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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第三章 〜王都要塞編〜
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27:トール、ハンカチが無い。





俺はまた、天井を見ていた。見慣れたシャンデリアの飾り。

何と言うか、最近の俺はいつの間にか寝てばかりな気がする。


部屋の大きな窓からは夕暮れの茜色が覗く。窓の形の光と影が床に大きく映り込んでいた。

それ以外の光源は何一つ付いておらず、薄暗く雰囲気がある。


「………マキ……リエ……」


「……あら、目が覚めた?」


ベットの隣には、よく知ったはずの彼女が、椅子に座って木製のパーツをいじって何かしていた。

俺の声に気がつく。彼女は俺を見て困った様に笑った。


「なーにあんた。寝ぼけているの?」


「……ああ、はは……マキアか。そりゃそうだ……」


「気分はどう? あんた自分の状況分かってる? 魔導要塞のリスクで、重体だったのよ。ユリが魔法で治癒してくれたから、これだけ早く治ったの。って言っても、三日は寝てたわよ」


「………マジか……。マジかあ」


ようやく、なぜ自分が寝ていたのか理解した。手で顔を覆って、大きく息を吐く。

頭が朦朧とするのは、長い記憶の一部を垣間見たからか、まだ体の調子が元通りでないからか、単に寝すぎたからか。

部屋の温かさが、夢の中の寒い雪国からかけ離れていて、何とも言えない。


「マキア……夢を見たんだ。2000年前の……」


「……そうなんじゃないかって思っていたわ。だってあんた、さっきからシーヴだのスクルートだの、その他諸々の名前をぶつぶつ言っていたからね」


その他諸々の部分に、やけに力が入っていた。

俺は気まずい顔をする。


そして何食わぬ様子で起き上がろうとする。


「トール、まだ寝てなさいよ。病み上がりなんだから……」


「……そうは言ってられないだろ。三日も寝てたなんて……」


「お水飲む?」


「ああ」


マキアはグラスに水をついで、俺に手渡した。

彼女は俺をまじまじと見ている。


「……何だ。じろじろ見られたら飲みにくいぞ」


「だって……トールがやっと起きたから」


マキアは嬉しそうに笑ったかと思ったら、いきなり、ウッと目に涙を溜めた。俺はギョッとする。

なに、俺はそんなに酷い有り様だったのか?


