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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
番外編 〜休息〜
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*マキア、トールと懐かしいメモ。

麦の刈り取られた、少しさみしい畑がどこまでも見えます。

この枯れ草の匂いは、まさにデリアフィールドのもの。



「……わあっ、見てトール!! お屋敷よ!!」


「懐かしいな」


馬車から身を乗り出して、生まれ育った懐かしいお屋敷を指差します。

トールが私の上着を掴みつつ、懐かしそうに窓の隙間からお屋敷を見ています。

前の馬車にはルルー王女とアルフレード王子、双子のメイドが乗っているのですが、同じように身を乗り出すルルー王女を王子が必死に掴んでいます。


お父様が、柔らかい笑顔で嬉しそうにしていました。


「何も変わっていないだろう?」


「ええお父様!! 何もかも、私たちの知っているデリアフィールドね。お屋敷のみんなも変わりない?」


「そりゃあ何も。きっとバルナバがレモンケーキを作って待っているよ」


「わあいわあいっ!!」


ここ最近、わあいわあいなんて子供らしいこと、言ったことがあったでしょうか。


そう、私たちは約一年ぶりに、デリアフィールドへ帰ってきたのです。








「マキア、お帰りなさい……っ」


「お母様っ」


お屋敷の門の前で、お母様が私たちを出迎えてくれました。

お母様は相変わらずお綺麗で、でも少しだけ痩せたんじゃないかなと思いました。

彼女に抱きしめられ、ホッと安心する自分がいます。


お屋敷は、私の記憶の中にあるそのままで、王宮暮らしに慣れて来ていた分やはり静かで質素に感じます。でもそこが、私の大好きなオディリール家のお屋敷なのです。







甘酸っぱいレモンの香り。

懐かしいこのケーキを、再びこの家で食べられるとは思っていませんでした。


「バルナバのレモンケーキは相変わらず美味しいわね!! 私、もう二度と食べられないかと思ってたわ」


「まあマキア様ったら!! 相変わらず食いしん坊ね」


バルナバは変わらないおねえぶりで、私がケーキをもぐもぐ食べる様子を嬉しそうに見ていました。

王子と王女はレモンケーキを食べたことが無いようで、素朴な味を物珍しそうに噛み締めてたようです。


「……美味いな」


「美味しいですわね、お兄様。わたくし、こちらのケーキを気に入りましたわ」


「でしょうでしょう!! うちのシェフやパティシエのお料理やお菓子は、王宮のものにも負けないわよ。その点は、安心してちょうだい」


久々の帰郷のせいで、私はとてもテンションが高かったようです。

レモンケーキを3皿と、プティングを2皿、新作らしいオレンジチョコレートタルトを4皿食べてもケロッとして、ぺらぺら話していました。それからも何かと食べていた気がします。

