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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第四章 〜王都血盟編〜
207/408

26:マキア(マキリエ)、追憶7。

*二話連続で更新しております。ご注意ください。

私は、初めての恋に浮かれていたのでしょう。

その恋が、身を焦がし続ける事を知らずに。



再びアイズモアに訪れ、トルクに会いに行ったのは、彼が私の家を尋ねてふた月程経った後でした。


しかし私はそこで知るのです。

彼には数人の妻と子が居ました。


はっきり言えばかなりショックで、家に帰った後に寝込みました。

あの野郎、よくも平気な面して「また来い」なんて言ったものです。


それでも私は、何度もアイズモアを訪れました。

それは別に、遊びに行った訳ではありません。私たちの魔法や力が何なのか、お互いに意見を交わしたり、確かめたりしていたのです。


トルクは自身の力や体質が、どれほどのものなのか知りたがっていました。

私はと言えば、今まで、自分が特殊で特別である事は嫌と言う程思い知っていましたが、その程度を確かめるなんて考えた事はありませんでした。

ただ、それだけが唯一、彼に会いに行けるきっかけでもあったのです。


私たちが自分自身、そしてお互いの力を確かめ合いたいと思うのは、必然だったのかもしれません。

その手段が“戦う”という事だっただけの事で。






約2150年前

北の大陸・アイズモア王宮


マキリエ:60歳〜








「まあまあ、紅魔女様ですね。申し訳ございません、このようなお見苦しい格好で……」


「い、いいのよ。寝ておいてちょうだい。私は産まれた赤子に名を与えに来ただけだもの」


「まあ……っ。それはなんとありがたい……」


私は、トルクと、その正妻であるシーヴの間に生まれた子供に、名を与えようと、アイズモアの王宮へやってきました。

本当はトルクと戦っていたのだけど、途中魔族が正妃シーヴの出産を知らせに割って入って来た為、中断されたのでした。



たった今、産まれたばかりで、シーヴはベッドに横たわってぐったりしていました。

シーヴはトルクと同じ黒髪を持った、美しい女性です。

私よりずっと年下でしたが、私より大人びて見えました。


彼女の隣には、生まれたての赤子が。


「良く頑張ったな、シーヴ」


「……ええ。無事に我が子を産めました、黒魔王様」


トルクとシーヴは、お互いホッとした様な表情を浮かべて、見つめ合っていました。そしてお互い、赤子を優しい瞳で見ています。

こう言うとき、やはりトルクには愛する妻がいるのだなと思い知らされます。


でも、シーヴは良い人でした。私は彼女が嫌いではありませんでしたから。


生まれてきた子は男の子で、両親と同じ黒い髪の、顔立ちのはっきりした赤子でした。


「じゃあ、名を付けるわよ」


「……ああ、頼む」


トルクが私の名付ける所を見るのは初めてです。

私は少し緊張しましたが、いつもの様に、その生まれたばかりの名前の無い子供を見据え、元々持っている情報を確かめて行きます。


「………父がトルクで、母がシーヴ………黒髪……黒目………」


表面の情報を確かめると、次第にこの赤子の持つ潜在的な情報を探る事が出来るのです。


「……空間魔法……それと……黄昏……」


「………?」


トルクは私の唱えた単語を、不思議そうに聞いていましたが、一番不思議に思っていたのは私です。

このような情報は、今まで見た事の無いものでした。


「見るのは、黄昏の一族………。“黄昏の時空間”………トワイライト・ゾーン……」


「………何?」


