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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第四章 〜王都血盟編〜
203/408

22:マキア(マキリエ)、追憶3。

約2200年前

西の大陸グリジーン王国王宮


マキリエ:16歳






私は名前魔女としての修行の延長で、グリジーン王宮の王宮魔術師として働いていた時期があります。

人の多い所で働くのは、私にとってとても大変な事だったけど、森の中しか知らない私にとって華やかな王宮での生活はなかなか刺激的だったのです。


私は当時、グリジーン王国の王妃の一人であったオーレリア様に、大層気に入られていました。


「ほらマキリエ、見てごらんなさい。ほほ、動いているわ」


彼女は既にご懐妊で、大きなお腹をさすっては、私に言っていました。


「私、我が子はあなたに名をつけてもらおうと思っているの」


「まさか。他にも凄腕の名前魔女は、王宮に沢山居ますし……私の祖母だって居ます」


私は彼女の言葉に驚き、目をぱちくりとさせ、遠慮なくお菓子を食べていました。


「ほほほ、お前はあのマチルダの孫だ。私はマチルダに名をつけてもらったが、やはり彼女の名は正しかった。こうやって、正妃を差し置いて子を成す事が出来たのだから」


「……」


彼女はお腹をさすっては、意味深に微笑みました。

王宮って怖い所ね。


「しかしマチルダももう老いた。引退間近と聞いている。……彼女に聞いた所、お前は彼女以上の逸材と言うでは無いか」


「……それはどうでしょうか。今の所、私の名付けた子たちがまだ幼くて、結果が出ていないので」


「ほほほ。しかしお前を見ていると、大丈夫なのではと言う気になってくる。マチルダを越える存在になると」


「は、はあ……買いかぶり過ぎでは」


「そんな事は無い。我が子はお前に名をつけてもらう、初めての王子となるのだ」


「……」


銀のフォークでフルーツの載ったケーキをつつきながら、オーレリア様のお茶の相手をしていた私は、彼女の妙な買いかぶりに少々怯んでいました。

しかし彼女がお茶に呼んでくれると、もれなくおいしいお菓子が出てくるので、あまり彼女に逆らう事も出来ず。


「分かりました。若様がお生まれになったら、必死に名を付けてみます」


「ほほ、期待しているわマキリエ」


名付けるだけで相当なプレッシャーでしたが、良い事でもありました。王族相手に名を付けられるのは、名前魔女として大変名誉な事でしたから。

オーレリア様は美しく、優しい女性だったけど、色々な意味で恐ろしい女性でした。

王宮で生き抜くにはこれくらいでないといけないのだろうなと、まだ世間を知らなかった当時の私が、王宮で生きていく上で、彼女から学んだ事は多かったのです。

オーレリア様に気に入られた事が全ての始まりだった気がします。



オーレリア様と競う様に、正妃マリアンナ様がご懐妊。

私はオーレリア様がお産みになった第一王子に、ドミニクと名付けました。

考えて付けると言ったけれど、思いの外すぐに、スッと出て来た名前です。


正妃マリアンナ様がご出産した第二王子は、王宮に仕える偉い名前魔女が名付けました。







次期国王の座を巡り、この二つの王子の陣営の対立は激しいものになっていきました。

あれは、ドミニク王子が5歳の誕生日を迎えた、すぐ後の事です。


私は20歳を過ぎていましたが、見た目は16歳の頃の美しさとそう変わらず、周りからはまだ羨ましいと言われていた時期。ドミニク王子が非常に聡明で、見目美しく健康的な王子として、すくすく成長していた事が幸いし、私は名前魔女としての評判を上げ、王宮で名を轟かせていました。やはり、あのマチルダの孫娘だと。

