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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第四章 〜王都血盟編〜
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03:マキア、聞きたい事がある。



トールがシャトマ姫とソロモン・トワイライトを連れ、アイズモアへ行ってしまったので、私は一人王宮の高い所から王都を眺めていました。


トールが居れば、一緒にお祭りを見に行きたかったのですが、彼ももう一国の王。お仕事を優先させなければなりません。


「ああ……公務が終わるとやる事無くなっちゃうわねえ」


「何を言っておられるのです。夜にはまたサロンでパーティーがありますのに」


「もうパーティーにも飽きたわよ。一人でお祭りをふらふらしても寂しいしねえ。レピスは表に出てきてくれないし……」


「私は護衛ですから」


レピスは相変わらず、淡々とした態度を貫いています。

先ほどの兄襲来の時もそうでしたが。


「レピス、あんたのお兄さんってあんな感じだったのね。私、てっきりもっと厳格な人かと思っていたけれど……」


「……兄は、トワイライトの一族の者に対し、愛情表現が大げさなのです。で、でも……あれでもとても有能な当主で……」


レピスは少しだけ吃りつつ、視線を逸らしそう説明しました。

あら珍しい。


「兄は……我々トワイライトの精神的支柱でもあります。彼は常に笑顔を絶やさず、何故と言う程前向きな考えを貫きます。どんなに体の一部が無くなろうと……」


「………」


「だからこそ、私たちは兄を信じて、ここまでやってきたのです」


なるほど。

確かに、トワイライトの一族は悲劇の一族です。

連邦に追われ、強制的に巨兵の開発を命じられ、運良く逃げた者は魔族に追われ生きて来ました。

生き延びる為に解禁した“魔導要塞”のため、体の一部をかじられてしまっています。


そんな、影のある一族がここまで何とかやってこれたのも、あの当主の力故でしょうか。

私が今まで見たトワイライトの一族の中で、きっと最も体をかじられてしまっていた様に思います。


「あんた、お兄さんの事、ちゃんと信頼しているのね。なかなか出て来なかったし、冷めた態度だったから……」


「……私が出て行く場面でもないと思いまして。お兄様の事は敬愛しております」


レピスはそう言うと、少しだけ顔を赤くしました。

へ、へえ……兄がシスコンなら、結局妹もブラコンかいな。



「そういえば、ノアは?」


「……居ますけど」


スッと、隣に立っていたノア。

本当にトワイライトの一族は知らぬ間に側に居ます。恐ろしい。


「ノア。さっきトワイライトの御当主に会ってきたわよ。何かあなたたちのイメージと少し違うわねえ」


「……当主に?」


ノアは少しだけ、表情を明るくしました。

やはり、あのソロモン・トワイライトは一族の中でも相当な人望があるらしい。


「そうよ。今はトールとシャトマ姫と、アイズモアの視察に行っているから、私は暇してるって訳。あ、そうだ。……ノア、港へ行ってみましょうよ!! 沢山の舟が来ているのよ!!」


