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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第三章 〜王都要塞編〜
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52:メディテ卿、大貴族会議の後。



俺はウルバヌス・メディテ。


「おおー……圧巻圧巻」


空に浮かぶ大きな魔法陣を見上げ、感嘆のため息。

あれはきっと黒魔王……トール君のものだろう。そこら中にいた魔族たちが、光の帯に捕えられる様に、あの中へ連れて行かれてしまった。


王都はあちこち燃え広がっていたが、ユリシス殿下のものと思われる水の精霊セリアーデの力によって、次第に鎮火していった。

あんなに騒がしく混乱の中にあった王都が、いきなり静かになったのだ。



国民は皆見上げている。

あの、空の上の大きな魔法陣。そして、その奥にある、知らない雪の世界を……。



「俺もあそこに行ってみたいものだ」


きっと今、あそこにはトール君たちが居るんだろう。

魔族たちの理想郷で、いったい何を見る事ができるのか。










たった一夜の、第一王子の陣営のあがきであった。

とはいえ、とうの第一王子はとっくにレイモンド陣営の方に助けられていて、操り人形とは言えトップのいない陣営の謀反である。

行方をくらませ逃げていた宰相と正王妃は、その後すぐにレイモンド卿直属の兵に捕えられた。

惨めな終わり方だった。


王は淡々と、宰相と王妃に極刑を言い渡した。

これは当然と言えよう。国民にも多く被害が出たのだから。

レイモンド卿は第一王子に意見を求めたが、彼もまた、その刑に納得の意を示した。


第一王子にとってこれほど複雑な事は無かったのではないだろうか。

自分を守ろうとした母の行き過ぎた行動に対し、極刑に納得する以外何も無かったのだから。


とは言え、背後に連邦がついていた事は今回の魔族の騒動で明らかとなったのだから、その事についてこの二人にはまだ尋問が残っている。すぐに刑が執行されると言う訳ではないのだろう。


俺が一番驚いたのは、第一王子アルフレード殿下が王位継承権を王室に返上し、王宮を出る決断をした事だ。

王妃と宰相が罰を受けているのに、自分だけ何の罰も無いままのうのうと王宮で暮らす訳にはいかないと、彼自身が決めたのだ。

当然最初、レイモンド卿は驚き反対したが、第一王子の決意は固かった。


このような時期に国を混乱させるきっかけを作ってしまったのは自分だと。

自分は狭い世界で生きて来たから、もっと外に出て、沢山のものを見るべきだと、そう言っていたそうだ。


アルフレード王子が王宮を出る事を決めると、ルルーベット王女もそれに着いて行くと言った。

流石にそれはと、またレイモンド卿を悩ませたが、ルルーベット王女は兄であるアルフレード王子と共に罪を償いたいと決意された様で、彼女の意志を覆す事は出来なかった。


王宮を出て行く事になっても、二人が王家の者である事に変わりは無いので、レイモンド卿は二人を受け入れてくれる貴族の家を吟味しているらしい。










その後、無事に大貴族会議が開かれ、先日の事件の事から今後の事まで話し合われた。

当然、その場には俺も居たから、様子は良く分かる。


今回の騒動で、大貴族の中にも居た第一王子派の連中は息をしていなかった!!


特にテルジエ家の当主なんて、ここ数日で激やせしたんじゃないかな。

テルジエ家自体、連邦との繋がりを噂されている分、彼らの今後は雲行きが怪しい。


勢いがあるのは、前々からレイモンド派であったビグレイツ公爵家である。ビグレイツ公爵は序盤から会議の主導権を握り、決めていきたい部分をばっさりばっさり決定して行った。今までなら反レイモンド派が勢い良く反対していた事でも、今回の事件で第一王子の陣営が事実上壊滅した事から、そちらさんの勢い足らずで何だってスムーズに決まっていった。

特に軍事事業やフレジール王国との国交の部分は、レイモンド陣営にとって賛成意見を取るのが難しい悩み所であっただろうが、魔族に襲われ多大な被害を出した王都の国民からも、軍備拡大を望む声が上がり始めていて、良い追い風となった。

皮肉な話、第一王子の陣営がやらかした事が、結果レイモンド陣営にお役立ちした形である。


もしここまで見通していたなら、レイモンド卿と言う男はつくづく手に負えない。俺が言うのも何だが。



あと、語るのも腹立たしいが、第一王子陣営についていたエスタ家が、先日の事件に関わっていた事の責任を取り多くの者が処分を下され、当主も挿げ替える事となった。もちろんその椅子には、親レイモンド派のバロンドット・エスタが。

