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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第三章 〜王都要塞編〜
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47:トール、100年の恋。




これは一つの賭けでもあった。

マキアと俺の関係を、この一歩も前に進む事の無い乱れなく真っ平らな関係を、一度回転させぐしゃぐしゃにかき混ぜるための。


そうでなければ俺たちは前に進めない。

長い記憶と、複雑な因果、無駄に達観した思考が、時に安定を望んでしまうから。





「紅魔女は、黒魔王を愛していたのか……?」





その問いは、きっとマキアにとって望んでいない問いである。

マキアは今の俺との関係をベストだと思っている。それは知っている。


だけどそれは、俺が紅魔女の事を、マキアの事を、何とも思っていない場合だ。

2000年前と同じ様に、俺が彼女を、大切なものの一番上に位置づけられない場合だ。


しかし今は違う。

俺たちの関係は、あの死別の後、地球を経て、メイデーアに再び転生し、少しずつだけど変化していたのだ。

今の俺にとって一番大切なものの頂点に位置づけられるものは、マキア以外の何ものでもない。


それはマキアが俺の主だからか?


いやきっと、そうではないはずだ。

なぜ俺がマキアを一番大切だと言えるのか、それに確かな答えを持っていなくとも、予感だけはどうしたってあるのだから。

確かな言葉にできる日は遠く無いだろう。




「……マキア……?」


マキアは俺の問いに答えない。

答えないまま、ベットの布団に包まって、じっと身を丸めている。


「お前、寝たふりしたって駄目だぞ。俺は真剣に……」


「答えて何か意味があると言うの」


マキアの、どこか尖った返答が帰ってきた。


「今更過ぎるのよ。今更………そんな事確かめて、どうするのよ。なんで……っ」


マキアはゆっくりと起き上がって、どこかぼんやりとした瞳で、僅かに斜め下の虚空を見つめる。

遠い遠い、遥か昔の記憶の一点を。


「何で……今更そんな事聞いてしまうのよ。気づいてしまうのよ……っ。何の為に私がずっと、ずっと隠して来たと思っているのよ」


「………マキア」


「やっと……やっと、一緒に居られる場所に落ち着けたのよ。今まで通り、あんたが何も気づかなければ……ずっとここに居られたのよ……っ」


「………」


「でも、そんな事聞かれちゃったら、どうしようもないじゃない……っ」


マキアは口元を震わせ、一筋涙を流した。

その一筋の中に、いったいどれほど複雑な思いを込めたのだろう。


「ええ、そうよ。……紅魔女は黒魔王を愛していたわ。でも、黒魔王に絶対愛されない事も知っていた。だけど………紅魔女は……“私”は、これでも少しだけ頑張ってみたのよ。愛されないなら、せめて黒魔王の望んだ、対等な存在であろうと思って……。少しでも黒魔王に好かれたくて……少しでも私を見てもらいたくて……“あんた”にまた、私の所に来て貰いたくて……っ」


「………」


一度だけ、紅魔女の家を訪れた事を思い出す。

だけどそれは確かに、たった一度の事だった。

しかし彼女にとって、その一度がどれほど重要な意味を持っていたのか。俺は何も分かっていない。


マキアは膝を折り抱え込んで、静かに泣いていた。

確かに彼女はここ最近涙もろいが、今の涙は少し違う。これはマキアのものではなく紅魔女のものだ。


「だけどね……ヘレーナが現れた時、私は悟ったのよ。私の100年の思いは、たった1、2年しか黒魔王の側に居なかったあの子に、絶対に敵わないんだって事。これからどんどん……黒魔王は私の事なんて、どうでも良くなっていくんだって事……。そう思ったら、もう……っ」


マキアは俯いていた顔を上げ、天井を見た。


「諦める以外に、出来る事なんて無かったわ……」


長く息を吐いて、心を落ち着かせるように。

俺はただ、拳を握りながらも、静かに聞いていた。


「だけど、これは紅魔女の気持ち……。2000年も前の、消えていく思いよ。あんたが気にせずにはいられないのは分かるわ。あんたってそう言う奴よね……。でも、紅魔女を可哀想だとか、哀れだとか、思わないであげてね」


「………まるで他人の事の様に話すんだな」


「他人よ」


マキアはそう言いきった。

横目に俺を見て、そしてすぐに逸らす。


「他人だから、あんたは気にしちゃいけないの。……本当は気づくべきじゃなかったのよ……」


「……何故だ」


「だって……だって、気づいちゃったら、あんた絶対、結論を出そうとするでしょう? 今だってそうよ。私にそう聞いたのは、結論を出したいからでしょう? あんた私に、謝る気でしょう……っ。冗談じゃないわよ!!」


