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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第三章 〜王都要塞編〜
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46:マキア、トールがなんかおかしい。

マキアです。


私たちは何とか無事に第一王子を救出し、レイモンド陣営にまで連れてくる事が出来ました。

今夜の黒のサロンは既に終わり、静けさが少し怖い真夜中の事。




「……アルフレードお兄様」


「……ルルーベットか……」


アルフレード王子はルルーベット王女の待っていたレイモンド卿の控える部屋に入り、彼女の姿を見て立ち止まりました。

ルルー王女もまた、アルフレード王子の姿を確認すると、瞳に涙を溜め立ち上がります。


私たちは二人の様子を、ただ見守っていました。


「お、お兄様……よくぞ……ご無事で……っ」


「……ルル―ベット……」


アルフレード王子は、実の妹でありながら今までほとんど会話をした事の無いルルーベット王女の前で、どこか躊躇いがちに肩に手を置きます。


「すまない……心配をかけたな。しかし私は、やっと……やっと決心したんだ。初めて自分で……」


色々とあって、疲れた様子のアルフレード王子でしたが、彼はやはり気高い王子です。

しっかりとした強い瞳でレイモンド卿を見て、頭を下げます。


「叔父上……この度はご迷惑をおかけしました」


「アルフレード殿下……無事で何よりです。それに私は何もしていません。何もかも、そこに並んでいる、偉大な魔術師の方々のおかげかと」


レイモンド卿は私たちの方に視線を向けます。

私と、トールと、ユリシスとバロンドット卿に。


「ああ。その通りだ。特に……トール・サガラーム……君には感謝したい」


アルフレード王子は一度頷き、トールの方を向いて手を差し出しました。


「君には私ら兄妹ともども、本当に世話になった。私たちが今こうやって、同じ決断のもと出会えたのは、君のおかげだと思っている」


「……俺は……何も。ルルー王女の願いを聞いたまでですから。しかし王子、ここからが大変かと」


二人は握手し、引き締まった表情を崩す事はありません。

確かに王子が大変なのはここからです。彼は自分の後ろ盾を全て裏切ったのですから。

既に本人の居ない第一王子陣営が、このまま黙ったままだとは、誰も思っていません。


「母上達の陰謀を暴き、この国へもたらそうとしている魔の手を退けなくてはならない。私は全面的にレイモンドの叔父上の支持に回ろう。その後、かつての私の陣営の責任は、私がとるつもりだ」


「……そのような事は無用ですよ王子。あなたは操られていたのですから」


レイモンド卿は相変わらず自分の甥に甘い様子で居ます。

しかしアルフレード王子は首を振りました。


「この歳になって、母に操られていた事こそ罪なのだ。私はもっと、意志を強く持って自分の道を自分で決めるべきだった。ユリシス……お前が、力を持ちながら王位継承権を返上し、叔父上の補佐にまわった様にな」


「……兄上」


ユリシスはどこか嬉しそうに、しかし穏やかに微笑みました。

その表情はまるで弟のものと言うよりは、孫を見守る祖父のような柔らかいものでしたが。


「そしてマキア・オディリール……。君には色々と、ガツンと言われたが、あれが良いきっかけになった。やはり私はあのとき、ふと思いつきで城を抜け出して正解だったのだ。君たちは本当に、不思議な魔術師だな。………バロンドット、お前もこの者らに何か大きなものを感じて、こちらに来たのだろう?」


「………アルフレード王子。私はあなたを、お助けしたいと思ったまでですよ」


「またそんな調子の良い事を。お前も相変わらずだな」


アルフレード王子は苦笑し、再びルルー王女に向き直った。

ルルー王女は胸元に手を当て、やっと安堵した様子で居ます。


「ルルー……私たちはこれから、色々と複雑な選択をしなければならなくなる。お前は……その……」


「ええ、分かっております。しかしお兄様……私は、ルルーはお兄様の選択を信じております。お兄様がどのようなご決断をしても、私はお兄様の力になれる存在で居たいのです。今まで、お側に居られなかった分……これから、二人で新しい居場所を見つけましょう」


