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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第四章 〜王都血盟編〜
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25:マキア(マキリエ)、追憶6。

私は少しでも、また人の営みに歩み寄ろうと町へ行ってみたり、頼まれた名前魔女の仕事はほとんど引き受け、子供たちに名前を与えていました。

王宮と紅魔女の関係は、オーレリア様の事もあり微妙な所でしたが、以前ドミニク王子の息子に名を与えた事から、また王宮へ来ないかと招待を受けたりしました。二番目のお子様が出来たそうでしたから、私が名を与える事になったのです。

私が表に出る事で喜ばれる事もありましたが、やはり時間と言うものは随分と経ってしまっていて、それでも変わらない私の姿が、私を知る者程恐ろしかったのでしょう。


段々とまた、私と距離を取ろうとする人たちが多くなってしまいました。

それは、私をあんなに慕っていたドミニク王子ですら。






「………」


さて、紅魔女の伝説の1つに、美女をカエルに変えた、と言うものがあります。

この頃からその噂はあった訳ですが、私はそんな事をした覚えはありませんでした。


しかし王宮が、私にお供え物でも与える様に、罪人の娘をよこした事がありました。

殺して、血を吸っても良いと言いたいのでしょうか。

人攫いの事件が多発していたこの頃。美女ばかりが行方不明になる事も沢山ある物騒な時代でしたから、そのいくつかは紅魔女が攫って、血を抜いて飲んだのだと言われていました。


