01:マキア、祝福する。
この日の目覚めは特別さわやかでした。
私はぱちりと目が覚めた瞬間に、ベッドから飛び降りて、窓から庭園に出ます。
空中庭園から王都を見下ろすと、それだけでこの日の賑わいが分かると言うもの。
こんなに朝早くから、人が沢山大通りに集まっているのです。
それもそのはず。
今日は一年に一度の聖教祭の初日。
しかも、ユリシスとペルセリスの結婚式の日でもあるのですから。
「マキア様、そろそろ準備をいたしませんと」
レピスが、相変わらず落ち着き払った表情で、私の背後から声をかけてきました。
私は今の興奮を彼女に伝えたくてしかたがなく、勢い良く振り返りました。
「だって、レピス!! 今日はユリシスとペルセリスの結婚式なのよ!! 私、興奮して眠れないと思ったけどすぐ寝ちゃったのよねえ」
「マキア様らしいですね」
「あああ〜……っ、結婚式ってどんなものなのかしら。緑の巫女とこの国の王子の結婚なんだもの、それは盛大なんでしょうね」
「それはそうでしょう。この聖教祭は、巫女様とユリシス殿下の結婚だけでなく、二日目にはレイモンド王の戴冠式も催されます。それを期にフレジールのヴァルキュリア艦隊が一つ、この国に駐留する事になりますし。言ってみれば、この聖教祭は毎年恒例のものとは違い、ルスキア王国が大きく変わる節目と言う事になるでしょう……」
「……そうよねえ」
レピスの言葉を聞きながら、私は再びルスキア王国の王都を見下ろしました。
今日はこんなに晴れていて、空がおめでたい事だらけのこの国を、祝福してくれているかの様に温かいのに、“変化”と言う大きなうねりは確かにこの国を否応無しにそちらへ連れて行く。
この国は、変わろうとしているのです。
今日の為に少し明るめな、淡いサーモンピンクのドレスを用意していました。
と言うより、お母様が用意してくれていたのです。春らしい明るく軽い素材で作られた、清潔感のあるドレス。最新流行の形で、私はとても気に入っています。
髪はいつもより少し落ち着いた白いリボンでまとめてみました。
今日の結婚式は、二通りあるそうです。
一つは王宮のしきたりに則ったパレード。ロイヤルウェディングな部分です。
もう一つは、ヴァベル教国のしきたりに則った、様々な儀式。こっちは華やかな王宮成分とは違って、厳かで粛々とした、結構大変な儀式だとか。
私は今回王宮顧問魔術師としての参加になりますから、儀式の席を用意され、間近で見守る事が出来るのです。
ああ、楽しみでしかたがありません。ペルセリスもユリシスも、今どんな気分かしら。
「おい、マキア。そろそろ行くぞ……」
トールが相変わらずノックもしないで部屋に入ってきました。
彼は落ち着いた黒地の服を着ていて、髪も整えられていて、何だかいっそう大人っぽく見えます。
「トール!! 聖教祭ね、おめでとう!!」
「……おめでとう……なのか?」
「おめでたいじゃない!! だって私たちのユリシスが結婚するのよ!! しかもペルセリスと!! こんなに良い日って無いわよね」
「私たちのって……。まあなあ、まさかあいつがこんなに早く結婚するとは思わなかったが、まああの二人は新婚というよりは既に熟年並みの関係だろうけど……。うん、おめでたいな」
「何よあんた、ユリシスに先を越されて複雑そうね」
「そんな事は無い。俺たちだって、ゆくゆくは……なあ」
「………」
トールは相変わらず飄々と言ってのけ、何だか腹立つ笑みでこちらを見ていますが、私は「ふん」とそっぽ向いて、「あー天気が良いわね〜」と窓辺でどうでも良い事を呟いたり。
「おっと、そろそろパレードだ。行くぞマキア。ユリシスたちを祝福するんだろう?」
「そ、そうよそうよ!!」
さて、悠長にしている暇はありません。
私とトールは、大事な仲間であるユリシスの結婚を、祝福しなければ。
だってユリシスは、前世で唯一愛した奥さんとこの時代に出会って、再び結ばれたのだから。
「わああああっ、凄い人だかりね」
「まあ、パレードは式に出られない一般人の為のものだからな。俺たちはちらっと見たら、さっさと教国へ向かうぞ」
「ま、待って待って」
大通りの人の多さと言ったら。
まあ、自国の王子様と緑の巫女の結婚なんて、ビッグカップルも良い所。今日の新聞も一面これだけ。
パレードを見る為に、どれだけの人が王都へやってきたのか分からないけれど、例年の3倍との予想を聞きました。
私とトールは馬車で教国へ向かう途中、少しだけ馬車から降りて、ユリシスたちが王宮の馬車に乗ってやってくるのを待ちました。
「あああ、胸がドキドキする……っ」
「なんでお前がドキドキしてんだよ」
「だって、だって結婚よ!? ユリシスが、あの真面目で優しくて、でもちょっと腹黒い所のあるあのユリシスが、けけけ結婚しちゃうのよ」
「お前さっきからそんな事ばっかり……。何だよ、お前寂しいのか? ユリシスが結婚して」
「ちちちち、違うわよっ!! 嬉しいけど、ちょっと寂しいって言う……。あれ、やっぱり寂しいのかしら。お母さんみたいなものよ」
お母さんの気持ちなんて私は知らないけれど。
