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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第三章 〜王都要塞編〜
149/408

26:トール(トルク)、追憶7。



時空王の権威。


その剣を手にしたのは、アイズモアを建国しようとこの雪山を調査していた時だった。

山のずっと奥の誰も行かないような場所に、巨大な氷に封じ込められ、その剣は眠っていた。

その氷は絶対に溶ける事が無いと、ふもとの住人達の噂話で聴いていたが、俺がそれに触れるといとも簡単に溶けたのだ。


まるで、俺が来るのを待っていたかの様だった。

その真っ黒な剣を手にした時、脳内に文字として現れたのが“時空王の権威”という単語だ。

俺はその剣を、そう呼ぶ様になる。






約2150年前

北の大陸・ヨルウェ王国山岳地帯“アイズモア”


トルク:60歳〜







「その剣って厄介よね」


「まあ……普通の剣ではないな」


「あんただけそんな物騒なものを持っていて、何だかずるいわね」


紅魔女マキリエがさっきから文句を言っている。

今日の戦いは俺が勝った。基本的に空間魔法はマキリエの命令魔法に弱いのだが、今日は俺がこの剣を扱ったから、彼女は接近戦を余儀なくされた。そうなると少し弱いのがこの魔女の特徴だ。


「だってその剣、触れらんないんだもの。触れようとしたら腕ごと持っていかれちゃうもの。私、物質に触れて血をつけないと、命令出来ないもの」


「またそうやって、自分から弱点を暴露する……」


「いいのよ。別に勝敗にこだわっている戦いでも無いでしょう!!」


と言いつつも、どこか機嫌が悪いのは、彼女が負けた事を悔しがっているからに他ならない。

マキリエは体中の傷をどうと言う事に無い様に振る舞う。


黒魔王と紅魔女の戦いは、北の大陸の大きな問題となっていた。

国同士の戦争どころの話ではなく、俺としてはそれが目的でもあった。


人間は10年もすれば俺の力をすぐに忘れていく。新しい兵器ができれば、すぐに使いたがる。

王が変われば国のあり方も変わってしまう。だからこそ、俺は定期的に力を見せつける必要があった。


その被害は最低限に留める事を条件に、人を傷つけないと言う事を前提に、俺とマキリエはあの雪山で魔術の戦いを始める。

お互いの力がどれほどのものなのか知るために。自分自身の魔法の開拓の為に。力をその他の国々に見せつける為に。


俺の魔導要塞のモデルも、マキリエとの戦いのうちに作っていったものだ。

彼女を翻弄し、罠にかけ、あの命令魔法に対抗しうる要塞はどんなものが良いだろうかと、常に考えていた。


マキリエの魔法は俺のものとは違い、至ってシンプルで一辺倒だったが、それ故に強かった。

俺が頑張って要塞を作れば作る程、あの魔女はそれを逆手に取る様に情報量を糧とし強くなった。


決着と言う決着がつく事は無い。

時間が来てどちらが優勢だったか確認するくらいのもので、はっきりとした勝ち負けがつく事は無かった。


俺の方が魔力数値マギベクトルが高い分、背後のアイズモアを守らねばならないと言う枷もあるし、何と言っても燃費の悪い魔導要塞だ。

マキリエは魔力数値では俺に及ばなかったが、奇襲をかけて来る側というメリットと魔法の有能性を生かした戦術が有利に働く事もある。


俺たちの戦いは各国の戦争を足止めするのに随分貢献した。

俺たちのせいで国家間の関係が悪化した所もあるが、それは戦争に至らないギリギリのラインで留められ、ただ単純な魔導合戦と言っても、それは国家や大陸、それらの関係を巻き込んで、とても際どい細い線上で均衡を保つ為のものとして働いた。


俺は傲慢で、力による強制的な支配は平和とはほど遠いとどこかで感じていたが、国家間で戦争が起こって出る被害者の数より、俺とマキリエの戦いで出る被害の方が少ないと、この頃は信じていた。









