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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第三章 〜王都要塞編〜
147/408

24:トール(トルク)、追憶5。

約2150年前

北の大陸ヨルウェ王国山岳地帯“アイズモア”


トルク:40歳〜









妙な感覚だった。

目の前の少女は、歳は16、17程に思える。真っ赤なワンピースの上に黒いマントを羽織っていて、三角帽子の隙間から明るいブルーの瞳が見える。



「……?」


「あなた、黒魔王?」


「………そう呼ぶ者も居るな」


疑問は沢山ある。

この目の前の赤髪の少女がどうやってここへ入って来たのか。もしかしたら空間のどこかに見落とした抜け道があると言うのか。


「おい、お前どこからここへ入って来た」


俺は木の裏からこちらを伺っているその紅魔女と言う少女の元へ向かった。

歩く度に雪が音を鳴らす。


少女は俺が向かっていくのに驚いたのか、肩を上げそのまま走って逃げる。


「お、おい!!」


呼び止めてもこの娘は走って逃げるばかり。

しかし雪の上を走り慣れていないのか、途中雪の積もった所に足を埋めそのまま倒れる。

人型に雪が埋もれた。


「……おい……」


「痛い……痛い……冷たい……」


彼女は起き上がり顔についた雪を払っては、しきりに痛いだの冷たいだの呟いていた。

そりゃあそんな薄着だったらな。


「………」


その娘は赤いワンピースから品よく覗く胸元の雪も払っていた。

ちょっと見てしまう。


「そんな薄着だからだ……」


「……だって、西の大陸は温かいもの。北がこんなに寒いだなんて……」


「………」


こいつ西から来たのか?

どういう事だ。


「お前……いったい何者だ。名前は?」


「………紅魔女よ」


彼女はどこか戸惑いがちに、視線を落としつつ言った。

いまいちピンと来ない反応だな。


「何の為にここへ来た。というか、どうやってここへ入って来た。お前のような小娘がやすやすと入れる場所じゃないぞ」


「………」


「………おい、質問に答えろ」


「……あ、あなたに会いに来たのよ」


「………」


顔を逸らしがちに。なんだこの女。

西から来たとかどうにも胡散臭い小娘だ。


「おい、俺の目を見ろ」


俺は瞳を細めると、その娘の顎を掴んで引き寄せた。だいたい人間が何を考えているのか、目を見れば分かる。

娘はビクッとしていたが、その珍しい色の瞳は俺を見つめる。


むしろ、その色とまっすぐな視線の強さに驚いたのはこちらの方で、俺はこの女が何を考えているのか全く分からなかった。


「……痛っ」


「………?」


女は顔を歪める。何事かと思ったら、手がしもやけで真っ赤になって、所々血が出ていた。


「おい、血が出ているぞ……」


全く、西から来たとは言え、こんな弱々しそうな手をそのままにして雪山に登るバカが居るか。

俺はその手を取って様子を見た。


「おい、こんな所じゃ話にならん。城へ……」


その女の手を引いて、そのままアイズモアの城へ連れて行こうかと思った時だった。

俺の手に、この女の血が、ほんの少しだけ付着したのだ。


その時の、この魔女の笑みを見た。



森中に激しい爆発音が響いた。女の手をひいていた俺の腕が、火花を散らして燃え上がった。

俺は慌てて腕をキューブで囲い、炎を消してしまったが、やはりそれなりに負傷してしまったようだった。


「……お前……っ!!」


「………」


どういう事だ。

俺に傷を負わせる事が出来た者なんて、ここ何十年も居なかったと言うのに。


「ふふ……。なぁーんだ。黒魔王ってこの程度なの?」


娘の態度がいきなり豹変。さっきまでの奥ゆかしさはどこへやらという、態度のでかい皮肉めいた表情。

長い髪を手ではらって、血の流れる手の甲を舐める。


傷はあっという間に治ってしまった。

俺は自分の傷を見た。俺の傷もそろそろ治り始める。


「……魔女と言うのは本当らしいな」


「はん。黒魔王様って引きこもりだから、私の事なんて知らないのね。西の大陸で“紅魔女”を知らない人は居ないわよ」


「………」


「私はグリジーン王国王家の専任命名魔女。先代から担当しているわ。まあ、名前魔女って言った方が良いかしら。ちなみに私の名前は“マキリエ・ルシア”。今となっては誰もその名で呼ばないけど」


