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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第三章 〜王都要塞編〜
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17:マキア、何ででしょうね。

アルフレード殿下は、レイモンド卿の元へ行くのを躊躇いました。


「私がレイモンド卿の元へ行けば、完全に母上と対立する事になる……」


「でしょうね」


どうにも王子様は、母から逃げて来たと言うのに母と対立したくは無いらしいのです。


「王宮を飛び出したのも、たまたま監視の目が緩んだからで、計画的に行ったものではない。言ってしまえば気分で行ったものだ。それだけ私は、あの王宮から出たかったのだ」


「………」


殿下はどこかお疲れの様に見えます。

やつれていると言うか。


「しかし、だんだんと自分が何をしたいのか分かって来た……」


「と、言いますと?」


トールもちゃっかり私の隣に座って、夕飯を食べながら。


「やはり私は一度王宮に戻って、母上と宰相に、はっきりと王にはならないと言おう。まだ、あの者たちを止められるのなら、止めたいのだ」


「殿下、あなたの母親は相当なモンスターよ。息子一人にここまでするなんて相当な執着と情熱よ。……大丈夫なの?」


「………それは」


アルフレード殿下が何も言えなくなった時、トールが口を挟んできました。


「………いや、俺は殿下の気持ちを尊重したい。俺たちにとって正王妃はただの悪役でも、殿下にとっては血のつながる母親なのだから。立場が違う。このままレイモンド卿に助けを求めたなら、殿下と正王妃の亀裂は避けられず、あちらの陣営もどのような行動に出るか分からない。母と子が憎しみあう所なんて、俺は見たく無い」


「……トール・サガラーム」


殿下は何度も頷きました。

私は少しだけ違和感を感じます。トールは現実主義の理系脳です。このまま殿下を帰すより、こちらに引き込んだ方が後々楽と言うもの。当の本人が王にならないと宣言し身柄をこちらが押さえたら、あちらの陣営はどうしようもない訳ですから。


しかしどうにもトールは、王子の感情を優先したい様でした。


「殿下、しかしながら期限と言うものがあります。もうすぐ開催される12大貴族会議です。あちらの陣営は、それまでにレイモンド卿を失墜させる足がかりを作り、何かアクションを起こすつもりだと思われます。それまでに説得出来なければ………あなたも同罪とみなされますよ」


「分かっている。その時は私の責任だ。王位継承権だけでなく、王家からも追い出されるだろう」


「…………」


殿下はどこか、遠くを見ている様でした。

今までかませくさい奴だとばかり思っていましたが、第一王子という立場に苦しんで来たのも事実なのでしょう。



「失礼」



突然、個室のドアが開きました。

王宮の兵士と魔術師たちでした。


中心角に居るのは、エスタ家の割と高位の魔術師だったはず。紳士の風貌をしていますが、胡散臭い長髪の魔術師。王妃に依頼され、アルフレード殿下を捜させたのでしょうか。


「ゴホン。これはこれは顧問魔術師様。アルフレード殿下を保護して下さり、ありがたく思います。……殿下、王妃様が大変心配しておられますよ。さあ、王宮へ戻りましょう」


「………」


「………」


少しだけ、私たちの間に緊張が走りました。

兵士たちが槍を持つ手に力を入れていたからです。


どこかから見ているレピスとノアの魔力を感じましたが、私は「ダメよ」と心の中で呟きました。

こんな街中で、変な騒動を起こしてはいけない。しかもこんな目立つ所で。


明日の新聞の見出しが大変な事になります。


「大丈夫だ、ありがとう二人とも」


アルフレード殿下は、席を立つと、そう言いました。

兵士たちに付いて帰ろうと言う事でしょうか。


「………あ」


私は一瞬引き止めそうになりました。何だか嫌な予感がしたからです。

本当にこのまま、殿下を帰していいのでしょうか。正王妃たちを、本当に説得出来ると言うの?


