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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第三章 〜王都要塞編〜
164/408

41:トール(トルク)、追憶8。



約2100年前

北の大陸・ヨルウェ王国山岳地帯“アイズモア”


トルク:100歳〜









シーヴが死んだ。


彼女は俺の空間魔法を良く観察し、勝手に分析し書としてまとめていた。

息子のスクルートは俺と彼女譲りの魔法のセンスがあり、今では立派な魔術師となっているが、彼女の残した書を大事そうに何度も読んでいた気がする。



シーヴが死んだ後、正妻として王宮のあれこれをまとめる事になったのは、テルエスという魔族の血を半分引いた娘だった。

おしゃべりで、気の強くおせっかいな所があったが、シーヴの事を信頼していて彼女を母の様にも思っていたし、他の妻たちとも仲が良い。また正義感が強く、シーヴが作り出した王宮内のルールのようなものを重んじていたため、他の妻をまとめる人物として一番最適だと判断したのだ。


彼女は父が人間で、母が魔族だったが、人間たちの差別により二人とも殺されてしまった。

山村の小さな村から逃げ出した彼女が、このアイズモアの噂を聞いて、自力でここまで来たと言う凄く根性のある娘でもある。




「黒魔王様、今日も紅魔女様と戯れに行かれるのですか?」


「……戯れとは何だ。それに、白賢者も最近ちょっかいをかける様になってきたしな……激しい戦闘になるかもしれない」


「ふん……良く言いますわね。そんなに楽しそうなお顔をして」


「そうか?」


「ご自分のお顔を、鏡で良く見てみる事です」


テルエスは呆れた様子で俺にそう言った。

彼女は別に、俺が紅魔女と言う別の女の所へ行く事を怒っている訳ではなく、争いがアイズモアの住宅街にまで及んだら承知しませんよ、と言う意味で小難しい顔をしていた。







そう、俺と紅魔女の戦いを数十年続けていた時、俺たちの争いの話を聞いて白賢者が度々現れる様になっていた。

最初奴はこのアイズモアに侵入を試みたらしいが、俺はそれを許可しなかった。

そのため、この男は紅魔女に会いに行ったらしい。そこで、初めて自分の魔力数値を知ったとか。

後から紅魔女に聞いた話だと、俺たちと同じ100万mg越えだったらしい。

そして見た目も、俺たちと同じ様に歳をとらない。



白賢者の確立した新しい魔法“白魔術”は、精霊の力を借りる魔術だと言うが、俺の空間魔法には少々相性が悪いらしい。

逆にマキリエの命令魔法には効果がある様で、彼女は白賢者の魔法を「煩わしい魔法」と言ってため息をついていた。


とは言え、俺と紅魔女だけにしか踏み込む事の出来ない領域の戦いかと思いきや、白賢者のような同じレベルの力を持つ者も出てきた。随分面白くなって来たなと感じる。


白賢者は白ハエのように俺たちの周りを飛び回り、探り回り、戦いをやめさせようと自らの魔法を駆使していたが、結局三つ巴の戦いになっていた気もする。




俺は白賢者が少し気に食わなかった。

力は認めていたが、その聖人面した清廉潔白な存在に、黒魔王と呼ばれていた俺の思想が反発するのは当然と言うものだった。












「また来たのか白ハエ……」


「その白ハエって言うの、やめてもらえませんか。そもそもハエって……黒くないですか?」


白賢者はにっこり笑う。腹が立つ笑顔だ。

紅魔女は顔を背け吹き出している。


ここは俺の作り出した魔導要塞“貝殻の杯”という、誰もいない静かな浜辺。

幻想100%の空間で、範囲は狭いが、紅魔女対策の為に作り出した空間だ。彼女は物理空間には非常に強いが、幻想空間には少々弱い所があったからだ。


しかし困った事に、白賢者は空間魔術を破る事は出来ないが、一度空間に入ってしまえば幻想空間であろうと物理空間であろうと負ける事は無い。


小技の多い、まさに「煩わしい魔法」を使う白魔術師なのだ。


俺と白賢者が“ハエ議論”で睨み合い、さあ戦おうかとお互い剣や杖を構えたとき、紅魔女が場違いに砂浜に寄せてくる波と戯れ始めた。


「すっごいわねこの海。ちゃんと水の感触があるもの……あははっ、冷たーい」


「………」


「…………おい」


完全に空気が読めていない紅魔女は、赤いドレスを摘んで、わざわざ靴を脱いで海の水に足を浸し、ぱしゃぱしゃと楽しそうにしている。クソババアのくせしてうら若い少女のような素振りをしやがって。


