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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第四章 〜王都血盟編〜
205/408

24:マキア(マキリエ)、追憶5。


約2150年前

北の大陸ヨルウェ王国山岳地帯“アイズモア”


マキリエ:40歳〜








私は黒魔王に会いに、北の大陸のヨルウェ王国までやってきたのですが、温暖な西の大陸と違い、猛烈に寒くマントだけではとても耐えられそうにありませんでした。

魔法で体の周囲の空気に温かみを持たせたけれど、それでも寒いものは寒かったのです。



山の途中、アイズモアと言う国への結界はすぐに見つかりました。

目の前に見ている世界は一面の銀の原で、特に何かがある景色ではなかったのですが、指先を少し切って、結界に血を染み込ませ、一部壊れる様命令します。


あまり目立つ壊れ方は避けたいので、人が一人通れるくらいの穴を綺麗に開けたと言う感じです。

結界の穴の部分だけ、景色が違って見えました。モミの樹の林があるのです。


「……ここがアイズモア」


私は、まだ見ぬ黒魔王の国、アイズモアに踏み入りました。








「………あなたが……黒魔王……?」


私は樹の幹の後ろから、ある黒いマントを羽織った男を見つけました。

彼は私の気配に気がついたのか、すぐに振り返ったので、私は心の準備をする事無く彼に問いました。

この時のほど胸がバクバクして、緊張していた事は無い気がします。


「……お前は……誰だ……」


「私は……紅魔女」


戸惑いがちに答え、チラチラとその黒魔王の顔を確かめました。

見た目は20代後半程に見えるけれど、ダッハの言っていた通り彼は歳を取らない魔王。

黒髪と、どこか冷たい黒い瞳が印象的。長身で、整った顔立ちをしています。


だけど、何と言うか……幸薄そうだなあ。


名前も分かっていないのに、私の黒魔王の第一印象はそんな感じでした。

多分私は彼に対し、自分と似た孤独な雰囲気を勝手に感じたのです。








「私は名前魔女。王家の子供に名前を付けているのよ。一番良い運命の名前をね」


「……名前魔女か。……以前何人か会った事があるが」


「あははははは。その顔色じゃあ、あんた自分の名前言っても、魔力数値マギベクトルすら見てもらえなかったんでしょう?」


「お前だったら、俺の魔力を見る事ができると言うのか」


「さあ。そんなの見てみなきゃ分かんないわよ。………あんたが私に名前を教える気があるならって話だけど」



さて、私は黒魔王に対し少々あどけない乙女を演じたりしていましたが、彼が私の手を取った瞬間攻撃をしかけ、彼の腕を燃やしたのでした。


それでも黒魔王は冷静な態度でした。

私を冷ややかに見下ろし、問います。


「………お前の目的は何だ……」


「言ったじゃない。私、あんたを見に来たのよ。……歳をとらない魔族の王、黒魔王ってね。さあ、いいから名前を教えなさい。あんただって、自分の数値や名前の相性を……」


「断る」


申し出を断られた瞬間、心の中でしょんぼりした私。

だって私は、この黒魔王の事がずっと気になっていて、ここまでやってきたのです。少々舞い上がって調子に乗ってしまったけれど、本当はとてもこの男の事が知りたかったようです。


「魔力数値なんて知った所でどうなる。……俺の力に何か影響するのか」


「………そ、それは……」


はっきりそう言われ、少しばかり吃りました。

確かにここまで強く魔力が大きすぎると、はっきりした魔力数値が分かっていようが分かっていまいが、あまり関係ないのかもしれません。


「名前による運命なんてまっぴらだ。知ってるとも、俺は……多分名前に愛されていない。相性が良かったなら、今こんな所で、こんな事はしていない……っ」


「………」


「俺はお前にもお前の力にも興味はない。さっさとここから出て行け……っ」


さて、黒魔王にきっぱり「興味が無い」と言われてしまった私。

私ばかり彼に興味津々で、一人で勝手に黒魔王を知りたいと思ってしまっていたのでした。

きっと彼も、同じ様な力を持つ自分に、似た何かを感じ気にしてくれるかもしれないと、この歳にしてちょっとした乙女心を抱いてしまっていたのです。


しかし「興味が無い」と言われて若干頭を抱えたくなる程恥ずかしくなりました。

彼の瞳は、まさに「なんだこいつ」と言わんばかりの警戒心に満ちたものでした。


「何の目的でここへ来たのかは知らないが、この国は俺の許した人間以外、侵入禁止だ。本来なら外部に情報を漏らさない様に処刑するのが決まりだが、今回だけは見逃してやる。……さっさとここから出ていけ。そしてもう二度と来るな」


