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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第三章 〜王都要塞編〜
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51:マキア、いつかの私が夢をみたその時。


トールは2000年前の、黒魔王と同じ強い決意に満ちた瞳をしていました。

私がとても好きだった、彼と同じ。


やはりトールには何かしらの目的と、守るべきものがなければならないのでしょう。


「あんたはやっぱり……何か弱い者を守る宿命にあるのかしらね」


「………何を言っている。これは仕事みたいなもので、そんな大層な信念がある訳でもない」


「………え?」


私がしみじみ言った言葉は、あっさり否定されました。


「俺にとって、ただ一つ大事なものは………お前だマキア」


「…………」


何か、こんな事を言っています。

恥ずかしげも無く。


むしろ私の方が恥ずかしくなって、目を伏せてしまったり。


「魔族に土地を与えるのは仕事ビジネスだ。いつか世界が落ち着いたら、どこぞに土地を貰って、そこに移せば良い。それまでの義務であり、投資だ。国に恩を売ったって良いだろう?」


「………」


「………だけど今回、アイズモアには黒魔王を囲んでいた沢山の王妃たちは居ない。もう俺には必要ないからな」


「………」


「俺はいつでも、お前だけの騎士だ。この時代は、そうであろうと決めているんだ。……大切なものの頂点に、お前が居るんだからな」


「……も、もう良いわよ!!」


私はくるりと彼に背を向け、何故か早歩きで雪の小道を進んで行った。


おかしい。私の知っているトールじゃない。

いやでも、かつての黒魔王は、確かにどこかキザだった気がする。何かさり気なく服を褒めてくれたり、髪の色が好きだと言ってくれたり。今思うと相当なジゴロ!! 私はあれに、簡単に心ときめかせていたんじゃない!!


復活したんだわ………ええ、そうとしか考えられない。

あの、ヘレーナに裏切られ相当へこみ、恋に嫌気がさしてしまって枯れ果てていたトールは……黒魔王だった頃のあのストレートさを復活させてしまったんだわ。



地球で、“透”のやさぐれた所を見て、私はこれならば、また友達としてやっていけると思っていました。

だって、私が彼の事をとっくに諦めてしまったとしても、彼だってすでに恋する意欲もなかったし、私に対する態度も、何か気楽なものになっていましたし。


メイデーアに転生してからも、地球の頃の関係を継続しつつ、まあ今までそれなりに楽しくやってきたって所だったって言うのに。


どうしろって言うのよ!!

いまさらそんな風に言われたって、私、どう反応すれば良いのか分からないじゃない!!



「お、おい……マキア………」


「な、何よっ!!」


私がパニック状態になって、涙目で過剰な反応をしていた時、ふと懐かしい景色が飛び込んできました。


「………」


ここは、少し小高い丘の上。

魔族の集落のあった、あの広場がよく見える開けた場所。


2000年前、私はある旅人に黒魔王の存在を教えてもらい、きっと自分を理解してくれる人だと思ってアイズモアに訪れた事があります。その時、初めて黒魔王に出会った場所が、ここでした。


あの時、彼を初めて見た時の衝撃は、呼応する魔力の高鳴りは、今でも覚えています。


「………」


ふと、黒魔王が振り返った、あの瞬間が脳裏をよぎっていきました。

自分に近しい存在に出会えた喜びと、自分を受け入れてもらえるか分からない不安……そして何より、ただの女の子としての気恥ずかしさがあって、寒さなんか一瞬忘れて、逃げてしまったっけ。


