10:トール、自分を物好きだと思う。
3話連続で投稿しております。
ご注意ください。
エスカが言葉を濁すので、俺はとうとう問う。
「意味が分からない事を言うな。マギリーヴァの神器がなんだって? 説明しろよ」
「何で俺がてめーに。………ていうか、てめーさっさとここから出てけよ。ここは神聖な場所だ。いくら魔王クラスでも、ここだけは勝手に侵入されると困るんだよ」
「………そうは言っても、マキアが見つからない。マキアは教国に居るんだろう? お前、知っているんじゃないのか」
「あ、ああ……。そうだったな、てめーあの魔女を探しにきたんだってか?」
エスカは思い出した様にククッと笑う。
俺は眉をひそめる。
「あいつ、王宮の回廊で、いきなりぶっ倒れてよ。魔力が酷く乱れているようだったから、そのまま教国へ連れて行って棺に放り込んでやろうとも思ったけど……。まあ巫女様に阻止されてしまって、悲しいかな俺が介抱してやっているという始末。はあ、くだんね」
「………!? マキア、倒れたのか!!?」
マキアが倒れたと聞いて、俺は思わず声を上げた。
いったいどうして、そんな事に。エスカはチッと舌打をする。
「この“殻”の起動に利用した水は聖水となるが、その聖水で満たした、魔力の流れを鎮める部屋がある。そこで、寝かせているからそう騒ぐなうるさい。………安心しろ、朝方には落ち着くだろうよ」
「マキアは……マキアはいったいどこに!!」
俺は焦ってしまっていた。まさか、マキアが魔力の流れを乱し、倒れたなんて。
しかし思い当たる節はある。マキアは少しふらついていた。
俺は、マキアが辛そうにしていたのを見抜けなかったのだ。
「落ち着け黒魔王。俺様が直々に治療してやってんだぞ。少しはありがたく思え!! それに、これ以上教国の隠しの間を見つけられるのも厄介だ。さっさとここを出て行け。お前は教国の人間じゃないはずだ」
「……それは、そうだが」
エスカに正論を言われた気がして、反論が出来なかった。
しかしこいつを信用出来るのかと言われたら、それも微妙な線である。
「安心しろ。紅魔女が起きたら、そっこー教国から追い出してやるから。俺様の懐
の大きさに感謝するんだな。本来だったら棺直行コースの所を、介抱してやって穏便に帰してやるっつってんだから」
「………お前の言う事は信用出来ないな。せめて、一度マキアに会わせろ。寝てると言うなら、顔を見せてくれ」
「はっ。駄目だな。あの部屋にこれ以上魔王クラスを入れたら、お前の大事な紅魔女の体調に関わるぞ。言ったろ、あいつは今“魔力が乱れてる”んだと。ちょっとでも空気が変われば、また悪化する恐れがある。だから俺だってこうやって、外に出てきているのに」
「………」
「あと3、4時間は待て。……俺だってなあ、今日はあまり、ここでいざこざを起こしたくないんだよ。お前分かってないだろ、今日がどんなに……どんなに大切な日かを」
「……?」
エスカがいきなり、青ざめ、吃り始める。
さっきまでの態度とえらく違い、俺はまた顔をしかめた。
「教国にとって、とても重要な日だ。み、巫女様がご結婚され……さささ、最初の……っ」
「あっ……」
察し……ついでに口元を手で押さえる。
エスカは踞って頭を抱え「うおおああぁぁ……死にたい」と、なぜか酷く落ち込んでいる。
いつもはハイテンションで、殺す殺すを連呼しているこいつが、今日は俺に対しても冷静で、マキアも介抱し素直に帰すと言っていたのも理解した。
確かに、今日はそんな気分にはなれないな。
「わ、わかった。……ここはお前を信じて、俺は教国を出て行こう。ただし、朝になったらマキアを迎えにくる。お前が嘘をついてマキアを帰さなかったら、流石に強硬突破させてもらうからな。……ユリには悪いが」
結婚して最初の夜を迎えた後の、ユリシスには悪いが!!
