08:トール、レイモンド王とひそひそ声で。
3話連続で投稿しております。
ご注意ください。
「マキアの奴……」
俺はサロンへ戻りつつ、さっきのマキアの様子に瞳を細めた。
それ以前に、俺の信頼の無さが虚しい。
いや分かる。前世が前世なのだから、信頼されるはずも無く。
ユリシス並みに一途な前世であれば、話はまた違ったのだろうけれど……全部身から出た錆と言うものだから仕方が無い。
マキアが俺を諦めた元凶が目の前に現れたのだ。
それは俺にとって、彼女にとって、そしてあのレナと言う少女にとって、いったいどういった意味を持つ再会なのだろうか。
「ああ、トール君おかえり。……あれ、マキちゃんは?」
ユリシスが、マキアがいない事について質問してきた。
「ああ、あいつ、靴のかかとが折れたとか何とかで、部屋へ戻っている……」
「ふーん……てっきり何か揉めてるのかと思っていたけど、大丈夫だった?」
「揉めてなんかねーよ。……多分」
「多分って、トール君にしては曖昧だね」
曖昧って何だ。
ユリシスはどこか困った様に笑って、やれやれと肩を竦めた。
こいつ何か勘違いしてないかな? 別に痴話喧嘩とかそんなのじゃないからな。
俺はアイズモアの王と言う立場から、多くの者に声をかけられた。大貴族や高官、他国の客人など。
こうも俺の立場は変わってしまうのかと思ったくらい、皆無駄に俺を褒めそやし、媚をうったり興味を持ったり。
ユリシスはユリシスで、別の場所で多くの者に祝われたりしているが、俺と違って要領よくこなしているようであった。
流石は王子。
別にかまわないが、立場ある人間ってこう言う時大変なんだなと思っただけだ。
2000年前の黒魔王とは、また全然違うからな。
「やあ、トール・サガラーム。……いや、もうアイズモアの王とお呼びした方が良いかな?」
「……エスタ卿」
バロンドット・エスタが声をかけてきた。
この男はマキアを妻に欲しがる物好きな男であるが、相変わらず何を考えているのか良く分からない微妙な薄ら笑い具合だ。
実に魔術師らしい。メディテ卿は“いかにも姑息”な感じがありありと体現されてるが、こいつの場合厄介なのが、何だかクリーンぶっている空気がある所だ。
「いつもの通りで結構ですよ。フルネームでも呼び捨てでも」
「そうですか。それならありがたい。………ところで、マキア嬢はどこに? ご挨拶しようと思ったが……」
「マキアは少々問題があり、今は居ません。すぐに戻ってくるかと思いますが」
「……そうですか。それは残念。すぐに会いたいと思っていたので」
「………」
「………」
俺とバロンドット卿の間に、微妙な空気が漂う。
こいつに負ける気は全くしないが、驚く程マキアに執着する、珍しくも唯一の人物と言える。
「あの……」
俺たちが睨み合っていた時、不意に声をかけられる。
躊躇いがちで小さな声であったが、それは先ほど出会った“レナ”のものだと分かると、俺は少し肩に力が入ってしまった。
息が詰まりそうになった。
「あの、先ほどはありがとうございました……その、お礼を言っていなかったので」
「あ、ああ……いや別に……」
レナは俺にお礼を言いに来たようであった。
着慣れていないなと言う様な白いドレスの初々しさよ。
歳は16、17歳程か。
マキアより背は高い様だが、彼女より小さく見えるのは態度とかオーラのせいだろうか。
整った顔をしているが、マキア程華やかな美人かと言われるとそう言う訳では無い。慎ましい感じで、可愛らしいのは確かにそうだろうけれど。
本当に、いたって普通な雰囲気のある少女だ。
それもまた、2000年前のヘレーナを彷彿とさせる。
「あの、お名前を聞いても良いですか? 私は、レナと言います。さっき、シャトマ姫が紹介してくれたけれど……」
レナはバッと深くお辞儀をした。
さてどうしようか。あまり関わらないでおこうと思っていたが、流石に挨拶をしてきて、無視するのは礼儀としてどうか。
「俺は、トール・サガラーム。ルスキア王国の顧問魔術師をしている」
この程度の挨拶に留める。
表情は笑顔でも無愛想でもなく。
バロンドット・エスタはレナを興味深そうに横目に見ていたが、フッと微笑むと「ではお邪魔の様なので、これで」と言って去ろうと、マントを翻した。
正直な所、今ばかりは居なくなって欲しくなかったな……。
「あの……あ、全然違ったら良いんですけど、私、あなたの事……どこかで見た事があるような気がするんです。私たち、会った事って……いやありませんよね。私、最近こっちに来たばかりなのに」
レナは焦った様に、自分で尋ねておきながら自分で解決。
淡い色の髪を耳にかけながら、目を泳がせる。
「……すみません」
「いや、別に」
俺はあえて、素っ気ない態度で接した。
無駄な会話はしない様にして、できるだけ自分の印象を薄めようと心がけた。
そうすると会話が続かないので、レナは困った様に瞬き。
失礼だし可哀想だと思ったが、ここで「では」と言って去ろうとした。
そう、俺はこんな風にクールぶっていたが、内心言い様の無い焦りと恐れのせいでバクバクバクバク。
情けないそれでもお前は元黒魔王か。
「あ、トール君。さっそくレナさんにちょっかいを出しているのかい? 色男め〜」
こんな時に、場の空気を壊す様な事を言う奴が居るもんだ。
誰だ!? レイモンド卿だ!!