「………わ、私は別に……」


ちょっと言い訳をしてみようと思いました。

別にこの国に何か害をもたらそうとした訳でもなく、何となく側を通ったからふらっと立ち寄った、とか。

ただの観光です、とか。

べべべべ、別に私だってあんたに興味ないわよ!! とか。


そしたら黒魔王は大声で「帰れ!!」と。

その表情がかなりマジだったので、私はもうどうしようもありませんでした。


「………つまんないわね」


私はすっかりしょぼくれてしまいました。

ここに来る前までの、あのドキドキワクワクはいったいなんだったのか。


「もういいわよ……帰るわ。……バカ魔王っ」


勝手に何かを期待していた馬鹿な自分が恥ずかしかったのと、かなり本気で否定された事で若干涙目だった私は、三角帽子のつばを摘んで顔を隠す様にして、最後に少々の暴言を吐いて黒魔王に背を向けました。









まあ、言ってしまえば一人で舞い上がっていた訳で、黒魔王にとってみれば、私がここを訪ねたのは良い迷惑であったと言う事です。


「……はあ」


がっくり肩を落とし、とぼとぼ歩きます。

まあいいや、もうさっさと帰って、甘いものでも食って寝よ。


この時の私の心境はこんな感じでした。

また変わらずあの森で、ひっそりこっそり生きていこう。そして今日の事はさっさと忘れ、無かった事にしよう。


足早に、山を下っていました。



「……?」



しかし途中、妙な叫び声を聞き、ふと顔を上げます。

林を抜けた所の雪原の方を見ると、魔族の子供たちが、何ものかに追われていました。


そう、人間の兵士です。


「……あ」


そうだ。私がこの空間に少しの穴を空けてしまって、閉じる事をしなかったから、そこから人間たちが入って来たんだわ。たしか、北の国では人間と魔族の争いがとても激しいと、ダッハが言っていました。