「……新しい、居場所……」


「ええ。今からでもきっと、遅く無いと思うのです。沢山の人と関わり、沢山のものを見て、私たちが本当にするべき事を探すのです。この国の人々の為に……」


ルルー王女はアルフレード王子の手を握り、そっと額に当てました。

その様子は、やはりどこか似ている兄と妹の、とても美しい一幕だと感じます。


彼らは一つ、複雑な生まれや立場を乗り越え、やっとその先へ進めるきっかけを得たのでした。

レールを敷かれて生きて来た今までより、よっぽど大変だと言うのは、本人たちが一番感じている事なのでしょう。


しかし、共に歩んでくれる者が居るのなら大丈夫。

この兄と妹なら大丈夫だと、私は妙な確信を得ています。










「はあ〜……眠いわ〜」


もう夜中も夜中。ここ数日の激務にはそれなりの手当を付けて欲しい所です。

私は背伸びをしながら、部屋に戻ろうとしていました。


きっと、明日から大変な事になります。

今のうちに寝て休んでおけとの事です。


「おい、マキア」


「……ん〜?」


トールがいつもより真面目な顔で、なぜか部屋までついてきました。


「……少し、話さないか」


「はあ? あんたよくそんな元気があるわね。私はこんなに眠いって言うのに……。あ、むしろさっき寝ていたから眠く無いって話?」


「……それもある」


「あっ、それかあんた、怖い夢を見たって言うから、まだビビってんでしょう!! ぷぷっ、なっさけなーい」


「………」


「……?」


あれ、何だかノリの悪いトール。

私が、先ほど泣きながらすがりついて来たトールの事を思い出し、小馬鹿にしているのに、真面目な表情のまま私を見つめています。


何かがおかしい。

トールの何かがおかしい。


「お前が……寝てしまうまでで良いんだ。ちょっと付き合ってくれよ」


「………??」


「今夜は寝られそうに無いんだ」


「………あ、あんた……あんたその台詞、私じゃなかったら勘違いされている所よ。まあとりあえずお入りなさい。何か、様子がおかしいみたいだし。きっと強く頭を打ったのね……」


「俺は別に……」


トールは何か言おうとして、なぜか眉間に手を当てると、「うーん」と唸りつつ部屋へ入りました。

やはりおかしい。




「あんたがそんなに恐がりだなんて思わなかったわ。いったいどんなトラウマを思い出していたんでしょうね。元黒魔王様が一人で寝る事も出来ないヘタレでびびりだなんて、誰に言っても信じられたものじゃないわよねえ……」


「……そうだな」


「………」


さっきからこんな感じです。

私は身軽な部屋着に着替え、トールにお茶を出しましたが、トールは私はいくら煽っても、何だか素直に受け入れてばかりで、いつものように変な屁理屈を言ったり嫌味を言ったりしません。


「いったいどうしちゃったのトール。あんた、そんなに大人しい奴じゃなかったわよね。熱でもあるんじゃないの?」


思わず彼の額に触れ、自分の額の熱と比べたりしてみますが、むしろ私の方が熱く、彼の額は冷たかったのです。


「あんたって本当……体温低いのね」


「……マキア」


トールはどこか憂いのある視線で、私を見つめ、何か言おうとして躊躇ったりするのです。


「ど、どうしたのあんた。何か私に後ろめたい事でもあるって言うの? 私が楽しみにしていたお菓子、食べちゃったとか……??」


それならそれで激怒ものですけど。

私はテーブルに肘をたて、その上に顔を乗せあくびをしました。


もう本当、眠いったら無い。

このまま化粧も落とさずに眠ってしまいそう。


「マキア……俺、黒魔王の時代の夢を見ていたんだ」


「………前も見ていたじゃない」


「その続きだ。俺が……死ぬまで」


「………」


ふっと、眠気が飛んでいきました。

トールが何故そのような神妙な顔をしているか、分かったからです。


私も真面目な顔になって、一口紅茶を啜り、肩からずり落ちていたショールを上げました。


「……なるほど。そりゃあ、眠れないってものよね。……ヘレーナには会えたかしら?」


「……ああ」


「相変わらず、あんたの可愛い人だった?」


「………」


トールにとって……黒魔王にとってヘレーナは特別です。

それは、私自身とても良く分かっている事。


しかしトールの返答は意外なものでした。


「あの時代、俺がヘレーナを愛していた事は、紛れも無い事実だ。しかし今になると、どうしてあんなに彼女を思っていたのか……良く分からない。それより俺が気になっているのは、マキア……お前の事だ。紅魔女の事だよ」


