16:マキア、教国からの帰り道にて。
*ここからは、第三章一話以降の話になります。
やはり私は怒っていた様でした。
だって、トールが帰って来て、まだまともに対話していないもの。
トールは私に謝ろうとあの手この手で目の前に現れますが、私は一方的に変質者扱いします。
そんなこんなで、ここ数日、トールから逃げているのです。
さて、教国でペルセリスに会った後、エスカに謎の映像ラクリマを貰ったのですが、どうしましょう。
この中には、フレジールのシャトマ姫とカノン将軍の映像が撮られているとか。
流石に、これはトールと一緒に見なければならないでしょう。そろそろトールと仲直りすべきでしょうか。
「ああああ、でも、なんかムカムカする……」
約束を破ったとは言え、トールに全ての非がある訳ではありません。それは分かっているのです。
それでも怒ってしまったらどうしようもないのが私。
私は王宮へ帰る道の途中、随分登った坂道から王都を見下ろしながら、冷たい手に息を吹きかけました。
「……おい」
「………出た」
待ち伏せしていたかのようなトール参上。
最近こんな感じで、私が不審者扱いし続けたからか真の不審者のごとく突然私の前に現れるのです。
「もういい加減、俺に謝らせてくれても良いんじゃないか」
「………」
「俺を殴ってくれるまで、ここは通さんぞ」
「………」
何でしょう。この残念で可哀想な感じ。思わず哀れになってしまい、そろそろ殴ってあげよう、許してあげようかと思ったり。
しかしどうにもまだ怒っていたい気もして、フンとそっぽ向いて、彼を無視して別の道から帰ろうと引き返します。
「おい、待てよマキア!!」
「ついてこないでよストーカー野郎。レピス、ノア、こいつ足止めしててよ」
「………了解ですマキア様」
レピスとノアが、黒いローブをふわりとなびかせ、私とトールの間に立りました。
「おいお前ら、俺を裏切る気か」
「申し訳ございませんトール様。一応私たちは、マキア様の護衛なので」
「お前たち俺の子孫なんだよな」
「………まあ一応。しかしずっと遠いご先祖様は黒魔王様でして、あなたはまあ……ほぼ他人かと」
「レピスってさあ……俺に少し冷たいよなあ、なあ、ノア」
「……え」
三人がそんな会話をしているのが、だんだんと遠ざかっていきます。
二人とも本当にごめんなさい。特にノアは、この不可解な状況に頭を悩ませていそうです。
私は、城に繋がっている迷路のような商店回廊を歩き、いつもとは別の道から自分の部屋へと戻ろうと思っていました。
しかしこの時間帯の商店は、王宮勤めの役人たちが飲み食いする飲み屋が賑わいを見せていて非常に誘惑が多いのです。
「……はあ……」
とんでもなく良い匂いがします。鳥の串焼きの店、揚げ物の店、焼き魚の店など、昼間は総菜屋をしているお店が夜になると飲み屋に変わるのです。王宮のもっと側に行くと、高級なレストランが建ち並ぶのですが、ここら辺はまだ庶民の住宅とも近く、少し手頃で素朴な飲み屋が並んでいます。こういった庶民的な食べ物を最近食べていないので、私のお腹は大いに反応します。
こういうのもたまには食べたいなあ。
「いやいやいや、ダメよ。早く帰んないとトールが追いついちゃう」
何のために遠回りして王宮へ帰っているのか。
私は入り組んだ細い路地を更に進んでいきました。
ある曲がり角を曲がった時でした。
私はいきなり人とぶつかって、後ろに転んでしまいました。
「い、った〜……っ」
尻餅をついた私は、目の前で同じ様に尻餅をついた者を確かめました。
茶色のマントを着て、フードを被った見知らぬ人です。
「ちょっと、どこ見て歩いているのよ!!」
自分も大概急ぎ足だったくせに、文句を言います。
そいつは少し挙動不審にしていましたが、私を見ると何か覚えのあるような態度を見せたので、私は「?」と顔をしかめます。
「おい、居たぞ!!」
遠くから声が聞こえました。兵士っぽい男たちが、こちらを指差しています。
フードの奴は何故か私の腕を掴んで、その場から走って逃げようとするのです。
「ちょっ、ちょっと……っ」
やばい、変な事に巻き込まれた。それだけは分かる!!
や、やめて下さい私はお腹が空いているのよ!!
