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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第四章 〜王都血盟編〜
214/408

33:マキア、持っていくものがあるとすれば。

2話連続で投稿しております。

ご注意ください。

自室を出たすぐの空中庭園から、私はただぼんやりと夕方の空を眺めていました。

大きなヴァルキュリア艦が見えます。


「……またあそこに行くのね、私」


以前、一度だけあれに乗り込んだ事があります。

あの時と今からでは、何かが違うのだと分かっているのですが、いまいち実感がありませんでした。


持っていくものなど、ほとんどありません。


「トール……来るかなあ……」


早く帰ってきて、と言ったあの時の本音を言えば、“レナの所から、私の所に帰ってきて”という事です。

私は大きくため息をつきました。

目の前の草をぶちぶちと抜いて、自分に対する腹立たしさに下唇を噛むのです。


何が、帰ってきて、だ。

私こそが置いていくくせに。


私は袖で、目元を押さえました。



「おい、マキア」



私を呼ぶ声に驚いて顔を上げます。

思いの外、すぐにトールが戻ってきました。


トールは私の顔を見て、少し眉を動かして、その目を細めます。


「何だお前……そんな弱々しい顔して」


「……そ、そんなのじゃないわよ。泣いてないわよ!!」


「誰も泣いてるとは言ってないんだけど」


「……」


私は膝の上の服をグッと握って、してやられたと思い悔し涙を飲みました。

鼻をすすって、いつのも調子で問います。


「で、どうなの、レナは」


「……まだ寝ているよ。あれはまだ、起きねえな」


「夢を見ているかもしれないわよ。前世の」


「だからと言って、何が変わるんだ」


「……」


トールははっきりとした口ぶりでした。もっと戸惑い、迷っていると思っていたのに。

彼は私の隣に座り込んで、いつものトールの口ぶりで言います。


「俺は、あいつが記憶を取り戻したからと言って、何かが変わるとは思わないぞ。あいつは異世界からやってきたただの女子高生。俺が側に居るべきなのはあいつじゃなくてお前だ。分かっているのか、マキア」


「……」


「……俺はそんなに信用が無いのか」


「だって、そんなの……あたりまえじゃない」


「い、言うなあ……」


私はそう言いつつも、トールの腕の服を握りしめ、その肩にポスッと身を任せます。


「だって仕方ないじゃない。何で今、あんたが私の所に居るのか、そっちの方が疑問よ」


「……マキア」


私には、前世の愛がとても眩しい。

トールにしても、ユリシスにしても、一つ前の人生で愛した人と再び出会うと言う事が、とても奇跡的な事に思えます。


トールはそんな私を、困ったような複雑な瞳で見つめ、肩を引き寄せて抱き締めます。

それはとても優しい抱擁で、トールの切なさすら伝わってくるかの様。


「ごめんねトール。私、分かっているのよ。トールが私の事、とても大事にしてくれているのは……。今だって、私の所に帰ってきてくれたもの。それなのに、こんな事しか言えなくって……」