「先代からって事はお前……なんだ、見た目の年齢じゃないんだな」


「…………え、何が言いたいのあんた」


「………」


一瞬の気まずい沈黙。


俺はその紅魔女をまじまじと見た。

騙された。完全に。その見た目の若々しさに。


いっそう警戒心が膨らむ。


「………用件は何だ。グリジーン王国から何か要求でもあるのか」


「はあ? そんなもん何も無いわよ。私、別にあの王家の言う事何でも聞いてあげてる訳じゃ無いもの。あいつらも私を恐れてしまっているしね」


「………」


「私は名前魔女。王家の子供に名前を付けているのよ。一番良い運命の名前をね」


「……名前魔女か。……以前何人か会った事があるが」


「あははははは。その顔色じゃあ、あんた自分の名前言っても、魔力数値マギベクトルすら見てもらえなかったんでしょう?」


「お前だったら、俺の魔力を見る事ができると言うのか」


「さあ。そんなの見てみなきゃ分かんないわよ。………あんたが私に名前を教える気があるならって話だけど」


「………」


女は腰に手を当て、高圧的な態度だ。

こんな女にいまだかつて会った事がない。ここ最近は女だろうが男だろうが、俺の姿を見れば震え上がる奴ばかりだった。


「………お前の目的は何だ……」


「言ったじゃない。私、あんたを見に来たのよ。……歳をとらない魔族の王、黒魔王ってね」


「………」


「さあ、いいから名前を教えなさい。あんただって、自分の数値や名前の相性を……」


「断る」


「………」


俺はその申し出をきっぱりと断った。

瞳を細め、その魔女を見据え、声音を低くした。この女は俺の名を知って、何を探ろうと言うのか。


「魔力数値なんて知った所でどうなる。……俺の力に何か影響するのか」


「………そ、それは……」


「名前による運命なんてまっぴらだ。知ってるとも、俺は……多分名前に愛されていない。相性が良かったなら、今こんな所で、こんな事はしていない……っ」


「………」


「俺はお前にもお前の力にも興味はない。さっさとここから出て行け……っ」


紅魔女は眉を寄せ、黙り込んだ。

俺はこいつに、慎重に対応しなければならないと思った。こいつは侵入者だ。ちょっとのミスが、この国を危機にさらす。

名を教えてしまったら、それを何に利用されるか分からない。禁忌とされる呪術は名を使う事もある。

そもそもこんな魔女に、俺の力が量れるものか。


本当はここで殺してしまった方が良いのだろうが……。


「何の目的でここへ来たのかは知らないが、この国は俺の許した人間以外、侵入禁止だ。本来なら外部に情報を漏らさない様に処刑するのが決まりだが、今回だけは見逃してやる。……さっさとここから出ていけ。そしてもう二度と来るな」