「ふん、だったらとっととここから出て行け。これ以上この部屋を、てめーのどす黒い魔力で汚すんじゃねーよ」
「………ったく」
俺はゴホンとわざとらしい咳をして、この部屋を去ろうとした。
しかし、帰り方が良く分からない。
「おい、どうやって帰るんだよ」
「………」
エスカは呆れ返った顔をしていたが、こればかりは教国の複雑な仕掛けのせいだ。
あっさり帰られても困るだろう。
その後、エスカにこの空間の外まで案内させ、俺は大聖堂を抜け、無事にいつも見る、知っている景色の中へ出た。
「……ちゃんとマキアを帰せよ。何かしたらただじゃおかねーぞ」
一応念を押す。
「それはそれで、楽しそうだがな……。だけど、もう黒魔王や白賢者とは一度戦ってるし、正直今は、紅魔女の力の方が興味深い。あいつとガチで戦うまで、殺す事はねーよ」
「………」
エスカは戦闘狂だ。この言葉だけは、妙に信じられる気がする。
今は、の話だが。
その後俺は一度王宮へ戻ったが、一睡もする事が出来ず朝方に再び教国へ向かった。
「あら、トール!!」
エスカの言った通り、マキアはケロッとした様子で出てきた。
教国風の衣服を着ていたのが少々気になったが。
「トール、迎えにきてくれたの?」
「……ああ。ってか、はあ……すまない」
「……何が?」
「何で気づかなかったかな、お前が調子悪いのを」
「………」
俺が頭を抑え、昨晩の自分に対する腹立たしさを滲ませていたら、マキアが軽く笑う。
「そりゃあ、気づかれない様にしたんだもの。でも、もう大丈夫よ。何で魔力が乱れちゃったのか分からないけれど、少し寝ていたら戻ったから。教国って凄いのねえ、色々と不思議な力を持っているわね」
「………そうだな」
マキアの言っていた事と、俺の頷いたそれは、果たして一致していたのか。
それは良く分からないが、確かに俺も、教国の謎を垣間見たばかりだ。
「エスカが言っていたのだけど、あんた、一度教国まで探しにきてくれたんでしょう? ふふ、ありがとうトール。少し嬉しかったわ」
「………少しかよ」
「あははは」
マキアはどこか上機嫌だ。朝の早い、空気の済んだ時間帯に、清々しい気分だと言うのは分かるが。
「……」
「……ん? なあに?」
「スッピンか」
「な……何よ文句あんの? 仕方が無いでしょういつの間にか化粧落とされてたんだからっ!!」
なぜかマキアは顔を赤くして、ムキになる。マキアのすっぴんなんてしょっちゅう見ているのに。
いつもより少しダボッとした教国の衣服に身を包み、髪を解いた素顔のマキアは、やはりまだ、年相応に幼く見える。
普段は腰をキツく締め上げ、髪も高い所でリボンでまとめ、化粧も施し装飾品を身につけ、気高いマキア嬢を気取る。
それもマキアであることは確かだが、目の前のこいつもマキアだ。
昨夜もそうだったが、マキアは今でも、俺に対し色々な事を隠し偽る。
悪意がある訳ではなく、むしろその逆だが、それはマキアの強がりで隠したがりの性格だ。仕方が無い。
俺が見逃さない様にしないといけない。
思わずマキアの頭をくしゃっと撫でた。
「……?? 何?」
「いや、まあ……何となく」
マキアは不思議そうに目をぱちくりしていたが、それでも嬉しそうに「ふふっ」と笑うと、俺の腕を取る。
「もしかして、あんた寝てないでしょう? 何か血眼よ」
「誰のせいだと思っている、誰のせいだと」
「分かってるわよ。本当にもう、過保護ね。……あーあ、あんたを心配させまいと思って言わなかったのに、いざ心配してもらうと嬉しいものね。どうしようもないわ、これは……ふふっ」
「………」
照れつつも素直なマキア。
隠したがりなくせに、こう言うときだけ素直だから腹立たしい。腹立たしくも、裏腹な所を可愛いと思ってしまうのも理解している。
どうしようもないな、これは……
俺はマキアと同じ事を脳内で呟いて、自分に対しやれやれ物好きめと首を振った。