「……やらかしたわね」


どうやら、私のせいのようです。

私は急いで雪原の方へ向かって行きました。


「!?」


ちょうど、雪原の坂の下から魔族の子供たちに向け矢が放たれる所で、私は急いで子供たちの前に立ち、その矢を全身に受けました。

ニヤリ、と笑いながら。


「……え!?」


魔族の子供たちは妙な女が自分たちの身を守った事に戸惑っていた様でしたが、私は全身から血を流しながら、その血を雪に惜しみなく染み込ませていました。


坂の下に居る兵士たちの数はとても多く、このくらいの血があれば一掃出来るだろう、と私は考えていたのです。

腕にも足にも至る所に矢が刺さって、そりゃ痛いけれど。


「雪よ。崩れなさい」


私はシンプルにそう命じました。

雪に染み込んだ大量の血は、私の命令を受けて雪崩を起こし、唸るような地響きと共に勢い良く兵士たちを飲み込んで行きます。


私にとって人間も魔族も、他人であれば大差ない存在でしたが、自分のせいでこの国の秩序の様なものを乱したなら、元通りにするべきかと思っただけでした。


「……さっさと帰って、ゆっくりお茶にでもしましょ」


私は傷だらけの体を見て、体内で構築していた治癒の魔法がちゃんと働いているのを確認しました。

特に問題は無いと思い、体を引きずりながら静かになった雪の原を下って行きます。

体に刺さった矢を、引き抜きながら。


「おい紅魔女!! 何している、凄い怪我じゃないか!!」


騒ぎを聞きつけたのか、黒魔王が私の元まで駆け寄ってきました。

このような事態を引き起こしたのは私が原因だったので、それとなく謝ります。


「………悪いわね。私が考え無しに空間の壁の一部を壊したから、人間の兵士達が入り込んじゃったみたい。でも、あいつらは追っ払ったから……」


「そんな事は、今はいい。……とりあえずお前、手当をしなければ」


「………何を言っているのあんた。私たちは体の傷、勝手に治るでしょう?」


黒魔王は私の傷に対し眉を寄せ、複雑そうにしています。

でも、この男にも分かっていたのでしょう。すでに治癒魔法が働き、傷はそう深手でもない事を。

腕や太もも、肩や横腹に矢を受けましたが、私にとっては、激しく転んだ程度の傷と言う感覚でした。


「どうして矢を受けるようなヘマをした」


「………ヘマなんかしてないわよ。私はどのみち、体を傷つけなければ魔法を使えないもの」


「どういう事だ」


「何よあんた。………興味ないとか言っておきながら」


黒魔王は私を心配している様でした。


「………血よ。私は血で魔法を使うの。さっきの場合、雪崩を起こす程の血が必要だったから、あえて矢を受けたのよ」


「めちゃくちゃだ……っ」


「もう……いいでしょう。私、少し疲れちゃったから。……あんまり喋らせないで」


「だったらここの城に来い。十分な手当を受けさせよう」


「………」


「おい、紅魔女!!」


彼が私の肩を掴んで、引き止めようとしました。

彼の手が私の血に触れていたので、少し注意します。私の血は、とても危険だから。


「……私の血には触れない方が良いわよ。……私は血まみれになればなるほど強いのだから」


「………」


「だから、何を心配しているのかさっぱりだわ。………こんなのいつもの事だ」


私は、また三角帽子をまた深くかぶってしまいました。

ここで素直に、彼に従って手当を受けていたら、私と黒魔王の関係はまた違ったのかもしれません。

せっかく彼に少し気にしてもらえそうだったのに、意地っ張りの私は先ほど自分を拒否された事を根に持って、ツンとした態度を貫きました。


遠くで魔族たちが、黒魔王を呼んでいます。


「あなた魔族の王なんでしょう?……早く行ってあげなさいよ。混乱しているわよ」


「………」


「心配しないで。………もう来ないわ」


どこかモヤモヤした気持ちを抱え、とぼとぼふらふらとした足取りで、少しずつ山を下って行きます。

白い雪の上に、真っ赤な血の道筋をつけて。それはとても鮮やかだったでしょうね。


黒魔王はこれ以上、特に追ってきませんでしたし、声をかけてくる事もありませんでした。








怪我をするのは慣れています。

いつもいつも、私の命を狙う輩は多くいましたし、怪我を負い血まみれの姿をしていても、なぜか生きている私を見て、死ぬ程恐ろしがる人間たちの様子は滑稽で愉快でしたから。血を使う魔女としてわざと攻撃を受ける事もざらにありました。

体内に治癒魔法を組み立ててしまってからは、そう言う行動に出るのが癖になっていたと言うのもあります。


だって、二、三日すれば変わらず美しい肌に戻って、何て事無くぴんぴんしてるんだもの。



「……ふう、疲れた」



山を下る途中、大きなモミの樹の根元で少し休憩しました。

今日は天候も穏やかで、辺りはとても静か。

下って来た道を見てみると、赤い一本の筋が。


私は一応、黒いマントの端を切り取って、傷口を縛ったり拭いたりしました。

ここで少し休んでいたら、きっともっと治癒が進むでしょう。


「……」


一時、ぼんやりしていました。

この日の傷は、いつもより痛い気がして。


分かった事があります。

黒魔王は、決して一人ではありません。彼には国があり、守るべき存在があり、立場がある。

彼は自分の力を最大限利用して、自分にしか出来ない所業を成しているのです。多くの者を従え、多くの者に慕われ。


アイズモアを訪れ、思い知りました。

私は人に無い力を持った事で孤独なのだと思っていましたが、そう言う訳では無く、単純に私がこの力をより良く使えなかったからだ、と。自分の居場所なんて、どんな力があろうと自分次第でどうにでもなったかもしれないのに。


今までいったい、何をしてきたんだろう……。


私は情けなさ故か、寂しさ故か、音も無く涙が出てきました。


強がっていても、私はただ寂しかったのです。

その寂しさをちゃんと認めて、色々な人に受け入れてもらう為の努力をしなければならなかった。

もっと素直に他人と接する方法を、知っておかなければならなかったのに。


「駄目だなあ、私」


魔法も魔力も関係なく、ただの人間としての部分を磨く事を怠ってきたくせに、たった一人の人として見て欲しかった。

自分が情けなくて、惨めで、思わず泣けてきたのでした。


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