「バロンドット・エスタ、この者たちは私と“たまたま”出会い、今まさに王宮まで護衛をしてくれようとしていただけだ。さあ、私は王宮へ帰ろう」


「………御意、殿下」


そのまま殿下は、私たちを一瞬見ただけで、後は彼らについていきました。バロンドット・エスタという男も、私たちをニヤリと見た後、すぐに王子の後に控えました。

その様子を見て、やっと第一王子の本当の立場を知った気がしました。彼に自由はありません。


「………」


私がレイモンド卿の側に居たから、ユリシスの味方だから、第一王子の陣営を敵視し色々と言いたい事があったのは確かで、それらが間違っていたとは思いません。

しかし、何だか複雑な気分です。




王宮までの帰り道、私とトールは無言で歩きました。

色々あったからでしょうか。トールもこの時は、私に殴れなんて言わないで、何か考え事をしながら帰っていた様でした。



エスタ家主催のパーティーの招待状が届いたのは、その次の日の事。









「今日は何のパーティーですか?」


「エスタ家主催のパーティーよ。胡散臭いけど、毎年開かれているものらしいから、レイモンド卿も行っておいでって。ま、あの人はそれ以上の事を期待しているでしょうけど」


レピスが、私のコルセットを勢いよく締め上げたので、私は一瞬声を上げてしまいました。


「ちょっと………あなた見かけによらず凄い力ね」


「すみません、義手なものですから」


レピスはそのまま、コルセットの紐を手際良く結んでしまいました。


「それにしても、あの第一王子の件の後から、トール様を見かけませんね。前まであんなにマキア様を追いかけていたのに」


「………ふん。もういいわよあいつの事は」


「そうですか」


レピスの反応はあっさりしていました。


「ねえレピス、それよりあなたも、たまには舞踏会に出てみたら? 綺麗な顔をしているのに、こんな所で私の世話ばかりしていたら勿体ないわよ」


「………ありがたいお言葉ですが、あいにく私たちはレイモンド卿に、他の仕事を仰せつかっています」


「まったく、あの甘党おじさん抜かりが無いわね」


ドレッサーの前に座って、口紅の色を選びます。もう15歳になったのだから、色味を強くしても良いかしら。

いつもはほんのり赤いくらいの無難な色をつけます。


「ねえレピス。口紅、どれが良いかしら」


「………私、お化粧品の事は良く分かりません……。しかし、マキア様は濃い色の方が似合うかと思います」


「このくらいかしら……。あはは、紅魔女の頃、こんな色をつけていたわね」


いつもよりツートーンほど濃い色を選んで、そのルージュを唇に乗せてみました。

幼さが一気に消え、随分大人っぽくなった気がします。紅魔女だった自分を彷彿とさせるヴィジュアルです。


「こうなると、頭のリボンが浮いちゃうわね。……今日はもう、紅魔女ルックで行こうかしら」


私は髪をハーフアップにしていたリボンをほどいてしまいました。

さらさらと流れていく髪に、レピスはどこかハッとした様子で私を見ています。


「………マキア様、驚きました。……とてもお美しいです」


「何よそれ。いつもの私も可愛いでしょ?」


「ええ。しかし、何と言うか………私の中にあった紅魔女のイメージととても近かったので」


「ふふ、何それ悪女っぽいってこと?……さて、問題はイヤリングとドレスよね。あんまり大人っぽいのもおばさん臭くて嫌だし、若々しくて艶っぽい、くらいが良いと思うんだけど」


私はドレッサーから、イヤリングの並ぶ箱を取り出しました。

その中で、私の瞳と同じアクアブルーの石と、ルビーの施されたイヤリングを取り出します。若干大きめですが、リボンが無いのだからこのくらいで無いとインパクトに欠ける気がします。


ドレスは光沢のある紅。


何だか不思議な気分になります。確かに自分は紅魔女だったのだと、妙な納得を得たのです。

目の前の鏡にはいつもと違う、でもどこか懐かしい人が、映っていました。










舞踏会の会場は、王都の東側の、エスタ家のサロンでした。

流石は王宮魔術院を牛耳る、今をときめく魔術一家。メディテ家の屋敷とは全く違う、華やかで美しいキラキラしたサロンです。


会場に着くや否や、サロンはざわつき、私はその場に居る客人たちを驚かせた様でした。今まで何度もパーティーで顔を合わせるメンツも多く居ましたが、いつもと印象の違う私に気がついている様子。アウェーの立場で驚かせるのは、少し気持ちのよい事です。


