14:トール、いかにも野郎との運命の対峙。
ダンテ団長に呼ばれ、先ほどの王女の部屋に戻ったら、そこに居たはずの男二人も、炎に焼かれ灰になっていた。
酷い匂いだ。
「はあ……酷い有り様だね」
アーバン副王補佐が寝巻き姿で眼鏡を押し上げながら、その部屋の様子を見ていた。
動じない所は流石か。
「王女には下の階の新しい部屋を用意してください」
「ダンテ君。このホテルは危険かね」
「危険ですが、まだ暗いですから、移動する訳にはいきません」
「敵側を探れるかね」
「………しかし、今王女の側を離れる訳にはいきません」
ダンテ団長と補佐のやり取りを聞きながら、俺はその会話に割って入った。
「俺に今夜いっぱい時間を頂けたら、敵側を調べてみせましょう」
「………トール?」
「いや、今すぐ手を打たないと、まずい気がします」
先ほど、敵の魔術師たちを探った時に、魔力の波動は確認している。
それらのデータはすでに記録されているから、奴らを探すのは簡単な事だ。
ただ、一つだけ気がかりな事は、やはりさきほどの青い炎。
あれはただの魔法では無い。俺ですら解除出来なかった、隙間に隠れていた呪いだ。
俺が解除出来なかったと言う事は、俺と同等か、それ以上の魔術師と言う事で、まず間違いないと思う。
「………」
それほどの魔術師の魔力の気配は感じないのに、どこかで誰かが、俺を見ている気がする。
「しかしトール。お前無しで万が一ここが襲撃されたら……」
「……大丈夫です。皆、下の階に籠っていて下さい。絶対にその階から出なければ、問題ありません。俺が結界を張っておきますから」
「……トール、お前……」
ダンテ団長は、少し驚いた顔をしていた。
俺がいつもより、魔力を垂れ流していたからか。
「朝までには戻りますから」
妙な緊張感が、俺を包んでいた。
何だろう、この胸騒ぎは。
暗い夜の港前。ホテルを出たすぐの道の真ん中で、刺さるような寒さを身に感じながら、白い息を吐いた。
俺がホテルを出て来た事で、周囲にいくつかの気配が集まってくる。
それは、ただの魔術師もいたし、妙なうなり声も聞こえた。多分魔族だ。
「………魔族か……」
あちこちの暗闇から、光る目を見つける。
魔術師と魔族なら、魔族の魔力の方が大きいため、すぐに分かるのだ。
俺は顔を上げ、低い声で唱える。
「……魔導要塞………“影の王国”……」
夜の暗闇よりずっとずっと暗い迷宮路が、まるで生き物の様に手足を伸ばして行く。俺を中心に、この町を覆う程の大きな影の国だ。
「誰一人逃すな」
足下で、別の空間の静かな霧が渦を巻いている。
真っ暗な迷宮からは、誰も抜け出す事は出来ない。
これは俺が黒魔王だと言われる所以の魔導要塞の一つ。広範囲を一気に構築でき、狙った獲物を逃しはしない。
時間軸も現実と切り離された影だけの王国で、一度閉じ込められたら俺が空間を解除するまで抜け出す事は出来ない。永遠に影の人形に命を狙われ続ける。
俺は玉座に座って、ただこの空間の範囲内で起こっている事を眺める事が出来る。
我ながら、悪役の魔王ポジションだ。
「久々に座るな、この椅子にも」
目の前に現れた真っ黒の大理石の椅子に座ると、周囲に無数のモニターが現れ、この空間内の状況を逐一垂れ流してくれる。
あちこちで、魔術師が影人形に追われ、応戦するも倒す事は出来ずに居る。魔族も影人形を食いちぎろうとしているが、影が食いちぎられる訳も無く。
「いいか……全員を俺の足下に引きずり出せ。その中に………居るはずだ」
先ほどの、青い呪いの炎を忍び込ませていた魔術師が。
モニターの一つが、少し違った動きを見せた。影人形が俺のオート設定を無視して、異様な動きをしている。
「……術式を書き換えた?」
俺の設定していた術式をいじった様だ。やはり、ただ者ではない。
そのモニターに映るのは、そこらに居る魔術師や、あの男たちと同じ仮面をかぶった者。
ガタイが良いから、男だと思う。
「こいつか?」
俺はそいつの映るモニターを自分の目の前に持って来て、目を細める。
そいつは影人形の前に立つと、ただ人差し指を動かしただけで、影人形の動きとして仕組まれていた術式を書き換える。
そしてただ、まっすぐこちらへ向かって来ているのだ。
この暗い迷路のような空間の中で、俺の居場所が分かっている証拠だ。
「……いいだろう。ここまで来い」
俺はモニターの前で指を鳴らした。
すると、暗い迷宮路に、道しるべとなるような灯がともる。
常に動く迷宮の道を定め、ここまでの最短距離を示したのだ。
モニターの向こうの、その仮面の男が、ふとこちらを見た気がした。
「………」
「………何者だ、お前」
導かれ俺の前にやってきた男は、マントを着て、仮面をかぶった以外は見た目から情報を得られない出で立ちだった。
俺は玉座に座ったまま、そいつを見据える。
