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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第四章 〜王都血盟編〜
209/408

28:マキア、名付け親の物語。

*二話連続で更新しております。ご注意ください。


次の日の早朝、トールはレナの護衛の任務に出かけました。

私はと言うと、部屋で静かに寝ていろと言うトールの言葉を無視し、外出の支度をします。


「……」


薄いインナーワンピースを着た姿で、大きな鏡の前に立っていましたが、その時、左胸の上に花の模様にも似た青い痣が浮かび上がっていることに気がつきました。


呪いは、開花しつつある……。何となくそう感じ瞳を細めます。

今日は珍しく首元までレースのシャツのあるドレスを着ようと思いました。



一人庭へ出て王宮を抜けました。

ある人の所へ向かおうと思ったのです。


王都から城下町まで、長い回廊が多く存在しますが、その中でも特に人けのないものを選び、ローブを深くかぶって、魔導研究所のある海辺の方へ。


そう、私はメディテ家のお屋敷へ向かっていたのでした。







「まあ、マキア嬢。体調を崩されたと聞いていたのに、どうされたのです」


メディテ先生の奥さんでもあるジゼルさんが、迎えてくれました。


「メディテ先生は居ないの?」


そう訪ねると、彼女は「どうせすぐ帰ってきます」と、冷ややかな表情で断言しました。

彼女の言葉の通り、メディテ先生はすぐに戻ってきます。


要するに、私がメディテのお屋敷を訪ねた事を知っていたのです。ストーキングの賜物ですね。



「やあやあマキア嬢。良く来てくれた」


「というか、私をつけてたんでしょう? 何を白々しい」


「まさかうちにくるとは思ってなかったけどね」


メディテ先生は自宅の居間で、くつろいだ様子で煙管を取り出し、飄々と言ってのけます。

私は肩を上げ、小さくため息。


「というか、先生は聖教祭だってのに何暇しているの?? 確か先生、教国の仕事とかあるんでしょう?」


「え? いやまあ、色々と言い訳をつけてサボっていると言うか」


「……ちょっとあんた、何それ」


ジゼルさんが瞳を細め、自分の夫を横目に見ました。

その視線の冷たさは私もドキッとしたくらい。メディテ先生はすっとぼけているけど、たらたらと冷や汗が流れているのは分かると言うもの。


私はジゼルさんが持って来てくれたお茶を飲み、何だかなと。

この夫婦も、実に不思議な夫婦だなと思って。


メディテ先生は咳払いをして、話を戻しました。


「で、マキア嬢。我が家へは何の用で?」


「……別に、アーちゃんを見に来ただけよ。聖教祭の公務が出来ないから、暇なの私」


「……」


メディテ先生は片眉を上げ、その片眼鏡を怪しく光らせます。この人は魔王クラスのストーカーな訳だけど、私の事どこまで知っているんだろう。


「もう、体調は大丈夫なのかい?」


「ええ。貧血の様なものよ。……トールは過保護だから」


「……そうかい」


でも、彼は特別何かを聞いてきたりしませんでした。ただその視線は、何かを知っている様な、探っている様な、メディテ先生独特のもの。

私はお茶を一気に飲んで、立ち上がります。


「ジゼルさん、アーちゃん寝ているかな?」


「さっきまで起きていたけれど……」


私はメディテ先生から逃げる様に、アーちゃんの居る部屋へ向かいました。








「アーちゃーん」


「……」


起きているのに、無言の赤ん坊。それがアーちゃんこと、アクレオス・メディテです。

私がマキア・オディリールとして初めて名を付けたのが、この子でした。


アーちゃんはそのとろんとしたたれ目で私を見つめ、手を伸ばします。

若干メディテ先生のいかがわしさを受け継いでいるとは言え、無垢な赤ん坊はとにかく愛らしい。


「アーちゃん、あなたはスクルートの時と同じ様に、紅魔女の恩恵を与えられた子供よ。きっと、将来凄い人になるんでしょうね……」


「あははは、名付け親とは言え、親ばかとは」


側でメディテ先生もアーちゃんを覗き込み、愉快そうに笑います。


「そう言う事じゃないわメディテ先生。私の与えた名前って、案外意味があったみたいよ。あの時、私が黒魔王の子供であるスクルートの名を与えたから、今のトワイライトの一族があるんだもの」


