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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第四章 〜王都血盟編〜
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34:マキア、シャトマ姫と語る。

2話連続で投稿しております。

ご注意ください。

「良く来たな、紅魔女……」


「……」



通された部屋で、シャトマ姫はいつもの軍服では無く、自国のドレスを着て私を迎えました。

藤色の緩やかな髪と、その体から香る蜜の香りは、実に印象的です。

彼女の虫の精霊たちが、細かな光の鱗粉を散らしながら舞い、彼女の美しさをより神秘的にしています。


カノン将軍は、居ない様でした。

シャトマ姫と二人きりになった事が無いので、それはそれでとても身の引き締まる状況でした。


「お招きありがとう、シャトマ姫」


「……このような所では大したもてなしもできないが、まあゆっくりしてくれ」


「……」


異国風の様式で飾られた部屋を見渡します。

私はその部屋で、シャトマ姫と共に食事をする事になりました。


まさか、彼女と二人きりで食事をする日が来ようとは。


「紅魔女、お前とは一度、二人きりで話してみたかったのだ」


「よく言うわよ。前に私の事、嫌いだとか言っていたくせに」


「あははは。そりゃあ、悪名高い紅魔女を崇拝するのは青の将軍くらいだろう。……とは言え、妾はお前に興味が無かった訳ではない。むしろ、2000年前、何もかもを捨て、あの大陸を焼いてでも、お前が“勇者”を殺したがった理由は、聞いてみたいものだよ」


「……」


私はふんとそっぽむきながらも、目の前の次々と並べられていく美味しそうな食事をチラ見して、そろっと手を伸ばしました。

日本で例えるなら、フレジール王国とは中華風な文化とエスニックな空気の混ざったような、でも少し違う独特な雰囲気のある国です。


「は……おいしい」


プリプリのエビをもちもちの皮で包んで揚げたような、何か良く分からない食べ物。点心にありそうな。

だけど美味しい。

私はさっきまでお菓子を食べていたにも関わらず、次から次に目の前に出される料理をつついていました。


「……ふふ、ルスキア王国の新鮮な素材が良いのだ。フレジールだと、同じ物を作ろうとしてもこうはならん」


「そう言えば……あまり物資が無いと聞いた事があるわ」


「乾いた土地が多いからな。そのくせ人口は多く、贅沢はできない」


「……」


シャトマ姫は甘い蜜の温茶を飲みながら、遠い自国に思いを馳せていました。

私は口をもごもごと動かしながら、尋ねます。


「ねえシャトマ姫、あなたは生まれた時から、前世の記憶があったの? 勇者……カノン将軍は、その時からすぐ側に居たの?」


「そうだな……妾はそもそも、記憶を残しやすい体質らしく、1000年前の記憶は勿論の事、その前の記憶も、うっすらと覚えているのだ。更に言えば、神話の時代の記憶もな」


「……うっそ」


ぽろっと、箸で掴んでいた小さな肉巻を小皿に落としました。


「ふふ、でも、本当に曖昧だから、はっきりとした事はやはり分からない訳だが。1000年前は、自分自身の人生も短かったから、かなり明確に覚えておる。紅魔女……お前たちは200年も生き長らえたらしいが、藤姫の人生は、約16年。短いものだろう?」


「……16年? あなた、16年で、大業を成して処刑されたって言うの?」


「ああ。怒濤の人生だったよ」


私はさっきから驚いてばかり。

私たちの時とは、まるで違うのです。紅魔女が16歳の時なんて、王宮で周りと変わらず生きていた時代だもの。自分が異端だと言う事にも、まだ気がついていない頃だわ。


「あの……聞いても良い? 藤姫の人生」


「おや。妾が紅魔女の事を色々と聞こうと思っていたのに……逆転してしまったな。まあでも、良いだろう。だが、せっかくの食事だ。その後ではダメか?」


「い、いいえ。そっちの方がありがたいわね……」


小皿に置いたままの点心。

シャトマ姫の話を聞くと、そちらに集中してしまいそうで、私はおいしい料理をお預け状態になるでしょう。それは、困ります。








食後のデザートの後、薄桃色の小花の浮くお茶をもらって、私は一息。


「はああ〜……おいしかった。この手の料理は、ルスキアでは食べられないもの」


「……話には聞いていたが、本当によく食べるんだな」


少々びっくりしているシャトマ姫。

彼女が驚いている所を見るのは、何だかとても新鮮でした。


「食べようと思えばもっと食べられるわよ」


「……どういう仕組みだ? 体内に転移装置でも構築しているのか?」


「どこに転移するって言うのよ」


本気で不思議がるシャトマ姫。


「太らないのが羨ましいな」


「……あら、シャトマ姫はそう言う所、気にするのね」


「当たり前だ。食べたくとも少し我慢するときもある。妾はちょっと食べただけで、すぐ体に出てくる。特に夜中、甘い饅頭を食べたくてもカノンの奴に止められるしな。美しさを維持するのも大変だ」


