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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第三章 〜王都要塞編〜
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18:トール、開いてはいけなかった空間。

俺はずっと昔出会った、あの魔女の名前を知っていた。

マキアはやはり、2000年前に出会った、あの紅魔女なのだと思い知る。当たり前の事だが。



「あ、ありがとう……」


「……ん?」


「このイヤリングよ。……あんたがこんなもの用意してるなんて、私知らなかったわ」


「………あ、ああ。安物だけど……」


「……嬉しいわ。……だ、大事にする……」


どこか照れて、視線を逸らしつつもイヤリングをいじっているマキアの、素直なお礼が心にしみる。

買って良かったなと。


「いや、礼を言うのは俺の方だ。……お前、あのブローチに魔法をかけていただろ」


「………ああ、そう言えば。……うん」


「粋な事するじゃねーか。割とびっくりしたぞ」


「あれが発動したのは何となく分かってたけど、いったい何があったの? また王女様に変な薬でも?」


「いいや……。まあ、この話は後でしよう。今はほれ……俺を殴れ!!」


「……」


バッと手を広げ、さあこいというポーズの俺。覚悟は出来ている。むしろ殴って下さい。

マキアは拳を作っていたが、一時それを見つめると、もう片方の自分の手のひらで受け止めただけで、特に俺を殴ろうとはしなかった。


「もう良いわよ………私も色々と、あんたを振り回しちゃったし。大人げなかったわ」


「………」


「それより私は心配よ。あんた、今二つの空間を構築したでしょう? 結構かじられちゃうんじゃない?」


「あ、まあな」


マキアの心配はごもっともだった。

俺は戦いでも何でもないのに、魔導要塞を作ってしまった。


でも後悔はしていない。

むしろどこか、清々しい気分だ。


「グリミンド、リスクの支払いは、パーティーが終わった後でいいか?」


「はいはい、結構でございますよ黒魔王様。しかし二割程利子が発生しますが」


「いいよそれで」


使い魔のグリミンドに交渉。


はあ、胃がキリキリして来た。

一瞬の痛みとは言え、かじられるのって結構キツいんだよな。


マキアはこの白い花の咲く静かな森を、キョロキョロと見ていた。


「ねえ、この場所はいったい何なの? 不思議な森ね」


「ああ……。これは別に、戦闘用でも何でも無い。以前、残留魔導空間を調査していた時があっただろう? あの時のデータの中にあった空間だ。残留魔導空間はとりあえず全部コピーしてあるからな。………ずっと昔、誰かさんが作った空間だろう」


白い、見た事の無い花の咲いた、静かな森。

所々に見知らぬ文字の描かれた岩なんかがあって、何とも興味深い。考古学的な資料にもなりそうだ。


マキアはそれらを不思議そうに見ていたが、俺の方に振り返ると、


「ねえねえ、あそこに道があるけれど、あの先はどうなっているの?」


ワクワクした表情で聞いてくる。よかった、いつものマキアと俺の関係に戻っている。


「ただこの森が続いているだけだぞ。そして、途中で壁にぶつかる。あんまり大きな空間じゃないんだ」


「もう少し先へ行ってみたいわ。せっかく構築したんだもの、ピクニックよ。……ふふふ」


「……はは、何だかご機嫌だな」


ついでに言うと、俺も結構ご機嫌だった。








森の小道は、まるでどこかのリアルな森を切り取ったかの様にみずみずしく、良く出来ている。

歩く土の感触も本物に近いし、木に触れてみても、その表面の手触りまでしっかり作り込まれている。



「え……青の将軍に会ったの!?」


「ああ。しかし奴は妙な魔術を使う。自分の意識を他人の体に入れて、俺と接触して来たんだ。要するに、奴の風貌はまるで分からない」


「それって随分、厄介ね」


「厄介も厄介だ。あれは勇者とは違った質の悪さだぞ。……あの魔法があれば、俺たちに気づかれず、このルスキア王宮の幹部に潜り込む事も出来る。それとあいつ、呪術を使う様だ」


「呪術? 2000年前も、あったわよね」


「でも、あの頃から禁忌とされていた厄介な魔術だ。今ではほとんど残されていない魔術なのに………」


「………何か、エスカがまだ可愛く見えるわね」


「はあ。あいつは全然マシだよ。バカだから」


マキアに青の将軍との事を話した。随分驚いていたが、どこか複雑そうにしている。


揃いつつある魔王クラス。それはある種の予感を感じさせる。

あまり良い予感ではない。




「ねえ、この岩にも何か掘ってあるわね。なんて書いてあるのかしら」


「何だろうな。古代のモニュメントか?」


所々大きな岩があって、その表面に何かが書かれているのだ。

古代文字なのだろうけれど、俺には読めない。


「不思議な字ね。2000年前よりも、もっと昔の文字かしら」


「………だろうな」


いったいいつ作られた空間なのかは知らないが、あの教国辺りにある空間は、“最初の子供たち”が寄り集まって、遊びながら作ったのではとメディテ卿が言っていたのを思い出す。

ならばこの空間も、メイデーア創世期の頃のものなのか?


