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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第三章 〜王都要塞編〜
148/408

25:トール(トルク)、追憶6。

それからというもの、紅魔女がこの国にやってくることは無かった。



俺はふとした時にアイズモアの国境あたりに赴いて、あの魔女がまた尋ねてこないかと確かめたりもしたが、やはり数年程経っても彼女は来なかった。当然と言えば当然だった。俺が追い出したのだから。


俺は家来に紅魔女の事を調べさせた。

西からやってきた魔族達は少なからず彼女の噂を聞いていた。確かに俺が知らないだけで、西の大陸では有名人だったそうだ。


「紅魔女はグリジーン王国の深い森の奥に一人で住んでいる有名な魔女です。魔女や魔術師の家系の生まれですが、家族はみな随分前に亡くなっていて、紅魔女も独り身ですから。いつまでも若く美しい娘の姿をしているから、紅魔女を恐れている者も多く、また悪い噂も多々ある様です。例えば、美しい娘の生き血を飲んで命を若返られているのだとか、生皮をはいで、顔に貼付けているのだとか」


「………それは悪い魔女だな」


「それと凄腕の名前魔女で、彼女に運良く名を与えられた者は、それは順風満帆な人生を送っているようです。今のグリジーン国王もそうですけれど。あの国は争いも無く潤っています。………まあ気まぐれな魔女らしいです。グリジーン王国も紅魔女の力を認めてはいるようですが、どうにも扱いづらいようで、お互いの関係は微妙だとか……」