「分かっている……お前は臆病な女だ。でも、そうしてしまったのは俺だ。後は俺が、ちゃんとお前の所に居れば良い、それだけなんだから」


「……」


トールのぬくもりが、胸に痛い。

私は本当に、ずっと昔からこの人が好きでたまらないのに……


この温かさを忘れたくないと思い、強く彼の胸の服を握りしめました。

トールが私の耳元の髪を払って、そっとイヤリングに触れます。少し緊張しました。


「お前……つけてくれてるんだな、これ」


「……あ、当たり前じゃない。だってトールがくれたものだもの」


「お、素直じゃないか」


トールが得意げに笑って、頭を撫でます。私は彼を調子にのせたくないと思いつつも、触れてもらえる事に嬉しさを感じていたのです。


前に、私の誕生日にトールが買ってくれたイヤリング。

私の宝物です。安物ですけど、どんなに高価な宝石の装飾品より、ずっとずっと大事でした。


そう……持っていくものがあるとすれば、それくらいだわ。









「お待ちしておりました、マキア様」


私たちが港に着くと、ソロモン・トワイライトが待っていました。


「トール様もご一緒で?」


「俺は、見送りだ」


トールは少々いぶかし気に瞳を細め、ソロモンに問います。


「おいソロモン。マキアの魔力を整える最新機器とやらは、本当に大丈夫なんだろうな?」


「ええ、当然です。魔導回路を駆使した最新魔導テクノロジーによる、自信作ですから。シャトマ姫も、マキア嬢がヴァルキュリア艦に赴いてくださるのを、楽しみにしておりますよ」


ソロモンはニコリと微笑んで、私に義手ではない方の手を差し出しました。

私は一度トールの方に顔を向け、何て事なく言います。


「じゃあ、トール。行ってくるから……」


「ああ。聖教祭が終わる頃に帰ってくるんだろ? その時はまた迎えに来よう」


「……あんたは私の保護者なのかしら?」


子供かい、私は。

トールの過保護っぷりはいつもと変わらず。


私は困った様に笑い、肩を竦めました。

そして、ソロモンの手を取って、トールに背を向けます。


だけどたまらず、最後にもう一度彼の方を振り返ったその時、私は既に、転移魔法でその場から離れてしまっていました。

残像の様に、トールの微笑みが瞳の奥に残っています。

それが消えてしまうのが嫌で、私は瞬きすらなかなかできませんでした。






「大丈夫ですか、マキア嬢」


ソロモンが私の様子に気がついた様でした。


「ええ……ごめんなさいね。情緒不安定で」


「無理もありません。……青の将軍には、我々も散々な目に合わされましたから」


「……ソロモン」


ソロモンは私の事情を知る、数少ない人物でした。

トワイライトの一族の当主で、フレジールの顧問魔術師。見た目はトールにそっくりですが、トールより年上の分、より大人っぽく見えます。


私はソロモンに、ある部屋に通されました。


「ここがマキア嬢のお部屋になります。もうすぐシャトマ姫がお呼びになると思いますので、しばらくゆっくりなさってください」


「……そう」


何だかとても疲れた気がして、私は側のソファに座り込みました。

すると、部屋へ入ってきたフレジールの侍女らしき綺麗な女の人たちが、私にお茶を出してくれます。何だか綺麗なお菓子もあって、私は今とてもお腹が空いているのだと言う事に気がついたのです。

そう言えば、おやつ食べてなかったな……


「ねえソロモン、あなたたちって、どうしてフレジール王国に居るの?」


私は透明の器に盛られた果物のお菓子をつつきながら、控えていたソロモンに尋ねました。

ソロモンに向かいのソファに座る様促します。そう言えば、あまり彼と話した事が無かったなと思って。


「我々はエルメデス連邦から脱出し、東へ渡った時にカノン将軍とシャトマ姫に拾われたのです。当時シャトマ姫は7、8歳ほどでしたが、やはり記憶を持つ魔王クラスであったので、その存在感はとても子供のものとは思えず……。行く場の無かった我々にとっては、まさに聖少女でしたね」


「……へえ」


「とは言え、エルメデス連邦から脱出する事ができたのは、一族の中の本当に少ない人数で、私を含め子供ばかりでした。トワイライトの一族は皆連邦の元で監視され、歯向かえば魔族の餌にされ、巨兵の開発に全てを捧げる様強いられていました。大人たちが、せめて子供たちを、と、我々を逃がしてくれたのです。そのせいで処刑されたものも多く居ると聞きます」