「な、泣くなよ。お前……紅魔女だった頃はほとんど泣かなかったくせに、最近涙もろいよな」


「歳とったら涙もろくなんのよ!! あんただって歳とって丸くなったでしょ!!」


「肉体的には若返ってるはずなのにな〜。お、おかしいな〜……」


「だ、だってトール……酷かったんだから。何度も何度もリスクの支払いが来て、その度にユリが深刻そうにしていたし……。もしこのままぽっくり逝ってしまったらって……」


「不吉な事言うなよ、おい」


俺はじいさんか。

マキアは膝の上のドレスをぎゅっと握りしめ、ボロボロ泣いている。


「おい……もう大丈夫だって……」


涙を拭けよ、と、いつもなら胸ポケットのハンカチを差し出す所だが、今は何とも言えない寝巻き姿だ。

どうしようかと思っていたら、マキアは勝手に隣の机の上にあった白いタオルで涙を拭った。


「はあ……。まあ、良かった良かった」


なんて言って、通常モードだ。さっきまでの涙は何だったのか。


「そうだ。お前足の怪我はどうした。……凄い怪我だったんだぞ」


「あんた程じゃないわ。一日で完治よ。なめないでよ」


「あ、はい。すみませんへたれで……ほんとにもう……」


マキアは自分のグラスに水を注いで、一気に飲んだ。男前な飲みっぷり。

その時、丁度部屋の扉が開く。


「マキア様……ユリシス殿下がお呼びです。………ってあれ、トール様目が覚めたのですか?」


驚いた表情のノアが入って来た。


「……そう。なら、ノアがここにいてちょうだい。私、少し行ってくるから。ついでにユリシス連れてくるわ」


「……了解しました」


マキアがそのまましゃきしゃきと歩いて部屋を出て行った。

代わりにノアが、さっきまでマキアの座っていた椅子に座る。ノアはチラチラと俺を見ていた。


「……あの、もう……大丈夫なんですか?」


「ああ。すまないな……ふがいないばかりだ」


「い、いえ……良かったです」


ノアは隣の机に置かれていた木製のパーツをせっせといじり始めた。

良く見るとそれは、船の形をした模型のようだった。


「それ、模型か? 戦艦の様だな……」


「ええ。……前にシャトマ姫からいただいた、ヴァルキュリア艦の模型です。僕……船が好きなので……」


「へえ〜かっこいいな。少し見せてくれよ」


それは細かい所まで良く出来た模型だった。見えない内部まで作り込まれている。


「魔導要塞に利用するのか?」


「あ、はい。……僕の魔導要塞は船をモチーフにしているので。……今モデリングをしている所です」


「若いのに偉いな〜。俺が12歳の頃なんて、おっさんに連れられて野原でうさぎ肉食ってたぞ」


「……?」


「い、いやまあ、この話は良いんだけど」


ノアに不思議そうな顔をされた。

当然だ。


「船かあ……。俺、船の魔導要塞って作った事無いな、そう言えば……。割合はどれくらいで作っているんだ?」


「基本的には五対五です。50%幻影、50%物理です」


「お前それ……相当なリスクだろ……」


「いえ。僕は最初に腕と足を支払ってから……それほどリスクがかからなくなったのです。一族の中で僕だけ、どうにもリスクが少ない様で……。前払いのリスクらしくて」


「……?」


人によって、リスクに大小があり、特徴があるのは初めて知った。

そう言う事もあるんだな。こう言った事はやはり、多人数の一族だからこそ、検証出来るこの魔法の特徴だろう。


「なあ……トワイライトの一族が、今まで検証して来たこの魔法の特徴って、他に何かあるのか?」


「……えっと……そうですね……」


ノアは手先で模型を作るのを止めずに、何やら考えていた。


「あとは……トワイライト・ゾーンです」


「トワイライト・ゾーン?」


「はい。僕らトワイライトの祖である、スクルート・アイズモアは、黄昏時こそもっとも体内の魔力の流れが激しくなる時間だという説を残しました。そしてなぜか、この一瞬の時間だけ、僕らの使う空間魔法のリスクが激減するのです」


「……何だって?」


「ですから僕らは、通常では使えないような物理の割合の高い魔導要塞も、前もって準備している事が多いのです。作戦も黄昏時を利用したものが多くあって……。でもトワイライト・ゾーンは本当に短いです。……ほら、もう日が沈んで、夜になりました」


さっきまでオレンジ色だったが空が、今度は紺色を帯び、星が見え始める。


「僕らの当主は、小さな範囲ながらその時空間を強制的に作る魔導要塞を作り上げました。“黄昏の時空間トワイライト・ゾーン”です」


「…………」


結構凄い事を聞いた気がして、一瞬色々な事を考えた。

そう言えば、かつて紅魔女がスクルートに名付ける時に、そんな単語を口にしていた気がして。


俺では気がつかなかったこの魔法の繊細な部分を、トワイライトの一族はその魔力数値の小ささ故、人手と時間をかけ見いだしていったのだろうか。



「……ノア、いくら黒魔王様だからと言って、そう簡単に一族の事を言ってはいけませんよ」


いつの間にか俺の隣に立っていたレピス。本当にこの女はひっそりと現れる。


「レ、レピス!! お前はいつもいつも、どうしてそんなにいきなり現れるんだ」


「すみません、存在感が無いものですから」


彼女は淡々と答え、シャンデリアの明かりを付けた。ノアは「ごめん姉さん」と気まずそうだ。

部屋が一気に明るくなる。


「良いじゃねーかよ。俺は祖先だぞ」


「そう言う問題ではないのです。……しかしまあ……知ってしまった事は別にもう良いのですが……」


そう言うと、彼女は扉の方を見た。

なにやら騒がしい声が廊下の方から聞こえる。


バン!!