「おやめください紅魔女様!! 殺さないで!!」


罪人の娘は小綺麗に整えられ、そこそこ美しい容姿をしていました。ただ、この国ではあまり見ない顔立ちです。異国の娘だと、すぐに分かりました。

私に殺されると思ってとても怯えていたけれど、こんな娘、私にとってはなんの足しにもならず。


「別に殺したりしないわよ」


そう言って、彼女につけられていた枷を外しました。


彼女の名前はサリアと言って、東の大陸の貧困街の出身だそうです。

人攫いにあってこの国までやってきたけれど、途中逃げ出し、盗みを働きながら生きていたらしい。王宮の兵に捕まり、処刑される直前、紅魔女への贈り物に決まったとか。


「だから私は、美女の血なんて飲まないって言ってんのに」


まさかドミニク王政の時代にこんな扱いを受けるなんて、と私は少々皮肉な笑みが出てきてしまいました。





私はサリアに食事と寝床を与えました。

まだ若い14歳程の娘でした。見た目だけで言ったら、私の妹のよう。

彼女をどうして良いのか私には分かりませんでしたが、とりあえずしばらくは家に置いておいたのです。


サリアは最初こそ怯えていましたが、文句を言いつつも食事や寝床、衣服なんかを与える私に、徐々に心を開いて行きました。


「サリア、ここを掃除しておきなさい。塵一つ残すんじゃないわよ」


「はい、紅魔女様」


甘やかすのは良くないと思ったので、彼女には家の掃除をさせていました。

サリアはおっちょこちょいで、少々馬鹿だったので、私がガミガミ叱る事も多かったのですが、彼女はその度に私に言いました。


「何だか紅魔女様、死んだ私のおばあちゃんみたい」


「……」


遠慮なくそう言う彼女の頬を何度つねったか分かりません。


それでも私は彼女に裁縫を教えたり、料理を教えたりしていました。

やっかいな存在だと思っていましたが、サリアが居た時期は、この家も賑やかで、私はそこそこ二人の生活を楽しんでいたのです。


だけど、彼女はふとした時、東の空の方を見ていました。

彼女は自分の生まれた場所に帰りたいのでしょう。


「紅魔女様、知っていますか? 東の大陸には“白魔術”があるんですよ」


「……白魔術?」


「はい。紅魔女様の使う黒魔術とは違って、精霊の力を借りる魔法なんですって」


「へえ」


そんな魔法、初めて聞きました。

サリアは懐かしそうに、東の大陸の事を語ってくれました。


砂漠の多い大陸で、大陸を横断する大きな大河の側に国があるんですって。



「……帰りたいのね、サリア」


ある日、私は彼女にそう問いました。

するとサリアは小さく頷いて「帰りたい、お母さんに会いたい」と、素直に言いました。素直な娘でしたから。私はそう言う所を、少し気に入っていました。


私は彼女に、私の血を結晶化させ内蔵した、一つの魔法具を与えました。

それは変身の魔法で、自分の姿をかえるに変える事が出来るものです。

東の大陸に戻るのに、必要だと思ったのです。彼女は罪人でしたから、船に乗る時は、かえるにでも化けて乗り込みなさい、と。


この魔法の道具を受け取ってすぐ、彼女はかえるの姿に変身してみせました。


「これで、紅魔女の噂は本当ですね」


これまた余計な事を言って。

でも、この家を去る彼女の、不安と期待の入り交じった背中を見ていると、東の大陸に無事に戻る事が出来ます様にと祈らずには居られませんでした。



確かに、私はある少女をかえるに変える魔法を施しました。

2000年経っても受け継がれる噂には、真実もあったかもしれませんね。







約2150年前

西の大陸・グリジーン王国西の森


マキリエ:50歳〜








また一人になって、10年くらい経ったでしょうか。

結局の所、紅魔女は恐ろしい魔女であると言う噂は消えるどころか西の大陸中に広がり、その印象を拭う事も出来ず、私は森の奥に住む恐れの象徴として存在してました。

王宮も私に対し、高価な贈り物を変わらず寄越すのですが、新たな子供が生まれた訳でも名を付ける依頼がある訳でも無かったので、出来るだけその森で大人しくしていてくれと言わんばかりの態度。


この頃私を討伐しようとする者ももはや少なく、私の住む森は「禁じられた魔女の森」とか「死の紅い庭」などと呼ばれる様になり、立ち入る事すら禁忌の様になっていました。


遊び相手も居らず、随分と暇な毎日を送っていたときの事です。

ずっと昔に出会った、あの黒魔王が、私を訪ねてきたのでした。




「おい、紅魔女」


泉の側で木の実の殻を割っている時、突然現れた彼が私に声をかけてきたのです。

見た目は私と同じ様に、10年前とほとんど変わっていません。


「………なんで、あんた……」


「お前に会いに来た。……礼を……言ってなかったなと思って」


「………」


この時の私は、あまりに突然の事で戸惑いを隠せませんでしたが、黒魔王が何の為にやってきたのか冷静に探ろうとする事も出来ました。10年前のように、すぐ浮かれたりしません。


黒魔王との初めての出会いは随分昔の事の様に思っていましたが、こうやって全く変わっていないお互いの姿を泉の水面に並べると、それは昨日の事だったのではと思えたものです。









「まさか黒魔王様がこんな小国の森の中まで来るとは思ってなかったわ……。今更なご用件は何かしら。やっぱり魔力数値が知りたくなったって事? あの時は私の申し出を拒絶したくせに……」


「………いや、ただ非礼を詫び、礼を言いたいと思ってな……」


「はあ? あなたが私に……? どうして?」


「……時間が経ってしまったが、前にお前が俺の国に来た時、魔族を助けてくれただろう。……礼をしたい、何か欲しいものや望みはないか」


「………そんな事いきなり言われても……」


私は今度こそ、あまり調子に乗った事をしないように、少しツンとした冷静な対応で黒魔王を家に招きました。ちゃんとお茶は出してあげますけど。


黒魔王は、以前魔族を助けた私に何か礼がしたいとの事でした。

ただ今更と言う事もあり、私にはこれと言った望みがパッと出てきませんでした。


チラチラと黒魔王の表情を伺い、こいつに何の目的があるのかしきりに探ってみましたが、名前も分からないので無表情な彼から探れるものなど無く。


この時、何となく、彼の名前が知りたいなと思ったものです。

でもその望みはなかなか言いづらいものでした。以前、断られていますから。








結局その日、黒魔王と共にこの国の事や北の大陸の事、私たちの魔法について語り合い、気がついたら随分遅くなってしまっていたので、彼に夕食をごちそうする事になりました。


