11:マキア、トールと少し難しい話をする。
私はマキア。
私には人の魔力数値が見えます。
それ以外にも、相性や将来性、あらゆるポテンシャルなど明確に分かるのですが、本人の名前が無ければそれらは見えてこないのです。
西の紅魔女だった時代、私は様々な赤子に名前を付ける“名前魔女”でした。
代々魔女の家系でしたから、森の奥にある私の家は有名で、よく人々が訪れたものです。
私は歴代の魔女の中でもとても優秀でした。というより、魔力数値が異常に高かったのです。
あの時代、今で言う2000年前の時代は、魔法と言うものがより多く生活に浸透し、誰しも少なからず使っていた時代でしたから、人々の平均数値もそれなりに高かったのです。
しかし今の時代、魔法と言うものは技術職です。
専門の学校に行き、正しい用法を学んだ者だけが使い、一般人はその存在を知ってはいても見た事は無いと言う人も多く居ます。
私が見た限り、デリアフィールドの一般人においての魔力数値平均値は、2000年前の半分もありません。
時代と共に、それほどの必要性は無いと体が判断していったのか何なのか、理由は分かりませんが。
「だったら俺たちはいっそう規格外だな。あまりに大きい魔力過ぎて、誰も気がつかない。気がつき様も無い。気がつくとしたら、同じレベルの人間だけだ」
「そんな奴、そうそういるわけないじゃない。2000年前だって、私たちのマギベクトルは異常値だったのに」
トールが私の部屋に来て、古い魔術書を開いています。
うちにそんなものはありませんから、こいつは自分でカルテッドまで行き、買ってきたのです。
「でも魔法は少し簡略化されたくらいで、そんなに変わってないな。ここら辺の白魔術なんて、ほとんど由利が考えたものばかりじゃないか」
「あの時代、白魔術より圧倒的に黒魔術が主流だったのに、今じゃ低リスクな白魔術が主流なのね」
私は窓辺に座って、古い記憶を探るように、どこか遠くを見ていました。
トールは真面目そうな顔をして、魔術書を一生懸命読んでいます。
「俺たちの時代は魔族って居ただろ? 今はどうなっているんだろうか」
「そうねえ……南の大陸は元々魔族っていなかったはずだから全然分からないけれど。ていうか、あんた東の大陸から来たんでしょう? そう言う話聞いた事無いの?」
「無いな。人間の争いの事ばかりだ」
トールは、東の大陸でよほど危ない目に合ったのか、他の大陸で起こっている戦争の事になると少し口調を強めます。
平和な南の大陸にいると、他の大陸の戦争の事なんて遠くの世界の事のようです。
「ねえ……何で南の大陸って、今も昔もこんなに平和なのかしらね」
我々が魔王をしていた時代もそうでした。
争いをしているのは、西と北と東だけ。南の大陸はほぼ鎖国状態にありました。
昔から東と南は交流があったからか、今でも東の移民を受け入れたりはしていますが、基本的には、ここ南の大陸は鎖国されているのです。
「でも、侵略しようと思ったらこんな平和ボケの国、すぐに攻略出来ると思わない? 今一番侵略に力を入れている北の大国エルメデス連邦だって、いつかここまで来ちゃうんじゃないかしら。なのにどうして、まるで自分たちは戦争なんか関係ないって感じで、こんなにのんびりしているのかしら」
「確かに」
南の大陸の歴史書を読む限り、この国が侵略された事はありません。
トールは椅子に深く腰をかけて、何やら小難しい顔をしています。
「俺は親父のおかげで、運良くこの南の大陸に来れたけどな、東の大陸にはもっと多くの難民がいる。エルメデス連邦は侵略の手を緩めない。虚しいかな、かつて俺の居た北の大陸の大国だが、あの頃エルメデスなんて国は本当に小さな国だったんだ。歴史書を読む限り、ここ100年で魔導産業革命が起きて一気に大国に成り上がったらしいが」
「技術進歩のしょぼいうちの国じゃ、攻められたらおしまいよね……」
トールの話によると、北の大陸はいくつもの戦艦を有しているらしい。
いまだに馬車を使って移動しているうちの国では技術格差が半端ではなく、お話になりません。
だからこそ、謎なのです。
なぜこの南の大陸がずっと平和であり続けられるのか。
私たちは2000年前のたった200年の記憶程度で、この世界の事を分かりきっていたつもりでしたが、もしかしたら、本当の事は何一つ分かってなかったんじゃないかしら。
勇者はあの日、あの前世懺悔同好会室で言いました。
お前たちの戦いはこれからだ、と。
私たちが原因で始まったこの世界の戦争。
戦争が始まった事で進歩していった魔導産業技術。
戦争なんか関係ないと言う顔でいる、この南の大陸。
それらが全て、もしかしたら勇者の言う「本当の戦い」に繋がっているとしたら、あの勇者が私たちをもう一度殺してまで魔力を跳ね上げた理由は何だろう。
そんな、子供の姿のままでは解決出来ない沢山の難しい話題を、私とトールは稀に話したりして、いつかの為に整理しているのです。