そもそも、メイデーアの創世期って、今からどれほど昔の事なんだろう。

記録にある歴史も、今から3000年程前からしか、表に出ていないのに。


「……この空間って気持ちがいいわね。木漏れ日の下に居ると、デリアフィールドの森を思い出すわ。いつだったかしら……あの時も喧嘩したわよね。私、ドングリを拾いに森へ行ったもの」


「そう言う事もあったな。あの時の俺も、過労死しそうだった」


「あははは。何であんたって、いつもこんな目に会うのかしら」


「俺が有能だからだろう」


ドングリ爆弾と言う、地味に痛い謎の兵器を作って、こいつは俺を攻撃して来たっけ。

昔から横暴な奴だった。


「ここはちゃんと空も見えるのね」


「そういう風に設定されてあるんだろう。あんまりうろうろするなよ、そんなドレスで」


「あら、ここは幻想100%でしょう? 私に物理的な影響があるとは思わないけれど」


「それはそうだが」


マキアは楽しそうにしていた。久々に彼女の溌剌とした顔を見た気がする。

でもいつもと雰囲気が違うせいで、俺はやはり、マキアから2000年前の紅魔女を彷彿とさせてしまう。



「ねえ……トール、あれ何かしら」


「………?」


丁度、空間の端に辿り着いたと思った時だった。


四角いキューブが沢山積み上げられたような、謎のアーチが、空間の壁にくっつく様にして存在していたのだ。

そして、その向こう側は長く暗いトンネルの様になっている。アーチの向こう側に、まだ知らない空間が出現したようだった。


このようなもの、前ここに来た時は無かったぞ。



さっきまで穏やかだった空間が、柔らかい木漏れ日が、一気に別のものになったかの様な緊張感に襲われる。


「お、おい。ここから先は行くな。俺もまだ知らない空間だ……変にいじるのは良く無い」


「………?」


しかし、なぜ今になってこんなものが現れたんだ。

ここはいったい何なんだ。ただの森の空間だと思っていたのに。


いや……以前俺が来た時は、本当にただの森の空間だった。


「……まさか二重空間か?」


「に、二重空間?」


「ああ。……空間の中に別の空間を隠している事だ。それは条件が揃わなければ出現しない」


前回、俺がここへ来た時と違う条件。……それは、ここにマキアが居る事。


「い、いや……やはりこのアーチをくぐって、向こう側に行ってみよう」


「ちょ、ちょっと待って!! 危ないのなら、やっぱり引き返しましょう。何かあった時、影響を受けるのはこの空間を作ったあんたよ!!」


「分かっている。でも、俺の考えが正しければ、ここから先の空間はお前が居なければ出てこない条件空間だ……。多分、いつかの“お前”に縁のある空間なんだろう」


「………いつかの、私?」


「そうだ。だからこそ、今行かないと……」


もしかしたら、教国の周りにあった残留魔導空間は、このような仕掛けが施されているものが他にもあるのではないだろうか。

データはあるから、今後しっかり調べなければ、重大な何かを見落とすかもしれない。


でも、開いてはいけないデータだったのかもしれない。



「………」


そのアーチに近づく度に、空間の濃度が変わっていくのが分かる。幻想100%だったのが、徐々に物理のパーセンテージが増えていって、空間容量がデカくなっていく。


「だ、ダメよ……。これ以上行ったら、トールの負担になるわ!!」


「それは心配する事じゃない。このくらいなら……死なない」


「で、でも……トールっ」


マキアが俺の腕を引っ張った時だった。アーチの中に一歩踏み入れようとした時、目前に青白い謎の古代文字が浮かび上がって、そして一瞬のうちに俺たちにとって理解出来る文字に書き換えられた。





「ようこそ、世界の境界線へ」







それは、まだ俺たちが知るべきではなかった、真実の一線。


俺たちは今、その境目に、知らずのうちに立っていたのかもしれない。


とっさに俺は思った。ここから先へは進んでは行けない。

マキアを連れて行くべきではない。


しかし、もの言わぬアーチは待ち構えていた様に、ぐんぐんと俺たちを飲み込もうと広がっていく。

空間を解除しようと思ったが、ここからは何故か俺の命令が届かない。俺の魔力を使って作られているくせに。


「トール!!」


マキアの声が聞こえた。

彼女は俺の腰から剣を抜くと、思いきり自分の足にそれを突き刺し、血を大量に流す。


「なっ……マキア!!」


その血は真っ赤なドレスをいっそう赤に染めた。


「……っ……命令よ。壊れなさい!!」


彼女が大声でそう命令すると、空間は血を得たそこから一気に崩れていって、俺たちは足場を壊して落ちていった。キューブのアーチもガラガラと壊れていく。


まるでガラスが勢いよく砕けたかのような高い音が響いた。俺たちはどんどん、あの世界から遠ざかっていく。


落ちながらあの文字を思い出しては、妙な胸騒ぎに鼓動が早くなっていった。




―――ようこそ、世界の境界線へ



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