と、大きな音をたて部屋の扉が開かれ、マキアが転がる様に部屋に入って来た。

後ろから蹴飛ばされたようだった。


「痛いわね!! あんた、レディーを蹴飛ばすなんて男としてどうかと思うわよ!!」


「ああ? お前がレディー? 笑わすんじゃねえよこの化け物魔女が。俺様がせっかく渡したラクリマも、ちっとも見てねえしよ!!」


久々に聞いた、荒々しい声だった。

エスカが珍しい司教服で、扉の所で偉そうにマキアを見下ろし、なにやらギャーギャー喚いている。


その後ろにユリシスが居た。


「まあまあ、マキちゃんもお義兄さんも、落ち着いて。ここは一応、病み上がりの患者さんの部屋ですから」


「だからお義兄さんって呼ぶんじゃねえっつってんだろ!! このタコ!! 海に落ちて死ね!!」


ユリシスとエスカのこのやり取りも、もはやいつもの事だ。


「……何事だ」


「よお黒魔王。大怪我して三日も寝てたんだってなあ。 笑っちまうぜ、全くだらしねえよなあ!! やっぱり魔法は低リスクの白魔術に限るっ!! 黒魔術なんて時代遅れなんだよ!!」


「もううるさい、エスカうるさい耳痛い……」


「あんだと紅魔女!! おつかいも出来ない使えない女のくせに!!」


「あ、あんたいつでも良いって言ってたじゃないのよ!!」


「俺はせっかちなんだよ!!」


マキアとエスカがギャーギャー言って、つかみ合いの喧嘩をしている。


「……いったい何なんだ……」


「どうやら、マキちゃんは以前エスカに、フレジール王国とエルメデス連邦との戦いの、貴重な映像ラクリマを貰っていたらしいんだ。でもほら、マキちゃんとトール君喧嘩してたし、トール君が寝込んじゃったし、なかなかタイミングが合わなかったみたいでさ……」


「なるほど」


ユリシスがそそくさとベットの脇に避難して来て、説明してくれた。

彼は「もう大丈夫かい?」と聞いてくる。


「ああ……頭はぼんやりしているけどな」


「仕方が無いよ。ずっと寝ていたんだから。それにしても良かったよ……ちゃんと目を覚ましてくれて」


「俺はそんなに酷かったのか?」


「僕が見た限り、今までで一番深刻なリスクの支払いだったね。マキちゃんに少し聞いたけど、凄い空間に迷い込んだらしいね。世界の境界線がどうとかって言う……。まさか残留魔導空間にそんな仕掛けがあったなんて……」


「………」


そういえば、と、思い出した。

俺はあの謎のバカでかい容量の空間を構築してしまったせいで、こんな事になったのだ。


空間魔法の祖だと言うのに、空間に翻弄され、あれこれ悩まされている。



「やあやあやあ、魔王クラスがお揃いで何だい? なぜ俺を呼んでくれないのかね?」


「ここぞとばかりに出てきやがって、このストーカー!! 海に落ちて死ね!!」


ひょっこりと扉から顔を覗かせた、胡散臭い笑みのメディテ卿。エスカが更に喚く。

部屋がいっそう騒がしくなった。


俺はますます頭がぼんやりしてくる。


「トール君しっかり!!」


ユリシスがまるでお母さんの様だ。








「いいかお前ら!! これから俺様が、お前達にありがたい映像を見せつけてくれるっ!!」


「何でこいつはこんなに偉そうなんですかねえ……」


エスカがその場をしきり、結局病み上がりの俺の部屋で、映像鑑賞会が開かれる事になった。

この場には、俺とマキア、ユリシスと、ノアにレピス、エスカにメディテ卿というメンツが揃っている。


「俺の仲間の調査団が撮影したものだ。しかとその目に焼き付けろよ」


エスカはそう念を押し、映像ラクリマの表面をタッチする。

空中にモニターを作り出すと、その貴重な映像を再生し始めた。



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