「お前……いったい何をしに来たんだ。遊びに来たのか」


「あら良いじゃない。せっかくこんなに静かな海辺に居るんだもの。戦って火の海にしちゃう前に、少しくらい遊んだって良いでしょう?」


「私は良いと思いますよ。争うよりずっと良いです」


「………」


白賢者は紅魔女に賛同しそう言うと、浜辺の岩場に座って、穏やかな表情で紅魔女が浜辺を駆けている様子をみていた。


何だこれ。

俺の魔導要塞は溜まり場じゃないぞ。


「おい、お前たちはいったい何しに来たんだ」


と聞いてもそれに答えてくれる者はおらず。

ここ数日寝る間も惜しんでリアルさを目指し、浜辺のあらゆる所を創り込んだのが仇となった。


結局この時は、仕方が無いので俺も浜辺に座り込んで、紅魔女が貝やカニを見つけ、拾っている様子をぼんやり眺めていた。


「ほら、見てトルク。桃色の貝よ……それに、カニッ」


「……そうだな」


「カニ……美味しそうね……」


「ここのは食えないからな」


紅魔女がこの空間の小さなカニまで食料としての熱いまなざしをおくっていた事には、正直驚いたが。

しかし彼女らしいとも言える。


「あんたってこんなに細かい所まで創り込むのねえ。海まで見に行ったの?」


「……ああ」


「何よ。せっかく創ったんだから、あんたも堪能すれば良いのに」


「子供か。お前だって、もう100を越えた老……」


はい、ガツン。

何を言おうとしたのか悟ったのか、紅魔女は拳で俺を殴った。暴力的な女である。

きっとこの時の俺を殴れたのは、妻の中にも誰一人居なかっただろう。


白賢者が呆れたようなムカつく笑みを浮かべこっちを見ている。


「女性を囲んでいるという黒魔王の言葉とは思えないですね……」


「黙れ、白ハエは黙れ」


俺は殴られた部分を撫でながら、吐き捨てる様に言った。


紅魔女はフンとそっぽむくと、また海の波際の方へ駆けて行く。

とんがり帽子を押さえながら、浜辺を探っている。今度は細長い大きな貝を見つけた様で、それを白賢者に見せに行っていた。


「その貝殻、細い部分の上に穴をあけると、笛になりますよ」


「……ほんと? 良いわねえ……」


「浜辺の子供たちはよく穴を空け、遊んでいます」


二人はそんな会話をしていた。


たまに聞こえてくる紅魔女の笑い声。

白賢者が彼女に色々と助言をしたりしている。

俺はその様子をぼんやりと見ながら、自分たちは争っているのに、こうやって一度戦いを止めてしまえば、普通に会話したりしている事に大きな違和感を感じた。


要するに、やはり俺たちはそれぞれ、憎しみの心などは無いのだ。この戦いに大きな意味など無い。

そう言ったものが無いから、切り替えが簡単に出来る。




しかし、この頃の穏やかとも言える関係は、これから先、だんだんと夢だったのではないかと思わされてくる。

幻想空間の夢の夢……。


俺たちは戦えば戦うほど、お互いを知って行ったと言うのに、世界の流れが俺たちの戦いに意味を付けたがり、魔導大戦時代などという大げさな時代の名をつけた。






その後、何十年も俺たちは3人の戦いを続ける。その期間こそ、魔導大戦時代。

最初は遊びで始まった戦いとは言え、戦いを重ねれば重ねるほど、自分たちの魔法は洗練されて行き、何かしらの形で世に残り、影響を与えて行く。


時には山を吹き飛ばし、時には人の村に被害を与え、悪名は色々な尾ひれをつけ世界に広がって行った。

俺が何かを見落としていたとすれば、世界に名を広げて行く事の恐ろしさだ。


地元の人間は、俺たちの存在を“天災”の様なものと扱っていたが、俺たちを見た事の無い者たちの方が、魔王と言う存在にイメージを上乗せして恐れた。

北の大国は、俺の存在をずっと前から邪魔だと思っていたのだろう。

俺が力を振るう事で、戦争を進めていた大国はその侵攻を中断していた。


俺や紅魔女はいつの間にか、世界を恐怖に陥れる大魔王として語られる。

じわじわと、俺たちを討伐しなければならないと言う流れを世界中で作り出されていた。



しかし確かに、俺たちの戦いはだんだんとエスカレートしていたし、俺もただ楽しんでいるだけの所もあった。

持っている力を惜しみなく出し合える存在。


そんな相手が二人も居たのだから。




白賢者には大きな期待がかかっていた。

俺と紅魔女を倒し、魔王同士の戦いに終止符を打つ存在として。


彼だけは、俺たちと違って、世に白魔術を広げた師としての信頼があったし、彼を崇拝する者も多く居た。



しかし白賢者には俺たちを止める事は出来なかった。

白魔術の限界は、負ける事は無いが勝つ事も無いと言う所だ。


俺たち3人が争いを始め、100年近く経とうとしていた時、白賢者は一時、俺と紅魔女の前に現れなくなった。


俺たちは大して気にしていなかったが、この時、すでに俺たちの運命は加速と落下の一途を辿っていたと言える。





白賢者はついに見つけてしまったのだ。


魔王を打ち倒すべき力と宿命を持った、異世界からやってきた存在を。


俺たちの何もかもを変え、世界の流れを変える事になる、ある種の運命。

俺たちにとっては、“勇者”と言う名の宿敵。



時間の流れの遅い俺たちにとって、全てが加速し凝縮したこの後の20年は、思い出したく無くとも記憶が鮮明なのが皮肉である。





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