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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第三章 〜王都要塞編〜
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33:トール、咳払いをする。


「ようこそ、マキア嬢……」


「……お招きありがとうございます。バロンドット・エスタ卿……」


マキアはバロンドット・エスタの屋敷に招かれた。

その屋敷は王都の東側の栄えた大通りを越えた、少し閑静な場所にある。

陰険な空気の漂う西側の魔術研究機関およびメディテ家の屋敷とはうってかわって、明るい日差しの良く差し込む、白い手入れされた屋敷だった。


「トール・サガラーム顧問魔導騎士にも来ていてだけるなんて、思っても居ませんでしたがね」


「……トールは私が7歳の頃に、父が連れて来た側人でしたから。こうやって付いて来て、私がバカな事をしないか見張っているのですよ。本当に心配性なのです……」


「はははは、いや、トール君も大変だ」


「………はは」


俺は極力騎士としてマキアの側で控え、口を出すなとユリシスに言われていた。

一体何を気にしていたのか分からないが、口うるさくそう言われた。


バロンドット卿はそんな俺も気にかけつつ、俺たちを屋敷の奥へ連れて行く。


色々な意味でとても警戒していた俺は、奴の屋敷の中でも常に神経を継ぎ澄ましていた。特に危ないものや、危ない刺客が隠されている様子は無かったのだが。

マキアは髪を下ろし少し大人っぽいドレスを着て、何とも余裕ぶった態度である。









「マキア嬢………そして、トール君、君たちがなぜ私の縁談の話に関心を持っているのか、私は知っているつもりだよ」


バロンドット・エスタは、俺たちに高級そうな茶を出した後、さっそくそう切り出した。

マキアはいきなりの事で、少し困ったように笑う。


「それは……どう言う事でしょう、バロンドット様」


「マキア嬢、君は私と結婚するつもりは毛頭ないのだろう?」


「!?」


彼はクスクスと、何とも言えない様子で笑った。

マキアは紅茶のカップを持ったまま、一瞬ぽかんとした。しかしペースを崩されない様に背筋を伸ばしたまま、軽く微笑む。


「いきなり、そんなことをはっきりと言われるとは思いませんでした。………と言う事は、あなたは私に求める別の何かがあるのでしょうか?」


「………ははは、別にそう言う訳でもないのですが」


バロンドット卿はマキアを見つめ、意味深に笑う。マキアは無表情だった。


「勿論、私があなたに対し縁談を持ちかけたのは、あなたのような女性を妻にしたいと思ったからですよ」


「………」


「しかしあなたのような思慮深い魔術師が、私のような、ほとんど関わった事も無い敵陣営の男の縁談話に、乗ってくるはずも無く。きっとあなたは、レイモンド副王の指示か何かで私の元へ訪れたのでしょう」


「………」


マキアは苦笑いだった。俺も軽く咳払いする。

バロンドット卿は指を組んで、俺たちの反応を、特にマキアの反応を楽しんでいる。


「しかしそれを、あえて利用させていただきました。そうすれば……あなたが少なからず私に興味を持ってくれる。そしてここへ来てくれると思ったからです」


「…………」


「どうです? きっと数日前まで、私はあなたにとってどうでも良い敵陣営の一魔術師だったのでしょうが、今は少しでも興味を持っていただけていますか?」


「………あなた……なかなか面白い人ですね」


マキアは片口を上げ、皮肉に笑った。

この男、いったい何を考えてやがる。俺は眉を潜め、奴の表情の変化を見逃さない様にした。マキアもどこか緊張した空気を保っている。


バロンドット卿は、そんな俺たちを満足そうに見て続ける。


「正直にお話しすると、私はもう今のエスタ家に未来を感じておりません。殿下を洗脳するだなんて、エスタ家のやって良い範囲を超えています。例えそれが陣営の命令だったとしても、そんな事は許される事ではない……。第一王子の陣営が、なぜあのような無茶をするのか、分かっていますか?」


「……背後にエルメデス連邦が居るからでしょう? 確かに今、レイモンド卿が実質実権を握っているようなものですが、エルメデス連邦の力があれば、それすら覆せると……強気になっているのでしょう」


「その通りです。………正直もう、何でもかんでも連邦の言う通りにしていればどうにかなると思っている、滑稽な陣営です。やけになっているのですよ……。エスタ家の当主である父も兄も、背後の連邦を恐れ第一王子の陣営を見限るタイミングを完全に逃しつつある。いまさら……レイモンド陣営に擦り寄った所で信頼してもらえるとも思えないですからね」


「……なるほど」


マキアは紅茶を一口啜って、ニヤリと笑う。


「あなたはこちら側に来る為の口実に、私を使ったのですね。おかしいと思ったのです……私のような小娘に縁談を持ちかけるなんて……」


「何をおっしゃる。私は決して、あなたとの縁談を口実に使っている訳ではありませんよ。………逆ですよ」


「………?」


「あなたに信頼していただく為に、この跡継ぎ騒動を利用させていただいているのです」


バロンドット卿が纏う空気を若干変えた気がした。


「あなたの信頼を得る為に、私への興味を持っていただく為に、私は第一王子の救出にご協力すると、レイモンド卿に申し出たのです。全てが上手く行ってから、改めてあなたに縁談を申し込みたいと思っています」


「………」


マキアはバロンドット卿の本心がどこにあるのか、探る様に彼を見上げた。俺もまた、バロンドット卿が俺たちに何を求め、何の見返りを期待し、何を望んでいるのか考えてみた。

