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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第四章 〜王都血盟編〜
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06:マキア、左胸の上の方が痛い。


ユリシスやペルセリスと同じく、2000年前に愛した者との、運命の再会。

ここからきっと、ロマンチックな展開があるに違いない……そんな予感と印象を抱いてしまう。


私はただ二人の再会を、少し離れた所から黙って見ていただけでした。


ユリシスもトールの反応に違和感を感じたのか、チラリと私の方を見ます。

私はぼんやりとしていた様です。ユリシスに視線を返す事も出来ず、ただただトールとレナを見ていました。



トールはハッとして、すぐに彼女を立ち上がらせる、冷静に「シャトマ姫はあちらにおられます」と。


「あ、ありがとうございます……」


「……」


レナはぺこりとトールに頭を下げ、どこか顔を真っ赤にしていました。

流石にサロンもガヤガヤしていた事から、シャトマ姫もレナに気づいたようでした。


「ああ、すまないなトール・サガラーム。彼女は“レナ”だ。後でまた紹介しよう。特別な身の上でね」


「……レナ?」


トールは深刻そうな顔をしていました。やはりレナが気になるのか、チラリと視線を向けます。

しかしシャトマ姫の御前と言う事で「ええ」と答えただけ。


シャトマ姫はトールとレナの事を知っているのか、瞳を細め、口元を扇子で隠し、クスクスと笑っています。



「あ、あなたはさっきの……」


レナが私を見つけました。

私はきっと恐ろしいものでも見た様な表情をしていたと思うのだけど、ここは冷静になって無理矢理にっこり。


「あ、ああええと……その節はどうも」


「あなたも異世界から来たんですよね!! 私とおんなじなんですよね!!」


レナが涙目ながらに寄ってきました。この子は本当に自分の世界に帰りたいのでしょう。

私はだらだら冷や汗をかきつつ、「ええと」と。


「これ、レナ。彼女はマキア・オアディリール嬢だ。変な事を言って困らせるでない」


シャトマ姫が彼女を引き戻します。


「今はパーティーだ。公衆の面前で“異世界”などと口走るな。……ほら、妾と一緒に居れば何も怖い事は無いんだから」


シャトマ姫は私の方に一度視線を流し、やはりクスッと笑って、レナを連れて行きました。

トールはそんなレナを、複雑そうに目で追っています。


ああ……何だか左胸の上の方がうずいて痛いなと思いました。







「いったいあの子、何だったんだろう……」


一番状況を分かっていないのはユリシスです。

彼はトールの眉を寄せた表情と、私のぼんやりした表情を見て、更に訳が分からないと言う様に首を傾げていました。


「おい、マキア」


トールがつかつか寄ってきます。


「お前、“あいつ”の事、知ってたんだな」


口調は低く、私は少しだけ恐れを感じてしまいました。多分トールは怒っている訳では無いと思うのですが、色々と相まって。


「わ、私だって言おうと思っていたのよ。昼間にたまたま、港で会って……でも……だって……」


ちゃんと言おうと思っていたのに。

私があんまり涙目なものだから、トールはさすがに人目を気にし、私の手を取ってサロンを抜けました。


ユリシスはポカンとして「あの…」と、私たちを見送っただけ。

彼はまた蚊帳の外でした。









「……ごめんなさい」


「……は?」


サロンの賑やかな音楽が遠くに聞こえ、明るいシャンデリアの光の伺える人通りの少ない回廊の途中、私はポツリと呟きました。


「何を謝っているんだ。俺は別に、お前を責めている訳じゃ無くて……はあ。すまない。そりゃあそうだよな」


「……?」


「言いづらいよな。……“ヘレーナ”の生まれ変わりが居たなんて」


トールもかなり混乱していた様で、拳を自分の額に当て、何度かこつんこつんと打っています。

そして再びため息。


「……」


「……」


生暖かい風が吹いて、少しの沈黙がありました。


「あいつは、記憶が無いようだったな」


「……ええ。勇者がそう言っていたわ。そして、あの子は地球からやってきた“転移者”……この世界の救世主よ」


「転移者? 救世主?」


「知っているでしょう? この世界の言い伝え。勇者とおんなじ、異世界からやってくる少年と少女の、救世主の伝説よ」


「………」


少し驚いた様子で、瞳に反応を示すトール。

私は今日、勇者に聞いた事を全て話してしまおうと思っていました。


「……あの子……ヘレーナの生まれ変わりの“レナ”と言うの。確かに、2000年前の記憶は無いようだったけど……。私港で、勇者に聞いた事があるのよ」


「何だ」


「……2000年前のヘレーナの事よ」


私は、少しだけ深呼吸をしました。言っても言わなくても後悔しそうで、もう、どうしようもなかったのです。


「2000年前、あんたは私に、ヘレーナを頼むって言ったでしょう? でも、私が勇者の元へ辿り着いた時、すでにヘレーナは居なかった……私はあんたの最後の願いを、結局叶えてあげる事は出来なかった。これはあんたも知っている事よね」