久々に家に帰って来た我が子に沢山食べさせたい親の心情も相まって、その後の夕食も何かと食べていた気がします。


逆にトールはもの静かで、お父様やお母様、バルナバたちの様子を伺っては、すました顔をしていました。

でも、そういえば彼はオディリール家の家来。

1年前、私たちがこの家に居た時は、確かにこんな風にすました奴だったっけ。


でも少しだけ違和感を感じます。






「あああああっ、流石に食べ過ぎた……流石に食べ過ぎた……」


「お前って本当に後先考えないよな」


「だって沢山用意してあったから……」


「まだここに居るんだから、一時は食べられるだろうに」


「………」


夕食の後、私はお腹を抱えて自室に戻りました。

久々の自室は何も変わっておらず、ただ綺麗に整えられていただけでした。


ふかふかのベッドに倒れ込んで、仰向けになります。

トールもベッドの端に座り込んで、一息ついていた様。


「………何よあんた。なんか今日、大人しいわね」


「そうか?」


「そうよ。なーんかすましてるって言うか」


「逆にお前は舞い上がっていたな」


「………そうねえ」


そこは素直に認め、頷きます。

確かに私は舞い上がっていて、お父様とお母様にあれこれ話したい事を沢山話していたっけ。


そしてふと、思い至りました。


「………あんた、自分のお母さんの事が心配?」


「………」


「明日、会えるわよ……」


「そうだな」


トールの答えは淡白なものでしたが、その一言がやけに落ち着いていて、だからこそ彼が母親の事をいかに気にかけているのか分かると言うもの。

私はベッドの上を這って、トールの側に寄ると、彼の前髪を払って顔を覗き込みました。

トールは視線だけ私の方に向けます。


「何だ……」


「……やっぱり元気が無いわね。……無理も無いかもしれないけど。あんたにとっちゃ、良いお母さんだったのでしょう?」


「………」


私は、地球での彼の母親を知っています。

あのお母さんは、私たちが幼い頃は普通のお母さんと言った感じだったのに、何かがきっかけでヒステリックな手に負えない母親になっていきました。

ただ、透も冷めていたのでその事を気にするでも無く。ただただ、冷たい視線と態度を向けていたのも確かですが。


「“母親”か……もう、どんな人生になっても、気にかける事は無いだろうと思っていたのにな」


「………そうね」


「でも、今の母さんは、確かに病弱で俺に謝ってばかりの母さんだったけど、俺にとっちゃ一番好きな母さんだったな」


「………」


トールに、いったいどんな思い出があるのか、私は知りません。

だって彼がこの家に来た時は、既に母親から自立していたから。


でも彼は、自分の母の為にこの家にやってきたのです。私が居るとも知らずに。


「……俺は東の大陸からこの南の大陸にやってきた。東の戦乱は、きっとお前にも想像がつかないだろうな。母さんは幼い俺を守ろうと、必死になって火の海を逃げたよ。まあ……俺も魔法を少し使って母さんを助けたりしていたけど。……あの人は体も弱かったし、色々と不器用なところもあったけど、ちゃんと……俺を我が子だと思って大切にしてくれていた事は、知っている」


「………トール」


「どうしてだろうな。なんで、今度こそ大切にしたいって思える母さんだったのに……。何で、俺はあの人を助ける事が出来ないんだろうな………」


「………」


トールの中で、“母親”っていったい何なのだろう。

黒魔王と透、そしてトール。彼の3つの人生で、母親が居ない人生なんて無いのだから。


私は何となく、トールの頭を撫でました。

ベッドの上で、彼の隣で膝立ちして、彼の黒髪を撫でます。


「……なんだ、妙な感じだな」


「な、何となくよ。良いでしょう」


「………」


ふん、とそっぽ向いて、“何となく”ある照れを隠そうとします。

トールの元気が無かったから、考えるより先に手が出ちゃったのよ。


「あ、そうだ!!」


私はあるものを思い出し、ベッドから降りて机に向かいました。

引き出しを開け、かつて私とトールが交わしたメモのやりとりを引っ張り出しました。


「ほら、トール見てよ。これ、覚えてる?」


「……ああ。懐かしいな、カルテッドの仕事で俺が出かけていた時のものだろう?」


「そうよ。お母様やメイドたちに内容が分からない様に、日本語でやりとりしたじゃない」


「お前、あの時めちゃくちゃ我が侭だったよな。今でも覚えているぞ。このベッドの上で暴れて、俺を引っ掻いたり殴ったり……。ま、今思えば可愛いものだったけど……」


「…………あぁ……」


私は少し遠い目。

今更あれが演技だったなんて言えません。

トールは何故か嬉し気に、ふっと笑っているけど。


私が綺麗にまとめて取っておいたメモを、彼はパラパラとめくりながら、懐かしそうに読んでいます。


「今読むと……結構カオスなやりとりしているな」


「………そう?」


「ああ。主にお前のキレっぷりと途中からの態度の変化が凄いな。こうやって続けて読むと」


「………」


「そして相変わらず食い物に対する執念が凄い」


自分でも覗いてみると、確かになかなか酷いやりとりです。

私、こんなに寂しがりだったのね……。そして食べ物の話題で食いついているのも私らしいと言うか……。


あの頃はトールが居なくて退屈で、限界だったってのもあるのだけど。

なんて言うか必死感が凄いです。


「お前って……ほんとツンデレだよな」


「う、うるさい!! あんただってツンデレでしょう!! 何か文句言いながらも世話焼きじゃない!!」


「………そうか? 俺、最近は結構ストレートだと思うけど」


「………」


それも否定出来ません。

私が目をパチパチさせ、何も言い返せなかったので、トールはどこか勝ち誇った様にフッと笑いました。


ああああ、あらムカつく……っ!!


また髪をむしってドングリ爆弾でもお見舞いしてやろうかと思ったけど、トールが懐かしそうにそのメモを何度も読んでいるので、まあ良いかと言う気分にもなりました。


彼が笑っていたので。




人に歴史ありと言うけど、私たちはまだこの世界に転生して15年から18年ほどしか生きていないのに、懐かしく思う思い出があるのね。


それはとても嬉しい事。

それは、幸せな事。


そして“今”も、きっといつかの大切な思い出になっていくのでしょう。



あの懐かしいメモのやりとりは、


23:夜と朝のドア前伝言板 


になります。

振り返りたいと言う方がおりましたら、ぜひまた読んでみて下さい^^

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