困り顔の彼女は、何だか少し可愛い。

今まで、少しばかり苦手なお姫様でしたが、こうやってどうでも良い話をすれば、私とさほど変わらない歳の女の子なんだなと思わされます。


私は大笑いしてしまいました。


「あっはははは。シャトマ姫が……そんな事を気にしているなんて……っ。あなたを崇拝する人たちは思ってもみないでしょうよ。それに、あのカノン将軍があなたの夜食を阻止しているかと思うと、なんかもう笑うしか無いわよ」


カノン将軍はシャトマ姫のプロデューサー兼、マネージャーという所でしょうか。


「……あいつはあれで、面倒見が良いのだ」


「前から不思議に思っていたんだけど、あなたとカノン将軍は、どういった関係なの?」


「……」


「恋人……とか?」


1000年前から、ずっとシャトマ姫の側に居るカノン将軍。

ここもまた、前世からの恋人である可能性は充分あるのではと、私は興味津々に尋ねました。


「いや、全然そんな事は無い」


しかしあっさり否定され、何となくがっくり。


「カノンは……そうだなあ……“父”のようなものかな」


「……父?」


シャトマ姫は、フッと優しい表情になりました。

それは確かに恋人を思う顔と言うよりは、信頼している“親”を思う様な……。


「ああ。1000年前、妾は小国の王族として生まれながらも、王宮の陰謀とやらに巻き込まれ身分の低かった母が殺された。その後私も命を狙われたが、当時フレジール王宮の役人と言う立場で入り込んでいたカノンにより、王宮から逃がされた。まだ、2歳の頃だったんじゃなかったか」


「に、にさい……」


そんな幼い時から、怒濤の人生が始まっていたのですね。


「その後、幼い私はカノンに連れられ、フレジールの国を回り、この世界の争いの形を多く見つめる事になる。移民との争い、北の侵略、内乱……、争いは複雑だった」


「……」


「12歳の頃、カノンのシナリオ通り、妾は強大な魔力と精霊たちを従え、再び王宮へ戻ってきた訳だ。王の娘として認められてからは、妾とカノンは国の再生に尽力した。我々の力があれば、王宮で次期王の座につく事など、容易かったからな。私は理想の国を創ろうと懸命だったよ。移民を受け入れ、誰もが安心して暮らせる国を作りたかった。若くして力のある私を、国民は聖少女“藤姫”と呼んだ。……ま、ここからはよく知られた藤姫の物語だ」


シャトマ姫はクッとお茶を飲んで、その視線を私の方へ向けます。


「後は、前に話した通りだ。妾の婚約者として選ばれた王子が、青の将軍にその身を乗っ取られ、妾に死の呪いをかけた。その時、17歳だ。妾は自分の死を意味の無いものにしまいと、カノンと共に様々な事を考えた。結局18歳で命を終える事になったが……まあ、その後カノンと大司教様が頑張ってくれた様だ。青の将軍が、あの棺に居ると言う事は」


「……そう。1000年前のあなたたちにも、色々とあるのね」


シャトマ姫の話を聞く限り、確かにカノン将軍は、彼らにとって死の回収者というだけでは無さそうでした。様々な協力関係にあり、自分の成す事の為に、お互いを利用していた様にも思います。

青の将軍は別にしても。


「ま、妾の話はあまり面白くはない。たったの18年の短い生涯だ。……200年生きた紅魔女様には、その知名度もやらかしたことも、敵うまいよ」


「やらかしたこと、かい」


まあ確かにそうなんですけどね。

私は凄い事をやってしまった魔女ですよ。


「さっきも聞いたろう? いったい何が、紅魔女をそこまで追いつめたんだろうって、妾はずっと気になっていたよ。西の大陸が死の大陸と化し、この世界は大きく変わった。……それは確かな“大業”であると、妾は思う。魔王クラスは、良い方向にも悪い方向にも、歴史を動かす象徴の様なものだからな」