まあここも予定通りシナリオ通りと言った所か。



12大貴族会議で決まった事は基本的にこの3つが主軸だ。


一つ、次期国王にレイモンド・アレクサンディア・ジ・ルスキアを据える事。

二つ、来年度からフレジール王国のヴァルキュリア艦隊が一つ、ルスキア王国に駐留する。それを受け入れる事。

三つ、トール・サガラームの建国した異空間の魔族王国アイズモアをルスキア王国の傘下に加え、彼が提示した様に残留魔導空間と魔導回路の被験対象とする事。



さてさて、例年に無い物騒で不慣れな内容である。

ルスキアの大貴族たちは終始眉根を寄せていた。


俺は毎年のつまらない会議より、よほど楽しいものになったと思っている。


これ以外にも、来年の聖教祭で執り行われる緑の巫女とユリシス殿下の結婚式の事や、第一王子の今後の処遇、あらゆる予算や難民問題、今年の収穫高など、会議内容は多岐に及んだが、それらは3日間の大貴族会議で特に波乱も無く話し合われ、終わったと言える。


これだけ物騒な事が起こった一年である。多くの的外れな意見や反対が出ても良いはずが、何事もレイモンド卿の上手い舵取りのおかげで、何とか最良の決定をしている所ではないだろうか。









「………はあ〜……っ。終わった終わった〜」


俺は自宅へ戻り、重い帽子を取ってそこらに投げた。


「……ちょっと、投げるくらいなら、そんな帽子被っていかなきゃ良いじゃない」


「何を言っている。これが俺のチャームポイントだろう」


「………変な片眼鏡もあるくせに、あんたって色々と欲張りよね」


妻ジゼルが俺のファッションに何かといちゃもんを付けてくる。

俺の帽子を拾い上げ、壁に掛けながら。

もう夜も遅く、我が子アーちゃんは寝ているらしい。残念、あとで顔を見に行こうか。


「大貴族会議はそれなりに予想通りに終わったよ。何もかもレイモンド卿の思惑通りって所だ。彼のオンステージだよ」


「……それはそれは、次期国王様の器ってことね」


「ああ。アルフレード王子まで王位継承権を返上してしまったんだ。これで、起こそうと思っても王位争いは一時起きまいよ。国王も複雑と言えば複雑な所だよねえ。せっかく隠居出来るって言うのに自分の子供たちが皆、王宮から居なくなっちゃってさ」


「……まあそうね」


アルフレード王子とルルーベット王女は王宮を離れるし、ユリシス殿下は緑の巫女と結婚してしまえば、もはや教国の人間だ。

こんな事があるんだな……。



「それはそうと、少し……と言うかかなり面白い展開があったんだが」


「……何よ」


ジゼルは相変わらず素っ気ないが、俺の為に何やら果物の酒漬けを持って来てくれた。

丁度甘いものを食べたいと思っていた所だったので、ありがたい。


「おやおや、俺を労ってくれるのかい?」


「……ふん。最年少で大貴族会議に出席しているあんたも肩身が狭かっただろうと思ってね」


「いやまあ、確かにね。あの会議には随分な大物ばかりが名を列ねてはいるけどね。俺だって負けてなかったよ、誰より質問していたから」


「………」


だってほとんど誰もが、レイモンド陣営に反論すら出来ず、反論しても隙の無い意見で返されるものだから面白くなくてね。

俺自身、その案件に反対で無くとも嫌味な質問をいっぱいしてやった。

ビグレイツ公爵は嫌そうな顔をしていたが、レイモンド卿とのやりとりは弾んだっけ。途中どうでも良い話に逸れたりして、議長から注意されたりしたが。


いちじくの砂糖漬けを細めの銀の串で刺して、口に運ぶ。

大人の味である。甘いが酒の匂いが強く、くせになる。


「で、まあ……何だっけ?」


「面白い展開がどうのこうのって話でしょう。あんたから振ってきたくせに、もう忘れたなんて……あんたボケが早すぎるんじゃないの?」


「ああそうだったそうだった。いや何……トール君とマキア嬢の事さ」


「………?」


「や〜……何かびっくりしたんだけど、いつの間にか二人、妙なムードになってるんだよね〜……」


「……どう言う事なの? それは……できてる的な話なの?」


「そうそう、できあがっちゃってるかもと言う話」


俺は横目にジゼルを見てニヤニヤとした。

流石のジゼルも、この事には少し驚いているようだった。


「本当もう、何があったんだろうか。ちょっと前からそう言った兆しはあったんだけどさあ。なんか俺の見張っていない間に決定的な何かがあったんだと思うんだよねえ。何で俺はあの国にお呼ばれしなかったのか!!」


