36:マキア、今からあなたを殺しに行く。
二話連続で更新しております。ご注意ください
*下に頂いたイラストを載せております。
私はカノン将軍と対面していました。
無言で私を見下ろす彼と、それに対抗する様に睨み返す私。内心ヒヤヒヤ。特に意味はありません。
「なぜ睨む」
「……防衛本能よ。気にしないで」
カノン将軍は呆れた様子で小さく息を吐いて、変わらず私に冷ややかな視線を向けていました。
シャトマ姫が扇子を口元に当て、愉快そうにプッと笑い、カノン将軍に、
「前世の行いが悪いからだ」
と。
それは私にも言える事で、とっても身に染みます。グサグサきます。
シャトマ姫は私に向かって言いました。
「紅魔女、お前の呪いの進行を押し止める魔導装置がある。延命処置に過ぎないが、まあ無いよりマシだろうからな」
「え、ええ。ありがたいわシャトマ姫」
「まあカノンについていって、面倒を見てもらえ。……なかなか良いものだぞ?」
「……え?」
何がどう良いんでしょうね。
シャトマ姫は相変わらず意味深な笑み。
カノン将軍が何も言わずにつかつか進み始めたので、私は慌てて彼について行きました。
ヴァルキュリア艦の中は、とても機械的で最先端な印象。
無駄が無くルスキア王国には無い素材で出来ている、近未来的な仕様です。
流石はルスキアと違い、様々な技術の発展した国。
「おい紅魔女、ここだ」
「……」
カノン将軍に連れて来られたそこは、真っ白の壁がまず目に飛び込む、円形の部屋でした。
その中央に、人ひとり入れる透明のカプセル状の“何か”があります。
バズタブの様な、ベッドの様な……
淡く光る青緑色の液体が、そのカプセルの中でゆらゆらと流動しているのが気になりました。
「ある程度想像はつくわね。ここに入れって言うんでしょう?」
「……そう言う事だ。この液体に浸かる事で、細かい術式の施された魔導粒子が皮膚から体内に入り込み、呪いの術式を書き換え続ける。とは言え、またすぐに修正されるから、結局は延命処置に過ぎないのだが……」
「へええ。フレジールってルスキアより白魔術が発展していないと思っていたけれど、こう言った先端魔導機器に関しては優秀よねえ」
「これもトワイライトの者たちが開発したものだ。彼らの力は、フレジールの魔導技術を促進させたと言っても良い」
「ふーん」
何だか、このカノン将軍と普通に会話しているのが、妙な感じでした。
チラリと彼を横目に見上げると、軍帽の中の表情が何となく見えます。
相変わらず無表情かましてるわね。
「おい紅魔女」
「何?」
「衣類を脱げ」
「……」
彼の真面目な表情での物言いに直立不動。数秒後、隣のカノン将軍を見上げ、アホの子の様な表情で小首を傾げる。
どういう意味、みたいな。
カノン将軍は何かイラッとしたのか、頬をピクリとさせた後、どこからか白い飾りっけの無いワンピースを持って来て「これに着替えろ」と凄い低い声で言いました。
いや、私だって別に、お色気フラグだと思った訳じゃ無いし、単純に思考停止しただけじゃない。
だって直球過ぎるのよ。私がぶち切れて蹴り上げて引っ掻き回さなかっただけマシじゃない。
「……」
だけど私はそれを無言で受け取って、コクンと頷きました。
カノン将軍は「脱衣所はあっちだ」と、淡々と指示。そちらを見ると、部屋の隅っこに脱衣所のカーテンが。
私はまたコクンと頷いて、そそくさとそちらへ。
確かにドレスであの液体の中に入る訳にはいかないものね。
脱衣所の中でドレスを脱いで、コルセットを外し、無数の装飾品を取り払い、髪を結い上げる……という作業をこなすだけでとても時間がかかります。
カーテン越しでも何となく感じるカノン将軍の存在感に慌ててしまうけれど、足首まである長く薄い、白いワンピースを着て表に出るまで、随分時間がかかってしまいました。
出て行くとカノン将軍は、何ら変わらない無表情。