「マキア嬢、よくぞお越しいただきました。あまりのお美しさに、いや何……一瞬言葉が出てきませんでしたよ」


先日色々とお世話になったバロンドット・エスタでした。彼も王宮魔術師の制服を脱いで、今日は紳士の格好をしています。


「ふふ……少し背伸びをしてみましたの。いつまでも子供だと、笑われてしまいますもの」


瞳を細める私と、私を見下ろす彼の、探り合いの視線が交わった時でした。

会場が再びザワザワとしたのです。


ルルーベット王女でした。そして、側にはトールが居て、彼女の手を引いています。

驚きましたが、すぐに納得します。ルルーベット王女はこれからの大貴族会議に向け、名を連ねる大貴族との交流を御公務としていると聞いていたから。


しかしここはエスタ家。ルルーベット王女にとってはとても危ない場所と言う事になります。当然トールは騎士として、彼女を守っているのです。

ここ最近トールが私の前に現れなかった理由が分かりました。



「………」


何でか、少し寂しい気持ちになりました。


何ででしょう。


結局私は、トールをまだ許したく無いと思いながら、彼との喧嘩ごっこを楽しんでいただけだったのでしょう。

それに気がついてしまったからです。


これは、かつての感情にとても似ています。


黒魔王に勝負をふっかけていた頃の、紅魔女の感情に。あれも結局、喧嘩ごっこですから。

あの頃の私には、魔術の戦いの裏に隠して隠して、隠し通そうとした感情が、確かにありました。



少し遠くのトールが、私を見つけた様で、やはりとても驚いた瞳で私を見ています。

私は無表情でした。何ででしょうね。


トールに会ったら、あかんベーくらいしてやろうと、また態度の悪い様子で突き放そうと、上から目線で見てやろうと思っていたのに、ただただ無表情でした。


そしてそのまま背を向けます。

どうせトールは王女から離れられません。彼は仕事を、蔑ろにする男ではありませんから。


誰もがルルー王女の元に集う中、私はその輪から離れました。



「!?」


突然、目の前が真っ暗になり、かなり不意打ちだったので私はビクッとしました。


「………これは……」


これは、決して会場のシャンデリアの灯が消えたなんて事ではありません。

この暗闇には覚えがありました。


「これは魔導要塞……“影の王国”……」


してやられたと思いました。トールの魔導要塞は、時間軸の全く違う異空間です。この中での出来事は、現実では一瞬ほどです。

この空間であれば、トールは王女を放置する事無く、私を追いかける事が出来るのです。


そして私は、この空間が大嫌いでした。

2000年前、私たちが戦っていた時も、この空間に閉じ込められる事が多々あったのですが、その時から大嫌いでした。

まるで暗い迷路の様で、黒魔王の元に辿り着けるのも辿り着けないのも、奴の機嫌次第でしたから。

それ以上に、私はこの暗闇がとても苦手でした。夜の暗闇は大丈夫なのですが、魔術で作られた闇が本当にダメなのです。



どこからか足音が聞こえてきました。

きっとトールのものです。


思わず私はその足音から遠ざかろうと、ドレスを摘んで走り出してしまいました。

しかしそれが無意味な事を知っています。この空間に閉じ込められた者は、主が願えば目前に引きずり出されるのです。


勢い余って、思わず転んでしまいました。

こんなに何も無い空間でも、確かに地面は固くて、転ぶと痛いのね。


「……っ」


転んだ拍子に、靴が片方脱げました。どうやらイヤリングもどこかに吹っ飛んでしまったらしいのですが、仕方ありません。重いので耳に付ける金具を若干緩めていたから。


何とまあ散々な有り様でしょう。

私は暗闇に竦んで、その場から立ち上がる事も出来ませんでした。思わず親指を噛んで、血に命令してこの空間を壊してしまおうかと思いましたが、それはこの空間の術式を大幅に書き換える事であり、トールにとって大きな負担になる事を思い出したのです。


「………うっ……」


何だかもう、この暗闇が怖いのとトールがすぐそこまで来ているのと、膝が痛いついでに耳も痛いので、訳が分からず涙目になってしまいました。


「……トール……っ」


でも、やはりあいつの名を呼んでしまうのです。

逃げていたくせに、何ででしょうね。



「マキア」



差し伸ばされる手が、私の肩を掴みました。

ゆっくりと振り返ると、何とも複雑そうな微妙な表情のトールが居ます。トールの周りには青白く光る半透明のモニターが浮いていたので顔が見えました。


「……トール……」


「何だお前。何でそんな…………。ああ、そう言えばお前、この空間ダメだったな。すまない、またやっちまったな……。最近使ったばかりで記録があったから、とっさに発動してしまったんだ」


トールは側のモニターをいじり、空間を一瞬にして塗り替えました。


一面に広がる白い花畑。光の差し込む緑の木々。

たとえ幻想のものだと分かっていても、木漏れ日は温かく感じます。


「マキア、15歳の誕生日……おめでとう」


トールが目の前で膝をつき、不意に耳元に触れたので、私はびっくりして肩を上げてしまいました。


「な……っ」


「ヴェレットでな、見つけたんだ。お前、小さめのイヤリングが欲しいって言ってただろう?」


「………」


トールがもう片方の耳にも、そのイヤリングを付けてくれました。

自分の手で軽く耳に触れると、そこには小さな雫型のイヤリングが付いていました。


「ふっ……はは。うーん、今日のお前にはあまり似合わないか?……ははは」


「………」


「今日のお前は、何だかいつものマキアじゃないみたいだな……マキアと言うより…………」


トールは一瞬瞳を細め、懐かしがる様に、一人の女性の名を呼びました。




「マキリエ・ルシアのようだ……」





それは、かつての紅魔女の名前。

あなたはその名を、覚えていたのね。


一面の白い花が、舞う花びらが、かつて私たちが出会ったあの白い雪の森のヴィジョンと被って見えるのは、何ででしょう。


同じような力を持つ者に初めて出会った、あの時の言い様の無い衝動を、歓喜を、私は今でも覚えています。



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