「黒魔王様!! 黒魔王様ーーーー!!」


俺とマキリエは、無謀にも俺たちの戦いに割って入って来た魔族に驚き、その戦いを止めた。


「何だ。取り込み中だぞ」


「それが魔王様、シーヴ様が……っ」


「…………な、何ーーーっ!!」


妻の一人に、シーヴと言う女が居たが、つい先ほど子を出産したとか。


「ちょっと待てお前、まだ予定の日じゃないぞ!!」


「それが少し早まってしまった様で。シーヴ様は魔王様に知らせなくて良いと言うものですから」


「……あいつはいつもいつも……っ」


シーヴと言う女は、俺と同じ黒髪黒目で、この大陸では随分酷い扱いを受けていた娘だった。

それを俺が拾って、この国に連れて来た。


今の正妻と言う地位をあいつに与えた。

シーヴはその地位の役割をしっかり果たす、良く出来た妻だった。


「どうしたのよ。奥さんに子供でも産まれた?」


「………まあ、そう言う事だ。すまないが今日の所はここまでにしてくれないか。お前の勝ちで良い」


「ふっ……。分かってるわよ。何だったら、赤ん坊に名前、付けてあげましょうか?」


「………」


そういえば紅魔女は、名前魔女だった。

彼女を上回る名前魔女は居ない。その名は確かに、運命の名前だと言う。


「………そうだな。シーヴはいつもお前を城に招けと言っていた。良かったら、名をつけてくれるか?」


「ふふ、良いわよ。そのかわり、おいしい晩餐を用意しなさいね」


「分かっている」


紅魔女が俺の子のうち、唯一名をつけてくれたのがこのシーヴとの最初の息子になる。








城はアイズモアの最も奥の、連なる搭の群れの中にあった。


「意外だわ。奥の方ってもっと吹雪いていると思っていたけれど」


「………アイズモアは言ってみれば別の空間だ。外部の環境からは切り離されている。城の中に調整室があって、降雪量を操作出来るんだ。そこそこ暮らしやすい様にな」


「あんたの魔導要塞って、本当に何でもありね」


「………そうでもないさ。城のある場所は、かつてこの“時空王の権威”が封じられていた場所だ。その地に長い事沈殿した剣の魔力があってこその、アイズモアだからな」


「なるほどね。……少し謎だったのよね、こんなに大きな国を維持し続けて、どうして毎日動いてられるのかしらって。リスクも相当あるでしょうに」


「……まあ、そう言う事だ」


マキリエを城の奥へ連れて行った。

魔族の召使い達が次々に頭を下げ、俺たちをシーヴの部屋に導く。


シーヴは産まれたばかりの子を隣に、ベットで横になっていた。

紅魔女が居るのに気がつくと、彼女は起き上がろうとした。


「まあまあ、紅魔女様ですね。申し訳ございません、このようなお見苦しい格好で……」


「い、いいのよ。寝ておいてちょうだい。私は産まれた赤子に名を与えに来ただけだもの」


「まあ……っ。それはなんとありがたい……」


シーヴは俺の方を見ると、小さく微笑んだ。


「良く頑張ったな、シーヴ」


「……ええ。無事に我が子を産めました、黒魔王様」


赤子は産まれたての、その小さな体を繊細な刺繍の施された布に包まれて、母の隣で寝ている。

我が子が産まれるのは何度か経験して来たが、シーヴとの間に産まれた子は初めてだった分、こみ上げて来るものがある。

俺と母に良く似た、黒髪の子供になるだろうか。その黒を、誇りに思ってほしい。


「じゃあ、名を付けるわよ」


「……ああ、頼む」


マキリエは一度深呼吸をして、我が子を見据えた。


「………父がトルクで、母がシーヴ………黒髪……黒目………」


彼女が俺たちの名と、連想される単語を導き出した。ふわりと、赤子を柔らかい光が包む。


「……空間魔法……それと……黄昏……」


「………?」


「見るのは、黄昏の一族………。“黄昏の時空間”………トワイライト・ゾーン……」


「………何?」


予期せぬ単語の羅列。紅魔女自身も、どこか首を傾げている。


「魔力を感じるわ……。この子は、後に魔力の最も濃い時間を支配する……そんな魔術師になるでしょう。そう、名前は……スクルート」


紅魔女が名を、スクルートと命名した。

彼女は赤子の頬に触れ、名前による恩恵を与える。鈍いオレンジ色の光が、スクルートの周りに散りばめられる。