だけど黒魔王は私を追いかけて来て、鋭い視線を向けキツくこう言ったのでした。


「あんた、私に“帰れ”って言ったわよね……」


「………」


「まあ不法侵入だから当然だけどね」


「だが、お前は魔族を守って、大怪我をして帰っていった。俺だって覚えているさ……」


「……私、あの後あんたが西の大陸まで来てくれるなんて、思っていなかったのよ。もう絶対、私もアイズモアには行かないと思っていたし」


「………」


「でも、あの時は嬉しかったな………。紅魔女を尋ねてくれる人なんてほとんど居なかったし、わざわざ、ここまで来てくれたんだって思ったら……」


黒魔王は、またアイズモアに来いと言いました。

トルク・シーデルムンドと言う彼の本名を知らされ、見えた魔力数値を教えに来いと。


あの時だ。私が、トルクを………黒魔王を見つめ始めた瞬間は。




沢山の場所を見て回りました。

私と黒魔王が戦った、沢山の場所。凍った泉だったり、細長い葉の無い樹が並んだ林だったり。

二人で戦いながらも、色々な事を語り、お互いの理解を深めていった確かな思い出の場所たち。赤と黒の懐かしいシルエット。


だけど、いつからか黒魔王の隣には、別の女の人が居ました。

アイズモアに迎えた、彼の沢山の妃たちです。

時に見つけてしまう、黒魔王とお妃たちの仲睦まじい姿に、私は嫉妬以上にただただ虚しい思いしかなかったのを思い出します。

いつか私もその中に入れるのでは無いかと、淡い期待を感じながらも、それはとても期待出来そうにない事も薄々知っていたのですから。


アイズモアには、そんな苦い思い出も沢山あるのです。

きっと、何度も何度もここへ来ては、戦ったからでしょうね。行った事のない場所なんて、ほとんどありませんでした。





私たちはお互い、同じ場所に足を向けました。

それは、最後の雪原です。


黒魔王が勇者との最終決戦に選んだ、開けた雪原。そしてそこは、黒魔王が絶命した場所でもあります。


丁度同じ、夜明けの時間帯でした。



「………」



なんて物悲しい気持ちになるものでしょうね。

あれから2000年も経っているのに、トールの魔法は、あの時と同じ世界をつくる事が出来るのです。


「駄目ね……アイズモアは、楽しい事も沢山あったけれど……どうしても悲しい事ばかり表に出て来ちゃうわ」


「………マキア」


「あんた、ここで死んだのよね」


私は、この特徴の無い雪原のただ中までゆっくり歩いていき、黒魔王が死んだ場所だと思われる辺りで、ちょこんと座り込みました。


ただの真っ白の雪ですが、あの時、ここは沢山の赤で染まっていたのです。

黒魔王が倒れていたのです。死の直前の、あの絶望に満ちた瞳で。


それが哀れでどうしようもなく、でも私に出来る事も無く、ただただ彼が死ぬのを待っているしか出来ませんでした。


「…………っ」


私は込み上げてくる悠久の思いに胸を痛め、胸元を押さえ、歯を食いしばっていました。

トールはそんな私を背中から抱き締めます。


いつの間にか、背も高くなって体つきも逞しくなって………私なんてあんたの腕の中にすっぽり隠れてしまうのね、トール。


「ねえトール。私たちは何で……あんな死に方をしなくてはならなかったの……っ」


「………思い出すな、マキア。あれは過去の事だ」


「だけど……っ、だけど確かに、“私たち”は居たのよ!! 紅魔女も、黒魔王も、白賢者だって……ただ一生懸命生きていただけじゃない。どんなに世界に嫌われ、異端だって思われたって、長過ぎる人生をそれでも諦めなかったわ。私たちはあんなにずっと生きていたのに……歳をとる事すら許されなかったのよっ」


あんなに長く生きていたのに、歳をとる事を許されない。

私は特にそう。2000年前も16、17歳ほどの見た目のまま、歳をとることはなかったし、地球でも16歳で死んでしまった。

それより先の、自分の姿を知らないのです。


トールは私に覆いかぶさるように、強く抱き締め、胸元を押さえる私の手を上から握りしめてくれました。

安心と切なさを同時に感じ取って、私はまたどうしようもなくなってしまうのです。


「………何を恐れているんだ………マキア」


「……何もかも怖いわよ。だって、今なら私は、年相応で当たり前の女の子だけど、きっとあと数年……いや、あと一年くらいで、老いる事は無くなるわ。そしたら……そしたら私はまた、“紅魔女”になっちゃう……っ」


「………」


「トール……あんたは凄いわよ。また黒魔王になる決断をした様なものだもの。ユリシス……白賢者だってそう。過去に飲み込まれる事なく、それでも過去から逃げなかった。二人とも、私よりずっと上に行ってしまったんだわ……」


「………お前は、過去に追われるのが怖いのか……」


「……ええ。だって、私……受け止められる気がしないの」


私は、じわりじわりと目の端に映っては、私を手招きしている何かを、きっと見ていました。

それは雪原を下っていく緩い坂道。


私は黒魔王が死んだ後、彼の剣を持ったまま、この坂道を下っていって、そして………。


「マキア!! マキア、もう良いだろう。俺はお前に、そんな事を思い出させる為にここに連れて来たんじゃない!!」


トールは私の意識を引き戻す様に、私を雪原の上に押し倒し、どこか悲し気に微笑みました。

私の頬に触れ、首を振ります。


「マキア……俺は過去を置いて来ただけだ。大切なものも沢山あったが、それらを全て置いてでも、今求めたいものがあったんだよ。俺は過去を思い出したが、お前の事しか考えていなかった。もっと深刻に考えるべき事が沢山あったのに、それらはどうでも良いとでも言う様に、最後はお前の事しか考えていなかったんだよ。マキアが居たから……俺は前世を諦める事が出来たんだ」


「前世を……諦める……?」


「そうだ。前世の事に固執しなくなったって事さ。……俺には、もうこれからの事しか考えられない。だからお前も、無理に前世を乗り越えようなんて思わなくても良いんだ。怖がらなくったって良いんだよ」