「……え」


ノアは若干驚いていましたが、おずおずとレピスを見上げ彼女の反応を見ていました。

レピスが「港なら良いのではないですか?」と言ったので、ノアはコクンと頷いて、私たち3人は共に港へ向かいました。





祭りと言うのは非常に心躍るものです。

何と言っても、屋台には美味しそうなものが沢山並んでいますしね。


「マキア様、分かっておられると思いますが、夜にはパーティーがあります。買い食いなんて出来ませんから」


「……わ、分かっているわよ……」


レピスの鋭い指摘。

この良い匂いを前に、何も食べられないなんて……。


「わあ……ヴァルキュリア艦隊だ……っ」


ノアが港から見える、空に浮かぶ艦隊に、珍しく声を上げていました。

やっぱりまだ子供です。好きなものを見ると、目がキラキラして可愛い。


「ノア、ヴァルキュリア戦艦に乗った事があるの?」


「……うん。一度だけ」


彼は上空に留まっている戦艦に憧れの視線を向け、ただただ口を開いて見つめていました。


「マキア様、ヴァルキュリア艦って凄いんだよ? 巨兵を、真上から撃つんだ。コックピットは真下が透けて見えるから、本当に宙に浮いているような気分になるんだよ」


「へえ……そりゃあ、楽しそうね。ちょっと乗ってみたいかも」


「……あれは第七艦隊だ……カノン将軍のものかな……」


「……」


ポツリと、ノアの口からカノン将軍と言う名前が出てきて、私は思わずピクッと反応してしまいました。

そうだ……シャトマ姫も言っていたけれど、あの中に奴が居るんだ。


私も目を凝らし、空に浮かぶ紫色の戦艦を見つめます。



「わあああああっ!!」


「!?」


突然、後ろから大きな声が聞こえ、私は驚いて振り返りました。

足下に、一人の女の子が転がっています。


「……!?」


だけど、その女の子。ここらではめったに見ない格好をしていました。

でも私はその格好に、その服装に、あまりにも見覚えがあり懐かしさすら感じます。


「……ブレザー?」


そう、その女の子は、地球では誰もが目にする、普通の高校生のブレザーを着ていました。

私の所はセーラー服だったけれど。でも、確かにこれはブレザーよ。


「はっ」


女の子は顔を上げ、私をまじまじと見つめます。


「今、ブレザーって言いましたよね? もしかして、この服の事、知っているんですか?」


「え? え、あ……ええ。まあ……」


「もしかしてあなた、“地球”から来た人ですか!!?」


「……!?」


目の前の少女は、私の手を取って、縋る様な切実な声で聞いてきました。

私自身、彼女の口から出た言葉には驚き以外何も無く、ただただ、目の前の不思議な少女を見つめるばかり。


「た、助けてくださいっ!! 私、帰りたいんです……地球にっ!!」


「……あなた」


少女は涙目で、訴えていました。

私はもうどういう事なのか分からず、眉をひそめるばかり。

ノアもレピスは、不審そうにその少女を見つめていました。


「あなた、名前は?」


「私は……レナです。こっちでは、この名前だけで呼ばれています」


「……レナ」


流石にこの名だけでは情報を得られないので、地球でのフルネームを聞こうと思いました。

しかしその瞬間、私はある重要な点に気づきます。


「え……あなた、もしかして地球から“肉体ごと”やってきたの?」


「え? ……は、はい」


レナはコクンと頷いて、立ち上がりました。

薄い色素の、ロングヘアーをした、美しい少女です。


何だろう……どこかで、会った事がある気がします。




「おい」



ブワッと、春の強い風が、私のドレスをそちらの方向へ流しました。

無視せずにはいられない、低く落ち着いた声。


私は、その呼び声に対し、言い様の無い焦りを感じました。しかし、ゆっくりとそちらを向きます。


「……勇者」


そう。

奴が居ました。フレジールの軍服を着て、軍帽をかぶった、私たちに取って天敵である勇者が。


「!?」


レナは勇者の姿を見ると飛び上がって、私の後ろに隠れてしまいました。

勇者はそんなレナをチラリと見た後、私を見つめます。


氷の様な瞳で。


「え、えーっと……」


私もいきなりの対面で、冷や汗だらだら。何でこんな時にトールもユリシスも居ないのよ。

私がこのまま、奴に岩をくくりつけられ、海に投げ込まれ殺されたら、あの二人のせいだ。


「紅魔女……お前の後ろに隠れているその女は、こちらの保護対象だ。返してもらおう」


「あ、あんたね。返してもらおうって言ったって、私別に、取った訳でも攫った訳でも……」


私がぶちぶち言っていたら、勇者がずかずかと近寄ってきました。私は逃げたかったのですが、後ろでレナがドレスを掴んでいるものだから、逃げられない!!


何なのこの二人!!


「レナ……お前にはこれから、レイモンド王に会ってもらう。異世界から来た人間としてな」


「……」


勇者が低い声でレナに対しそのような事を言っていました。

私はチラリとレナを見た後、まじまじと勇者を見上げます。


「あ、あんた……。それってどういう事よ。この子、異世界から生身の体を持ってやってきたって事? あんた……と同じってこと?」


「………」


勇者は相変わらず、私を見下ろす視線が冷たい。

嫌な汗が背中を流れていきます。


「紅魔女……お前、気づいていないのか?」


「……は?」


「この女の正体を……」


勇者の意味深な言葉に、私は首を傾げます。

海風が気持ち良いはずの昼下がり。王都は賑わいを見せているのに、ここだけがとても静かな気がして、私はどこか胸騒ぎを覚えました。


正体?

いったいこの娘に、何の正体があると言うの?