「さっき、あのホテルで俺たちを襲った男たちは、お前と同じ仮面をかぶっていたぞ。仲間だろう?」
「………」
「……あの青い炎は、お前が仕掛けていたものか?」
「………いかにも」
今まで黙っていた男が手を後ろで組んで、そう答えた。
声は落ち着いたもので、少しの恐れも感じていない様だ。
「お前……俺が誰か、知っているのか?」
「勿論。ルスキアの顧問魔術師、トール・サガラーム。………それとも、“黒魔王”と御呼びした方が良いでしょうか?」
「…………」
「黒魔王は2000年前の亡霊。今のあなたは、例えその生まれ変わりだとしてももう王では無い。そのような玉座からは降りて頂きたいものだ」
「お前……何者だ」
「私は我が王の、ただの下僕ですよ。かつて王になった事は一度も無い」
「………かつて?」
その言葉で、やはりピンと来た。
顔を見せないその男は、今どんな表情をしているのだろう。
「……お前、魔王クラスだな」
暗い暗い、迷宮の真ん中で、俺は一つの運命と対峙する。
仮面の男は、少しだけ首を傾げ、「さあ」と笑っているだけ。
「俺がこの時代で、まだ会っていない魔王クラスは、3人だ。一人は金の王。二人目は銀の王。そして、三人目は、青の将軍……」
こいつが誰なのか、既に目星はついている。
この中で王ではないのは、ただ一人だけだ。
「お前……青の将軍か……っ」
「……いかにも、黒魔王」
俺は立ち上がり、腰の剣を抜いた。
目の前の男は、いまだに飄々とした態度で、読めない仮面のまま憎らしく笑う。
「おっと、おっと〜……よして下さい。私は別に、あなたと戦いに来た訳ではない。国の用事でこちらへ派遣されたのです。顧問魔術師が我が国家の巨兵を撃退した映像を見ましたので、ちょっと興味がありまして。1000年前巡り会う事の無かった御方々は、いかなる魔王なのか……」
「……我が国家? お前、まさかエルメデスの?」
「何か不思議な事でも? 私は元々、北の者ですよ」
「………そうだったな」
確かに1000年前の青の将軍も、北の大国の将軍だった。
こいつの、常に笑いを含んだような笑いが気に入らない。余裕ぶって、俺が剣を抜いているにも関わらず手を後ろに組んだままだ。
男はそのまま、そこらをうろうろとし始めた。
「しっかし……凄いですねえ、この魔導要塞は。規模も強度も、トワイライトの連中のものとは比べ物にならない。やはりオリジナルは違う」
「………」
「あいつらの魔導要塞は、私にとってはただの砂の城。さざ波で壊す事が出来る。それに比べこの魔導要塞は、その名にふさわしい“要塞”だ。相当な火力と軍隊が無いと攻略出来まい」
「意味の分からない事を言うな。ポエマーか」
「………ええまあ。私は詩人ですよ。それでいて、王に仕えるただの家臣です」
「エスメデス連邦がこの国に入り込んでいる事は知っている。なぜ侵略しようとする」
「なぜって……我が王がそれを望んでいるからですよ。私はあの方の下僕。ただ忠誠を示す家臣。それ以外の何者でも……」
「ええい、面倒くさい言い回しをするな!! 劇団員かてめえは!!」
また仮面をかぶっているから余計胡散臭く見える。
「お前……単刀直入に聞くと、テルジエ家と組んでいるのか?」
「いかにも?」
「あっさり答えやがった、畜生」
やりづらい。正直。
「テルジエ家と言う事は、要するに正王妃と組んで、レイモンド派を陥れたいって事か?」
「そうそう、いかにもいかにも」
「うるせえ、いかにも野郎!!」
「……質問に答えただけなんですけどね」
そして、最後にちょっと笑う。これがムカつく。
俺はイライラを押さえられず、剣を床に叩き付けたい衝動にかられたが、ジェスチャーだけに留める。
青の将軍は、続けた。
「ルスキア王国の王位争いは、実際我が国家としては都合の良いものでして、そこを利用させて頂きました。絶壁の淵に立たされた人間と言うものは、国家の利益より保身や目の前の事にしか頭が回らない。実際、平和ボケしたルスキアの人間など、たいした事は無い。………レイモンド卿が王になると、こちらもやりづらいのでね」
「……はん、レイモンド卿は、やっぱたいしたもんだな」
「テルジエ家を始めとする、正王妃や宰相は、我々の差し出した甘い蜜を喜々として受け入れましたよ。まあ、条件なんかはこの口からは言えませんが、必ずや第一王子をこの国の王に据えると約束しました」
甘い蜜とはいえ、毒入りの蜜だと言うのに。
「とは言え、正王妃は恐ろしい方だ。自分の息子の為に、自分の娘を殺せとおっしゃる。流石に私もびっくりしましたよ。あの王妃様には、迷いは無さそうだった。一刻も早くと、ヒステリックにおっしゃっただけでね。それをきっかけにして、レイモンド卿に責任を追究するのだと。王都を戦場にしてでも、今の状況を覆したいのでしょう」