「……」


シャトマ姫の言葉に、私は伏し目がちになり、しばらく黙っていました。

自分自身も、良く分からなかったのです。


「……分からないわよ、私だって。勇者を殺してやろうと思う気持ちしかなかったの。私には、家族も大事な人も居なかったし、世界に未練も無かった。この力で何かを成し遂げようと思った事も無かったし、本当に、自分勝手な魔女だったのよ。言ってしまえば、ヤケね。……黒魔王が殺されちゃて、ヤケになってたんだわ」


「……」


「あなたから見たら、本当にどうしようもない事でしょう? 私のヤケで、その後の世界が変わって、沢山の人たちが苦しんだんだもの」


「……ふふ、確かに」


シャトマ姫は鼻で笑うと、机に肘をついて、頭をのせ、私を横目に見たまま言いました。


「でも、愚かしくも羨ましいとも、思うよ。たった一人の男の為に、そこまで出来た事が。……妾にはとうてい出来ない事だ。それに、たった一人をそこまで愛する事も出来ない」


「……な、何で私が黒魔王を好きだったってことになってるのよ」


「違うのか?」


いえ、正解ですけど。

何でみんな当たり前の様に、その前提で話すの。誰がバラしたのかな?


「シャトマ姫には……そう言う人は居ないの?」


「……妾は国民のものだ。たった一人を選ぶ女の幸せなんて、考えた事も無い。妾が求める藤姫を、妾は自ら望んで演じるのだ。恋も結婚も、全て国の為の手段。フレジールに最も意味のある結婚をして、その相手を愛するのだ。妾はそれで、かまわないと思っているし、それが妾自身の望みだ。……だけどたまに、考えるよ。こんな記憶も無く、ただ一人の、普通の娘として生まれていたら、妾はどんな風に生きただろうって」


「シャトマ姫……あなた……」


「生まれ変わっても、妾はいつもこんな立場だ。戦火と隣り合わせの国で、苦しむ国民を導く。……常に重圧の中にあり、それが心地よくもあるが……ま、たまには夢も見るさ。これでも一応、年頃の娘だからな」


そう言って、照れくさそうに笑った彼女は、確かに年相応の娘に思えました。

いつもの、余裕たっぷりで威厳のある彼女も、きっと本物の彼女だけど、夢見る乙女のシャトマ姫だって、きっと本物。


「何だか、あなたの事を少し誤解していた様だわ。そうよね……何だか私と似ていると思ったの」


「そりゃあ、同じような力を持ち、同じ様に転生し、同じ様な時代に生きているのだ。似た部分もあるだろう」


「……そうよね」


きっと、シャトマ姫は誰より私に似ている。

もちろん、やってきた事も、今の立場も全然違うけれど。彼女にとっては、失礼な事かもしれないけれど。


でも、シャトマ姫の気持ちは痛い程良く分かる。

彼女の人生を経験した訳ではないのに、彼女がふっと、普通の女の子に憧れる気持ちが、とても切ない。


出来るならもっと早く、シャトマ姫とこんな風に話せたら良かった。


「紅魔女……妾はお前を嫌いだと言ったが、お前を見殺しにするつもりは毛頭無い。例え、お前の罪がどんなに大きなものだろうと、お前の力はそれ以上に価値がある。……私が言うのも何だが、カノンを信じてみてくれ。あいつへの憎悪も、“今回”ばかりは忘れて……」


「……シャトマ姫」


「この時代は面白い。魔王クラスが、こんなに揃っている。……きっと、何かが変わるのではと、妾は予感しているのだよ。もし、2000年前、お前が引き起こした大事件がこの状況を生んだなら、果たしてお前のしでかした大業は、確かな罪だと言えるだろうか。……遠い未来の事なんて、誰にも分からない。そう、カノンにだって」


「……?」


彼女の言葉は、私にはよく分からない部分も多くありました。

シャトマ姫は瞳を細め、遠く遠くに考えを巡らせている様でした。

そう言えば、前にシャトマ姫は、運命の女神の生まれ変わりだと聞いた事があります。


彼女の達観した視野の広さは、この部分にあるのでしょうか。

ただ私は、誰もが彼女を敬い、彼女の為に力を尽くす意味が、何となく分かった気がするのでした。


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