+α:玲奈、異世界にやってくる。
私の名前は、平 玲奈。
「………こ………ここはどこ?」
私はいつの間にか、知らない世界に立っていた。
広大な砂漠の真ん中。砂漠のあちこちには、化け物の頭の様な体の一部の様な、見るも無惨な金属製の残骸が。
自分の手を見つめる。手には何故か英単語帳。
私はただの高校生で、ちょうど塾から帰ろうとしていた所だったはず。
なのに、どうしていきなり砂漠に居るの?
「うそ……あり得ないわ。私、夢でも見ているのかな……」
白いシャツに、汗が流れて染み込んでいく。水色と紺色のネクタイは、明らかにうちの高校の制服。
だけど、目の前には漫画かアニメに出てくる様なロボットの残骸が、砂漠のあちこちに飛散している。
怖い。
何で私はこんな所に、たった一人で居るのよ。
「どうしよう……私、きっとあの時死んじゃったんだ………っ」
だんだんと記憶が鮮明になってくる。
私は塾の帰り道、期末試験前で単語帳を読みながら夜道を歩いていたら、突然前から来たトラックにはねられたのだ。
きっとここは死後の世界。だけどきっと……天国じゃないと思う。
それにしても、死ぬまで単語帳を離さなかった私って………。
「あああっ……どうしよう、明日から……期末試験なのに……っ!!」
頭を抱え、砂漠の真ん中で膝をついて、今更関係ない事に嘆く。大げさに落ち込んでみるけど意味なんて無い。
万年主席だった私の記録はここで止まるのよ。
それは、母の期待に応えられないと言う事でもある。
「………うう……っ。何で私、こんな所に居るの……」
訳が分からなくて泣けてくる。
砂漠に座り込んで、単語帳を抱きかかえながら。
ゴゴゴゴゴ………
突然、空から轟音が聞こえ、思わず見上げる。
空が割れる様に大きな大きな、紫色の駒上の戦艦が現れたのだ。
「え……えええええっ!?」
何あれ何あれ!!
ハリウッドのSF映画であんなの見た事ある!!
激しい風が、私の髪を後ろになびかせる。私はその巨大な戦艦から目を逸らす事が出来ない。
「………?」
その戦艦から、二人の人間が降りてきた。
一人は、薄い紫色の長い髪をしている、この世の者とは思えない程可憐で美しい少女。年頃は私と同じくらいかな。
そして、もう一人は、深く軍帽をかぶっている背の高い金髪の男の人。
二人とも外国の軍人の様な格好をしている。
動けずに居る私の前にやってきて、まず少女が扇子を口に当てつつ、私をマジマジと見下ろした。
「ほお………これが、異世界からやってきた“少女”という者か……。特別変わった所も無さそうだが……」
「…………だ、だれ……?」
「ほお……この世界の言葉が分かるのか」
紫色の髪の少女は、何がそんなに愉快なのか、クスクスと笑う。ふわりと甘い香りが漂ってきた。
金髪の男は、軍帽をグッと上げ、私を冷たい瞳で見下ろす。
その瞬間、私は身が凍り付く様な感覚に陥り、熱い砂漠の真ん中だと言うのにガタガタと震え出す。
青く鋭い瞳と、金髪。
私はこの男を知っている……。
「おいカノン、怯えさせてどうする。保護するんだろう?」
「………ああ。連邦に見つかると厄介だからな」
「おぬし、名は何と言う?」
「………」
紫色の髪をした少女が、どこか試す様な微笑みで私に聞いてきた。
今はこの少女だけが頼りなのではないかと思って、私は彼女を縋る様に見上げた。
「た………平……玲奈……」
「……レナ?」
「そ、そう……です……」
一瞬、その少女の瞳の色が変わった気がした。
少女は瞳を大きく見開き、たまらずバッと扇子を開き、顔を隠しつつ笑う。
「はは………これはこれは。確かにヤバい。お前並みにヤバいな、カノン」
「………だからこそ、世界の救世主とまで言われるのだ」
金髪の男が、少し強い口調で言う。
その声音は低く、落ち着いているが、鋭い視線は相変わらず私を見下ろしたまま。
怖くて仕方が無い。
「だが……世界の救世主なんて嘘だ。異世界から“転移”してくる者は、世界を乱すもの。……俺を含め、争いの火種となる存在だ」
「………ふふ、言うじゃないかカノン。しかしな……それはある意味で、世界の“主人公”と言う意味だ。どのような物語も、“主人公”を中心に物事が起こるだろう? 主人公が居るから、世界が劇的に上下する。逆説的な皮肉を言ってしまえば、主人公さえ居なければ、世界は何事も無く平和なんだよ………フフ」
「…………」
「異世界からの救世主が現れれば、妾たちは結局脇のキャラクターに成り下がる……」
何だか意味の分からない話をしては、私を観察する様に見る、目の前の二人の人間。
紫色の髪をした少女は、一度瞳を細め私に手を伸ばした。
「妾の名前はシャトマ・ミレイヤ・フレジール。……レナ……そなたを待っておった」
「………私を?」
「ああ。……ようこそ、メイデーアへ」
「………」
メイデーア。
とても懐かしい名前。
私にとって、英単語以上に、もっと大切な意味のある名前だったはず。
でも何も思い出せない。
私は、この世界を知っているの?
「あ、あの……あの、あなたの名前は………」
私は思いきって、背の高い金髪の男の名を聞いてみた。
彼は再び鋭く私を睨んだ後、ふいとそっぽ向く。
「ああ、奴はカノン・イスケイルと言う者だ。かなりの無愛想でな。………まあ、気にするな」
「………」
シャトマという少女はそう言う。
でも、あからさまに私に対する敵意を、嫌と言う程感じる。
私はあの人と、いったいいつ出会ったと言うの? 私はあの人に何かしたの?
ぞくぞくぞくと、体の下から上に向かって、思いもよらない妙な感覚が込み上げてくる。それは恐怖であり、興味でもある。
いったいなぜ?
「さあ、レナ。こんな所に居ても仕方が無いだろう。妾の国へ迎えよう………」
「あ、あの、でも……私、家に帰らないと……っ」
「お前の世界に? ははははっ、ふふっ、いやそれは、なかなか難しいだろう……。でも、帰りたいならあのカノンに付いていると良い。奴だけが、世界の境界線を越える方法を、いくつも知っているからな」
「………?」
砂漠の真ん中で、私はあの男に出会った。
そして、それがかつての遠い遠い“私”に繋がる出会いだったと、この時の私は知る由もない。
そう。ここはメイデーア。
私の本当の故郷。
私が居るべき、私の異世界。
何もかも分からないのに、そんな気がするのだ。