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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第三章 〜王都要塞編〜
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19:マキア、目が覚めた時に。



一瞬にも満たない時間が過ぎて、あの空間から脱した私はエスタ家のサロンでふらつき、倒れました。


「マキア!!!」


どこからかトールの声が聞こえた気がしましたが、足の痛みと貧血で、私はすぐに意識を失いました。











落ちていく、あの感覚を思い出していました。

曖昧な浮遊感の中、私はあのアーチの向こう側には何があったんだろうかと考えています。


自分で壊しておいて、何となく分かっていたのです。



いつか、“あれ”をくぐる事があるんだろうなと。





「…………」


「………お目覚めですか、マキア様」


「……レピス?」


私は自室のベットで寝ていました。

側にレピスが居ます。


「私、倒れちゃったのね……」


「ええ。しかし、マキア様が倒れる直前、トール様が駆け寄って支えておりました。……王女の護衛をしなければならなかったのに、あなたの所へ行ったんですよ、あの方。……そのせいで王女は一瞬の隙に命を狙われましたが、私どももパーティーに参加していて見張っておりましたので、王女は無事です」


「……トール」


「もう、お許しになったらいかがです。トール様は………王女を危険に晒すと分かっていたはずなのです。しかし、あなたの所へ行かずにはいられなかったのですから」


「……もう……許したわ」


「……?」


レピスは知らないでしょうね。

現実では一瞬であり、私とトールにとってはとても重要な時間でした。


「マキア様は足を怪我しておられました。かなり深く刃物が刺さっていましたから、あなたの治癒魔法よりユリシス殿下の白魔術の方が有効だろうと言う事で、昨晩ユリシス殿下が術を施し、治癒なさって下さいました」


どうりで、もう足が痛くない訳です。


「しかし、パーティー後に今度はトール様が倒れ……ただいま自室にて治療中です」


「……そうよ……っ。トール、トールは大丈夫なの!? あいつ、昨日魔導要塞を二つも作って、しかも二重空間で……っ」


「……マキア様?」


「あいつ、相当なリスクを負ったんでしょう!! だって、“あれ”は異常な密度だったもの!! しかも私が無理矢理空間を壊したから、いくらあいつの魔力があっても……あれは……っ」


「マキア様落ち着いて下さい。確かにトール様は重傷ですが、命に別状はありません。ユリシス殿下が度々治療なさっています。……まだ目を覚まされていませんが……」


「……」


いてもたってもいられませんでした。

思わずベットから飛び出し、トールの部屋へ向かいます。


昨日、私たちが偶然出くわしたあの空間の負荷を、トールが全部背負ったのです。

ただの魔導要塞ではありません。しかも私の魔術によって強制的に空間を壊したので、トールにかかるリスクはとても大きなものになったのです。さらにリスクの支払いを引き延ばし利子まで付いて来たわけですから。





「トール!!」


トールの部屋まで走って行って、ベットで眠るトールを見つけました。

彼はただ眠っているように見えます。


「やあ……マキちゃん、目が覚めたんだね」


「……ユリ」


ユリシスが治癒魔法を施した所でした。


「トール君は、内蔵各所と右足、左腕、左目など色々とかじられた様だ。普通の人間だったらこんなリスク、死んでしまう。……でも大丈夫。すぐに治癒魔法を施したから、このまま治療を続けていれば元通り元気になるよ。一時の安静は必要だけど……」


「…………」


私はトールの側に行くと、ベットの脇に膝まづいて思わず泣いてしまいました。

それは安堵の涙か恐れの涙か。色々と複雑に混じり合っていました。


「トール……っ」


「……マキちゃん、いったい何があったんだ。トール君がこんなにリスクを背負うなんて、今まで見た事が無い。彼はこうみえても慎重な男だ。自分一人の治癒魔法でまかなえないリスクは背負わないように心がけていたはずだ。それに君だって、足に大怪我を負っていた」


ユリシスは疑問を抱いているようでした。当然でしょう。


「分からないの。……トールが持っていた残留魔導空間のデータの中に、二重空間があったみたいで……っ。あいつ、私を追う為に空間を作ったの。ほ、本当は“影の王国”だったんだけど……私が……怖がったりしたから、トール……」


トールは私の為に、あの空間を作りなおしたのです。

白い花の咲く、美しい森の空間に。


確かにあの空間だけならトールにそれほどの負荷がかかる事は無かったのでしょう。


「トールが塗り替えた空間は、以前調査していた残留魔導空間の一つだったの。白い花の咲く、綺麗な森の空間だった……。でも……でも、何か変なものがあったのよ。……アーチがあって、向こう側に空間があって…………ようこそ、世界の境界線へって……っ」



