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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第三章 〜王都要塞編〜
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39:トール、菓子パンと精神空間。

トールです。

今日は黒のサロン1日目。俺は貴族では無いからこのパーティに参加する事は出来ないが、外からこっそり、マキアとバロンドット卿を見守る大事な役割がある。


ユリシスに冗談で手渡された菓子パンの袋を片手に、この寒い中パーティーを覗き見していたって訳だ。




「くっそ〜……マキアの奴、楽しんでんじゃねえか」


ユリシスに貰ったパンを齧りながら、明るい優雅な空間を眺める。

マキアはバロンドット卿とダンスを踊っていた。今まで、俺とばかり踊っていたから不安だとか言っていたくせに、堂々としたものだ。


やがて二人は庭に出て来た。二人とも演技の会話とは言え、なかなか……。というか、バロンドット卿の奴、恥ずかし気も無くそんな口説き文句をペラペラと。

本気で口説こうとしているようにしか、見えない!!


「………」


マキアもマキアで、何だか乙女チックな表情だ。

今まであんなあいつの顔を、こんな風に客観的に見た事があっただろうか。いや、無い。


まあ演技なんだろうが……。


「……やあ、トール君……」


「…………」


俺が完全に気配を断って木陰から二人を覗いていたら、いきなり背後から声がした。

聞き覚えのある声すぎて、振り向くのが怖い。


「……メディテ卿……うわ……」


「うわって何うわって。俺がここに居ちゃいけない理由があるとでも言うのかね」


「いいえ、ありませんが」


ありませんとも。確かにあなたは大貴族メディテ家の当主。

しかし何が恐ろしかったかって、完全に気配を断ったと思っていた俺をいとも簡単に見つけ出し、俺に気がつかれず背後に立っていたと言う事だ。


このおっさん、いったい何者。

流石、いつの間にか俺たちのストーカーをしていただけはある。


「それにしても面白く無いねえ。マキア嬢に近づいている男……バロンドット・エスタだろう? 俺、あいつ嫌いなんだよねえ」


「エスタ家だからですか?」


「それも大有りだけど、あいつ自身、なんっかムカつくって言うか。無駄に素直で逆に苛つくって言うか……」


「…………まあ、嘘と偽りと胡散臭さで塗り固められたあなたには合わないだろうと思っていましたけど」


「それにさあ。あいつマキア嬢に言い寄ってるんだろう? 気に入らないねえ、マキア嬢がエスタ夫人にでもなったら、俺はもうどうしたら良いか……。ああ嫌だ嫌だ。俺なんて彼女が12歳の頃から、ずっと見ているのに」


「物陰からですか?」


「そうそう。主に物陰からひっそり」


それって完全に、お巡りさんこっちです状態。


「もう俺にとってマキア嬢は、可愛い姪っ子のようなものなんだよ!! あんなよからぬ虫野郎に、彼女をくれてやる訳にはいかない!!」


「いや……多分そう思っているのはあなただけだと思いますけどね」


俺はメディテ卿の謎の言い分に、思わず苦笑いを浮かべた。


「しかしトール君も余裕だねえ。こんな所で覗きながら菓子パン齧ってるなんて」


「これは……ユリの奴が“ノリは大切”って言って渡してきたんですよ」


どうせ、俺はあのパーティーのごちそうは食べられませんからね。

俺は素っ気なく答える。


「ふーん、そうかい。そうやって、相変わらずクールなトール君貫くんだねえ。流石は黒魔王様。ハーレム大魔王だっただけある」


「………」


「そんな風だと、いつの間にかあの男に、マキア嬢を攫われてしまうよ? バロンドットって言う男はねえ、そういう横入りや横取りみたいなのが、ちゃっかり上手な奴だからさ」


「……はあ」


何だろう、このおっさん今日はやけに絡んでくるな。

酒でも飲んでいるのだろうか。


「もう良いですか、メディテ卿。今日の仕事、もう終わったので」


「あれ、もう帰っちゃうの?」


「マキアももう帰ろうとしていますよ。今日は特別なアクションを起こす日では無いんですよ。まあ……下準備みたいな日ですから」


「……へえ。君たちも色々と大変だねえ。まーた副王にこき使われているのかい?」


「…………あなたは相変わらず自由気ままですね」


「ま、それがモットーですから」


彼はそう言うと、何が楽しいのか意味深な笑みを浮かべつつ、これまた気ままに帰っていった。

いったい何だったんだ。


俺も周囲の様子を確かめつつ、その場を後にした。











サロン二日目は気合いを入れなければならなかった。


俺とユリシス、トワイライトの面々は第一王子陣営の周囲を囲んで、アルフレード王子の救出のタイミングを計る。

バロンドット卿に教えられた部屋を疑っていた訳では無いが、事前にマキアにアルフレード王子の情報を、俺のキューブに登録してもらい、彼の場所を特定する。


アルフレード王子は、第一王子の陣営の最も奥の部屋で、ほとんど動く事無く留まっているようだった。

これはバロンドット卿の言っていた通りだ。


「マキアは上手くやっているだろうか」


「……大丈夫っぽいよ。僕の精霊をいくつかマキちゃんの側につけているけれど、どうやら上手く事は運んでいる様だ」


「お前の精霊は便利だよな……」


俺とユリシスは第一王子の陣営の兵の目を盗んで、どんどん奥へ進んでいく。

狙い通り、今はマキアに注目が行っている様で、ここらの護衛は薄かった。


さて、そろそろ時間である。


はい、ドーン!!


