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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第一章 〜幼少編〜
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13:トール、マキアと公爵のやり取りをただ聞いている。


俺はトール。


今日、ビグレイツ公爵が俺を引き抜く為にオディリールの館に来る旨を、マキアはメイドたちの会話で知ってしまったらしい。

御館様はマキアの居ない所で解決したかったらしいが、そうはいかなくなった。


「どうして私に言って下さらなかったのかしら、お父様」


「だ、だって、そしたらマキア、怒ってビグレイツ公爵に飛びかかりかねないと思ったから……」


「だって、じゃ無いでしょう、もうっ!!」


マキアは御館様を叱りつけるほどに、それはもうイライラしていた。

11歳の少女に怒られる御館様の図は何と言うかとてもシュール。




マキアは今日、ダンスの習い事があったらしいが、こうなってしまっては絶対に家を出て行かないだろう。

さっきから自室で文句ばかり言っている。言わなければどうしようもないというようにむしゃくしゃしているのだ。


「子供だと思って優しくしてあげたらこのざまだわ。スミルダってば本当に人のものを欲しがるんだから」


「別に、お前優しくしてなくね? この前盛大に大笑いしたのがいけなかったんだろ。あいつ、意地になっちゃったんだな」


「あんたはお黙りなさい!!」


ぽつりと呟く俺に向かって、鋭い刃物みたいな睨みをきかせてくる。

なぜ俺が怒られなければならないんだ。何と言う理不尽。


「ええ、スミルダは別にいいのよ。あの子は本当に子供だもの。子供は人のものを欲しがるもの。でも、それを甘やかして、あまつさえ人のものを買おうとする大人がいけないのよ。本当、頭くるわ!! 私をバカにしてるのかしら」


マキアはダンスで使うはずだった扇を、開いたり閉じたり、机に打ち付けたりしている。

何だろう、ストレス発散?