フードの奴は物陰に隠れ兵士たちが通りすぎたのを見送ると、私の手を離しました。
「ちょっと、いったい何なのよ」
私が若干声を上げたので、フードの奴は「静かにしろ!!」と。
聞いた事があるような、無いような声でした。
奴はフードをとってみせます。
「………あ」
あまりにも意外な人物の顔だったので、本当にびっくりしてしまいました。
確かに、私はこの人物の顔を見た事があったからです。
金髪に近い薄いベージュの髪に、高貴な顔立ち。それは、まさにこの国の第一王子、アルフレード殿下でした。
「……で、殿下……?」
「いかにも。お前はマキア・オディリール顧問魔術師だな」
「そ、そうですけど……え、え?」
どういう事かしら。何で第一王子がこんな所に居るの。
「私は追われている。どこかに匿え、命令だ」
「……は?」
「私は王宮から逃げているのだ!!」
第一王子は、本気と書いてマジの顔でした。
家出を目論んでいたのです。
ルスキアの第一王子アルフレード殿下は、ユリシスより三つ年上で、去年までは時期国王の有力候補として名乗りを上げていた人物です。見た目はユリシスに似ているかと言われたら微妙なラインで、むしろやはり国王に似ています。金髪に近いベージュの髪は、ルスキア王家のものと言えるでしょう。レイモンド卿も似た髪の色をしています。白い髪のユリシスの方が、やはり王家の特徴から外れているのでしょう。
「え、えーと……そのアルフレード殿下、いったいなぜ家出なんか……。家出と言うか宮出? 城出?」
「………いいから、お前は黙って俺を匿え」
「………」
なんだこの人。偉そうにして。
「とは言っても、どうせすぐ捕まりますよ。あなた王子なんですから、気に入らない事があるならはっきり言えば良いのに」
「お前には関係ない」
ここ最近、第一王子は王位への意欲を無くし部屋に引きこもっていると聞いていたが、いったい何が彼にこのような行動をさせたのでしょうか。
どうしようどうしよう、ほとんど関わった事の無い王子様に匿うよう命令されてしまいました。
でもどうすれば良いのか分かりません。
「はあ…………トール……ユリシス……」
こんな時こそ頼りたい彼らですが、トールとは喧嘩中、ユリシスは王宮に居て、どうしようもありません。
レピスもノアもまだ帰って来た気配がないし……。
「おい、腹が減ったぞ。どこか食事出来る所は無いのか」
「あのねえ。あなた本当に兵士たちから逃げてるんですか? 私だって腹ぺこですよ。もうお腹が空いて力が出ない、ですよ!!」
アルフレード殿下は逃走中の割に緊張感がありません。これだから気分で家出なんかする若者はっ!!
「それにあなた、分かってるんですか? 私、レイモンド派ですよ」
「………それは分かっている。だがしかし、私はもう母上や宰相の言う通りには出来ない。あの者たちは狂っている」
「……殿下?」
王子様も色々と複雑な様子でした。
私は何となくそうなのではと思っていたのですが、どうやら正王妃や宰相など第一王子陣営は、当の本人そっちのけで色々と画策しているらしい。第一王子は当然そこに違和感を抱いているのでしょう。
とりあえず、私はこれ以上腹を空かせる訳にはいかなかったので、近くの素朴な食事処に入り、個室を頼みました。
「お金は殿下持ちですから」
「……金? あまり持って来ていないが……」
「あんたほんとに家出するつもりだったんです? 世間知らずと言うかただの命知らずですよ……」
個室にてマントを取り払い、高価な衣服のままの王子を見て、眉を八の字に。
「その服のボタン、一つどこかに売ってみなさいな。あなたたちの装飾にどれだけお金がかかっているか分かりますよ。……まあいいわ、私だって要らない程お金があるから、たまには使わないといけないし……。奢ってあげます………まったく」
そう言って、店員にメニューを上から全部持ってくるように注文します。
殿下はよく分かっていませんでしたが、次から次に来る料理の数を見てたまげていました。
お料理は素朴な庶民料理から、ルスキアのB級グルメ、海鮮焼きなど一般人の口にするものが多くありましたが、久々の味に私は多いに心躍ってしまいました。
「あああ、やっぱりこういうのも良いわよね〜。お袋の味って奴ね〜」
「………庶民の母親はこのような料理を作るのか?」