むしろ、私たちのお母さんだったのはユリシスだけど。
でも、言い様の無い胸のドキドキは、きっと一言では言い表せない気持ち。
とても嬉しくて嬉しくて、でも少しだけ寂しくて、どこか切ない。
「……!?」
いっそう周囲の熱気が高まり、大きな声援があちらからもこちらからも聞こえてきます。
白い王宮の大きな馬車に乗って、ユリシスとペルセリスが……今この通りを通ろうとしているのです。
「………」
ユリシスは白い立派な衣服を着て、堂々とした出で立ちで微笑んでいます。
流石にこうやってみると、奴はなかなか良い男です。この国にふさわしい立派な王子。
ペルセリスは淡い緑色と白の、ヒラヒラした長い教国風のドレスを着ています。
ああ、なんて綺麗なんでしょう。ほんのりお化粧された彼女は、どこか緊張している様でしたが、いつもの幼い彼女のイメージとは全く違う印象を受けます。清楚で可愛らしい、美しい女性。聖地ヴァビロフォスの、緑の巫女。
私は思わず涙声で、二人が前を通るずっと前から叫んでいました。
「ああああっ、ユリシス〜〜〜〜!! ペルセリス〜〜〜〜!!!」
何度も何度も二人の名を呼んで、手を振ります。
流石のトールも少しギョッとしていたくらい、私は大声で叫んでいました。
「お、お前、少しは慎みを……」
トールが何か言っていた様ですが、もう聞こえません。
私はとにかく二人を祝福したくて、何度も名を呼びました。すると、まずユリシスが私に気がつき、そして緊張した面持ちのペルセリスに声をかけ、私たちの方を指差しました。
ペルセリスはパッと表情を明るくして、こちらに手を振ってくれます。
ユリシスも、ニコリと微笑んで頷くと、小さく手を振ってくれました。
「ト、トール!! ほら!!」
「分かってるって分かってる」
私は興奮してしまって、トールの袖をガシガシと引っ張ると、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら大げさに「おめでとう!!!」と叫びました。
目の前を通りすぎていく瞬間ユリシスは私たちの方を何だか意味深な笑みで見つめ、こう言ったのです。
『次は、君たちの番だよ』
それは聞こえないはずの声でしたが、確かに耳に届いた声。
白魔術を使って、彼は私たちに言葉をかけたのでした。
トールもその声を聞いていた様で、私たちは思わずお互いの顔を見合わせてしまいました。
私はボッと顔を赤らめましたが、トールは「そうだなあ……いつが良い?」と。
何だこの男のこの余裕は。腹が立つ。
でも、ペルセリス、本当に綺麗だったな……
大好きな人と一緒になると言うだけで、あんなにキラキラした、幸せそうな空気を醸し出すものなんでしょうか。
あの二人はまさに運命の夫婦。
この国にとっても、この世界にとっても、ただ単純に、お互いにとっても。
「………」
パレードが通りすぎても、王都の民の熱気は冷める事はありませんでした。
新郎新婦が一瞬しか通らなかったとしても、華やかな余韻だけはずっとずっと残っています。
皆があの二人の、これからの幸せを祈っているのです。
「おいマキア。行くぞ……教国で式があるんだから」
「……う、うん」
「おいどうした。さっきまでこっちがドン引きする程騒がしかったくせに……」
「………」
トールは「ほら行くぞ」と言って私を人ごみから連れだそうと腕を引きましたが、私はどこか心ここにあらずと言う風に、ぽやぽやした夢見心地の中。
「ねえ、トール……あの二人、今度こそ幸せになれるわよね」
「………マキア」
「私、あの二人がこの時代、幸せになるんだったら何だってするわよ」
「………」
今度こそ、幸せに。
2000年前、運命のままに引き裂かれた白賢者と緑の巫女。そして、その息子のシュマ。
ユリシスもペルセリスも、その記憶を乗り越えて、今の関係を再び勝ち得たのです。
私はあの二人に多くの事を許してもらったのです。
いや、そもそも私は責められてもいない。だからこそ、余計に私はあの二人に報いたい。
「……マキア、変な事は考えるなよ。俺たちは3人で助け合うと言う関係しか無い。誰が誰の為だけに、償いを行う、そんな関係は無いからな。なぜ地球で、俺たち3人が集められたのか……この関係を築かせたのか……。俺はこの部分に、意味が無いとは思ってない」
「……トール?」
「さあ、行こう……」
トールの言葉は意味深でしたが、言いたい事は何となく分かるのです。
そう、私たちが、かつて敵同士だった紅魔女、黒魔王、白賢者が、地球に転生し過ごしたあの16年間。
あれは何も無駄な時間では無く、今、これからの為に必要だった“信頼”の積み重ねであると。
私たちは決して、誰かの為だけに償いを行う関係ではない。
3人がそれぞれ、助け合うものである。
かつてユリシスは、その事をこう言い切りました。それはとても“無敵”な事であると。
俺たちの魔王はこれからだ。
第四章スタートです。どうぞよろしくお願いします。
そして実は、今日、俺たちの魔王〜のちょうど一周年になります。
一年間書き続けられたことにホッとしつつ……