「………ま、はみ出し者には良くある事だ」


「あと紅魔女は、その特殊な血を使って物質に命令するそうです。……それ以外の事は何も分かっていませんが……」


「そう言えば、紅魔女も血を使うとかどうとか言っていたな……。しかしそんな魔法は聞いた事が無い」


「ええ。特別な魔法らしいです」


調査していた魔族の男が、このように報告した。

俺は城の王座に座って、少し考えた。もしかして、いやもしかしなくとも、彼女は自分と似た者なんじゃないかと。



ここ最近アイズモアも国として落ち着き、北の国は俺たちを恐れ身動き出来ないでいる。


俺は紅魔女に会いに行こうと思った。

以前魔族を助けてもらったのに、お礼も何も出来ずに帰してしまった。









約2150年前

西の大陸・グリジーン王国西の森


トルク:50歳〜









西の大陸に初めて下り立つ。

俺は北の大陸との気候の違いに随分驚いた。


その森の木々は北と違って広葉樹林が多く、大地には草花が茂っていて、土は濃い色をしている。

少し歩けば動物も多く存在し、また多種多様な樹には豊かな果実が実っていた。あちこちから鳥の鳴き声が聞こえる。


ダッハが生きるに困らない場所だと言っていたのが、この森を見ただけでも何となく分かった。



紅魔女の家は、本当に森のずっと奥にあった。

こんな場所まで人間はなかなか来ないだろうなと言う、人里から離れた深い深い森の奥。


小さな木造の家で、俺は少し意外だと思った。

王宮から色々な支援を受けていると聞いていたから、もっと立派な屋敷に住んでいるものと思っていた。


戸をノックしても、誰も出てこない。

ただ戸の隙間からはとても良い匂いがしていた。パンを焼いていたような香ばしい香りだ。


「………?」


人の気配がそもそも無いので、留守にしているのだろうか。

俺はそこらの森を少し探してみる事にする。






それにしても、木漏れ日の美しい、幻想的な森だ。

昼下がりの柔らかい色合いは、北の国とは全く違う。


紅魔女はそんな森の中の、小さな泉の側に居た。

白い薄手のワンピースを着ていて、帽子を脇に置いている。

座り込んでもくもくと木の実の殻を剥いているようだった。


「………」


その姿は本当にただの娘のようだ。赤い長い髪が風にふかれ、木漏れ日を浴びてキラキラしている。

若々しい顔立ちとは裏腹に濃い色の紅が、小さな唇をいっそう印象深くする。不思議な美しさで、それは言葉にしがたい。


悪い噂のある魔女の様には思えなかった。その姿が、もしかしたら罠だったりするのかもしれないが。

静けさの中、俺はただ立ったまま彼女を見据える。


彼女の側に小さなリスがやってきては、膝の上に乗ったりおりたりしている。

紅魔女は木の実をそのリスに渡して、頭を指で撫でた。


「……ふふ、可愛い子ね。なんでお前だけは私の所に来るのかしら。木の実が貰えるって、味をしめちゃったかしら」


ぶつぶつそんな事を言いながら。



「おい、紅魔女」



俺はいよいよ声をかけた。

彼女は俺の声に随分驚いた様で、ぽかんとした表情で俺を見上げる。


「………なんで、あんた……」


「お前に会いに来た。……礼を……言ってなかったなと思って」


「………」


紅魔女はどこか不信そうにしている。


森の木葉が、暖かい風に吹かれてサワサワと揺れた。

その度に落ちる木漏れ日の動きが、チラチラと不規則だ。










「まさか黒魔王様がこんな小国の森の中まで来るとは思ってなかったわ……。今更なご用件は何かしら。やっぱり魔力数値が知りたくなったって事? あの時は私の申し出を拒絶したくせに……」


家に入れてくれた彼女は皮肉を言いツンケンした態度だが、ちゃんと俺に茶を出し、向かい側に座る。


「………いや、ただ非礼を詫び、礼を言いたいと思ってな……」


「はあ? あなたが私に……? どうして?」


「……時間が経ってしまったが、前にお前が俺の国に来た時、魔族を助けてくれただろう。……礼をしたい、何か欲しいものや望みはないか」


「………そんな事いきなり言われても……」


彼女は顔をしかめる。


俺は紅魔女をまじまじと見た。

目に見える肌は白くきめ細かく、どこにも傷跡は無い。むしろ美しいくらいだ。

あの時の傷は、やはりすぐに治ってしまったのだろうか。


「グリジーン王国からも、色々貰っているのよ。ドレスやら宝石やら、高価なものを沢山ね。でもこんな所に一人で住んでるものだから、正直必要ないのよね」


「……人里で暮らさないのか?」


「あっはははは、バカ言わないでちょうだい。私がどれほどこの国の人々に恐れられているか、あなた知らないから」


紅魔女は大きく笑って、愉快そうにしている。


「あなたが一人北の大陸の町に下りていったら、みんな震え上がるでしょう? それと同じだわ」


「………なるほどな」


いったいこの魔女はどれほど生きているのだろうか。

俺とそう変わらないくらいだろうか、それとももっと長く生きているのだろうか。


見た目が変わらず歳をとらなくなると、年齢に年上や年下もないな。


俺は一口、目の前に出された茶を飲んだ。

甘い果実のフルーティーな香りが口の中に広がる。


「………美味いな」


「そういったお茶は、北の国には無いのかしら。乾燥させたアプリコットとルバーブの香りよ」


「………」


周りを良く見てみると、紅魔女の家には吊るされた乾燥花や、乾燥果実が多くある。

ジャムや、果物を浸けた無数の小瓶や、木の実の入った瓶が棚に並べられていた。


「ああ……私、保存食を作るのが好きなの。あんまり人里に出たく無いからね。……さっきも木の実の殻を剥いていたのよ。砂糖漬けを作ろうと思って。パンに練り込むの」


「………」


「ふふ……でも怪しいのでしょう? こうやって瓶を並べているだけで、ここへ来る人は皆、私が魔法で怪しい薬でも作ってるって思うみたいよ。瓶の中には美しい娘の目玉の漬け物があるんですって。あはははは、バカみたいよねえ」


「……ここへ人が来るのか?」


「まあ、本当に少ない事だけど……。前に来たのは、旅人だったわね。この森で迷っちゃったみたい」


「………」






その日、俺は紅魔女に夕食をごちそうになった。

本当は長居するつもりは無かったのだが、魔法の事や近隣諸国の話を聞いているうちに時間が経ってしまったのだ。


彼女との会話は実に興味深いもので、俺は今までに無い関心と充実感を得る。


理解者。この言葉にどれほどの幅があり、意味があるのか。

俺たちはほどんど会った事も無かったのに、お互い力のあるものと言うだけで、分かり合える部分が多々あったのだ。

それは共通点とも言える。



紅魔女は焼きたてのくるみパンと、野菜とキノコと鹿肉のシチューを用意した。


「………驚いた、美味いな」


一口食べてポツリとつぶやくと、彼女は「本当!?」と嬉しそうに顔を輝かせる。

しかしすぐ「あっ……」と気まずそうにして咳払いすると、


「………昨日煮込んだものだけどね」


と、通常のクールな紅魔女の態度に戻った。少し驚いた。


「ああ。………久々にこんな美味いものを食ったよ」


「お、大げさだわ。一国の王様が何を……」


「うちの国は食べていく事が一番大切で、料理にパターンはあまり無いからな」


本当に久々に美味いものを食った気がした。

この感じは、前にダッハと共にうさぎ肉のスープを食べた時と似ている。


ここ最近、国を作ったり、そのリスクを払ったり、色々な面でピリピリとしていた。国の間に立ち睨みをきかせ、弱い者を救う為にあらゆる手を打った。冷酷な支配者と言われたが、それを否定は出来ない。その姿のまま生きていこうと、俺はあの雪国の丘の上で誓ったからだ。………黒魔王の影響力を保つ為に。


