたが、それを表情に表す事無く、淡々とした面持ちでした。
「はじめまして紅魔女。私は東の大陸から参りました……そうですね、“白賢者”と呼ばれるものです」
「……白賢者。聞いた事あるわね」
白賢者の噂は聞いた事があります。
確か白魔術と言う、従来の黒魔術とは違った魔法を確立した魔術師だとか。
ちらり、と白賢者の隣で青ざめているグリジーンの使いが目に入ってきました。
「あら、グリジーンの使い? また何かくだらないものを持ってきたの?」
「ご、ご機嫌麗しく紅魔女様。国王陛下より贈り物がございます」
「今日は死刑囚や奴隷なんかの娘たちじゃないのね。あーあー、試したい魔法があったんだけどな〜残念。前に連れてきたあの娘たちの酢漬けがあるけど、お土産に持って帰ったりするかしら?」
使いの持って来たものは手で受け取る事の出来る小包だったので、まともな貴金属の装飾品と言った所でしょうか。
娘とか連れて来られても、こっちも困るだけなのに、まれにグリジーン王国は突拍子も無い贈り物をしてくるから。
使いの者は私の嫌味に怯えて、逃げる様に去って行くので、私は思わず、笑ってしまいました。
「どうして、あんな風に嘘を言うのですか?」
「……嘘って?」
「娘たちの酢漬けがどうとかって言うやつですよ。そんな匂いはしませんし、鼻の良い精霊たちが変な顔をしていませんから。彼らは人間が好きですからね」
この場に残った白賢者が、不思議そうにそんな事を言いました。
私は少し驚き、彼の足下に見える精霊たちに瞳を向けました。
こいつ……少し面白い奴では?
何となくそう思い、私は「いいわ、お入りなさい」と彼を家に迎えたのです。
これが、長い付き合いになるもう一人の魔王、白賢者との出会いでした。
「ところで、いったい私に何の用かしら? そこら中にちっさい奴ら引き連れて」
「………精霊ですよ」
白賢者に茶を出し、この家を訪ねた目的を尋ねました。
彼は連れ回っている精霊たちに守られていて、柔らかい空気を纏っていたとしても全く隙の無い様子でした。
白賢者は私の出したお茶を、特に警戒する事も無く一口飲んで、話を始めました。
「ついこの前、私は北の大陸にてあなたと黒魔王の争いを目の当たりにしました。黒魔王に会いに行ったのですが、空間を閉ざされ、会う事が出来なかったのです」
「ああ……あの男、引きこもりだからね」
「お二人はなぜ争っているのですか? 理由があるなら教えていただきたいのです」
「………なぜ?」
白賢者はとても真面目な表情でした。
私は黒魔王との事を聞かれ、少々気を張ってしまいました。
私と黒魔王が争う理由はなぜ、と言う問いに対する答えは、色々とあります。だけど、私が彼を訪ねる本当の理由は言えるはずも無いのです。
「理由なんて無いのよ。ただ、私たちはああやって遊んでるの。何でか分かる?」
「………」
「あんたなら、分かると思ったんだけどな……。私たちは、お互いの力を認め合っているの。対等だからこそ、本気で競い争うのよ。あなた、白魔術は平等で対等な魔術だって説いて広めている様だけど、あなた自身誰かと対等だと思った事があって?」
「……それは」
私は逆に、白賢者に問いました。
新しい魔術を確立した賢者なのです。人とは違った大きな力を持った存在と、言えるでしょう。
私は白賢者と呼ばれる彼の力を知りたいと思っていました。
「白賢者……あなたの名前を教えなさい。私が全部見てあげる。そして、教えてあげるわ」
「……魔力数値の事ですか?」
「そうよ。その表情じゃあ、いままで誰にも測定出来なかったんじゃない? まずはそれを知らなければ、お話にならないわ」
内心、とてもうずうずしていたのです。
もしかしたら、この人も私やトルクと同じかもしれない。そしたら、きっともっと楽しい事になるわ。
そう考えるだけで名前魔女としての血が騒ぎ、彼の名前を求めました。
「……私は、ユノーシス・バロメット。ここ最近は、この名を呼ぶ者はほとんどいませんが……」