「え? まあ、家庭によって色々あるでしょうけど、そうですね……。庶民が皆、王宮のフルコースみたいな贅沢な料理食べてる訳じゃ無いですから」
「………」
殿下は珍しそうに貝のバター焼きを突いていました。
しかし味に文句は言わなかったので、きっとそれなりにおいしいと思ったのでしょう。
「私は母の手料理なんて、食べた事無いな……」
「そりゃあ、王妃様がお料理なんかするもんですか。きっとユリシスだってそうでしょうよ。そもそも、あいつの母親の話なんてほとんど聞かないけど」
「……ユリシス第五王子の母は、王宮魔術師ではなかったか? 今は研究室からほとんど出てこないとか」
「あいつマザコンっ気はあんまり無いからねえ。どっちかと言うと、シスコンとかロリコンとか……親ばかと言うか……」
「……何?」
「い、いいえ。あいつの名誉の為に何も言わないでおくわ」
もう既に言ってしまってますけどね。
でも本当にその通りなのです。むしろ、トールなんかの方が、母親という単語に妙に反応しがちですから。
「で、アルフレード殿下、私に夕食を奢らせたのだから、そろそろ事情を教えてくれても良いんじゃない?」
「………というか何でお前はいきなり馴れ馴れしい口調なんだ。私は一応第一王子だぞ」
「お黙りなさい、バカ王子」
「ば……ばか……」
私は炭酸水のグラスを勢い良く机に置きました。
「ふん……一人では何も出来ない若造が、何言っているんだか。一国の王子がおかーさんの言いなりで、引きこもっていたかと思ったら突然の家出。若気の至りですか?」
「………うっ!!」
第一王子は、ぐぬぬと悔しそうにしていましたが、言い返す事はありませんでした。
「いや……その通りだ。私は王にふさわしく無いのだろう。むしろ、あの巨兵を見てから王になんてなりたく無いとさえ思った。私ではあれと戦い、国家を守るのは無理だ」
「………」
「しかし……母上や宰相たちは、いまだに私を王に据える事を諦めていない。その為に……あんな敵国と……。ルルーベットまで手にかけようとしている。私は聞いてしまった。ルルーベットとはほとんど会話した事も無いが、妹である事に代わりは無い………」
「あら、色々とご存知なのね」
「ああ。母上は変わられてしまった。昔はあのようではなかった………。私も母の期待に応えたかったが、今となってはもう、王座はレイモンド卿にこそふさわしいと、私だって分かっている。私では国を滅ぼす。国を滅ぼしてまで王座に座って何になる……何が楽しい」
「……まあ、そうね」
思っていた以上に物わかりの良い第一王子のようでした。
確かに、あの巨兵に尻込みしてしまった者が、今後この国を守るのは不可能だろうから。
「だったらあなた、レイモンド卿の所へ行ってはどうかしら。あのおじさん、甥っ子姪っ子大好きだから、きっとあなたを保護してくれるわよ」
「………」
「最初にそうすべきでしょう。何で王宮から出て来ちゃったのよ」
「……そ、それは……」
私は次々と運ばれてくるメニューを着々と食べつつ、王子と会話。
葡萄の炭酸水を飲んで、唐辛子の利いた肉の揚げ物を食べる。この辛さと炭酸の弾ける刺激がたまらん!!
と、親父臭い事を考えていた時でした。
いきなり個室の部屋の扉が開いたと思ったら、トールが。トールが、現れました。
「おい、お前王宮に帰らないで何やってるんだ……」
「……あ、あああんた……。いや、だってこの殿下が……」
トールは怒っていました。多分一度王宮に帰り、私が戻っていない事が問題になったのでしょう。
アルフレード殿下はトールをまじまじと見ていました。
トールも殿下の存在に気がつきます。
「おい、お前トール・サガラーム顧問魔導騎士だな」
「……え、は? なんでここに第一王子が」
「だから私は、殿下に命令されてこんなところで食事をしているのよ!!」
目一杯庶民食を楽しんだ私がいったい何を言っているのやら。
トールは大量に積み上げられた皿を、ジトーッと眺めていました。
「なによあんた。どうせ私を魔法で探したんでしょう」
「お前な。王都は今危ないんだ」
「レピスとノアが居るもの」
「あのな、あいつらでも太刀打ち出来ない敵って言うのが、相手には……っ」
「………?」
トールは途中、第一王子を気にしてか口をつぐみます。
私は少し気になりました。