焼きたての少し甘いパンと、沢山の素材や恵を感じる事の出来る、手のこんだシチュー。そして、誰も理解できないと思っていた俺の存在と似た者。


それらが充実感に繋がって、久々に食事を美味いと思ったのだろう。


「……何だか意外だわ。黒魔王って、もっと人外で冷酷なイメージだったから」


「お前と同じさ。……勝手に周りがそんな像をつくるんだ。まあ……否定出来ない部分もあるがな」


「………」


「お前は意外と、娘らしいところがあるんだな。もっと傲慢で身勝手で、贅沢三昧な生活をしているのかと思っていた。……すまなかったな」


「な……っ」


紅魔女はバッと顔を赤らめると、困った様に眉を八の字にして、そのまま顔を伏せた。

まるで若い娘の様だ。可愛い所もあるじゃないか。







夜になり、俺を迎えに来た魔獣が空を飛んでいるのに気がついた。

俺はそろそろ北の大陸へ戻ると言って、外に出る。


「……ね、ねえ。またいらっしゃいよ。ごちそうするわ」


「ああ。……お前もまた、アイズモアに来い。前は追い出してしまったからな……今度はちゃんともてなそう」



「………いいの?」


「ああ、もっと語りたい事もある」


そう言うと、彼女はパッと表情を明るくして、「ふふ」と楽し気に笑った。


不思議な女だと思った。高圧的な態度や、落ち着きのある余裕のある態度も確かに紅魔女だったし、このように、少女のように頬を赤らめたり表情を明るくしたりもする。どれが本当の姿なのか全く分からない。


一つ分かった事は、彼女は自分の態度を色々と使い分けていると言う事だ。

それは俺も同じだ。そうしなければならない理由は、何となく分かる。同じ様に、人に受け入れられがたい存在であるならば。


俺は自分の名を彼女に伝えた。


「……俺の名は、トルク・シーデルムンドだ。ずっと前に使わなくなった名だが、俺の名である事に違いないだろう」


「………」


紅魔女の瞳の色が変わった。

彼女は俺の名を知って、俺の姿からいったい何を感じ取り、何を見たのだろう。瞳を大きく見開き、何かに驚いている。


「あ、あなた……魔力数値が……」


「おっと。それ以上言うな」


俺は彼女の赤い唇の上に人差し指を添え、黙らせる。

視線を紅魔女の位置に合わせた。



「何か伝えたい事があるなら、また俺の所へ来い。その時はちゃんと、お前の話を聞こう………マキリエ・ルシア」


「………」



夜目の利く大きな魔獣の背に乗って、俺は紅魔女の元を去った。

彼女がまたアイズモアへ来るかどうか、賭けでもあったのだが、彼女に名を伝えなければと、直感的に思ったのだ。

俺たちはフェアでなければならなかった。





その後、北の大地も僅かに寒さが緩くなる春先に、紅魔女は再びアイズモアを訪れた。

そして、俺のマギベクトルが100万すら越えている規格外である事を知らされる。通常の人間は200mgから7000mgの間だと言うのに。


紅魔女もまた、俺より僅かに下回るが100万を越えた魔力数値を持っていた。

それゆえに、俺たちは異質であり、異端であると。



俺はその頃、アイズモアと言う国に多くの民を抱えていたし、信頼のおける家臣もいたし、妻も子もいたが、紅魔女はまた違う、特別な存在であったと言える。


強大な力故、結局俺は自分以外の者を自分より弱い下位の者だと考えていた。それは良い意味でも、悪い意味でも。

だけど紅魔女だけは、俺と平等であり、同じ高みの者だった。貴重であり、特別だ。



自分の事も、彼女の事も知りたかった。平等故に、唯一お互いの力を量り合える存在だった。

だから、俺たちは語り合うだけじゃなく、戦い始めたのだ。



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