「………」


トールは優しい。

優しいから、あえてそう言ったのです。私の前世は、トールとユリシスのものとは少し違う。

少し……違うのです。


「トール……隣に、寝転んで……」


「………?」


「お願い」


私はトールに、そう頼みました。トールは良く分からないと言う不思議そうな表情をしていましたが、私に言われた通り隣に寝転んでくれました。

本当に、何をやっているんだろう。

冷たい雪の上で、二人並んで寝転んで。


「………」


「………」


でも、私たちはアイズモアの、空の広さを見る事が出来ます。

夜明けのグラデーションの美しい、静かな場所。


私は少し躊躇いがちに、トールの手を取りました。

正直、これが精一杯です。


前まであんなに、躊躇う事無くトールに触れていたのに。


「………マキア」


「……お、お願い。手……繋いでても良い……? 寒くって……」


「………」


トールは黙って、私の手を握り返してくれました。

特にこれ以上、何かするでも無く。


本当に押し引きの上手い男だなと思います。




「マキア……一つ提案なんだが……」


「………?」


「お前、歳をとってみたいんだろ?」


「………そうね。これ以上の、私の姿を……見てみたわ。年老いて、醜くなっていったって良いのよ。……それが当たり前の事なんだもの」


「じゃあ……一緒に歳をとっていこう」


「………?」


「色々な事にかたがついたら、お前はどうするつもりだ? デリアフィールドに帰るんだろう?」


「……そうね。それが出来たら、最高だと思っているけれど……」


「デリアフィールドは良い所だよ。気候も穏やかで、秋は麦畑が綺麗で、食い物は美味くて……」


「そうそう食べ物が美味しい」


私は思わず、顔をトールの方に向け、大きく頷いてしまいました。

食べ物の事になるとこれだから。


トールはフッと笑った後、じっと私を見て、もう一度言います。



「だから、あの場所で、一緒に歳をとっていこう…………」


「…………」


「言っておくが、これは俺の……渾身のプロポーズだからな」




夜明けの空に姿を現した、太陽の一直線の光線。

世界は一気に色を変え、暗闇は明るく赤く染まっていきます。


私はただただトールを見つめ、一筋涙を流しました。



ここはアイズモア。

かつて、紅魔女が何度も訪れながら、本当の意味では決して受け入れてもらえなかった場所。

いつかきっと、あの人は私の事も、好きになってくれるかもしれない………この国に迎えてくれるかもしれないと……淡い希望を抱いていた理想郷。



長い長い片思いを、諦めてしまったその思いを、再びこの国で掬い取られるなんて思わなかった。



「そ、それって………」


「ああ。結婚しようって言っているんだ。まあ、今すぐとは言わないが、婚約くらいなら……ユリシスたちだってしてるし……」


「あ、あんた……あんたって………」


私は思わず出て来てしまった涙を拭いながら、それでも嬉しくなかったはずは無いのです。

私の最も望む未来を、トールは知っている。


それを、叶えてくれようとしていると思うと、どうしようもなく嬉しくて、でもやはり切ないのです。

口が震えて、上手く言葉が出てきません。


「……わ、私……トール……っ」


「おっと……まだ返事は要らないかな」


トールは私の唇に人差し指を添え、そこから何も言わせませんでした。

とても覚えのある状況でした。


どこまでもニクい男。黒魔王が、西の大陸にやってきて、私にした行動と全く同じ。

そしてその瞬間は、私が黒魔王に恋をした瞬間でもあります。


本当にニクい男。



私はトールの手を握ったまま、嬉しいのか悔しいのか、ただただ泣く事しか出来ませんでした。

悲しい訳じゃ無いのです。


ただ、いつかの私が夢を見ていた、その時だったと言うだけ。






2000年前、私たちはちょうどこんな美しい夜明けの空の下、決して思いを交わらせる事無く別れたはずでした。

決して向き合う事のなかった、私たち。


背を向け合ったままだった私たち。



美しい空の色も、たなびく雲も、まだ覗く無数の星たちも、あの日と全く同じだと言うのに……今、私たちはお互いの顔を見ている。

ちゃんと向き合っている。



私は心から、未来を祈りました。

ああ、私は幸せになりたいんだと。やっと自覚したのです。


黒魔王ではなく、トールをちゃんと見て、トールを受け入れたい。

トールと一緒に歳をとっていきたい。幸せになりたい……っ。



2000年前から、その願いは何一つ変わっていなかったと言う事に、私は気づかされます。

だけど、その為にはやはり、自分自身、向き合わないといけない事があるのも知っています。


トールは無理に過去を受け止めなくても良いと言ったけれど、本当の意味で幸せになるには、やはりそれは不可欠だと思うのです。


「………トール……」


「なんだ……」


「……綺麗ねえ、空。あの日と全く、変わらないわね…………っ」


私は一度空を仰いだ後、たまらずトールの腕を胸に抱き締め、肩に顔を埋めました。

いつか、この空の色の、その先の事を思い出さなければならない日が来るでしょう。向き合わないといけない日が。

きっと私は、悩み苦しむ事になる。


でも、その時は絶対に逃げたくは無い。

怖くても、逃げたくない。だって、それを越えて、私はトールと一緒に幸せになりたいんだもの。


未来の目標を、トールは示してくれたのよ。





だからどうか、私に、前世の罪を越えていける勇気を、強さを、お与え下さい。







挿絵(By みてみん)



いつも読んで下さってありがとうございます。


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