「ああ……でも俺は」


トールが何か言おうとしましたが、私はそれを遮る様に続きを語ります。


「あの後、ヘレーナはどうなったと思う。私、ずっと気になっていたから勇者に聞いたの」


「……」


「……ヘレーナはあんたを裏切って、殺した事を酷く後悔して……自分から命を絶ったのよ」


「……何?」


流石のトールも表情を変え、動揺を滲ませています。


「ヘレーナは……勇者と同じだった。世界の救世主だった。私たちを殺す為に異世界から呼ばれた存在だったと考えられるわ。……彼女はあんたに会った時、全ての記憶が無かった様だけど、きっと勇者と出会って思い出したんだわ。その使命に……逆らう事が出来なかったのよ」


自分でも一つ一つ整理しながら語ります。

語りながら、ふと勇者の言っていた“世界の法則”と言う言葉を思い出していました。

もしかして、ヘレーナが黒魔王を殺さなければならなかった、と言うのも、世界の法則のようなものだったのでは無いかと。


「そうよ……あの子は心からあんたを裏切った訳じゃ無いのよ。自分で命を絶つくらい、黒魔王の事……っ」


「………」


トールは黙っていました。

私が何を言いたかったのか、きっと彼も気づいています。


胸が痛い……とても動悸が早く、言い様の無い焦りが気持ち悪いと思いました。

何でかしら。もの凄く寒いのです。


「ごめんなさい……ちょっと、座っても良いかしら」


私は立っていられる気もしなくて、回廊の途中庭に出て、大理石のベンチに座りました。


「おい、お前……大丈夫か?」


「………」


こんなに繊細な女じゃなかったと思うんだけどな。

トールは私の前に立ち、顔を覗き込んできました。私はふいとそっぽ向いてしまいましたが。


「おい、お前な。なんて顔をしているんだ。……まさかそのくらいで、俺がまた、あのレナと言う娘に惚れてしまうんじゃないかと思ってるのか?」


「………」


「何だ嫉妬か? 案外可愛げがあるじゃねーか」


「………」


トールが私の頭にポンポンと手を置いてからかいましたが、私は何も答えられませんでした。

ここで一つ皮肉さえ言えれば良かったのでしょうが、本当にそれほどの元気が無かったのです。


トールは流石に心配になったのか、真面目な顔をして言いました。


「おい、マキア。まさか本気で、俺があいつに心変わりするとでも思ってるんじゃないだろうな? 俺はそんなに信用が無いのか」


「だって……分からないわよそんなの」


「酷い女だなお前。俺の渾身のプロポーズは何だったんだ」


「そ、それとこれとは別の話よ。状況が違うわよ。だって“ヘレーナ”よ。あんた、あの子の事、あんなに好きだったじゃない……」


紅魔女との戦いなんてどうでも良くなるくらい、ヘレーナに夢中だったくせに。


トールは困った様な顔をしていました。当然です。


私は頭を振って、今心の内にあるうじうじしたものを払ってしまおうと思いました。

何を言っているんでしょう。トールは一度、私に答えを出してくれた。

待たせているのは私の方だったのに、不安だからって彼に求めてばかりというのは卑怯だ。


「ごめんなさい。答えを出して居ないのは、私の方だったわね」


「……マキア」


私は自分のドレスを掴んで、吃りながらも、彼に言っておきたいなと思っていた事がありました。


「こ、これでも、私ね……あんたとの将来、結構考えていたりするのよ。……やっと、想像したりして……デリアフィールドで一緒に……って、そう言う欲も、出てきて……」


「……」


「割と……乙女チックでしょう? あはは……」


力の無い笑いが出てしまった後、私は長く息を吐きました。

そして、ひとりでに頷きます。この話は、ここで終わった方が良いと思いました。

これ以上はトールを困らせるだけです。私の勝手な、焦りだと言うのに。


「さ、トール、サロンに戻りましょう。きっとユリシスが心配しているわよ」


私はいつもの調子で立ち上がり、ドレスを整えました。

せっかくレピスが綺麗に整えてくれたのに、私はまだサロンの入口に入って出ただけじゃないの。


一年前と違い、私もトールも、フレジールの面々に外交をしなければならない立場です。

こんな所で油を売っている訳にはいきません。



だけどやはり、私は足元がおぼつかず、妙にふらふら。ちょっと大きな石にヒールのかかとを滑らせ、転んでしまいそうになりました。

それをトールが後ろから、腰を抱え込んで支えてくれます。


「あ、ああ……ありがとうトール」


「……」


「トール?」


トールはそのまま私を抱き締め、肩に顔を埋めます。背中に感じる彼の温かさ、力強さは、やはり私にとって意識せずにはいられないものだと思いました。


「ト、トール……どうしたのよ」


「……俺も」


「?」


「俺もあるよ。お前との未来を、想像する事が」


彼の声は僅かに掠れていて、物悲しく感じました。

その時、私は今更ながらに気づくのです。


私はバカだ。自分の事ばかり考えていて、トールの事を何も気遣ってやれなかった。


