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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第四章 〜王都血盟編〜
212/408

31:レナ、呼ばれる。

*3話連続で更新しております。ご注意ください。



私の名前はレナ。

この世界ではただのレナ。


「……トール……さん? どうかしましたか? 何か……考え込んでいる様ですけど」


「いや……」


「……」


トールさんはさっきからとてもムスッとした表情で、私の後ろについてきていた。

そんなに私の護衛が嫌なら、別にしてくれなくっても良いのに……と思ってしまうけれど、彼もお仕事なのでしょう。


とても気まずい。

なんでこの人は、私の事を毛嫌いしているんだろう。表には出さないが、多分私の事、嫌いだ。

私が何か言葉をかけても「いや……」としか言ってくれないし。


初めて見た時に、何も考えずただときめいた私は馬鹿だなと思う。

地球でもあまり男の人と関わる事が無かったから、ちょっとかっこいい人に手を差し伸べられて舞い上がってしまったんだわ。


私はチラリと彼の方を見て、ため息をついた。


「やっぱり……トールさん、私の事どこか避けてますよね。私、何かしたでしょうか」


「いや……」


まただ。

流石にトールさんも気まずくなったのか、頭を掻いてもう一つ言葉を付け足した。


「お前は何も気にするな。これは俺の問題だ」


「気にするなって言われても……」


こんな風に私に何かを言う事を極力避けている。

トールさんは私を避けているけれど、でもとても雑に扱っている訳ではない。むしろ、慎重に、なるべく私に何も知って欲しく無い様な。

腫れ物に触れる、そんな感じ。


私の不満がトールさんに伝わったのか、彼は少し困った表情をして、おもむろに私の頭に手を乗せた。

ポンっと。


多分彼は子供の機嫌を取る感じでそうしたのだろうけれど、あまり男の人に慣れていない私はまたときめいてしまって、あからさまに頬を染めてしまった。


「す、すまない……」


そんな私を見て、トールさんが焦りの表情で謝る。


恥ずかしい。

私だけがとても意識しているみたいで。


そんな気恥ずかしさを隠す様に、私はくるりと彼に背を向け、スタスタと目の前の道を進んだ。どこに向かっているかも分からないのに。


「何だか……トールさんって変ですね。絶対変です」


「こら、あんまり勝手に動くな」


トールさんは今までの堅苦しい態度を少しだけ柔軟にしてくれた気がした。

何だかそれが、少し嬉しかった。









ヴァベル教国、という小さな国家がルスキア王国の中にある。

この世界の主な宗教は、このヴァベル教国を総本山とするものらしく、人々は聖教祭の間、聖地ヴァビロフォスに祈りを捧げるらしい。


バチカン市国のようなものかしら……

と、私は地球事情と照らし合わせ適当に考えてみたり。

そう言えば、前に王宮の上層から、マキアが教えてくれたっけ。


しかし大聖堂に足を踏み入れた途端、その神聖な空気に圧倒された。

この空気こそが、異世界メイデーアの象徴なのだろうと、自然と理解する。


大聖堂の丸い天井を見上げ、足下から上へ上へと昇り立つこの不思議な感覚、不思議な力は何だろうか。



「トールさん、不思議な場所ですね……ここ」


「まあ、聖域だからな。魔力が溢れているんだ」


「魔力……ですか?」


「ああ。魔法を見た事が無いのか?」


「いえ、シャトマ姫に何度か見せて頂きましたが、何度見ても変な気分になります」


「まあ……地球には無かったからな」


トールさんに聞いてみた所、私が不思議に思った、この昇り立つ様な感覚は、魔力の流動らしい。

ここは聖域で、土地が力を持っているんだとか。


魔法をほとんど知らない私には、良く分からない話だ。


「トールさんも、魔法って使えるんですか?」


「そりゃあ、顧問魔術師ってくらいだから魔法を使えるんだろうよ」


「そ、それもそうですね」


何、当たり前な事を聞いているんだろう、私は。

頭をぽりっとかいて、少々恥ずかしくなる。

トールさんに変な子だと思われてしまったかな。


「お前だってこの世界に来たんだったら、何かしら魔力があるはずだぞ。だいたい救世主って言われている存在なのに、魔法が使えなくてどうする」