これは本当に、奴の言う通りマキアを信頼させたいから行っている一族への裏切り行為なのか、それとも逆に、一族や派閥のために俺たちをはめようとしているのか。

この男は何とも食えない。レイモンド卿やメディテ卿とはまた違った胡散臭さがある。


むしろこういった男だから、一族の陣営を裏切ってでも自分の生き残る道を残したいと思うのだろうか。


「あなたは野心家ですね。そちらの方が、分かりやすいと言うものです………一族を裏切って、自分の立場を確保したいと言うのでしょうか?」


「そう受け取っていただいてもかまいません。しかし、一族への愛が、私をこのようにさせているとも考えられますよ。私がエスタ家を引き継げば、エスタ家は生き残れますから。しかし第一王子の陣営に居たままでは、いずれレイモンド陣営と衝突し、没落するのが関の山ですからね」


「………あなたが野心家ならば、一つ言っておきます。私はオディリール伯爵家の娘ですが、オディリール伯爵家は大貴族であるエスタ家とは比べ物にならないほど小さな田舎貴族です。私と結婚した所で、それほどのメリットがあるとも思えないのですが」


「何をおっしゃる。私はあなたが、例え庶民の娘であっても、あなたに結婚を申し込むと思いますよ」


「………なぜです? さっぱりだわ」


マキアはますます、胡散臭そうにバロンドット卿を見た。

彼女は奴への態度を、少し変えつつあった。今までの猫かぶりではなく、だんだんとマキアらしい口調になってくる。


「あなたの魅力は、その生まれや背景ではありません。マキア嬢……あなたはあなたであるだけで、十分に魅力的なのです」


「……ふふっ……私が私であるだけで……? 私の何をご存知だと言うの?」


「そう、私はあなたの事をほとんど知らない。そこに惹かれます。あなたはミステリアスだ。……だからこそ、視覚的な情報だけが頼りです。あなたの美しい顔も、幼さを感じさせない態度も、どこか挑発的な視線も、全てがとても良い。全てがとても、私の理想です。今までいくつもの貴族や魔術師の一門から、縁談の話を頂きましたが、どれも私の心を揺さぶるものではありませんでした。しかしあなたは違います。何より、とんでもない魔術の力と……才能を秘めている。私を揺り動かしたもの、私が求めるのは、あなたという力であり、あなたと言う体です」


「ゔっ……ゔん…っ」


俺は一度、鈍い咳払いをした。飲んでいた紅茶が若干喉に詰まった。この男ニコリと笑って何てことを言うのか。

いや、“体を求める”という言葉から変な事を想像したとか、そんな事では無いから!!

マキアはしらっとした目で俺を見ている……。バロンドット卿は慌てて、弁解しようとした。


「いや失敬。言い方が良く無かったですね。訴えないで下さいね……」


「……あなた本当に面白い人ですね」


「いやいやいや、まあこういった話は今すべきでは無いですね。すみません、先走ってしまって……。私、嘘がつけないものですから。そうです……今言った事は、全て事実です」


バロンドット卿は少し照れくさそうに笑った。

ようするに、マキアの才能や血を自分の一族に加えたいと言う事だ。


俺は若干手に汗を握る。


「まあ……逆に安心しました。私とほとんど関わった事の無い方に、あなたの内面に惹かれたなどと胡散臭い事を言われるよりは、外見や、私の力が欲しいと言われた方がよっぽど好感が持てるわ」


マキアはグッと紅茶を飲むと、立ち上がって髪を払った。


「でも私は、あなたにどうこう出来る存在じゃないと思うわ……」


「………ほお」


マキアとバロンドット卿の視線が交差する。マキアは高圧的に彼を見下ろし、今度は逆に彼の反応を確かめていた。

話を一気に持っていくつもりだ。


「私があなたのものになる確率は、まあ5%も無いと思って下さって結構よ。それでもあえて言います。一族を裏切って、私たちに協力して下さらないかしら……」


「………」


バロンドット卿は一つ間をあけ、軽く笑った。


「ははは……まあそう言われるのは分かっていましたから。当然、私はあなた方にご協力いたしますとも。その為に、あなた方を呼んだのですから」


「………本気でそれで良いのですか?」


バロンドット卿は、マキアの態度や無条件での協力への呼びかけにも、嫌な顔一つしなかった。

むしろ喜ばしいと言う様に表情を明るく保っている。


「いやしかしマキア嬢……まだ5%の望みがあるのなら、私は諦めませんよ……。例え私があなたの外面だけを気にいっているとしても、これからあなたの内面を知るごとに、もっとあなたを妻にしたいと思うはずですから……。そしてあなたにも私を知っていただきたい」


「………」


なかなかキザな事を言う男だ。俺は目を細め、鼻で笑いたいのを堪えた。

しかしマキアは、割と真面目に聞いている。こいつは少し言い寄られたくらいでは全くときめかない枯れた女子だが、真面目に聞いていると言うことは、そこそここの男に興味を持っていると言う事だ。


「ではマキア嬢……殿下の救出に全面的にご協力いたしましょう。私は第一王子陣営の情報を沢山持っていますから、何か役に立てると思いますよ。邪魔になったら、躊躇無く足切りしてかまいません……。それ以上のメリットをお約束します」


バロンドット卿は立ち上がると、その手をマキアに差し出して来た。

マキアは、あまりにバロンドット卿が不利な条件を飲んだので少々納得のいかない表情だったが、立ち上がると彼の手をまじまじと見てそっと握手した。


バロンドット卿が少し意味深に笑った気がしたが、俺は彼が何を考えているのか理解出来ない。


「ははは……小さな手ですね。ずっと握っていたいくらいですよ」


「………手を握った所で、私の力は一ミリもあなたに流れてはいきませんよ」


「もしかして、さっきの言葉、根に持っています? いやだなあ、そう言うつもりじゃなかったのですが……ははは。まあ、これから挽回しますよ。はははは」


「………」


バロンドット卿がいつまでもマキアの手を離さないので、俺は隣でまた大げさに咳払いした。


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