「そうでしょうとも。誰もが恐れ多く、本名を呼んではくれなくなる。それは、生き長らえば生き長らえる程。自分が周りから離れていけば行く程……」
ユノーシス・バロメット。
その名前を聞いた途端、私は、瞳の色を変えました。
やはり、と、私は歓喜に震え、口元に弧を描きました。
心の中で「やったー!」と両手を上げていたのですが、気高い紅魔女の威厳を保ちつつ、その大きな数字を彼に伝えます。
「ユノーシス・バロメット。あなたの魔力数値は127万2850。100万を越える、私たちと同じ存在。同列の魔王」
「……127万……!?」
私よりも大きな数字です。黒魔王には劣りますが、それでもこの世界で、二人目に見た100万mg越えの魔術師。
本当は「あなたも一緒に戦いましょうよ!!」とキラキラした瞳で誘いたかったのですが、真面目そうな男なのでそんな誘いに乗ってくるとも思えず、私は意味深な言葉を投げかけました。
それは餌とも言います。
「ふふ、驚いた顔をしているわね。無理も無いわ。……もうね、多分生物としての仕組みが違うんじゃないかしら」
「……そう考えざるを得ませんね。考えたくはありませんが……」
「でも、だからこそ規格外の力を手に入れる事も出来る。あんたみたいに白魔術を作り出したりね。その魔法は厄介だわ」
白賢者は、じわじわと、同じ力を持つ私や黒魔王に興味を持ち始める。
その確信がありました。
持たないはずが無い。だって、私たちは孤独だもの。
「あなた方は認め合っているから争うと言っていました。憎しみあっているわけではないと?」
白賢者は自分の魔力数値を知り、少しの間考え込んでいましたが、やがて私と黒魔王の戦いについて、再び話題を戻しました。
「……そうね。まあ……黒魔王はムカつくやつだとは思うけど」
「ならなおさら、その不毛な争いはやめるべきです。あなた方の力は……いえ、私たちの力がそれほどに規格外なら、この力は世界を破壊しかねません」
「……ふふ、真面目ねえ白賢者って。嫌いじゃないけど」
口では、正しい事を言う白賢者。
だけど、その表情は、とても私たちの戦いを憂いている様には見えないわ。
「ならあんたが全力で止めてみなさいな。私と、黒魔王の全力の戦いを、あんたも全力で止めるのよ」
私は彼にとって、一番効果的であろう言葉を口にしました。
白賢者は私を探る様に、瞳を細めます。
「……何を考えているのです紅魔女」
「別に。何も」
でも、これだけで、私の意図は彼に伝わったはず。
「……分かりました。あなたは私にもその戦いに参加しろと言いたいのですね?」
「ふふ、同じ力を持つ者であるならば。あなたも自分の全力、試せる相手がいないとつまらないでしょう? つまらないくせに長い人生なんて、生きた心地がしないわ」
「あいにく、私にはやる事も多くつまらない人生だとは思っていません。なので……その戦いを全力で止めさせていただきます」
「………ふふ、良いんじゃない?」
乗って来た。乗って来た乗って来た!!
私は余裕のある笑みの裏で、また長い人生の退屈しのぎができるわと、大いに喜んでいたのです。
だけど、もしかしたらこれが、間違いだったのかもしれません。
白賢者も結局、私と黒魔王と同じ。大きな力を持て余した、周囲から外れた存在。
そうだと信じ込んで、同じだと思い込んで、私は彼をこの戦いに導いてしまいましたが、それでもやはり白賢者は“正義”であり“聖人”でした。この世界を知る聖域の人間でした。
私や黒魔王とは、考え方も背負っているものも、根本的に違ったのです。
白賢者は流されませんでした。
私たちの対等と言える戦いの、甘い時間を楽しんでいたのは、間違いないと思うのです。
だけど、それぞれが戦う事で更に魔法は発展し、何もかもの規模が大きくなっていく事に対し、白賢者はやがて恐れを感じ始めたのでしょう。このままでは、世界が危ういと。
だから彼は、探したのです。
私と黒魔王を悪とみなし、魔王を打ち倒す為に異世界からやってくる勇者を。