「………なぜ結論を出しちゃいけないんだ」


「だって結論をだしちゃったら、今まで通りじゃ居られないじゃない……!! あんたは少しずつ、私から離れていくわよ。気まずくなって、重荷になって……っ。そんなのは嫌……そんなのは嫌……っ」


マキアは耐えられなくなった様に、ウッと込み上げてくる涙を隠す様に、再び布団をかぶってしまった。

丸まって、体全体を震わせて、きっと本当は声を上げて泣きたいのに、それを我慢しているかの様に。


「……俺はお前から離れていったりしない。どうして……」


どうしてそちらへ考えが傾いてしまうのか、と聞こうとした。

しかし思い留まる。


紅魔女はどんなに頑張っても、どんなに思っても、黒魔王に愛される事は無かった。

あまつさえ、黒魔王の愛したヘレーナを救ってくれと、最後の願いを託される。


こんな事があって、“自分が愛される”という考えに至る事ができるはずが無いじゃないか。


マキアは、俺が紅魔女の思いに気がついたせいで、今までの関係が崩れ、俺が離れていく事を恐れている。

それが俺の出す“結論”だと思っている。


「お願いよトール……っ。紅魔女の気持ちに、結論なんて出さなく良いの……っ。だから、だから今までのままでいてちょうだい。今までの……気楽な“マキア”と“トール”のままで居ましょう。私はもう……ずっとずっと昔にあんたの事は諦めたの。だから、何も気負わないで。…………私は絶対……あんたの事を好きになったりしないから……っ」


「…………」


最後の言葉は、聞いているのも辛いくらい、悲痛な決意に満ちたものだった。

彼女は、絶対に俺の事を好きにならないから、側に居てくれと言っているのだ。


矛盾していると思うか?

いや、そんな事は無い。紅魔女と黒魔王の関係なら、そう言わざるを得ない。


黒魔王は……本当に罪深い男だ。

紅魔女をここまで追い込んで、それでも彼女を縛っている。


「マキア……泣かないでくれ」


俺は布団から僅かに覗く、彼女の髪に触れ、頭を撫でた。

しかしすぐに飛び出して来た彼女の手によってピシッと払われる。


「やめてよ、触んないでっ」


「………」


なかなか手強い。


「……マキア、顔を出してくれ。俺はお前に、伝えなくちゃいけない事がある……」


「やだやだ、聞きたくないわ!!」


「いいから聞いてくれマキア!!」


俺は思いきり、マキアのかぶっている布団を取り払った。

マキアは当然驚いていたが、身を小さくして手で耳を塞ぎ、これから俺の言う言葉を本気で恐れている姿は、どうみてもただただか弱い少女である。


俺はこんなに弱々しい女を、ずっと、強いから救いは要らないと………思い込んでいたのか。


「マキア……聞いてくれ。俺が今、最も大切だと思っているものは何なのか……お前は知っているか?」


「…………」


マキアは相変わらず耳を塞いでいたので、俺はその手を取って何としてでもここからの言葉を聞いて欲しいと思った。

中途半端では駄目だ。


思い知らせてやるというくらい、はっきり言わなければ、彼女には通じない。


マキアは潤んだ瞳で、どこか恐る恐る俺を見ていた。


「俺が今、一番に想っているのはお前だ。俺の中で、今、大切なものの頂点にいるのはお前なんだ……マキア。俺は過去を鮮明に思い出した。確かに、ヘレーナへの想いや、勇者への憎しみも、強く思い出した。でも、最終的に何を考えていたと思う。……マキリエの事だ。……お前の事だよ、マキア。お前の事以外、何も考えられなかった。なんで………なんで俺は…………っ」


俺は、掴んだままのマキアの腕の、その手のひらを握って、自分の額に当てた。

思い出す。


マキリエの行動の数々。皮肉めいた表情や言葉の裏にあった、どこか寂し気な瞳。孤独への恐怖。

最後の涙。


「なんで俺は……マキリエを…………もっと見てやる事が出来なかったんだろう……っ」


愛してやることが出来なかったんだろう。

大切にしてやる事が出来なかったんだろう。


あんなに健気に、俺を最後まで見てくれていたのに。


弱い人間を救い、哀れな女を側に置いていた黒魔王の、なんと滑稽な事か。なんと大きな過ちか。

自分自身が、ただ一人の女を、一生かけて傷つけ続けた。


マキアは俺の様子を見て、どこか辛そうに起き上がり、俺が額に当てる手の上から、もう片方の手で優しく包む。


「……トール……あんたが紅魔女の思いを知ってしまったら、そうやって後悔するのは分かっていたわ。だから私……絶対に気づかれたく無かったの。あんたが、そんなに苦しむ必要なんて無いのよ……。悪いのは全部、紅魔女よ。愛されなかった紅魔女が、悪いの……っ」


