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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第四章 〜王都血盟編〜
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35:トール、レナと向き合う。

二話連続で更新しております。ご注意ください。


俺は、眠るレナを遠目に見つつ、考えていた。

ただ、マキアを納得させるには、マキアを安心させるにはどうすれば良いのか、それだけがずっと心の中をグルグル巡っているからだ。


いったいいつの間に、これだけマキアの事を考えられる様になったんだろう。


ヘレーナの生まれ変わりであるレナに未練がある訳ではないが、それでも彼女と一度話をして、お互いの言葉、意見を交わすべきだ。

それはマキアに言われた通り、確かに。


でなければ、記憶を取り戻したレナだって、重い物を引きずったまま生きていく事になる。



「……」


レナがゆっくりと、目を覚ました。

ぼんやりと天井を見つめたまま、なかなか起き上がらず、俺が側に居ることに気がつくと、下唇を噛んで顔を歪める。言葉が出ない様だった。


「レナ……全部、思い出したのか?」


俺は単刀直入に問う。

するとレナは、小さく頷いた。


なかなか、次に何を聞けば良いのか、何を問えば良いのか分からず床を見ていた。

なぜ俺を裏切ったんだ。なぜ俺を殺した。

なぜ、勇者についていったんだ。最初から、あいつの味方だったのか?


長く抱いていた疑問を、やっと聞く事が出来るのに、俺はそれを聞きたいとも思わなかった。

勿論興味が無い訳ではないが、どこか人ごとで、第三者的な視線での疑問であり、激しい私情の混ざったものでは無い様だ。


「トールさんは……黒魔王様、だったんですね」


ふっと、レナが言葉を発した。

俺も、同じ様な声のトーンで返す。


「……俺にとっては、前世の、前世だ。もう他人だよ」


「でも……っ」


レナはベッドから起き上がると、その潤んだ瞳で俺を見上げた。

随分泣いた様で、目元も赤く腫れていて、その表情は蒼白だ。


「レナ、お前が前世の記憶を思い出したのは、きっととても可哀想な事だ。俺は哀れに思うよ」


「な……なんで……? なんでそんな事言うんですか?」


最初から、レナを突き放した。

彼女は震える声で、戸惑いそのままの言葉を口にした。


「前世の記憶は、人を縛る。勿論、割り切れるものも居るんだろうけれど……割り切ったつもりで居る俺もユリも、まだどこかで小さくくすぶる何かに苛まれている。でも、前世の所業をいまだに割り切れない人間が居るのも、俺は知っている。表では元気を装っていても、前世の影を引きずっている人間を……」


「……」


「それはきっと、誰しも避けて通れない事なんだろうが、出来れば乗り越えて欲しいと思う。お前も……あいつも」


彼女は一度俺を見上げ、白いシーツに視線を落とした。

そして再び、じわりと涙をにじませる。


「……混乱しているのは分かるが、あまり考えすぎるな。夢だと思ったほうが良い」


「なぜそんな事が言えるんですか、トールさん。だって……私はあなたを殺したんですよ。あんなに、あんなに大事にしてくれたあなたを」


「なら聞きたい。なぜ、“黒魔王”を殺したんだ」


俺は“あなた”と言われたのに対し、“黒魔王”と言った。

レナは記憶を取り戻したばかりで、ヘレーナと自分が同調しすぎているのだ。そして、俺を見ても黒魔王だとばかり思ってしまう。


そうでは、ないはずだ。


レナはどこでもない場所を見て、瞳を揺らしている。

その色はとても不明瞭だ。


「思い出しても、良く分からないんです。ただただ、あなたを殺さなければならないと言う思いが、“勇者”に出会った事でいきなり沸き上がって来たんです。もともと……そのために私が、あの場に居たかのように」


「……」


「でも……でもヘレーナが、黒魔王様を愛していたのは、本当なんです。きっと、あなたは信じてはくれないと思うけれど……っ、でもそれは、確かな事だわ。あなたを騙す為に、近寄った訳では無いの。……思い出しただけでも胸が苦しくて、たまらないんだもの。黒魔王様を殺してしまったんだって、私……あの後……っ」