「………?」


「お前……俺が死んだ後、俺の剣を持っていったんだな?」


トールがそう言った瞬間、ドキッとしました。

どうして彼はその事を知っているのでしょう。その時既に、黒魔王は死んでいたはずです。


それは私が一番わかっている事です。あの時の絶望感を、どうして私以外の人間が知っていると言うのか。


「な、なんであんた……だって、黒魔王はあの時すでに……絶命して……」


「俺は少しだけ、あの後の様子も見る事が出来たんだよ。おそらく……お前の血のせいだ」


「………血?」


「お前、俺の目を覚まさせる為に、自分の血を飲ませたんだろ? 危ない事をするよな、全く……。いや、今はその事は良い。要するに、お前が自分の血を流し込んだせいで、俺はお前の記憶を垣間見たんだ」


「……な」


なんですって……??

私はだんだんと青ざめていきました。


まさか、そんな事になるなんて思ってもいませんでした。

しかしおかしな話でもありません。トールほどの空間魔術師であれば、私の血からその記憶を鮮明に具現化する事など、容易い事でしょう。


「な、なな、な……なんて事……っ、いったいどこまで……」


「少しさ。別にお前の私生活まで覗いていた訳じゃ無いから安心しろ」


「でも……っ」


私はなぜか顔を真っ赤にしてしまいました。

黒魔王が死んだ時、私は自分がどれほど取乱してしまったか良く覚えています。


「お前……あの後、いったい何があったんだ」


「………」


「俺の剣を使って、勇者と戦ったのか? そんな事、聞いていないぞ」


「そりゃあそうよ。私、言ってなかったもの。……わ、悪かったわよ、あんたの剣……勝手に使っちゃって」


「そんな事を言っているんじゃない。ただ……ただお前……お前、もしかして……黒魔王の事を……」


トールがそこまで言って、私はその先を絶対に聞きたく無いと、とっさに判断しました。

椅子を乱暴に下げ、立ち上がります。


「もう寝るわ!!」


トールが何を言いたいのか、何となく分かります。

でもあれは過去の事です。今更ぶり返して、いったい何になると言うのでしょう。


何が変わると言うのでしょう。


私はスタスタとベットの所まで行って、大げさに掛け布団をかぶって身を丸めます。


「……マキア」


「もう寝た!! 私はもう寝たわよ!!」


わざとらしくそう言い、とにかく身を丸め小さくしました。

布団から顔を出す事も無く、ただただ、小さく小さく。


「もう良いでしょう、帰ってちょうだいトール。私は眠いのよ……っ」


「………」


態度の悪い口調でそう言いましたが、トールは帰る事無く、私のベットの脇に座り込んでしまった様でした。

キシリと、彼の重み分ベットが沈みます。


「……マキア、聞いてくれ」


「嫌、嫌よ!!」


「いいや、お前がいくら嫌だと言っても、俺はあえて聞くぞ!!」


トールはさっきまでの、どこか嫌に落ち着いた口調ではなく、強くそう言いました。

私は少し驚いてしまって、何も言い返せません。


駄目よトール。

そこから先を、言っては駄目。聞いては駄目……っ!!



「マキア…………紅魔女は、黒魔王を愛していたのか……」




それに気づかれてしまったら、私自身に問われてしまったら、私は今まで隠して隠して、隠し通して来た紅魔女の最大の秘密を、打ち明けなければなりません。


決して報われる事の無かった、報われようともしなかった、彼女の思いを。



そしてそれを打ち明けてしまったら、私たちは今までの関係では居られないでしょう。


今の私にとって、それは最大の恐怖なのです。



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