この頃、すでに祖母マチルダは他界していて、私がルシアの魔女の第一線に立つ事になるだろうと、誰もが確信していたのです。


一方正妃のお子様であるフレデリック王子は、問題なく優秀な王子であったけれどドミニク王子には何もかも敵わず、何より病気がちでした。


王宮内では、すでに次期国王はドミニク王子となるだろうと噂されていました。

私を筆頭に、オーレリア様は若い優秀な魔術師を囲んでいましたし、未来があり花のある派閥であると、誰が見てもそのように思った様です。


面白くないのは、正妃マリアンナ様でした。





「マキリエ、お花あげる」


ドミニク王子が、王宮の庭にて、私に小さな花を下さいました。

私は王子を護衛する世話係の一人として、彼の側に居たのです。ドミニク王子を邪魔だと思っている人は多くいましたから。


「まあ、綺麗な花ですね」


「マキリエと同じ。真っ赤」


彼はそう言うと、しゃがんで花を受け取る私の頭を撫でました。

あら可愛い。


「マキリエは、ずっと僕を守ってくれる?」


「ええ勿論。王宮に居る限りは」


「……王宮から居なくなっちゃうの?」


「いつかは、生まれた森に帰る事になるでしょうね。もう祖母も居ませんし、家業を継がないと」


「……」


ドミニク王子はシュンとしてしまいました。

この時代では親子程歳の離れた私たちでしたが、私は名付け親として、この王子様を可愛がっていた気がします。


「……!?」


突然、私は茂みの方から殺気を感じて、とっさにドミニク王子を庇って前に出ました。

風を斬る様に、鋭い何かが前方から飛んできて、何かが腕に刺さりました。私は避けませんでしたから。


「……っ」


毒矢です。

誰かが王子を殺そうと、狙って打って来たのでした。


ドクドクと、腕から流れる血は大量を見て、私は目を見開きました。

このような大怪我を、今までした事が無かった為、恐ろしかったのです。

体がピリピリと痺れるのは毒のせいだと分かっていました。


王子が泣き叫び、他の侍女たちも悲鳴を上げていました。

暗殺者は魔術師のようで、その姿を隠したまま再びこちらを狙っているのが何となく、魔力の流れで分かります。

私はなんとしても王子を守らねばと、彼を抱きかかえ必死になって願いました。

どんな言葉で祈ったのか、この時はあまりに必死で覚えていないのですが、とにかく死にたくない、助かりたい、この王子様を守りたい、という思いを何度も何度も明確に意識しました。


この頃の私は、自分に名前魔女以外の力がある事を知りません。

朦朧とした意識の中で、何度となく祈りました。そのどれかが、私の“血”に命令したのでしょう。


私たちを守れ、と。


その後の出来事は、私にとって忘れられない、初めての“殺し”でした。

真っ赤な血が大地に溢れ、うねる様にして、四方八方に隠れていた暗殺者を貫く刃となったのです。


何が起こったのか、全く分かりませんでした。

あちこちから、どさどさと落ちてくる男たちの遺体に、その場に居た者たちは再び大きな悲鳴を上げました。


自分の血が、とんでもない力を秘めたものであると気がついたのは、この時です。

これはルシアの魔女と言う枠を越えた、自分だけの力でした。


「……」


腕から流れる血を見つめ、まるで生きている様な鮮やかな色と流動を恐ろしいと思いました。










「マキリエ様、我が子にも名を与えてください」


そう言って、私の元を訪れる者は後を絶ちませんでした。

私は既に30歳に近い年齢でしたが、相変わらず16歳頃の見た目を保ち、流石に王宮では私の力が異常なものであるのは周知でしたし、オーレリア様の後押しもあり王宮で誰より権力を持った魔術師となっていました。


しかし、歳を重ねれば重ねる程浮き立つ私の異常な姿に、王宮の者たちは私を恐れ始め、影で噂し始めるのです。


「マキリエ様は、若い娘の血を飲み、あのような美しい姿を保っておられるそうだ」


「マキリエ様の怒りに触れ、殺された者は多い」


「きっとフレデリック様が病で御亡くなりになられたもの、マキリエ様の呪いに違いない」


「何と恐ろしい」


フレデリック王子が病で亡くなったのは、私には何の関係もない事でしたが、こう言った噂が立つのも仕方の無い事でした。私はオーレリア様の命により、ドミニク王子を狙う者が居たらすぐに殺していましたし、変わらない容姿や、私から名を貰った者の異常な幸運などが周りには異質に思えたのでしょう。

私に対する畏敬の念は膨れ上がり、やがて恐れの方が大きくなってしまったと言うだけの事。

また、オーレリア様は私に対するそのような噂を、ドミニク王子を守る上で非常に喜んでおられました。

確かに、私が側にいれば、誰もドミニク王子に手を出す事は出来ませんでしたし、オーレリア様に逆らう事は出来ませんでした。


周囲が作り上げる様々な恐怖の像を、どうする事も出来なかったのです。






ある日、父が亡くなったと報告を受けました。母はこの一年前に亡くなっていました。

私はそろそろ実家に戻って、一人になった父と共にゆっくり暮らそうと思っていたので、酷くショックを受けました。本当は母が亡くなった時に帰ろうと思っていたのですが、オーレリア様に頼まれ、今までずるずると王宮に居座ってしまったのです。


そしてふと、思い至りました。


私にはもう家族がいない。

たった一人なのではないか、と。


王宮で私を求める人は多々居ても、それは私と言う存在を求めているのではなく、私の名前魔女としての力を必要としているだけ。

オーレリア様も、私が周囲に恐れられれば恐れられる程お喜びになり、私が側に居れば無事ドミニク王子が王位に座り、長く繁栄を築く事が出来ると確信しておられた様でした。

今まではそれが、私の喜びだと言い聞かせて来た部分もあったけれど、父が死んだと言う報告を受けた時、ふっと虚しい気持ちばかりが込み上げて来たのです。



私は、家族と暮らしていたあの穏やかな日々を思い出していました。

そして、もう王宮には居られないと、あの森へ帰ろうと決意したのです。


オーレリア様は酷くお怒りになりましたが、この時私を止められる者は居らず、私は悪い評判だけを王宮に残し、この場所を後にしました。




異端の“紅魔女”と、密かに呼ばれ始めていたマキリエ・ルシアは、まだ若くして余生をあの森で暮らそうと思っていました。しかし、私はこの時、自分の余生がいかに長いものであったのか知らなかったのです。



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