「……ほお。2000年前の話かい?」


「そうよ。昨日の晩、少し夢を見たの。……懐かしい夢よ」


自分自身、分かっていなかった名前魔女の力。

2000年後に転生したからこそ、その力の意味を理解しました。


アーちゃんの小さい手が、私の指を掴んで離しません。

メディテ先生は、そんな私の表情を横目に見ていました。


「マキア嬢だって、そのうち我が子をもつ事になって、自分の子に名前を与えるだろうね。ああ……君とトール君の子供なんて、とんだ魔王サラブレットだな」


「……どうして私とトールなのよ」


私はジワジワと赤面しました。冷静な口調とは裏腹に。

完全におっさんのセクハラです。


「俺が知らないと思っているのかい。君たちは今とっても良い感じだって事は、お見通しな訳さ」


「お見通しっていうか、覗いていましたって事でしょう!」


「ああ……昨日だってあんなに寄り添って……。良いなあ、初々しいって」


「なななな、何でそこまで……いったいどこからどこまで見てたの……っ」


「うちじゃくっつこうものなら“暑い”“邪魔”“うざい”“煙草臭い”の拒否台詞のオンパレードだからなー」


メディテ先生はどうやら、私とトールだけが知っているはずの健全で甘い時間をご存知でした。

殴ってやろうと思ったけど、殴っただけ無駄な気もして、やめます。


「……あ……っ」


アーちゃんが珍しく声を上げました。

メディテ先生が「パパが良いのかい?」と勝手に解釈し、アーちゃんをベッドから抱き上げ、あやしています。

父と子の姿と思えば、とても微笑ましい光景に見えます。たとえそれがメディテ先生でも。

まあ、アーちゃんはメディテ先生の片眼鏡をその手でつかんで取り払ってしまいましたけど。


「あ、あいたっ、やめてアーちゃん」


アーちゃん、今度はメディテ先生の帽子まではたいて落としました。

案外やんちゃですね。


「……メディテ先生の素顔って初めて見たかも」


「え、何? 良い男って?」


「……胡散臭さが若干落ちるわね」


私は少し目を丸くして、顎に手を当て彼を見つめます。

片眼鏡、帽子、袖の長いローブ、煙管が彼の特徴的なアイテムですが、それらは象徴的に彼を胡散臭い人物に仕立て上げていた様です。


メディテ先生は瞳を細め微笑みました。


「まあ、見た目のイメージって大きいよねえ」


「……あなたの場合、見た目と本来の姿がほぼ一致してますけどね」


彼はアーちゃんを片手に、帽子を拾い上げました。

しかしかぶる事無く、それをさっきまでアーちゃんが寝ていたベッドに置きます。


「抱いてみるかい、マキア嬢」


「え……で、でも私」


「ほらほら、アーちゃんも君を見ているよ」


メディテ先生は私に、アーちゃんを抱く様に促します。

アーちゃんは大人しく、私の不器用な腕の中でも、ただ静かに私の顔を伺っていました。

ずしっと重く、でもやはり軽くて、私は腕に力が入ってしまいました。赤子を抱いた事が無い訳じゃ無いのに、いつもそう。

あーちゃんは紅い長い髪の毛を掴んで、引っ張ります。


「あいたたたた」


「こらこらアクレオス」


メディテ先生は私の髪を引っ張るアーちゃんの手を、優しく開きました。するとアーちゃんはメディテ先生の指をひしと掴むのです。

彼の顔を見ているアーちゃんのつぶらな瞳の、安心の色。


私は自分の赤ん坊時代の事を思い出しました。

あの頃は、再び勇者の殺された事が悔しく、ふてぶてしい赤ちゃんでしたっけ。でも、ただただ愛情を注ぐ両親の姿をもっと見て居れば良かったなと。


