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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第三章 〜王都要塞編〜
138/408

15:トール、俺を殴れ。


それは2000年と少し前のお話。

ある北の大陸の雪国に、双子の王子が生まれた。


王子は二人ともそっくりで、見目麗しく美しい栗色の髪をしていた。

双子の兄は幼い頃から利発で、弟は悪さばかりしていた。


王妃は兄を褒め、弟を叱ったが、それは当然の事で結局二人を愛していた。


ある日、兄は突然黒髪黒目になっていた。

黒髪黒目は、この北の国では特別珍しく、また災いの元、悪魔の子とされ忌み嫌われていた。


王妃は兄を意味無く嫌い、弟を特別可愛がった。

それはとても不公平な事だった。


兄は人目につかない地下牢に幽閉された。

この国の王子は一人死んだ事になった。




それが、後に黒魔王と呼ばれた者の、幼かった頃のお話。

確かに人々の災いの元となった者の、力に目覚める前のお話。










「トール様、トール様……大丈夫ですか……っ」


「…………」


目が覚めたら、そこはホテルの一室だった。

瞳を潤ませたルルー王女の姿が見える。


俺は昨夜の事を思い出した。そう言えば、このホテルが奇襲にあって、俺はホテルを出て魔導要塞を発動した。


青の将軍という、同じ魔王クラスの者と出会った。出会ったと言うよりは、会話したと言った方が良いかもしれない。

実際の奴の体では無かった訳だから。


その後、俺は敵側の魔族や魔術師を足下に引きずり出した訳だが、その瞬間魔族は皆青い炎に燃やされて死んでしまった。

魔術師は何人か捕える事が出来たが、魔族はエルメデス連邦にとって不都合な証拠となるからか、その肉体ごとあの憎らしい炎が持っていった。


“影の王国”という魔導要塞は物理要素が少なく、俺にとってそれほどリスクのかかるものではなかったはずだが、青の将軍に術式をいじられたのが厄介で、その後俺は血を吐きぶっ倒れた。


と言うところまで思い出した。


「あああ、トール様……っ。良かったですわ……わたくし、もうどうしようかと……。お気分はどうですか?」


「……気分は、あまり良く無いです」


素直に言ってしまった。

そしたらルルー王女は青ざめてしまって、側のメイドの片割れに「お医者様をっ」と言って慌てている。


「い、いえ。傷はもう大丈夫です。体調的には本当に元気です。俺は自動的に治癒魔法が働く様になっているのです。ご安心を」


「……? 本当ですか?」


「ええ。寝すぎて、頭が痛いって事ですよ。そう言う事あるでしょう?」


変な夢を見たような気がする。

はっきりと覚えていないが、あまり見たく無い夢だった気がする。


何となく、2000年前の、黒魔王の頃の記憶を思い出させるような夢だった。

ここ最近、黒魔王を意識しすぎたからか?



「おお、トール。目が覚めたか!!」


部屋を豪快に開け、入って来たのはダンテ団長。


「お前の声が聞こえた気がしてな。もう良いのか? 昨晩からお前、ぶっ倒れてそのまんま目を覚まさなかったもんだから、王女様なんてずっとお前に付きっきりで……付きっきりでございまして」


妙な所で言いなおす団長。


「……そうだったんですか。ありがとうございます、ルルー王女」


「いいえ、わたくしはただトール様が心配で……」


王女は口元に手を当て、どこか頬を赤らめほっと息をつく。

あれ、ここ最近王女、目に光が灯り始めたんじゃないのか?


ただ単純に目が潤んでいるだけかもしれないが。








それから俺は、まるで何事も無かった様にベットから起き上がって、まずアーバン副王補佐の元へ行って、状況を確かめた。

昨日俺が捕えた魔術師たちは、やはりエスタ門下の者たちだったらしく、しかし詳しい事情までは知らない“使い捨て”ばかりだったそうだ。力のある者は俺がホテルを出る前にとんずらこいていたと言う事か。


「エスタを追及するには、まだまだ弱いなあ」


「しかしアーバン卿、俺は昨日、ある男にはっきりと聞いたのです。テルジエ家がエルメデスと組んで、レイモンド卿の失墜を目論んでいると」


「………ある男?」


「ええ。逃げられてしまいましたが、奴は隠す事無く認めましたよ。何を考えてるんだか……」


「………」


アーバン副王補佐は、光る眼鏡を上げ「やれやれだな」と一言。


「エルメデスは、テルジエ家に協力しているとは言え、なにか裏がありそうだ……」


「そう思います。奴らの狙いを、見誤らない様にしなければ……」


「………流石は顧問魔術師だ。レイモンド卿がどうしても君をここに連れてきたかった訳が分かったよ。はは」


「こっちは良い迷惑ですけどね」


俺は一つ、ため息をつく。

そして気になる事を聞いてみた。


「あの、この件について、王女にはどのように説明しているのですか?」


「………王族に対する反逆者と説明しているよ。流石に、あなたの母親があなたの命を狙っている、なんて言えないからねえ」


「ですよね……」


それを知ってしまったら、王女はどれだけ悲しむだろう。

昨日だって、公務を頑張っていればいつか王妃に会えると嬉しそうに言っていたのに。


でも、知る時は必ず来るのではないだろうか。

いつまでも知らないままで居られる訳が無い。事件がもっと大きくなっていって、それを解決すると言う事は、明るみに出ると言う事だから。









遠征の最後の一日で、ヴェレットの商店街と港を視察した。テルジエ家の者はその後何食わぬ顔で我々王女一行を案内していたが、時折見せる顔がどうも胡散臭く見えるのは、俺が事情を知っているからか。