愛されなかった紅魔女が悪い。


その言葉をマキアの口から聞いた時、たまらなく胸が痛くなった。

彼女はもう、黒魔王であった俺に、愛されたいとは思っていない。


だけどかつて、自分が黒魔王を愛していた事を、絶対に否定しない。

今でもこうやって、俺を過去の後悔から救おうとしている。


「……マキア……っ」


思わず彼女を抱き締める。

両手いっぱいに力を込め、背を包む様に。


どうしようか、マキア。

お前の100年の恋を、100年もかけて諦めさせてしまった恋を、今更どうして求められるだろうか。


「マキア……お前はきっと信じないだろうが、俺は予感がするんだよ。俺はきっと……“マキア”を好きになる」


「…………何よそれ。あんたお得意の、可哀想な子を愛さなければならないって言う、哀れみかなにかなの……っ」


「お前はきっとそう言うと思ったよ。今……お前がそう思ってしまうのも無理は無い。だけど、仕方が無いじゃないか。どうしようもなく……予感がするんだから」


「…………」


マキアは俺の肩に顔を埋めたまま、眉を寄せ悔しそうにして泣いていた。

今更そんな事を言われても、どうしたらいいか分からないと言う様に。


「お前が何と言おうと、俺はお前から離れない。お前が俺の思いを信じられなくても、俺はずっとお前に向かっていく。だから、絶対に俺の事を好きにならないなんて……言わないでくれ」


「…………トール……でも……私もう……っ」


「分かっている。そんな単純な話じゃない事くらい………。100年かけて諦めた気持ちを、俺の都合でまた、無かった事にしてくれなんて言えない。だから、お前はそのままでいい……。俺が、今度は100年かけてでも、お前を求めるんだ……」


「………」


100年かけてでも、またマキアに、俺を見てもらえる様に。

俺はずっと、マキアだけを見ていよう。


俺たちにはきっと、また膨大な時間が用意されている。

彼女がすぐに、俺を見てくれなくても良い。再び俺を愛する事が出来なくても良い。


ただ、俺はずっと、マキアの側に居ようと決意した。

マキアは、俺が懺悔の気持ちからそう言った事をするのだと、きっと思い込むだろう。


だけど、そんな考えすら覆し、追いつけないと言うほどに、俺は彼女を求めよう。

全身全霊をかけて、マキアの騎士であろう。


それが、黒魔王ではなく“トール”の選んだ、今回の人生をかけて歩みたい道である。

黒魔王が多くの“弱い者”の為に人生をかけたなら、俺はただ一人の女性の為に人生を捧げよう。


かつて、紅魔女が、ただ一人の馬鹿な男の為に、人生を終わらせた様に。


「マキア……これは俺の後悔でも、懺悔でもないぞ。ただ、俺がそうしたいから、そうするだけだ。お前にそれを止める権利は無い」


「…………トール……あんた……。そんなの駄目よ……っ」


マキアは、とても青ざめていた。

小刻みに頭を振り、俺が握る手を引いて、俺から離れようとする。


しかし俺は彼女の手を強く引き寄せ、そのまま腰に腕を回す。


「………」


「………」


近い位置で視線を合わせ、決して逸らす事は無い。

それはマキアもそうだ。俺から、視線を逸らす事は出来ない。



「だが俺自身は、100年も待ってやるつもりは無いからな」



身を強ばらせる彼女を抱き締めたまま、まだ赤いルージュの乗った彼女の唇に、自分の唇を重ね、深く落ちるように口づけた。


マキアの望んだ、安定と優しさに包まれた、でもそれ以上進む事の無い関係を、俺は自らの手で打ち壊す。

決してその立ち位置に戻る事を許さないと言うほど、深く口づける。



この口づけは、きっかけである。

ただのはじまり。


長い長い記憶に必要な、節目でしかない。


だけど節目が無ければ、俺たちは時の流れに身を任せ、過去の因果に囚われ、生きていく事になるだろう。

だから、俺たちはもう過去を過去として認め、これからの事を考えるべきだ。



マキア………お前はまだこの俺を認め無いだろう。

俺を軽蔑するかもしれない。


それでも、お前だけを求めると言う言葉に嘘は無い。



予感だ。

俺はお前を愛し、お前もいつか、再び俺を見てくれる。


そして俺たちは対等でありながら、長い時を共に生きていくのだ。



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