「……そうは言われても、知らない事はやりようも無いですよ。私、習わなければ何にも出来ないんです」


また、“救世主”という言葉が出てきて、私は少し憂鬱になった。


「私、親に言われるがまま習い事をしたり、お勉強をしたりしていたから、自分から何かをした事が無くって……」


「……」


「いきなりこんな世界に来て、でもどうすれば良いのか全く分からないんです。今も、流されるままここに居るし……」


「まあ、普通の高校生だったらそんなもんだろ」


呆れられるかな、と思ったけれど、トールさんは一定の理解を示してくれた。

少しホッとする。


「トールさんもそうでしたか?」


「いや、俺たちは前世の記憶があったから、そんな事は無かったが。逆に、記憶があったせいで完全に枯れきってて、浮きまくってたけどな。もうなんか青春なんてとうの昔に終わりました、って感じで」


しかし、彼の言葉にいくつか違和感を感じた。

地球でも前世の記憶があったと言う事が。


「トールさんって、何回転生してるんですか?」


ふっと出てきた疑問。

トールさんは、どこかしまったと言う顔をしていた。








「……黒魔王?」


トールさんが、教国の司教様の服を着た、怖い顔をした男の人と話していた時に、出てきた単語を、私は呟いた。


ふっと、懐かしい気がした、その名前。

私は突然、脳裏によぎったある人物を思い出そうとする。


どこかで、見た事のあるあの人。黒い髪で、黒いマントを羽織った人。

どこで会ったんだっけ。夢……?


一面の雪の原。

北の果て。


ぽつんぽつんと浮かんでは消えていく、知らないはずの光景やキーワード。

曖昧なデジャブ。


それらは私の意識を完全に乗っ取って、私に語りかけた。

知りたい事は、全て“ここ”にあるよ、と。






トールさんの側を離れ、声のするまま、足の赴くままに、私は聖堂の奥でみつけた、黒い扉を開いた。

とても大きく重そうな扉だと思ったのに、それはとても軽々開き、私を中へと導く。


長い階段を居り、古い壁画を見つける。


「何これ……」


不気味で薄暗い階段の途中の間だったから、私は身震いした。

その壁画は、何だかとても嫌な気がするのだ。


私は壁画から目を逸らし、出来るだけ見ない様にしてさらに階段を下って行った。


淡い光が見え始め、私は自分でここにやってきたのに心細く思っていたのか、急いで降りて行く。

そして、開けた緑色の空間を目の当たりにし、大きく息を吸った。


なんて新鮮で神聖な空気なんだろう。


「……樹?」


一番最初に目についたのは、その空間の中心にそびえ立つ大樹だ。

太い幹からうねる様に伸びた枝葉が、空間の上部を覆っている。


私はきょろきょろしつつも、その幹のふもとへ向かって行った。

私を呼んだのは、いったい誰なんだろう。


とりとめも無い不安と、少しの期待と、高揚感。

風が吹いている訳でもないのに、木々の葉が揺れ、擦れる音がする。

雫が泉に落ちて、綺麗な音を立て、キラキラしたミストが頬をかすめる。


そうして私は、見つけてしまった。




「………」




青々とした柔らかい苔と草、白い小さな花に囲まれた、その“墓”を、私はただ見つめた。

瞬きも出来ずに。


大樹の根元に眠るその棺の中には、ゆらゆらと揺れる水に抱かれて眠る人がいる。

黒い髪の、黒い衣服を着た、男の人。


「……あ」


私は一歩引き下がろうとして、それが出来ずにその場に崩れた。

理解よりもずっと早くに込み上げてきた思いに耐えきれず。


さっきから曖昧に思い出そうとしていた顔が、一気に確定する。


「黒魔王様……っ」


一度、頭の中に“彼”の姿が浮かんでしまったら、もう止めようが無かった。

バラバラと流れて入る無数の記憶に、胸が潰されそうで、私は大地に伏した。


ああ、この人が黒魔王だ。

そして私は、この人の妻だった“ヘレーナ”だ。


それを意識した途端、溢れ出る涙は止めどなく、私はどうして良いか分からず苦しくて仕方が無い胸を押さえ、もう片方の手で草と土を握る。



「ごめんなさい……黒魔王様……ごめんなさい……っ」



ドッと溢れてきた後悔の念と懺悔の言葉、その遠い記憶を前に、声を上げて泣いた。


私は裏切りの瞬間を鮮明に思い出した。

黒魔王様を、あんなに“ヘレーナ”を愛してくれたこの人を殺したのは私だ。


昔々の、おとぎ話の様な雪世界で。



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