表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第四章 〜王都血盟編〜
208/408

27:マキア、寂しさと甘え。

*二話連続で更新しております。ご注意ください。

ふっと目が覚め、私はベッドから起き上がりました。

すでに真夜中で、大きなガラス窓からは月が見えます。煌々と照る月は、薄い夜の雲を照らしていて、何とも幻想的な空を作り上げています。


長い夢を見ていました。


「……疲れた」


疲れたとは思ったけど、案外こんなものかと、拍子抜けに感じたり。


でも汗が凄い。


私の前世の前半は、今思えば、本当に平凡なものが多かった様です。ユリシスやペリセリス、トールみたいに、波乱の中にあった訳ではありません。だからこそ、紅魔女はあの力を持て余し、暇を持て余していました。

何かを成そうとする意志が、特別無かったから。


でも、勇者のゆの字も出ていない様な、全てはここからと言う所で夢が覚めてしまいました。


「……トール」


トールが、ベッドの側の椅子に座り込んで、腕を組んで寝ていました。

ずっと側に居てくれたのね。


「あああ……でも私、あんな歳して、乙女チックな事考えていたのね……」


紅魔女時代の私の、なんとも馬鹿な事。

死にたい。

そのくらいの恥ずかしさが込み上げてきて、思わず顔を覆ってしまいました。


枯れと悟りの地球時代を経た今だからこそ、紅魔女時代の乙女思考にむず痒くなります。

枕を、枕を叩くしか無い。



「何やってんだお前」



いつ目を覚ましたのか、トールが青ざめた表情で私の奇行を見ていました。


「ト、トール……いつから起きていたの」


「お前が枕を叩く音で目を覚ました。何してんだお前」


「い、いや……その。あはは」


まともにトールの顔を見る事が出来ません。

私は視線を逸らし、さっきまで叩きまくっていた枕を抱き締めました。


まあ、私にとってはあからさまだった紅魔女の思いも、黒魔王には全く気づいてもらえなかった訳だけど。


「何だ……すっかり元気じゃ無いか。寝る前はあんなにしおらしかったから、心配していたのに」


「……? ああ、そうね。今は気分がすっきりしているわね。でも、喉が渇いたわ……」


「水、飲むか?」


トールは脇のテーブルに置いてあった水差しから、グラスに水を注ぎ、私の所まで持って来てくれました。

何となく、おばあちゃんの言葉を思い出します。

“マメ”な男が良いよという、経験豊かな女性のアドバイス。


「あんたってマメねえ」


「は? 何?」


「いいえ、何でも無いわ」


私はトールからグラスを受け取って、水を飲みました。冷たい水が、乾いた体を潤して行くのが分かります。随分喉が渇いていた様で、水がとても美味しく感じられました。


2000年前の黒魔王は、それはそれは偉大で威厳のある男に見えていましたが、今目の前に居るトールはもう少し親しみやすいかな。でも、多分こっちが本当の彼なんだと思います。

黒魔王は、あえてああいう態度をとって、畏れを力に国をまとめていたんだな、と。


トールはベッドの脇に座り込んで、私の顔を覗き込みました。

そして、不意に頬に触れます。


「ちょ、ちょっと触んないでよ。寝汗が凄いんだから」


「汗じゃないぞ……。お前、寝ている時泣いてたんだ」


「……?」


「ほら、涙の跡だ」


トールがそっと、親指で目の下を撫でます。


私は眉を寄せ、グラスを脇のテーブルに置いて、自分の頬に触れました。

頬は湿っていて、目の下は少し腫れている様です。


「あら……なんでかしら」


「何でってお前。夢でも見たんだろう……前世の」


「……それはそうだけど。でもねトール、私起き上がった時……ああ、私の前世なんて大した事無いじゃないって思ったのよ。だって、途中で起きちゃったんだもの。全然、泣く事なんて……」


「………」


訳が分かりませんでした。

劇的な事があった訳でもない、自分でもびっくりなくらい、あっさりした人生。

ここからとは言え、私には、本当に誰も何も無かったんだなと、思ったくらい。沢山の人が出てきたのに、みんな私の所から居なくなってしまった人ばかりで。


「でも、黒魔王は出てきたわよ。ちょうど、スクルートに名付けた所だったのよ」


「……ほお」


トールは若干、息を呑んで、気まずそうな顔。

何をそんなに焦ってるんだか。


私は枕を背中に回して、背もたれにします。


「でも……ふふ。私にもあんな時代があったのね。可笑しいでしょう? 50歳とか60歳とか、世間じゃもうお婆さんと言われるような、孫が居ても可笑しく無い歳だったのに、まるで若い娘みたいに黒魔王に恋をしたのよ。帽子やドレスを、あれこれ考えて、お洒落してみたり……。まあ、無駄な努力だった訳だけど」