「いいわ、こうなったら私がガツンと言ってやるんだから。ビグレイツだか公爵だか知らないけれど、何を言われても断固拒否してやる!!」


「ほお〜。そんなに俺を手放すのが惜しいのか、マキア。………やれやれ、モテる男は辛いぜ」


「ふーん、そんなこと言うんだ。あんたの事だって言うのにずいぶんな余裕よね。………売っちゃいましょうか? あんたをあのスミルダの所に」


「……」


ふんとそっぽ向くマキアの態度が刺々しい。

何がそんなに気に入らないのか、自分が子供である事をすっかり忘れたような凄まじい闘志。しかし自分のものを取られそうになって憤慨する様は子供と言えるかもしれない。






ビグレイツ公爵は、午後の定時にやってきた。

御館様より若い様に思えるが、どこか威厳のある背筋の伸びた人だ。なるほど、スミルダと似たたれ目につり眉だ。少しいやみったらしい所がとてもそっくり。

手には鷹の彫刻の施された杖を握っている。


彼は紳士らしく御館様にあいさつをしたが、やはりどこか上からの態度であるように思える。

ただ単に御館様の腰が低いだけだろうか。


公爵は、御館様の後ろに付いている俺にすぐに気がつくと、まじまじと観察するように目を凝らしていたが、やがて鼻で笑った。




「おや、マキアお嬢様もいらっしゃるのか」


我々の話し合いの為にセッティングされた部屋のソファの真ん中に、堂々と座っているマキアを見て、公爵は驚いたようだった。


「ええ、だってトールの事なのでしょう? ならば私を通していただきませんと」


「………ほお」


11歳の物言いではないなと言うのを、きっと公爵も感じ取られたのだろう。流石同じ歳の娘を持つ親である。

マキアの態度はいつも以上に大人びていた。きっと気張っているからだろう。


「どうぞお座りになって下さい、ビグレイツ公爵」


向かいの席に促す彼女の瞳は、まるで獲物を見定めたハンターの瞳だ。

ここ最近お互い平和ぼけしたせいか、どこかほのぼのとしていたが、こういった瞳を見ると紅魔女時代のお前を思い出すよ。

公爵は知らず知らずのうちに、このメイデーア最悪の魔女と対峙している事になる。

知らないと言うのは、本当に幸せな事だ。


公爵は出された紅茶を一口飲んだ後、すぐに話題を提示した。


「………マキア嬢の後ろの控えているのが、トールと言う若い騎士かね」


マキアは座っているソファーの後ろに立ったままの俺をちらりと見て、「はい公爵様」と答えた。

まあ無表情だ。

公爵は俺を探るように見ては、また鼻で笑った。


ええー……なんなんですか、いったい。


「話は聞いていただいていると思うが、うちのスミルダがそこの若い騎士をえらく気に入っている様で、どうにも自分の騎士にしたいとか。他の騎士を用意してみたりもしたが、彼が良いとの一点張りで言う事を聞かない。………さて、ここからが本題なのだが、我が娘スミルダはあれで一応次期国王の妃候補として名を挙げている。後宮入りの際、我が家からも一人騎士を王宮へ送る事が出来るのだ。分かるかな、騎士の働きがある意味、妃への評価と繋がるのだよ」


スミルダが次期王妃候補と言うとんでもない話を聞いて、流石の俺も吹き出しそうになったが堪える。

マキアは相変わらず淡々とした瞳で公爵を見つめたままだ。


「………で、それとトールの引き抜きに何のご関係が? まさかトールを王宮へ送りたいと?」


「もし、そこの彼が王宮の騎士として、直々に国王に仕えたいという希望があれば、我がビグレイツ家はそれを叶える術を持っているという、一つの提案だよお嬢様。そう、ピリピリしないで下さい。………それに、決めるのはそこの彼です」


「そうかしら。彼はうちの使用人ですよ。決めるのは父か、わたくし。………そうでしょうトール」


マキアは手に持つ扇を一度ぱしっと打って、視線だけ俺に向けてきた。

俺は無表情のまま「はい、マキア様」と答える。


御館様はもう会話に入ってこない。

というか、マキアのあまりの凄みに押されて、口を挟めずに居る。


「そもそも失礼ではございませんか? スミルダ様がねだったからと言って、よりにもよってわたくしが最も信頼する者を金で奪ってしまおうなどと。家柄を鼻にかけ、彼を誘惑しようなどと。………まあ、公爵様の提示されたものは、わたくしのトールにとっては何の意味もありませんけれど」


「ほお、まるで彼の事なら何だって分かっていると言う口ぶりですな。………はは、何とまあ利発なお嬢さんだ。エルリックよ、お前とは大違いだな」


冗談のつもりで言ったのかもしれないが、なかなか失礼な事を言ってくれる。


まあしかし、当の本人が嫌味を言われた事に気がつかず「そうなんだよ、出来る娘でねえ」とにやけているのでどうしようもない。

違うよ、御館様。娘を褒められたんじゃないよ!!

あなたがバカにされたんですよ、気がついて!!



パシッ…!

妙な空気になったのを、マキアが打つ扇の音が仕切りなおす。

彼女は真っ赤な髪を払い、ニヤリと笑った。


「……当然。私はこの世界で最もトールの事を理解出来る人間の一人です。そしてそれは、逆の事も言えるでしょう。私の事を本当に理解出来る者の一人は、トールだと言う事」


なるほど、そしてもう一人が由利ね。

きっと目の前の公爵のおじさんは、俺たちを繋ぐそれが何なのか、当然分からないだろうけれど。


「私たちにとって、大きすぎる富や名声、そう言ったものは“今更”必要無いのです。………あなたには理解出来ないかもしれませんけれどね。もしこの先それを手に入れる事があったならば、それは、きっと他の目的があるからですわ」


11歳の少女の姿で、大人にも引けを取らない態度で断言するマキアの口調には、全く歪みがない。


そうだな。今更だよな。

純粋に成り上がっていきたい願望なんて。駆け上っていきたい、自分がどこまでやれるのか試したい、そんな気持ちなんて。


一度頂点をとった俺たちが、最後に迎えたあの悲劇を忘れられないなら、そこに意味は無い。

それを理解出来るものは、同じ土俵の人間だけだ。



ああ、そうか。

今のマキアの言葉の意味を理解出来るのは、この部屋で俺だけだ。


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