「……胸くそ悪い話だ。実際、不可能な事なのに」
「そうでしょうか? 不可能を可能にするのが、我々エルメデス連邦のクオリティですよ」
「無茶苦茶だ!!」
まるでセールスマンのような事を言う青の将軍。
魔力を使う気配もないし、剣も抜かないのに、俺は何故か少し圧倒されていた。
とりあえず常に戦闘モードの脳筋エスカとは真逆のタイプ。
「おっと……そろそろ行かねばなりません。私もね、忙しいんですよこれでも。一応一国のお偉いさんですからね。………そうそう、ルスキアには、他にも魔王クラスが居るのでしょう? 楽しい戦争になると良いですねえ」
「……お前……何を考えている!!」
「あ、もしもし? はいはい、今すぐ行きますから、そう急かさないで下さい」
青の将軍は懐から通信用ラクリマを取り出し、既に別の誰かと話している。
ここは別の空間なのに、繋がっているとはどういう事だ。
「あれ、やはり電波が悪いとみえる。後でかけなおします」
「……おい!! まだ話は終わってないぞ!!」
こちらに背中を向け、ここから去ろうとする。
俺は舌打ちして、その男の背中に斬りかかった。その瞬間、くるりと体勢を整え、腰にさしていた青い柄の剣を抜き、俺の剣を迎え打った。
「背中からとは、黒魔王にしては卑怯な事をしますね」
「このくらい、かわせない奴が魔王クラスの訳無いだろ……」
「と、思うでしょう?」
奴はなぜか、剣に込めていた力を一気に緩め、俺に胸からばっさり斬らせた。
「!!?」
「……あなたには、呪いの炎をプレゼントしましょう」
俺が一瞬の隙を見せた時に、奴は人差し指を俺に向け、青い炎をじわりと灯した。
やばい、と思ったのもつかの間。青い炎は一瞬で俺を包み込んだ。
ニヤリと、奴の笑う顔が見えた。
「………」
「…………?」
しかし、何事も無かった。
俺は確かに炎に包まれたはずなのに、その炎は一瞬で消えたのだ。
「……何…?」
俺は、赤い光に包まれていた。
青い炎は紅の力によって、相殺されたのだ。
青の将軍は、流石に少し動揺していたようだった。
俺は一瞬で、その力が誰のものなのか理解した。胸元に付けたブローチが、淡く光っている。
これ自体は王女に貰ったものだが、それを包む赤い光は………マキアのものだ。
「あ」
思い出す。そう言えば、以前このブローチをマキアに見せた時、マキアは指を切って血を流した。当然このブローチにも血が付着したのだが、その時、あいつは何か仕掛けていたのだ。
ルルー王女によってブローチの上に刻まれていた名前を上書きする様に、赤い文字が浮かび上がっていた。
そこには、こう命じられている。
“トールを傷つけることなかれ”
「………マキア……っ」
マキアアアアアアア!!!
心の中で、叫ぶしか無い。あいつは本当に凄い奴だ。
ちょっと泣きそうだ。
青の将軍はさっきから無言だったが、その赤い光を仮面の向こうから見つめ、やがて身震いする様子で笑った。
「これは驚いた……っ!! ええ本当に。これ、紅魔女の命令魔法と言うやつでしょう? まさかこんな所で、その力の鱗片をお目にかかる事が出来るとは……っ。いやはや、鳥肌ものですよ」
興奮が抑えられないと言う様子だった。胸を斬られたばかりなのに、さっきから血を垂れ流したまま赤い光を目の前にはしゃいでいる。
確かに、マキアの命令魔法は特殊で、滅多にお目にかかれるものでは無いが。
流石に、俺が身につけたブローチごときの情報量では、青の将軍の魔法を一度防ぐのだけで精一杯だっただろう。そのブローチは割れて地面に落ちた。
俺は相手が惚けているその隙を見て、剣をまっすぐに相手に突き刺した。
全くもって、隙だらけだった。
「……ふふ。この“体”を殺しても、意味は無いですよ」
「………分かっている。お前、この体はただの操り人形だろう。本当の青の将軍は、別のどこかに居るんだ」
「気づいていたのですか? そうです。これは私の意識を分散させ、入れ込んだただの器です。私の魔法は、言ってしまえば“分け与える”魔法ですか……ら」
「………」
やがて、その体はガクリと力を失い、その場に倒れ込んだ。
仮面を取ってみると、それは見知らぬ強面の男で、先ほど会話をしていた青の将軍のイメージとは異なる。でも、確かに生きていた人間だった。
俺は血の付いた剣を引きずりながら、黒い玉座に座った。
「……はあ」
ため息と共に、ドッと襲いかかった疲れ。
青の将軍……あいつはその力のほとんどを見せる事は無かったが、とてもやりにくい奴だった。
空間にチラチラと残る赤い光を、ただぼーっと見送りながら、先ほどブローチの付いていた胸元を押さえた。
そしたら、今朝マキアの為に買ったイヤリングの包み紙がカサッと音を立てたから、俺はやはり思うのだ。
今すぐにマキアに会いたいなと。