また、紅魔女の事を思いました。

目が覚めた時は流石に紅魔女に気持ちが同調して、恥ずかしくて死にそうだったけど、今は少し客観的に見る事が出来ます。


「……なんかすみません」


「あはははは。別にあんたを責めてる訳じゃ無いのよ。そう言う時代が、私にもあったわねって話がしたかっただけで」


意地悪に笑ってみせて、トールを困らせました。

そして再び、前世を思い出す様に、瞳を細めます。


「私はね、多分……寂しくて、惨めだったのよ。劇的に不幸な事があった訳でもないけど、じわじわと、寂しさや惨めな気持ちが、私を蝕んでいたんだわ。時代に取り残され、黒魔王には違いを見せつけられて……。結局どの輪にも入れなくって」


まだ半分しか記憶を辿っていませんでしたが、その寂しさや惨めな気持ちは、紅魔女が一生継続して抱えるものでした。黒魔王や白賢者、勇者と出会い、生活は一変し、紅魔女は後に戦いに身を置く事になるけれど、それでも、彼らと私が決定的に違う部分があったとすれば、戦いの後に帰る場所。


彼らとの戦いが楽しければ楽しい程、その後の虚しさは私を苦しめました。


私には、私を一番に思ってくれる人が居なかったのです。戦いの後、温かい瞳で迎えてくれる人が。

それはとても惨めで、恥ずかしい事の様に思わされました。

誰かにとって、そういう存在になれなかった私が。



トールは私の考えている事を、悟ったのでしょうか。優しく頭を撫でてくれました。

何とも心苦しそうな表情で。


「違うわよ、トール。私はね……だから今が、とても幸せだと言いたいの。マキア・オディリールの周りには、私を思ってくれる人で溢れているもの」


「……」


「私、今の自分がそこそこ好きなの。誰かにとって、大事な存在になれたって事だもの……。それに私も、紅魔女時代に比べたら、ずっと多くの人を思っているわ。そうね、今は大事な人たちに、幸せになってもらいたいと言う気持ちの方が大きいかしら」


「……例えば?」


「両親よ。お父様とお母様。それに、メディテ夫妻とアーちゃんでしょう? アルフレード王子とルルー王女の兄妹に、何と言ってもユリシスとペルセリスよ。………エスカは微妙な線だけど……あと、ついでにトールも」


「俺はついでかよ。いつくるのかと思ってたのに」


トールらしくつっこんでくれたので、私は満足気に笑います。


「嘘よ嘘。あんたには、誰より幸せになって欲しいって思ってるわよ」


「……なんか他人事だな。“一緒”に、とは言ってくれないのかよ」


「……」


私はクスクス笑いながら、トールに手を伸ばしました。


「ねえ、起こして」


「……面倒くさがりめ」


トールは文句を言いつつも、私の手を取って起き上がらせてくれました。

私はそのまま、トールを抱き締めます。


トールは少し驚いていました。私から彼を抱き締める事は、珍しいかもしれませんね。


「何だよマキア。お前らしく無いな」


「あ、甘えてるのよこれでもっ」


……うーん、良く分からないわね、甘え方って。恋人に甘えるのって、どうしたら良いのかしら。

そもそも私たちはそんな関係なのかしら。


なんて考えていたらドツボにはまってしまったので、唇を尖らせ彼を離しました。

トールがぽかんとしていたので、私は何だか恥ずかしくなって、顔を真っ赤にしてたまらず俯きます。


慣れない事をするとこれです。


「お、おいマキア……」


「……」


「お前、俺に甘えたかったのか?」


「あああ、もうやめてやめて。そう言う事、真面目に言わないでよ」


あからさまに言いやがるトール。私は涙目。

穴があったら入りたいので、布団をかぶってしまおうかと思い、引き寄せました。


しかしトールが、不意に私の腰を引き寄せ、顎を掴んで顔を持ち上げたので、反射的に布団を落としてしまいました。


意味深な瞳のトール。


「お前、俺と恋人っぽい事がしたかったと言う事か」


格好良い顔して、真面目にそんな事を言うトール。もうやだ、なにこの黒魔王。

私は視線を逸らす事も出来ずに、小刻みに震えました。


ここに経験値の差が出ている……完全に。


しかしトールはプッと笑った後、私の頭をポンポンと撫で、ゆっくり抱き締めてくれました。

よく知ったトールの匂いや温もりに、一気に安堵してしまいます。


「病み上がりのお前に変な事はしねーよ」


「……」


「お前は、強がっているけど寂しがりだ。そんなのはもう分かっている。……これからは俺が、ずっと側に居てやる」


トールはやはりトールでした。

今一番、私が欲しかった言葉を言ってくれます。


月明かりだけでも十分明るい部屋。

机の上の、ほのかなランプの灯もお供に、私とトールはしばらく寄り添っていました。


大した事無いと言いながらも、どこか動揺していた、前世の夢を見た私。

そのザワザワした気持ちを、トールが落ち着かせてくれたのです。


「……」


それでもまだ私は、一番大事な記憶を閉じ込めたまま。

それに向き合う時が来ても、同じ様にトールは側に居てくれるかしら。





そう、私はとても幸せ者です。ずっと欲しかったものが、ここにはある。

こんな時間が、ずっと続けば良いのに。


私はトールの温もりを感じながら、途方も無くそんな事を考えていたのでした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