焼きたてのくるみパンと、野菜とキノコと鹿肉のシチューは、私の得意料理。

他人に食事を出すのはサリア以来だったので、少々緊張しました。不味いと思われたらどうしようかと。


「………驚いた、美味いな」


「本当!?」


しかし黒魔王は一口シチューを食べた後、驚いた様にそう呟いたので、私は思わず本気で嬉しくなって、顔を輝かせ聞き返した。

黒魔王がぽかんとしてしまったので、私は気まずくなり、頬を染め冷静に「………昨日煮込んだものだけどね」と。


「………久々にこんな美味いものを食ったよ」


「お、大げさだわ。一国の王様が何を……」


「うちの国は食べていく事が一番大切で、料理にパターンはあまり無いからな」


少し恥ずかしかったのですが、とても嬉しいと思いました。

黒魔王の表情は穏やかで、以前の様なピンとした圧力の様なものは無く、むしろ落ち着いて見えます。


「……何だか意外だわ。黒魔王って、もっと人外で冷酷なイメージだったから」


「お前と同じさ。……勝手に周りがそんな像をつくるんだ。まあ……否定出来ない部分もあるがな」


「………」


「お前は意外と、娘らしいところがあるんだな。もっと傲慢で身勝手で、贅沢三昧な生活をしているのかと思っていた。……すまなかったな」


「な……っ」


いきなり、そんな事を言われて私は戸惑いました。

頬をボッと紅潮させ、目を泳がせる。似た存在なのに、余裕のある態度の黒魔王と、なんだかんだ言って余裕の無い自分が、少し悔しいと思ったり思わなかったり。









「……ね、ねえ。またいらっしゃいよ。ごちそうするわ」


私は勇気を出して、そう言いました。黒魔王に、またこの家に来てもらいたいと思ったからです。

心の底からわき上がる高揚感と、のしかかる様なドキドキした気持ちを、私は押さえきれずにいたので、思わず言葉にしてしまいました。こんなに楽しい思いをしたのは、本当に久々でした。


「ああ。……お前もまた、アイズモアに来い。前は追い出してしまったからな……今度はちゃんともてなそう」


「………いいの?」


「ああ、もっと語りたい事もある」


黒魔王は、またアイズモアに来いと言いました。

私は嬉しさのあまり表情を輝かせ「ふふっ」と微笑みます。


「……俺の名は、トルク・シーデルムンドだ。ずっと前に使わなくなった名だが、俺の名である事に違いないだろう」


「……」


黒魔王は少し私を見つめていましたが、ゆっくりと念を押す様に、自分の名を告げました。

その名を聞いた瞬間、私の瞳の色は変わり、彼の魔力数値や情報を見る事が出来たのですが、あまりの数字の大きさに唖然。


「あ、あなた……魔力数値が……」


「おっと。それ以上言うな」


魔力数値を伝えたいと思ったのですが、黒魔王は私の唇に人差し指を添え、その言葉を遮りました。


「何か伝えたい事があるなら、また俺の所へ来い。その時はちゃんと、お前の話を聞こう………マキリエ・ルシア」


「………」


彼は不敵に微笑み、視線を私の目の位置に合わせました。

驚きのあまり、この時は固まってしまって何も答える事も出来なかったのですが。


黒魔王はすぐに、魔獣に乗って北の大地へ帰って行きました。








「………」


ドドドド、と足音を立て部屋に戻り、寝室のベッドに飛び込んで、枕をぎゅっと抱えました。

胸の高鳴りと、頬の熱さが尋常じゃない。


それは息切れしそうな程で、私は何度も瞬きしました。


どうしようどうしよう、と、何がどうと言う訳でもないのに焦って、悪くない胸の痛みに眉を寄せます。

これが恋であるのだと気がつくには、私はその経験が無さ過ぎて、この時は何が何だか分かっていなかったのです。



初めての感覚でした。

私は、いつトルクに会いに行って良いのかなあと、胸を押さえながらそんなことばかり考えていました。



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