ようこそ、世界の境界線へ。



目の前に現れたあの文字列を忘れられない。

ユリシスにあの空間の異常な空気を伝えます。


「世界の……境界線……?」


「ええ。確かにそう書いてあったわ。だから私もトールも、これ以上進んじゃいけないってとっさに思って。でもトールにはどうにも出来なかった。あいつの魔法で作った空間なのに、解除出来なかったの。だから私……トールの剣で足を刺して、命令魔法で無理矢理壊しちゃったの」


「…………そうか」


ユリシスは私の曖昧な説明を、自分なりに汲み取ってくれた様でした。


「私のせいなのよ。私が……トールを許さなかったから。あんなふうに、子供みたいな事して……っ」


「マキちゃん……」


「トールは私にプレゼントまで用意してくれていたのに。私、何も知らないで……っ」


「マキちゃん。君に非は無いよ。……ほら、もう泣かないで」


ユリシスは私の肩に手を置き、優しく微笑み私を落ち着かせようとしてくれます。

彼はここ最近、とても頼もしい。守るべきものが出来たからでしょうか。





「世界の境界線か……。前にカノン将軍がそのような言葉を言っていたね。どうせ、いつか出くわす運命だったんだろう。それが何なのか、まだ分からないけれど……。残留魔導空間がそんな事に関係してくるなんて思わなかったよ」


「私たちだって、あんな所にあんなものが出現するなんて思ってなかったわ。……せっかく楽しかったのに、ぶち壊しよ」


「ははは、楽しかったのかい?」


ベットの側のテーブルで温かい紅茶を飲んで落ち着きます。

私はそれでも、なかなかトールから目を逸らす事が出来ませんでした。


「せっかく仲直り出来たのにね。僕もね、近いうちにまた三人でゆっくり話でも出来たらなって思っていたんだ」


「トール……いつ目を覚ますかしら」


「……分からない。今回はまた、リスクの支払いが波の様にやってきて、一度治癒をしただけじゃ完全に元通りとはいかないんだ。何度もかじられるんだよ」


「………」


「あ、でも、大丈夫。僕に任せておいてよ。……僕は白賢者だよ?」


「……そうね。……ふふ、大丈夫よ、信じてるわ」


「それにね。トール君もここ最近大変だったからさ……ゆっくり眠る時間も必要なんじゃないかな」


「………」


ゆっくり眠る時間……か。

確かにそうかもしれません。

彼はここ最近、考える事も多くあったようですし。


「おっと……そろそろ行かないといけない。会議があるんだ」


「あんたも相変わらず忙しそうね。私ばかり暇にしていて、本当に申し訳ないわ」


「いやいや、マキちゃん。君には君の役目があるさ。レイモンド陣営の広告塔のようなものじゃないか」


「…………何それ」


「若くて美人な副王レイモンド陣営の顧問魔術師。他の人から見たら、君はとてもミステリアスなんだって。派閥争いにおいて、視覚的な華って結構大事だよ。そう言った意味で君はとても大きな役目を背負っているんだから。裏で馬車馬のごとく働くのは僕ら男の役目だ。……レイモンドの叔父上も君には期待しているんだよ」


「………まあいいけど」


何となく、あの甘党おじさんが私をふらふらさせ、色々なパーティーに出席させる理由が分かった気がします。

私はキャンペーンガールか。


「まあでも、トール君が目を覚ますまで、マキちゃんもゆっくりしておいた方が良い。トール君……目が覚めた時に君が側にいたら、きっと喜ぶよ」


「……そうかしら。でも……そうね」


私は少し目を細め、虚空を見つめます。


「目を覚ました時に、誰もいないのは寂しいものね」


「………マキちゃん?」


「……ほらユリシス、あんた会議があるんでしょう。馬車馬のごとく働いてきなさいよ」


「マキちゃんにそれを言われると、謎のリアリティ」


「どういう事よ」


「……女王様、みたいな」


「………」


笑顔で言ってのけるユリシス。私はジトッと彼を見て、机越しに彼の足を蹴ります。


そんなこんなでユリシスは足を引きずりながらこの部屋を出て、王宮の会議に行きました。






トールはただただ、静かに寝ています。

私はトールのベットの端に座って彼を見つめ、彼の目にかかる黒い前髪をそっと払いました。


ユリシスは言いました。

彼にはゆっくり寝る時間も必要だと。



「トール……どんな夢を見てる?」



長い眠りは、まれに遠い過去の記憶の断片を思い出させます。

以前、ユリシスの時もそうでした。


「………」


トール、あなたも今、夢を見ているかしら。

あなたの前世に出てくる登場人物は、きっととても多いんでしょうね。


紅魔女や白賢者も、そのなかの一部に居るでしょうか。

でもきっと、黒魔王の記憶のほとんどを占めるのは、紅魔女でも白賢者でも無いんでしょうね。




それでも私は、あなたが目を覚ました時に、側で笑顔を向けられればそれでいい。


だから、ゆっくりおやすみなさい…………トール。




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