「魔力を感じるわ……。この子は、後に魔力の最も濃い時間を支配する……そんな魔術師になるでしょう。そう、名前は……スクルート」


すぐに気がつきました。

この子は、私が今まで名を与えてきた子供とは全く違う、世界に影響を与えるレベルでの特別な子供。

名前も自然と出てきて、私が赤子に触れると、その手からオレンジ色の光の帯が、“スクルート”の名と共に赤子の中へ入って行きます。


これは私の魔力による恩恵でした。この子に何かしらが与えられたのです。

それが何なのか、私にも分かりません。


「きっと、大きな役目を持った子なのよ。……シーヴ、尊い子を産んだわね」


「……紅魔女様、光栄でございます……っ」


シーヴはぐったりとベッドに横たわったまま、一筋涙を流し喜んでいました。


愛する者との間に子を成すと言うのは、どういうものなんでしょう。

シーヴの表情や、トルクの表情を見ていると、それがいかに愛おしい事なのか、気づかされます。

そこには、父と母と、子が居ました。


ずっと昔に居なくなった私の両親や、祖母の事をふと思い出してしましました。

この時、自分はやはり一人であるのだと深く深く感じてしまったのです。








「ああ〜、お腹いっぱい。城の宴は良いわねえ」


「お前、食い過ぎだろう。いったいその体のどこに入っているんだ」


「……」


トルクがめちゃくちゃ引いていました。

私が大食いであるのを彼に見せつけたのは、この時が初めてだった気がします。

でも、ヤケ食いでもしないと、この時の少し曇った気持ちをどうする事も出来なかったので、いたしかたなく。


「じゃあ私はおいとましましょうか」


「こんな夜にか? 泊まっていけ。客間ならあるぞ」


「良いわよ別に。ふもとの町に宿を取っているもの」


出来るだけ早く、私はこのアイズモアを出て行きたいと思っていました。

いつもいつもそうなのですが、ここへやってくるときはとても浮かれていて、トルクと戦っているときはとても楽しい。だけど、それらが終わってしまうと無償に虚しく、居たたまれなくなって、早くこの場を去りたいと思ってしまうのです。

何度も何度も、同じ事を繰り返していたのに、私はどうせまたここへ来るんでしょう。


「おい、マキリエ」


トルクは私をマキリエと呼びました。普段は紅魔女と呼ぶ事の方が多いので、何だかびっくりして振り返ります。


「我が子に名を与えてくれて、ありがとう」


「……どういたしまして」


「俺にとって、シーヴとの子供は特別だ。彼女は、俺と同じように、この大陸では忌み嫌われる存在だった。きっとスクルートは、俺の意志を継ぐ子供になるだろう」


「……」


満点の星空を見上げ、トルクは感慨深そうにそう言っていました。

彼にとって、我が子が生まれたのは初めてではない様でしたが、それでも子が生まれた日と言うのは、かけがえの無い特別な日のでしょう。


……良いわねえあんたは。周りに沢山の人が居て。家族が居て。


私はそう言おうとして、やめました。

まるで、私が一人だと言う事に、気がついて欲しいみたいで。


彼には、自分の作った国に、多くの家族と信頼出来る部下が居る。

どうしたら、そんな風になれるのでしょうか。


「ふふ、せっかくシーヴみたいな良く出来た奥さんが居るんだから、あんたあまり、他の女にちょっかい出したり、目移りなんてしない様になさい。女の嫉妬は怖いわよ」


「……はは。分かっているさ。今はシーヴがまとめてくれているが、まあ妻たちの世界にも色々とある様だ」


困った様に肩をすくめる黒魔王。

何言ってんだか、お前が元凶だろうに。


「だけど、妻たちは弱い。どんなに大切にしても、すぐに歳を取っていつか死んでしまう。病で死んでしまう事もある。子供たちもそのうち俺を追い越して、先に歳を取ってしまうんだろう」