「あ、何かぐずりそう……」


私は表情が歪み始めるアーちゃんを、青ざめながらメディテ先生の腕へ。

メディテ先生は慣れた様子であやしていましたが、やはりアーちゃんは泣いてしまいました。


「はいはい、ママの所へ行きたいんでちゅねー」


「……」


メディテ先生はアーちゃんの前になると人が変わったかの様な口調。

アーちゃんを連れ部屋を出て、ジゼルさんの所へ行ってしまいました。こちらとしては言葉もありません。

子煩悩って凄い。


「ふふ……」


でも、自ずと笑みがこぼれました。


「マキア嬢、うちで昼を食べていくかい?」


メディテ先生が再び戻ってきて、私に問いました。

しかし私は首を振ります。


「いいえ、ありがとう。でも私、まだ行く場所があるから」


「……そうかい?」


メディテ先生は不思議そうにしていました。いつもならお食事のお誘いに飛んで食いつく私ですから。






メディテ家の屋敷を出て、屋敷から門までの、その人けの無い大きな道に一歩踏み出した時です。


「マキア嬢」


玄関で見送ってくれた先生が、不意に声をかけてきました。

私は瞬きをして、振り返ります。


メディテ先生は、らしい胡散臭い笑みを浮かべ、煙管を片手に言いました。


「一年前……そう、ちょうど一年前だね。君が魔王クラスの紅魔女だと分かったのは」


「……」


「遊撃巨兵と言う、神話の時代の魔導兵器が、現実としてこの国を震撼させた。結局それに対抗出来るのは、君ら魔王クラスと呼ばれる、神話の時代の“神々”だけだった。……“青の将軍”だっけ? あのバロンドット・エスタの肉体を乗っ取ったらしい魔王クラスの者は」


「先生……」


彼は、そこまで知っている様です。

いったいどこから、私と青の将軍のコンタクトを見ていたのでしょう。


「不覚だった。俺だって気がつきやしなかった。……だってバロンドット・エスタに興味が無かったから、奴の姿をそこら一般人と同じ様に視界から薄めていたわけ。青の将軍だって分かっていたら、もっと注意深く観察していたのにな。……いつ、君に呪いをかけたのか、もね」


「……そう。先生、知っているのね」


私は視線を斜め下に逸らし、苦笑いしました。


「メディテ先生からしたら、結構面白い展開なんじゃない? 魔王クラス同士の話なんだもの」


「……そうだねえ」


先生は一度、その煙管をくわえ、吹かしました。

伏し目で何かを考えている様です。


「興味深い展開ではあるよ。俺はヴァルキュリア艦には行けないから、君と宿敵である“勇者”が、どういった話をしたのかは分からない。でも……」


彼は顔を上げました。


「つまらない結末だけは、よしてくれよマキア嬢」


そう言って、片口を上げ、変わらない胡散臭さでニヤリと笑います。

足下には白い蛇の精霊が、その姿を曖昧にしつつ長い体を引きずっていました。


「……」


メディテ先生は何にも変わりません。

私と初めて会ったのは、私がまだ幼い少女だった時。その時の第一印象そのままの人。


魔王クラスと関わる事を恐れない人。

彼にとってつまらない結末って、どんなものでしょう。


「……分かっているわ。面白い物語、読ませて上げる。そのかわり、アーちゃんが大きくなったら、ちゃんと語り聞かせてね」


私は紅魔女らしい皮肉な笑みを浮かべそう言うと、彼にきびすを返し、背筋を伸ばしメディテ家を後にしました。

メディテ先生は、特に何も言いませんでした。


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