「………マキアか」


「うん。力を使ったみたいだね。何か、椅子が爆発したみたい……」


椅子が爆発って、どういう状況なんだろう。

少し離れた所からでも、マキアの禍々しい魔力を感じる事が出来る。

大きな音を聞いて、ここらに居た兵たちも皆そちらへ行ってしまった。


「さ、僕らも仕事だよ」


「ああ」


僅かに残された兵たちをユリシスの精霊魔術で束縛し、俺たちは第一王子が幽閉されている部屋に入っていった。


「……?」


しかし部屋は薄暗く、すぐに状況を理解する事は出来なかった。

ただ、だんだんと見えてくる。


「な……っ」


そこには無数の鏡に囲まれ、椅子に座り込んだ第一王子の姿があった。

異様な空気の漂う、異様な光景に、俺たちは思わず言葉を失う。


「あ、兄上……兄上!!」


ユリシスは急いで彼に駆け寄り、アルフレード王子を揺さぶった。

王子の意識は曖昧で、心ここにあらずだ。

俺は悟った。既に洗脳の魔術はかけられてしまっているのだと。


鏡の禍々しい魔力が、ジワジワと王子を蝕んでいるのが分かる。


「まずい……これは、今すぐに兄上をここから連れ出さなければならない」


ユリシスはアルフレード王子を肩から抱えようとする。しかし、王子の座っていた椅子もまた魔道具だったようで、殿下はそこに固定され立ち上がる事が出来ない。


まさか、正王妃がここまでやっていたとは。


俺は椅子を破壊しようと剣を構える。


「待ってトール君。この椅子と鏡の魔力は、兄上の精神と直結していると考えられる。無理矢理壊すと、兄上の精神にまで、影響が出るかもしれない」


「……な」


「兄上とこの魔導具の魔力を完全に切り離してからで無いと、これらを破壊する事は出来ない」


ユリシスは魔法陣を形成し、鈴の精霊ベルーラムを第四戒召喚で呼び出す。

その鈴の音は、魔力の流れを変えたり、切ったりする事が出来る。


部屋中に、その清らかな音が響いた。


「洗脳の魔術は、白魔術にも黒魔術にも確かに存在するけれど……見た所これは……」


「……黒魔術だな」


「うん。これは黒魔術による洗脳だ。黒魔術の厄介な所は、かけた人間もかかった人間も、リスクの大きい所……。兄上の精神を無事連れ戻すには、ベルーラムだけでは足りない」


「……内部から、このバカ王子の精神を引っ張り出さなければならないと言う事か」


「そう言う事になるね。しかし……どうやって……」


「俺がやろう」


黒魔術に一番詳しいのは俺の方だ。

ユリシスは眉を寄せ、俺を見上げ「本気かい?」と。


「人間の精神にも、空間と言うものがある。そこに入り込んで、そこの王子を引っ張り出してくるだけの事だ。何、目には目を歯には歯を、黒魔術には黒魔術をってだけの話だ」


「だけど……、いや、別に君の力を信じていないだけじゃないけど……」


「外から、洗脳の侵攻を妨げる事が出来るのはお前の方だ。俺は、このへたれの精神をひっぱたいてでも連れてくる。お前がもう大丈夫だと判断したら、ここの魔道具を全部壊すんだ。……それしか方法は無いだろう」


「…………トール君」


ユリシスはどこか不安そうにしていたが、すぐに力強く頷いた。


「外でレピスさんたちが見張ってくれている。少しくらい、時間はありそうだ。でも出来るだけ早く戻ってくるんだよ、トール君。いくら君が黒魔王でも、こんな魔法の、しかも他人の精神空間に長居して無事で済む訳が無いんだ」


「……分かっている」


俺は目の空ろな第一王子の胸元に人差し指を当て、彼の精神空間を探った。

探り当てた先は、実に真っ暗で、禍々しい何かに汚染されたような精神世界。


「…………」


俺はそのまま、第一王子の精神空間に、自分の精神を転送した。

横切るような洗脳魔術の流れを煩わしく思いながらも、今はただ、この阿呆な王子を助けて帰らなければという思いが強い。


ルルー王女と約束した。彼を助けると。

マキアだって、この王子を助ける為に頑張っているのだ。



それに、実の母にここまでされて、精神まで失いかけたこの王子に、どこか哀れみを感じつつも、かつての自分を重ねてしまう。


彼を情けない奴だと思いながらも、この真っ黒などん底の世界から、這い出て欲しいと願ってしまうのだ。


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