王女はただ一生懸命だった。


その日の夕方、俺たちはミラドリードに帰るための馬車に乗り、夜をミラドリードとヴェレットの間の町で過ごし、次の日の朝に王都へ帰還した。





さて、俺は王都へ帰ったら、まずやらなければならない事があるのを知っていた。

それはレイモンド卿への報告でもなく、王女の騎士としての仕事でもない。


約束をしたのに誕生日をすっぽかした。マキアの。

それを、彼女に謝らなければならない。謝ってすむ問題じゃないが、殴られて、誕生日の為に買ったイヤリングを手渡さなければ。


マキアの部屋の前が、まるで天国と地獄の両方の門に見える。

彼女に会いたいと思っていたのに、なんだろうこの冷や汗。


「……っよし」


男気を見せろ、俺!!

扉くらいぶち破るくらいの!!


と思いつつも、丁寧にドアをノック。

マキアはすぐに出て来た。


「………」


「………あ」


一瞬の沈黙。マキアは少し驚いた瞳をしていたが、すぐに目を細めどうにもよろしく無い表情になる。


「マキア、すまなかった。何も言い訳はしない。とにかく俺を殴れ」


「………」


できるだけ誠実に見える様に、まっすぐマキアを見て。しかし、マキアのジトッとしたアクアブルーの瞳が、いつも以上に冷たく見える。


「………俺を殴れ……っ!!」


大事な事なので、二回言いました。

しかしマキアは表情を崩す事無く。



「……あなた誰ですか?」



………え。


「いきなり人の部屋を尋ねて殴れとか、何なんですか。変態ですか。私、あなたの事なんてご存じないのだけど」


「………」


理解出来ないけど、理解した。

マキアは思いの外めちゃくちゃ怒っている。だからこそ、俺の存在をまるっと亡き者にしたのだ。


「ちょっ、マキア!! 分かってるお前が怒っているのは!! だから俺を好きなだけ殴れっ!!」


「や、やだー。何なんですかあなた!!」


マキアのわざとらしい嫌みな演技。彼女は部屋の扉を閉じようとしたが、俺が片腕を犠牲にして挟み込み、何とか閉めない様にする。


「ちょっ、何なの!!」


「だってお前が変な事言うから!!」


ガタンガタンと音を立てるから、右側の部屋からレピスが出てきてこの状況を見ると、怪訝そうに眉を寄せている。左側の部屋からは、きょとんとした表情の少年が出てきた。


マキアはドアをガッと開け俺をぶっ飛ばし、その隙に部屋から出て行くと、少年の背に隠れる。


「ノア、あの見知らぬ人が私に殴れって無理強いするの。きっと変な趣味があるのよ」


「……?」


「おいおいおいおい!!」


やめろ、子供に何言っている。

ていうか何言ってる!?


「……何しているのですか、二人とも……」


呆れた口調のレピス。もっともな事を言ってくれる。流石俺の子孫。

しかしむしろ、その痛いものを見るような瞳は、俺を向いていた。


「トール様、帰っていたのですね」


「そうそう。だから俺、マキアに謝ろうと思って……っ」


一瞬レピスの方を向いたせいで、マキアは逃げた。

長い廊下の遠くの方に、小さく逃走中の彼女が見える。


「ああ……。マキア様でしたら、あなたの事はしばらく忘れるそうですので」


「……何それ」


「あなたが謝ると言うのは、マキア様には分かっていた事でしょう。むしろ、謝らせない事があなたへの仕返しなのでは? 仏の顔も三度まで、でしたっけ?」


「………」


「良いではありませんか。しばらく怒っていたいのでしょう。………トール様もマキア様に許して頂けるよう、頑張って下さいませ」


「………」


その後、レピスとノアと言う少年は、マキアの去った方向に消えた。

ノアは若干俺をチラチラと気にしていたが。




呆然と立ち尽くす俺。


マジかよ、苦笑いも出てこねえ。何あれ何あれ何あれ。

他人行儀で不審者扱いの、マキアのあの態度はこたえる。あいつの怒りの本気を見た。



何とまあ虚しい寂しい気持ちになったものか。

これならぼこぼこに殴られる方が、よっぽどマシってもんだ。



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