「……」


でも、トルクにはトルクの、葛藤がある様でした。

大切な人が多すぎると、失った時の悲しみもその分多い。その場面は度々やってくる。


私は何となく分かっていました。彼は、哀れな女性を妻に迎える事が多いのですが、誰か一人を特別愛する事はありません。


多くの者に囲まれていたトルクもまた、少し寂しそうな瞳をしていました。


「ねえ、次はいつ私と“戦って”くれる?」


私は帰り際に、一つ話を振ります。

トルクにとって、私の存在が何を意味するのか、分かっていましたから。


私とトルクは、対等でなければならなかったのです。

唯一、哀れみや蔑みを必要としない、長く時を共にする存在が、黒魔王には必要だったのです。


トルクは私を一人の女として見てくれる事は、決してありません。彼が私を対等な“紅魔女”として扱う限り。


「いつでも来い。お前との戦いは楽しい」


「あっはは。余裕ねえ黒魔王。一応、今回の戦いは私の“勝ち”だったから、今の所勝ち星は私の方が多いのよ」


「次で取り戻すさ。また厄介な要塞を造っておこう」


「私だって、今度こそあんたを吹っ飛ばそうと思っているわよ。盛大な花火をこの雪国に打ち上げてやるわ」


「おお、恐ろしい。恐ろしい女だお前は」


「何よ。紅魔女は恐ろしくてなんぼでしょう」


腕を組んで、横目で彼を見て、ふんとそっぽ向きます。

どうせ私は恐ろしい紅魔女ですよ。

か弱い乙女とはほど遠いわね。


「あんたも、さっさとシーヴの所に行ってやんなさいよ。子供が生まれたばかりの奥さん放っといて、私なんかと一緒に居て言いわけ? 誤解されても知らないわよ」


「ああ……それは大丈夫だ、シーヴに限って。……お前だし」


「……」


お前だし、かい。

私は心の中で苦笑い。要するに、私は嫉妬の対象でもないと言う事ですね。


「もういいわ、帰る」


私はザグザグ雪を踏んで、アイズモアを去ろうとしていました。


「おい待て、魔獣に送らせよう。夜道は危ないぞ」


「何言ってんのよ。私に危険な事なんて無いわよ」


「そう言う問題じゃない」


トルクは私の手をパシッと取って、待て待てと。


「危険な目に会っても無事だからという事じゃない。危険な目に会わせたく無いだけだ。……それにお前は女だ。夜道を一人で帰らせる訳にはいかない」


「……な」


何言ってるんだろうこの男……私と出会った相手の方がきっと怖いはず。

そんな事を冷静に考えていましたが、頬は真っ赤になっていた様で、私は思わず三角帽子のつばを掴んで、顔を隠してしまいました。


全く、こう言う時だけは女扱いするんだから。


「ふーん……ま、あんたの自己満足を満たしてあげる為に、今夜は魔獣をお借りしようかしら」


「……素直じゃないな相変わらず」


トルクは、何がそんなに愉快なのか、クスクス笑っていました。

私ばかりが、彼に翻弄されている様で、嬉しさより悔しさや恥ずかしさの方が大きかった気がします。





私はこの時、ただひたすらに黒魔王を思っていれば、そのうち私も彼の家族の一人にしてもらえるのではと、甘く弱々しい理想を抱いていました。

しかし彼が私を紅魔女と見続ける以上、それは決して叶わない、ふわふわした夢物語であったと、戦いが激しくなるにつれ思わされたのです。


それでも、黒魔王を訪ね、彼と力比べをする事をやめられませんでした。

それだけが、黒魔王が私に求めていた事だからです。そして私にとっても、戦いだけが長い人生の楽しみになって行くのです。




アイズモアを去る時、私はまた「駄目だったわねえ」と、何が駄目だったのかもよく分かっていないのに、ため息をついては、行き場の無い拗ねた感情を胸の奥に仕舞いました。

しかしすぐ、次はどんな魔法で彼を痛めつけてやろうかと、頭を切り替えるのでした。







【マキア追憶編、前半の主なキャラクター】


◯マチルダ・ルシア

マキリエの祖母。グリジーン王国で最も有能な“名前魔女”と言われていた。

マキリエの才能を知っていたが、その鱗片を見る事無くマキリエが20歳の頃他界。



◯マルシエ・ルシア

マキリエの母。名前魔女の才能は乏しかったが、厳しくも優しい面のある母であった。料理が得意。マキリエが30歳近い頃、病で他界。



◯ハルド・ルシア

マキリエの父。寡黙だが仕事人で、マキリエに甘い父だった。

マルシエが死んだ一年後に他界。



◯ランディ・マルク

マキリエが町で出会った商人の息子。いじめられっこ。

名前が劇的に合ってなくて、不幸体質。旅の途中盗賊に襲われ死亡する。



◯ジョルノ・タリアン

町長の息子。いじめっこ。祖母が苦手。



◯オーレリア様

グリジーン王国正妃。

マキリエの才能にいち早く気ずき、彼女に我が子の名を付けさせる。

マキリエの悪評を逆手に取り、王位争いにてドミニク王子を優位に立たせた。



◯ドミニク王子(ドミニク王)

マキリエが名付けた最初の王族の子。のちのグリジーン国王となる。

当初はマキリエを慕っていたが、やがて歳を取らず悪評の多いマキリエを恐れる様になる。



◯サリア

マキリエの元に届けられた、異国出身の少女。

一時期マキリエの家に居候していたが、後にマキリエの魔法を貰い東の大陸へ旅に出る。マキリエの前でカエルに変身してみせた。



◯ダッハルーマ・ガルトン

通称ダッハ。トルクの義父。

晩年、旅人として世界に出て行た所、西の大陸にて紅魔女の噂を聞き、マキリエを尋ねる。マキリエに、“黒魔王”の存在を教える。

体格の大きな、豪快な男。



◯シーヴ

黒魔王の正妃。

黒髪黒目の美女。紅魔女を気にかけていたところがある。



◯スクルート

黒魔王とシーヴの子。マキリエが名付けた。

後にトワイライトの一族の礎を築く。



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