俺は銀の串を持ったまま両手を広げ、かの国アイズモアに思いを馳せた。

王都を襲った魔族たちは、今黒魔王の力によってアイズモアで暮らし始めている。


「あんたって本当野暮よね」


「結構。それでも知りたい事があるんだよ。あああ、何で俺は見逃してしまったんだろうっ!!」


「………そんなに良い感じなの?」


「あれ、君でもこう言う話は気になるのかい? 他人の恋愛話には一向に興味を示さない君が……」


「………マキア嬢の事は別でしょう。なんて言ったって、アクレオスの名付け親なんだから」


「………ふ〜ん」


ジゼルはどこかツンとして、顔を背けた。

でも知っている。彼女はマキア嬢贔屓だ。


「何と言うか……トール君の方から結構押していると言う感じだねえ。今まではどっちかって言うと、マキア嬢がトール君に依存している所があるのかなと思っていたんだけど、何か逆転していると言うか……。マキア嬢はたじたじしているよ。あれはあれでなかなか……っはは、彼女にも可愛らしい所があるんだなと思ったよ」


「………あのトール・サガラームがねえ」


「だろう? あのどこか飄々としたトール君がっ。いやしかし、元ハーレム黒魔王の名は伊達じゃないよねえ。元々二枚目だったけど、スイッチが入っちゃったら凄いよ〜流石としか言い様が無いよ。男として、ちょっと見習いたい所だね」


「何あんた……ハーレムでも築こうって言うの?」


「いやいやいや、別にそう言う訳じゃ無いが。………何だジゼル……俺にハーレムを築かれると、困ると言うのかい?」


「………」


俺はわざわざジゼルの隣に寄って行って、彼女の頬を指でツンと突いた。

そしたら、とんでもなく冷ややかな瞳を向けられ、俺は笑顔のまま若干の冷や汗。うーん、妻には敵いません。


ジゼルは大きくため息をついて、足を組み直した。


「でも……そう。マキア嬢をちゃんと守ってくれる人が居るのは良い事だわ」


「………? でも、守られなくてもマキア嬢は強いんじゃないかな?」


「………そんな事無いわよ」


ジゼルの瞳はどこか遠くを見ている。

こう言う彼女は珍しい。


「彼女は……きっと家族が欲しいのよ。いや、ご両親が居る事は分かっているのだけど、その先の家族の事よ。……伴侶がいて、子供がいて、歳をとっていきたいんだわ。………アクレオスを見る彼女を見ていたら、分かる……」


「…………」


自分が名付けたアクレオスを、マキア嬢は良く見に来る。

彼女の子供と言う訳ではないのに、いつも気にかけ、可愛がろうとしてくれる。


しかし確かに、アクレオスを見る彼女の瞳は、どこか優しく寂し気だ。



紅魔女は生涯孤独であったと記録にある。

当然、伴侶も子も居なかった。



「魔王クラスの宿命と言うか……難しい所だな。他人より力がありすぎると言うのも……」


「………でも、魔王クラス同士なら大丈夫なんじゃないかしら。そう言った意味で、私はトール・サガラームだったらと思うのだけど。申し訳ないけれどバロンドット・エスタには、そう言った大きな壁を越える事は出来ないと思うわ」


「ははははは、同感だな君」


俺は膝を叩いて、大笑いした。

少し気分が良いのは、酒漬けの果物のせいだろうか。


しかしまあ、今まで客観的に彼らを観察出来る立ち位置に居ようと心がけてきた俺ですら、マキア嬢たちには愛着がある。

これから彼らがどのような選択をして、どうなっていくのか、どう転ぼうが非常に興味深いと言えるが、出来る事なら………。


「あんまり……前回と同じだとつまらないよねえ」


「………」


「出来るだけ長く、俺に彼女たちの歴史を見せてもらいたいものだよ」



魔王たちの物語は興味深い。

一人一人、背負っているものが違い、信念も正義も違う。


それらがぶつかり合い、交じり合う中で、世界が構築されていくのだ。


今回、トール君は大きなものを覚悟し、重要な事を決意したようだった。

彼は再び、黒魔王となったと言える。魔族の王となったのだから。


これは歴史に刻むべき大きな所行の一つである。

彼のこの行動が、次にどう繋がっていくのやら。



「彼らは知っているのかな……。来年から、“奴”がこの国に来るって事を………」



“奴”は、彼らの宿敵であり、天敵である。


そろそろ大きな動きがあるんじゃないだろうか。

エルメデス連邦が魔族を使って王都を襲わせたのも、ある種の宣戦布告と言えよう。



俺は確かに、マキア嬢たちにそれなりの愛着はあるが、ジゼルの意見と全く同じとは言えない。

魔王たちに温和は似合わない。



激動の中でこそ、歴史は加速するのだから。



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