それを意識して考えた瞬間、私はパッと、とある印象に辿り着きました。

長いまっすぐな金髪の、白いドレスを着た、不思議な雰囲気のある、あの少女。



胸騒ぎが止まる事はありませんでした。

私は背中で小さくなっているレナの腕を取って、正面から彼女を見ます。


そして、確信に至りました。



「………やっぱり。あなた……ヘレーナだったのね……」



一度意識してしまえば、もう彼女がブレザーを着ていたって、2000年前のあの少女だと思えます。重なって仕方がありません。

レナは、黒魔王の寵姫だった、ヘレーナです。間違いない。


私はヘレーナにほとんど会った事がありませんでしたが、それでも彼女がヘレーナだと分かります。

レナは不思議そうな顔をしていました。


「この女に、前世の記憶は無い。ただ、異世界からやってきたと言うだけの娘に過ぎない」


「……だったら、聞いて良いかしら。2000年前のヘレーナ……彼女も、異世界から“転移”してきた少女……だったのでしょう?」


「……ああ」


「あのヘレーナが、一度地球に転生して、再びメイデーアにやってきたと言う事?」


「そうだ」


勇者の答えは淡白でしたが、間を置く事もなくすぐに返ってきました。

私は一つ、大きな深呼吸をします。


ヘレーナに対する思いは、色々とあります。目の前の少女は2000年前の事を何も覚えていない。


だけど私は、勇者に対し、聞いておかなければなりませんでした。

これは、2000年前、黒魔王が死んだ後の話になってしまうけれど。


バッと勇者の方を向いて、静かに彼を睨み上げます。私は今こそ彼に聞きたい事がありました。


「2000年前……私が再びあなたを見つけた時、ヘレーナは既に居なかったわ。彼女は黒魔王を殺した後、いったいどうなったの?」


それは、遥か昔、私たちが最後の戦いを繰り広げる前にも、勇者に問いただした事でした。

しかし、その時の彼は答えてくれなかった。


勇者は瞳を細め、ただただ、私を見下ろしています。


ガシッと、彼は私の腕を掴みました。


「あたたたたっ、ちょっと、何すんのよ!!」


「来い。お前の知りたかった事を教えてやる」


勇者は強引に私を引っ張り、背中にくっ付いていたレナを引き離しました。


「レピス・トワイライト……ノア・トワイライト、お前たちはそこの娘を連れて、第七艦隊で待機しろ」


「……で、ですが、カノン様」


「良いな」


流石のレピスも、カノン将軍に対し、それ以上の言及は出来ない様でした。

チラリと、私の方を不安げに見ながらも「了解です」と。


「ちょっとちょっとレピス!! 私殺されてしまうわ!!」


「……大丈夫ですマキア様。カノン様は、あなたが大業を成し遂げるまで殺せません……」


「う、裏切り者おおおおおっ」


マキアとノアはぺこりと頭を下げ、その場に居たレナを連れて、反対側へ向かいました。

レナも「え? え?」と、オロオロしています。


だけど私は今、他人の事を心配している余裕はありませんでした。

このままだと、確実に海コースだわ……。








勇者は私を、人通りの少ない場所に連れて行き、乱暴に手を離しました。

掴まれていた所が赤くなっています。


「あんたね、私の細腕を折るつもりだったんじゃないでしょうね」


「……」


反応無し。

腹が立ったので、左の小指の爪を、軽く手のひらに当て、いつでも魔法が使える様スタンバイ。


「……無駄話をするつもりは無い。お前は2000年前、俺の元へ辿り着いた時、何故ヘレーナが居なかったかと聞いたな?」


「……」


私は一度息を飲み、声を低めました。


「そうよ。私は黒魔王に、ヘレーナを頼むと言われていたわ。……でも、その願いを叶えてあげる事が、結局出来なかったのよ。私があなたの元へ辿り着いた時、ヘレーナは既に居なかったから。あんた……ヘレーナをどうしたの?」


「……俺は何もしていない。ただ、ヘレーナは……」


勇者は一瞬、少しだけ眉を動かしました。

その微妙な表情の変化に、私は気がついていました。


「ヘレーナは、自分の“使命”と黒魔王への“愛”の間で揺れ、結局世界の法則に逆らう事が出来ず、黒魔王を殺した……。最後は自分が黒魔王を殺してしまったのだと言う後悔の念に捕われ、自害した……」


「……え?」


勇者の言葉の意味を、私はどこからどこまで理解していたのか分からない。

だけど、酷く心が抉り返される、そんな思いでした。


「紅魔女……“世界の法則”と言うものが、俺たちにとって最大の“敵”である事を覚えておけ。レナは再び、現れたぞ……」


「………」



勇者の言葉は、相変わらず一つ一つ、私の心にグザグザと刺さります。

彼が私に、何を言いたかったのか。それだけを考えようとします。


再び、彼女は現れた。



前にユリシスが言っていた事を思い出しました。


“世界の救世主は、異世界から来た少年と少女である”


これに当てはまるのは、異世界の肉体を持って、こちら側に来てしまった場合だと言う事。

まさに、今の勇者と、レナは、この条件に当てはまるのです。



そして、ふと、私はトールの事を考えました。


トールは、再びこの世界に現れたレナを見て、どう思うんだろう。

かつて、愛して止まなかった、ヘレーナの生まれ変わりに。


それを考えただけで、私は2000年前の、紅魔女の秘めた思いの苦しさを思い出すのです。



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