「……」
「あのね、女はコルセットを外すのにすっごい時間がかかるの。それにネックレスやブレスレット、指輪だってあるし」
「別に何も言ってないだろう」
何となく言い訳を始めた私に、カノン将軍は一言そう言うと、カプセルの前につかつか進みます。
「ここへ入れ。……それと、髪はほどいておいた方が良い。髪からも術式を染み込ませる為だ」
「あ、え、そう……」
言われた様に結い上げていた髪をほどきながら、そのカプセルの側までやってきて中を覗き込みます。
青緑色の液体は、何だか良い匂いがしました。でも何の匂いなのかいまいち分かりません。
「おい……耳飾りは取らなくていいのか」
彼が耳元のイヤリングに気がついた様で、問いかけてきました。
「え……? あ、ああ……これは、つけておいちゃダメかしら」
「別に、問題は無いが」
「……そう、ありがとう」
トールに貰ったイヤリングは、あまり外しておきたくありませんでした。
錆びちゃうかもしれないけれど、これを身につけていると言う事が、私にとってとても心強い事で、思わずつけたままにしてしまったのです。
カノン将軍は、とくにこの事に言及しませんでした。
チャポン……
白いワンピースの端を摘んで、まず片足を液体の中に入れました。
液体は生温かく、少しばかり粘着がある様で、おもわず「うはぁ…」と、妙な表情になってしまいましたが。
おそるおそる、もう片方の足も液体に浸け、ちょうど良く斜めになっている背もたれにそって、体を沈めていきました。
ゆらゆらと漂う髪が、腕にからんで、衣服は僅かに浮き上がります。
頭を定位置に固定し、一度深呼吸し、真っ白な天井を見上げました。
「……どうだ」
「まあ、温泉と思えば悪くないかもね。これ、どのくらい浸かっていれば良いの?」
「一晩は浸かってもらう」
「寝ろって事? 体、ふやけちゃわないの?」
「寝てもかまわない。……ただの風呂じゃない。体への影響はさほど無い」
「……あ、そう。なら遠慮なく寝かせてもらうわよ」
私は小さくため息をついて、そのまま目を閉じました。
すると、カノン将軍は少しの間私を見下ろしていた様で、その視線のせいで全然落ち着けなかったのですが、しばらく黙ったままにしていたら、彼はスッと側を離れていきました。
瞼を閉じていても分かる、部屋の灯が弱まる感じ。
さっきまで目に痛いくらい明るい部屋だったのに、私が落ち着いた事で、カノン将軍は灯を落としたのでしょうか。
少しばかり目を開くと、周囲が確認出来る程度に光源はある様でしたが、部屋は暗くなっていました。
鈍く光る青緑色の液体が、とても心地よい。
これはもう、完全に寝ろってことね。何か既に睡魔が忍び寄って来ているもの。
カノン将軍は、部屋の隅の椅子に座って、こちらをずっと監視している様でした。
彼はいったいいつ寝るの?
「……」
まあ、カノン将軍の寝る所なんてイメージ出来ないので、お疲れさまとしか言えないけれど、私はもう眠たくて仕方が無いので、寝かせてもらいます。
この液体に組み込まれている術式が体に染み込んでいくのが、何となく体内の魔力の流れで分かるのですが、まあ確かに悪くない。心地よく、このせいで眠りに誘われてしまっているようでした。
シャトマ姫の言っていた“良い”と言うのはこう言う事かしら。
再び目を閉じると、ぼんやり浮かび上がるのは、お父様だったりお母様だったり、ユリシスやペルセリス。レピスやノアは、今何をしているかしら。
トール、あんたはちゃんと、レナと向き合えた?
心地よい眠りが、きっと私の記憶の奥底の、とても重い
蓋を開けるでしょう。
黒魔王、白賢者、そして……勇者との戦いの日々を、そろそろ確かめて、向き合わないと。
トールに偉そうな事言ったんだもの……私だって、ちゃんとしなきゃ。
だけど、変な気分だわ。
私は今から“勇者”を殺しに行くのよ。
当の本人が、私を見ている中で。