「もう良い、もう良いレナ」


レナがその後、自ら命を絶ったのは知っている。

それ自体が、黒魔王を殺した事を後悔した証拠だ。別に俺は、ヘレーナを恨んではいない。


こんな事を、このような若く未来のある少女に思い出して欲しくなかった。ただただそう思う。


「俺は、お前を恨んでもいない。でも……正直な所、お前にはこの記憶を、思い出して欲しくなかった」


「……」


レナは、少しだけ瞳を細め、小さい声で俺に問う。


「……トールさんは、私を見た時……ヘレーナだと、分かったんですか?」


「ああ、一瞬で分かったよ」


「……そう、ですか」


レナは俯きがちだった顔を上げた。長くまっすぐな色素の薄い髪、その柔らかな瞳の感じは、確かにヘレーナを彷彿とさせるものだった。

少しの間、彼女と視線を交わしたが、俺はスッと逸らす。


「だが、安心しろ。俺はもう、お前の事をヘレーナだとは思っていない。お前は異世界からやってきた、ただのレナだ。俺は王宮の命令で、お前を守る。それは変わらない。……お前が力を貸して欲しいと言うなら、力を貸すし、勿論相談に乗る。出来る事なら何でもしよう。……ただ……」


俺は、一度口をつぐんで、でも言わなければならない事を、言おうと思った。

これが思い上がりでも何でも、とりあえず先に言っておかなければ、と。


「今の俺は、マキアが大事だ。一番大事だ。黒魔王の俺は……お前も知っているだろうが、紅魔女に対し何の感情も持っていなかった。でも、今の俺は黒魔王じゃない。少なくとも、2000年前のあいつじゃない。俺は、トールだ。地球では“透”という名で“マキ”と共に高校一年まで生きた。その後トールとしてこの世界に生まれ、両親も居て、またマキアと出会った。……黒魔王としての命を終え、その後マキアと積上げた関係が、今の俺を作っている。前世なんて、関係ない。……俺は、これからもマキアを一番大事にしたいし、将来は……一緒になれたらと、思っている」


「……」


ここまで一気に言って、どっと冷や汗。

だけど、この言葉はレナに言っただけでなく、俺自身に言い聞かせる言葉でもあった。

トール、お前はいったい何をどうしたいんだ、と。


「マキアは……やっぱり紅魔女なのね」


「……」


「ヘレーナは、紅魔女が黒魔王様を好きだった事、気がついていたんです。ほんの少ししか会わなかったけれど……」


「そ、そうなのか?」


「……」


彼女はコクンと頷いて、眉を寄せ笑った。


「黒魔王様は……トールさんは、いつ気がついたんですか?」


「俺? いや……俺は……その、割と最近と言うか……」


頬をかいて、気まずい様子で視線を横に流す。

レナはくすくすと笑った。


「相変わらず、鈍いですね“黒魔王様”は」


そして、微笑みながらも、スッと一筋涙を流した。

レナの心中は、きっととても複雑だろう。俺に理解出来ている部分など、きっとごく一部に過ぎないだろうが。


俺はこの時少なからず、前世の、俺の愛してやまなかったヘレーナの、無垢で無邪気で明るい様子を思い出していた。彼女は優しい娘だった。それは、確かに。


だけど今世で、俺は彼女を第一に守る事は出来ない。


だったらいったい、この異世界からの迷い子を、誰が支えてくれるんだろう。誰が共に生きて行くんだろう。それを考えたら、一人で心細い彼女を、より心細くしてしまう言葉を俺の勝手で列ねたのに、笑顔で冗談を言ってくれたレナは凄いと思う。


誰か、彼女を見つけてやって欲しい。

勝手な事を言っているかもしれないが、出来ればレナを一番大事に思ってくれる人が、この世界に居て欲しい。


最後に一筋涙を流した、彼女の孤独を思い知り、俺は心からそう思った。


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