ヘレーナの生まれ変わりであるレナに出会って、一番混乱し、衝撃を受け、ある意味心の傷を抉られたのはトールのはず。

トールが一番焦りを感じ、混乱しているはずなのに、私はそんな彼を信じていない様な態度をとって、さらに彼を混乱させてしまったのです。


ヘレーナに最も傷つけられたのは私じゃない。

ヘレーナに裏切られたのは私じゃない。


黒魔王だったはずなのに。


「ああ……っ、トールごめんなさい」


思わず涙が出てきました。

何で私はもっとトールの事を考えてあげられなかったのか。


トールの手を取って、彼と向き合い、思いきり彼を抱き締めます。その腰をぎゅっと。

彼は流石にぎょっとしていましたが。


「そうよねえ……あんたの方がキツかったわよねえ」


「……マキア?」


「ごめんなさいねトール」


「………」


トールも軽く抱き締め返し、フッと笑います。


「お前って本当に極端だな」


「……これでも一応、あんたの事心配しているのよ?」


「わかってるよ」


トールは基本的に、自分の弱みを見せない性格です。

男らしいと良い様に言う事も出来ますが、だからこそ私は彼に甘えてしまって、自分の事ばかり考えてしまいます。


お父様にも言われたじゃない。トールを大切にしなさいと。


「私、別にあんたの事、信用していない訳じゃ無いのよ……仕方が無いのよ。乙女ってのは複雑で揺れがちだから」


「はーん、お前が乙女ねえ……。まあでも仕方が無いよな、俺が男前すぎるのが悪いんだ。元ハーレム魔王ってのも罪だよなあ」


「……あえて否定はしないから、戒めになさいね」


「手厳しいな」


ああ、何だかやっと、いつもの私たちのペースに戻ったかしら。

私はポンポンとトールの背を撫で、彼から離れました。


「そろそろサロンに戻るか……」


「あ、ちょっと待ってトール。私さっき躓いたので、ヒールが片方折れちゃったの……」


「は?」


「部屋に戻って靴を履き替えるから、先にサロンの方へ行っていてくれないかしら」


「……俺もついて行こうか?」


「別に大丈夫よ」


私は不格好な歩き方になりながら、再び回廊に戻りました。

トールは心配そうな顔をしていましたが「分かったよ」と、案外素直に。


そこで私たちはいったん別れたのです。









「はあ……はあ……」


正直に言うと、限界でした。

さっきからずっと、動悸がして、左胸の上の方が痛いのです。


私はトールとレナの事を気にしすぎて、この様になっているのだと思ったのですが、どうやらこの疼きは妙と言えます。


冷や汗が凄く、とても寒い。

回廊の途中、私は壁にもたれかかって、ずるずる床に膝をつきました。


暗い月明かりが、側の空中庭園を照らし、とても美しいのに、それすら霞んで見えるのです。


「何かしらこれ……風邪でもひいたのかしら……」


今朝はこのようでは無かった。

とても元気で、春の良い日がユリシスの結婚式で嬉しいと、心躍らせていたのに。


その時、音も無く気配もなく、シュタッと背後に降り立つ殺気を感じ、私は息を飲みました。

頭には銃口が当てられています。


「よお〜紅魔女。今日は良い聖教祭日和だなあ。ヴァビロフォスの御心のままに」


「……って、何だ……あんたか。ヴァビロフォスの御心のままに」


ただのエスカでした。聖教祭のお決まりの挨拶をしつつ。

いえ、今までも何度かこいつに殺されそうになった事はあるのですが、もうエスカと言うだけで緊張感は無くなると言うもの。

こいつは私が本気で向かっていかない限り、今の所私を殺そうとしません。多分、私を殺さなければと言う義務より、私と戦ってみたいと言う欲の方が強いのです。


「紅魔女、お前何しゃがみ込んでんだよ」


「悪いんだけどエスカ……今私、あんたと遊んでる場合じゃ……ないのよ」


「……?」


意識がチカチカと飛んだり戻ったりして、とても目まぐるしいのです。

エスカもそんな私の様子に気づいた様。


「何だお前、調子が悪いのか? ケッ、生温い鍛え方してっからだ!! 俺を見ろこの鍛え上げられた肉体を」


「………」


「本当に調子が悪そうだな」


「だからそう言っているのに……」


私は座り込んだまま、壁に背をつけました。

どうしよう……立ち上がる事も出来ない。


「エスカ……あんたにこういうの頼むの、結構屈辱なんだけど……誰か呼んできてくれるかしら……」


「は?」


「ああでも……あんたのその格好じゃ、不審者……がられて……終わっちゃう……かも」


エスカの防弾チョッキ姿は、この王宮ではどう見ても不審者。

はあ……と大きく息を吐いて、私はそのまま倒れてしまった様でした。


「おい、紅魔女!! おいいいいいいいいいっ、紅魔女おオオオオオオオオ!!」


エスカのうるさい耳障りな声だけが遠くで聞こえて、そして私の意識は途切れました。


ドクン……ドクン……

魔力が体を巡る感覚と、心臓の鼓動の音だけが、ずっとずっと私を追いかけていました。



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