「……」


私はお菓子を食べるその手を止め、ゴクリと飲み込みました。


「ご、ごめんなさい。そんな辛い事、さり気なく聞いてしまって」


「いえ……マキア嬢に聞いて頂けるなんて、光栄な事です」


ソロモンは変わらずニコリと笑い、自身もお茶を飲んでいました。

トワイライトの者たちが皆、どこか影を背負った所があるのは分かっていましたが、そんな事があれば、当然と言うものです。

なぜこの人は、こんなに爽やかに笑う事ができるのでしょう。顔の半分も既に鉄の仮面となり、腕も足も、無くなってしまっているのに。


「レピスやノアが、リスクを承知で魔導要塞を使う理由は、そこにあるのね……」


「……そうですね。魔導要塞という禁忌の魔術があったからこそ、我々は連邦の手を逃れる事ができました。その秘術だけは、絶対に連邦に渡してはならないと、トワイライトの大人たちが未来のある子供たちに託した力です。……レピスや……特にノアは、幼い時から魔族や連邦を憎悪し魔導要塞を習得しているので、特に思い入れがあるでしょうね」


「……」


「まあ、それは私も同じですが」


いつもにこやかなソロモンが、ふっと冷たい魔力を一筋、漂わせた気がしました。


以前、レピスがトールに言っていた言葉を思い出します。

自分たちにこの力が残されている事は、幸いであった、と。


私の知るトワイライトの者たちは、皆どこかしら体を失い、義手や義足、鉄仮面などを身につけています。

それでも幸福であったと言える程、連邦から逃れる上で多く悲劇を味わってきた事になります。


「ソロモン……あなたは、なぜシャトマ姫の所に居るの?」


私は、先ほどの問いと似た様な事を問いました。

彼の一番の目的は何なのか、それを知りたかったからです。


「私は……巨兵を全て、この世から消し去りたいと思っています。あれを開発したのがトワイライトなら、壊す責任が我々にある。それを可能にしてくださると、シャトマ姫は私に手を差し伸べてくださった。だから……私はあの方にお仕えするのです」


「……ソロモン」


私の問いに答えた彼は、普段の柔らかい雰囲気とは違い、とても真剣で張りつめた空気を纏っていました。


「すみません。血なまぐさい話になってしまって。……お菓子が台無しですね」


「いいえ、私が聞いたんだもの」


私は再び手を動かし、フォークでお菓子をつつきました。

チラリと見上げたソロモンの顔は、また変わらず笑顔です。


「……それにしても、あなたは凄いわね。そんな事があったのに、いつもとても落ち着いていて、にこやかにしていて。レピスがお兄様お兄様と言うはずだわ」


「え……レピスが私の事をそんなに??」


「……」


急に喜々とした表情になるソロモン。

前言撤回します。この人、決して落ち着いている人じゃなかったわ。


「まあ、敬愛しているって……言ってた……気がする」


「レピスは私の前ではそんな事は言ってくれないのですがね。いや〜でもそうですか〜嬉しいな〜」


「……」


お菓子をもぐもぐ。

ソロモンが一人悶えながら嬉しがっているのを眺めながら。


「不思議な兄妹ね。レピスみたいに淡々とした子のお兄さんが、あなたみたいな陽気でにこやかな人だなんて」


「ふふ……トワイライトは基本的に辛気くさいですからね。私くらい明るく前向きでないと!」


「そういうものなの?」


トールと同じ様な顔をしているくせに、性格は全然違うんだな〜……

しかし、これだけ体を失っても、こんなに明るく笑顔で居られるのは、正直凄い。


レピスやノアが尊敬するのも、分かる気がします。

こう言う人がトップだから、トワイライトの一族は絶望の中でも希望を失わずにすんだのでしょう。








「マキア・オディリール様、シャトマ姫のご用意ができました」


先ほどお茶とお菓子を持って来てくれた、薄い布を重ねたフレジール風の衣服を着た侍女が、私たちを呼びにきました。私は言われるがままについて行こうとします。


「ではマキア嬢、私はこれで」


ソロモンが私に頭を下げます。


「あら、あなたは来ないの?」


「私ではあなた方と同じ土俵には上がれません」


「……」


ソロモンはそう言うと、スッと消えてしまいました。まるでレピスの様……

きっと、どこかで控えているのでしょう。


彼らは良く分からない所に隠れるのが得意ですから。



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