「………わ、私は別に……」


「帰れ!!」


俺は口調をより強くする。

このまま帰らなかったら……この国に危険をもたらす者は殺さなければならない。この女はただの人間じゃない。


紅魔女はむすっとしていたが、だんだんと表情を曇らせる。


「………つまんないわね」


「は?」


「もういいわよ……帰るわ。……バカ魔王っ」


彼女はグッと三角帽子のつばを掴んで顔を隠すと、そのまま俺に背を向けスタスタと遠ざかって行った。

最後に暴言を吐いて。


「………」


遠くにチラチラと見える赤いワンピースの色が、雪の色の上では特別異質に見える。








「魔王様!! 黒魔王様!!」


背の低い魔族の兵士達が、数名の子供をおぶってやって来た。


「人間です魔王様!! 人間がアイズモアの領域に侵入して来たのです」


「……もしかしてあの女のことか?」


「いえ人間の兵士達です!! ここへ移動中だったロロノ族が襲われました。しかし今、赤い服を着た人間の女が……」


魔族の兵の言葉の途中、地面が激しく揺れるような、地響きの音が聞こえた。

雪崩の音だ。


俺たちは急いで雪崩のあった方向へと向かった。




森を抜けた真っ白な丘の上に、ここへ移動中だった魔族の数名が倒れていた。

矢を体に受けている者も居る。子供達は固まってブルブル震えているが、そこに人間の兵の姿は無い。


「大丈夫か!!」


子供達に駆け寄る。子供のうちの一人がとてもしっかりした子で、「はい魔王様」と言って答える。


「人間の兵士達は雪崩に巻き込まれて……。あの赤い服の人間の女の人が、凄い力で雪崩を起こして、人間の兵士を遠ざけてくれたのです」


「………何?」


「でもあの人、何本も矢を受けて、凄い怪我をしていたのです」


「………」


少し行った所に、真っ赤な血が雪にしみ込んでいる場所があった。そこから点々と血が道を作っている。

目を凝らすと、ずっと先にあの紅魔女が居た。


「おい!!」


体を引きずりながら、それでも立って歩いている。


「おい紅魔女!! 何している、凄い怪我じゃないか!!」


俺は彼女に駆け寄ったが、紅魔女は体に刺さった矢を乱暴に引き抜きながら、俺を三角帽子の隙間からちらりと見ただけ。


「………悪いわね。私が考え無しに空間の壁の一部を壊したから、人間の兵士達が入り込んじゃったみたい。でも、あいつらは追っ払ったから……」


「そんな事は、今はいい。……とりあえずお前、手当をしなければ」


「………何を言っているのあんた。私たちは体の傷、勝手に治るでしょう?」


「………」


紅魔女はポタポタと血を流しながら、太ももに刺さっていた最後の矢をまた乱暴に引き抜いた。


「……っ」


痛くない訳が無い。いくらすぐに治癒魔法が働くと言っても、どうしてこんな風にしていられるのか。


「どうして矢を受けるようなヘマをした」


「………ヘマなんかしてないわよ。私はどのみち、体を傷つけなければ魔法を使えないもの」


「どういう事だ」


「………」


紅魔女は立ち止まらなかった。


「何よあんた。………興味ないとか言っておきながら」


「………」


「………血よ。私は血で魔法を使うの。さっきの場合、雪崩を起こす程の血が必要だったから、あえて矢を受けたのよ」


「めちゃくちゃだ……っ」


「もう……いいでしょう。私、少し疲れちゃったから。……あんまり喋らせないで」


確かに紅魔女はどこか疲れていそうだった。

血は相変わらず雪を染め、紅魔女の歩く場所を記し続ける。


「だったらここの城に来い。十分な手当を受けさせよう」


「………」


「おい、紅魔女!!」


俺が彼女の肩に触れようとした時、彼女は「止めときなさい!!」と、とっさに声を張った。


「……私の血には触れない方が良いわよ。……私は血まみれになればなるほど強いのだから」


「………」


「だから、何を心配しているのかさっぱりだわ。………こんなのいつもの事だ」


彼女は三角帽子を、またグッと深くかぶると、そのまま歩き続ける。


遠くから俺を呼ぶ魔族の声が聞こえる。

彼らに指示をしなくてはいけない。人間達の攻撃で、被害が出ているから。


「あなた魔族の王なんでしょう?……早く行ってあげなさいよ。混乱しているわよ」


「………」


「心配しないで。………もう来ないわ」



紅魔女はそう言うと、もう振り返りもしないで、一人で黙々と歩きながら遠くの森へと消えていった。

真っ赤な道筋を付け、体を引きづりながら。





この時、俺は彼女を追わなかった。

今思えば、魔族を助けてくれた傷だらけの女を、ただ一人帰した事を本当に愚かだったなと思う。


それが例え、血を扱う魔女だからとか、すぐに傷は治るからとか、色々な言い訳があったとしても。

この時の俺は彼女をあまりに知らなくて、外部の者に警戒心が強くて、強者に救いは不要だと考えていた。



もっとちゃんと考えるべきだった。

なんで彼女がこんな所に一人で来たのか。一人で帰っていったのか。

痛かっただろうに。








この時の後悔が、反省が、くすぶった思いが、俺のどこかにあったんだと思う。きっとずっと、引っかかっていたんだと思う。

だから今は、マキアが指や手を少しでも怪我をしたら、すぐに手を尽くしたくなるのだ。


それが例え、ほとんど無意味な事だったとしても。

“紅魔女”が傷を負う事にどれほど慣れていようとも。


大切なのは、そこじゃなかった。



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