いや、もうレイモンド王と言った方が良いのかもしれない。
俺は青ざめつつ彼を睨んだ。
「……何ですか。国王がお気楽に」
「国王になったと言っても、私は何も変わらずフットワークが軽いよ。……それはそうと、レナさん、楽しんでいますか? どうです我が国のサロンは」
「あ、あの……はい。私、こんなに綺麗な服を着て、こんな場所に来た事なんて無いので、頭がクラクラします」
「ははははは。そうかい、君の世界では、こういったパーティーは無いのかな?」
レイモンド卿はそう言うと、俺に意味深な視線を向ける。
「トール君、この子の事は、シャトマ姫から聞いたかな? フレジールの客人として、これからルスキア王宮で預かる事になっている。とても貴重なお客様だ……君にも色々と力を借りるかもしれないよ」
「……?」
俺は嫌な予感と共に、眉を寄せた。
レナは意味が分からないとう様なぼやっとした表情をしていたが。
「そう言えば、マキア嬢が居ないね」
「……マキアはヒールが折れて、部屋に靴を取り替えに行っています」
「そうか〜」
レイモンド王は顎を撫で、どこかニヤリと、いたずらっ子の様な表情。
良い歳したおっさんだけど。
「トール君、レナさんはまだこの“世界”の事に疎い。どうかな、ダンスを御指南して差し上げては」
「………は?」
レイモンド王は耳元で「頼むよ」とひそひと。
「後で説明するけど、この子は異世界からやってきた超重要人物だ。彼女の事を頼めるのは、君たちくらいしか居ない。勿論、マキア嬢にも色々と頼むかもしれないが……。ユリシス殿下はもう教国の要人だ。彼は婿入りの身分だから、迂闊にルスキアの事情で他の女性と関わる事が出来ない。……頼むよトールくーん」
「………」
さて、アイズモアの王と言う身分になっても、この扱い。
きっと俺自身まだ下っ端体質が抜けていないのと、周囲も下っ端扱いに慣れてしまっているのが原因で敗因。
要するにレイモンド王は、俺やマキアにレナの面倒を見てもらいたいと言っているのだ。
「………」
俺の冷や汗が半端じゃない。これは波乱の予感がするってものだ。
せっかく自分自身の印象を薄める様心がけていたのに、何と言う横からの効果的なタックル。
しかもダンスだって。
マキアが居ないこんな時に、何て事頼みやがるこのおっさん。
さっきの今で、レナとダンスを踊ったなら、マキアにどんな目を向けられるか。
「……ですがレイモンド王。俺は、あまりダンスは得意では……」
「何言ってるんだい。マキア嬢といつも楽し気に踊っているではないか。あ、さては〜あれだな〜? マキア嬢に嫉妬されてしまうとか、そう言う所かな?」
「………」
分かっているならなぜ俺にこんな事を頼む。
レイモンド王の考えは理解出来ない。
前だって、俺にルルーベット王女の面倒を押し付け、大変な目にあわせてくれた。
「大丈夫大丈夫。何か修羅場にでもなったら私から弁明しよう」
「そう言う問題では……」
俺とレイモンド王がごちゃごちゃ言い合っていて、俺はすっかりレナの事を放置してしまっていた。
レナはきっと俺たちの会話が聞こえてしまっていたのだろう。
「あの……」
小さく口を挟んだ。
「あの……あの、大丈夫ですよ? 私の事なんて、そんなに気にしなくても」
「………」
とは言っても、レナはどこか視線を泳がす。
何とも言葉にしがたい表情だ。
そりゃあそうだろう。レナからしたら、知らない世界に来たばかりで、何も分からないのに、目の前のほぼ他人の大の男二人に、ごちゃごちゃ言われ、なぜか俺に面倒がられているのだから。
別にレナが頼んでいる訳でもないのに、目の前で勝手に拒否されている、そんな所だ。
そりゃあ、軽くショックも受ける。
「あの……すみませんでした。私、ただお名前を聞きたかっただけで……」
レナはそう言うと、ぺこりと頭を下げ、また「ごめんなさいっ」と言って足早に俺たちの元から去っていった。
その時のオロオロした様子と泣きそうな表情に、さすがにマズいと思ったが、引き止める事も出来ず。
レナはシャトマ姫の元へ戻っていった。いまや、レナが頼れる人物はシャトマ姫くらいのものなのだろう。
まだ高校生くらいの少女を、俺の事情で傷つけてしまった。レナはヘレーナの生まれ変わりとは言え、ヘレーナの記憶は無いと言うのに。
俺はレイモンド王と目を合わせ「やっちまいましたね」とため息をついたあと、頭を掻いた。
そして、またマキアは帰って来ない。
ヒールを履き替えるだけで、いったいどれだけ時間がかかっていると言うのか。
俺自身、なぜか精神にダメージをくらってしまい、サロンを後にした。
マキアを迎えに行こうと思ったのだ。
「おい、マキア」
マキアの部屋をノックしてみるが、返事は無い。
「……?」
俺は躊躇い無く部屋のドアを開けた。
部屋は暗く、マキアが居る気配もない。
「あいつ、どこへ行ったんだ?」
静寂は妙な胸騒ぎを呼ぶ。
ただそこに居ないと言うだけなのに。
俺は側にレピスやノアがいないか確かめたが、こう言う時に限って居ない。
マキアの側に居るのなら良いが。
「……って、俺は空間魔術師じゃないか。マキアの場所くらい簡単に分かる」
手のひらの上にポン。
じゃない。冷静になれ。
立体のキューブを構築し、マキアの居場所を探す。
「………?」
しかし、マキアの居場所を示した赤い点は、王宮では無く教国の大聖堂の奥も奥にあった。
「……なんで、教国なんかに」
俺は更に混乱した。
マキアにいったい何があったと言うのか。