「まあ……魔力数値が8000mgを越えているわ。非常に珍しい。さすが黒魔王の子だこと……」


「本当か? 今までの子は、良くても3000mgレベルだったが……」


「この子は特別。トルク、あなたが完全なる夜だったら、この子が作るのはその手前。黄昏。……夜の闇じゃ無いの」


「………黄昏」


俺は一言、その意味深なキーワードを呟いた。


「きっと、大きな役目を持った子なのよ。……シーヴ、尊い子を産んだわね」


「……紅魔女様、光栄でございます……っ」


シーヴは紅魔女の命名の儀式に、心を打たれたようだった。

我が子の細い黒髪をそっと撫で、目に涙を溜めている。シーヴはあまり感情的にならない女だが、今日と言う日は、彼女にとってかけがえの無い日となったのだろう。






流石は紅魔女だ。

2000年経って、やっとこの時の命名の価値を知った。紅魔女の名の恩恵の意味を理解した。



黄昏の一族。

今はそう呼ばれているが、俺とシーヴの子、スクルートが、後に俺の魔術を継承し新たな一族の礎を築く事になる。


それは、黄昏を意味するトワイライト。

その一族は今、俺たちにとって、世界にとって、とても大きな存在となっている。良い意味でも悪い意味でも、俺たちと同じ世界の核心の中に居ると言っていい。

黒髪黒目の、北の大陸の魔術一門。黒魔術の最高峰。黒魔王の子孫。

かつての黒魔王、トルク・シーデルムンドと同じ血を、今も受け継いでいる。



俺はスクルートが産まれた時、母と父と同じ“黒”を誇りにしてほしいと思っていた。

スクルートから始まった一族が、今もまだその黒の色を残し、北の大陸で名を馳せていた事が、俺のスクルートへの願いの答えとなっている。


俺の魔法を、リスクを背負いながらも残していたと言う事が、痛々しくも、嬉しいと思ってしまった。

紅魔女はこんな先の事まで、名付ける時点で予期していたと言うのだろうか。



【トール追憶編、前半の主なキャラクター】



◯シーデルムンド国王

トルクの父。北の小国シーデルムンド王国の国王。

国の為にトルクを幽閉したが、常に気遣っていた。

敵国に攻め込まれた時、ダッハにトルクを連れて逃げるように命じた。

城にて自害する。



◯シーデルムンド王妃

トルクの母。双子の息子を溺愛していたが、トルクが黒髪黒目になると、態度を変え弟のアレクだけを可愛がるようになる。しだいにトルクは居なくなったものと考える様になる。

国王と共に自害する。



◯アレク・シーデルムンド

トルクの双子の弟。悪戯ばかりしていたが、トルクが跡継ぎから降ろされると、次期国王としての期待を一身に背負う事になる。母の態度や、トルクの処遇に思う所があったらしく、子供ながらに母に反発していた。

トルクと同じ様に国王に逃がされたらしいが、その後の消息は不明。



◯ダッハルーマ・ガルトン

通称ダッハ。元旅人で、シーデルムンドにて国王に気に入られ、兵の仕事をしていた。国王の命令でトルクを連れ王国を抜け出した。トルクの父のような存在になる。晩年は再び旅人として世界に出て行く。

体格の大きな、豪快な男。



◯エルマ家

魔族のホルーカ族の一家。ホルーカ族の特徴として、耳が尖っていて灰色がかった金髪。北の森にてひっそりと隠れる様に暮らしていた。父ガクトンと、長女のライラ、弟二人の四人家族。母は以前、魔族狩りによって人間たちに攫われた。

ライラの死後、生き残った一家は更に北の、魔族の集落に移動する。



◯ライラ・エルマ

美しいホルーカ族の娘。気が弱く、儚気で大人しい。家族を大切に思っていて、ガクトンが人間に捕えられた際も単身で助けに行こうとした。人間が嫌いだったが、トルクは唯一優しくしてくれた少年で、ずっと側にいてほしいと願っていた。

トルクの初恋の相手でもある。



◯シーヴ

黒髪黒目の、トルクと同じ北の大陸の異端の娘。町で酷い扱いを受けていた所、トルクに保護され、後に黒魔王の最初の正妻となり、その他の妻をまとめ城の仕事をこなし、生涯をまっとうする。感情的にはならず、紅魔女の事も気にかけ尊敬していた。シーヴと黒魔王との間に産まれた息子は、紅魔女によってスクルートと命名された。後にスクルートはトワイライトの一族の祖となる。



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