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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第三章 〜王都要塞編〜
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13:トール、こっそり愚か者。



ヴェレットという港町は、俺の住んでいたカルテッドとは比べ物にならないくらい、大きな町だった。

まず小汚さが無く、整備が進んでいる。カルテッド程、ごちゃごちゃしていないのだ。


「見て下さい、トール様。大きな船ですわね」


ルルー王女が馬車の窓から見える船に、少し興奮していた。ミラドリードだって港のある王都なのだから、珍しいものでもないのに。


「ルルー王女は、ヴェレットへ来るのは初めてなのですか?」


「……ええ。お母様の故郷だと聞いた事はあるのですが、私は連れて来て頂いた事はございません。そもそも、あまり外に出しては貰えなかったので。でも、やっとこの歳になって、王女としての御公務を頂けたのですから、頑張らないといけませんわね」


王女はニコリと笑って、どこか嬉しそうにしていた。

王女として働けるのが嬉しいのだそうだ。


「あの……正王妃とは、お会いする事があるのですか?」


「……いいえ、私がお母様と顔を合わせた事があるのは、もうずっと前の事です。母と娘は、あまり顔を合わせられないのがルスキア流だと聞きました」


「………ほ、ほお」


そう言う事になっているのか、本当にそうなのか。

そう言えば、前のご帰還パーティーにも、第一王子の陣営は来なかったな。


「でも、きっと私がしっかり公務をこなしていれば、いつかお母様にもお会いする事もあると、聞いています。だから頑張るのです」


「…………」


俺は心の中でため息をついた。

このお姫様は、自分が母に突き放されている事を知らないのだろうか。


何も知らずに、母に幻想を抱いているのなら可哀想な事だ。でも、母に疎まれている事を知るより良いのかもしれないけれど……。


「あ、トール様。見て下さい、異国のお店ですわ!!」


「………ああ、あれは東の移民の露店ですよ。東からの輸入品を売っているのです」


「少し、見てみたいのですが……」


ルルー王女は馬車を止めさせ、興味津々で異国の露店を覗いた。

俺たち騎士は厳重に王女の周りを囲んで、王女が露店の品物を見たり、何事かと挙動不信になっている露店商人に話しかけたりしているのを見守った。


こうしていれば、ルルー王女は普通の良き王女に見える。

やはり気品は隠し様も無いものだし、王室の独特のオーラがある。


「トール様、見て下さい!! これはいったい何なのでしょう?」


「………はい、何でしょうか」


ルルー王女は東の大陸の輸入品を覗きながら、興奮した様子で俺を呼んだ。

俺は側に行く。


「ああ、それは東の大陸のくしですよ。琥珀製でしょうか……要するに髪をとく物です」


「……美しい飴色ですわね」


王女はその透き通った飴色の櫛が気になったようだった。

どうやらこの露店は、小物を売る店の様だ。


他にも、翡翠のアクセサリーなどが売ってあって、王女は双子のメイドと共に女性らしくそれらに瞳を輝かせている。

異国風の装飾品は、王宮の姫とは言え、珍しいものなのだろう。


「………あ」


ふと、露店の脇に並べられているイヤリングのコーナーが目に入った。

小さな石の、質素なイヤリングが並べられている。きっとそれほど高価なものでもないのだろう。割と適当に並べられているから。


その中の、赤い雫型の小さなイヤリングが目に入った。

赤を見ると無条件でマキアを思い出す事があるが、今まさにそんな感じだった。ふと、あいつに似合うかどうか考えてしまう。


「………」


そして思い出した。

マキアは自分のお気に入りのイヤリングを無くし、色々と不便そうにしていたっけ。


いやでも、こんな露店で買った適当なイヤリングをあいつは欲しがるだろうか?


「………」


俺は周囲を若干気にした。

王女は今、花模様のカラクリ宝石箱を見て楽しそうにしている。


騎士団の者たちも、王女を見たり、周囲に不審な者は居ないか神経を研ぎすませている。


「………お、親父っ!! これを貰いたい。いくらだ」


俺があまりに小声なので、何やら察した露店商もまた小声で、


「へい。このくらいでございます」


と、指を7本立てる。

俺は急いで金を取り出して、こんな仕事中に女へのプレゼントを買ったりする。何と言う愚か者。


幸い親父が空気を読める奴で良かった。あんたの店は、きっと繁盛するよ。

受け取ったイヤリングの包みを風のごとく胸の内側のポケットに仕舞うと、何食わぬ顔で王女の側に寄って行ったりする。


実はその様子をメルビスだけ見ていて、彼女は笑いを堪えていた。









ルルーベット王女は、その後テルジエ家の当主とご夫人に挨拶に行った。

表向きは、やはりとても高貴そうな紳士と淑女。確か、今のテルジエ家当主は、正王妃の兄であると聞いている。


要するにルルーベット王女の伯父にあたる訳だ。


王女は初めて会う伯父夫妻に緊張していた様子だったが、共に来ていたレイモンド卿の側近の、アーバン副王補佐が上手く話を盛り上げていたから、その場はとても和やかなムードに。

しかし、お互い腹の内は見せない異様な空気の漂う会合だった。王女だけが、母方の親戚の輪の中に入っている事に緊張と喜びを感じていた様子だった。


会合は特別重要な会話があった訳ではない。取るに足らない世間話だけだった。

テルジエ家の夫妻は、テルジエの屋敷に泊まって行く様にと王女に言っていたが、アーバン副王補佐は、笑顔でそれを拒否。


「大変ありがたい申し出なのですが、我々なにぶん、港のホテルを貸し切ってございます。レイモンド副王が、どうしてもあのホテルの海老料理を王女に食べさせたいと言って聞かないもので、はい」


手をこねこねしながら、補佐はそのように言った。

でも丸い眼鏡が光っていて、どこか怖い。さすがあのレイモンド卿の補佐をしている男だ。見た目はいかにも窓際族のおっさんっぽいのに。








港の王立ホテルは、テルジエ家の管理から独立した国営のホテルだ。

レイモンド卿は隙を見せるつもりは無さそうだ。


王女が部屋でお休みになったのは、随分早い時間で、慣れない御公務やテルジエ家の訪問で疲れが見えたのだろうと思う。


「トール……こっそり買っていたものは、マキア嬢へのプレゼントか?」


休憩室でメルビスが、温かいコーヒーを持って来てくれた。

俺がソファに深く腰を沈め、ぼんやりしていたから。


「見ていたのか………なんでマキアへのプレゼントだと?」


「誕生日が近いだろう。今まで何度、スミルダ様について行ってマキア嬢の誕生日パーティーに行ったと思っている」


「………そうだったな」


メルビスは鎧を着ていないラフな装いで、向かい側のソファに座ってコーヒーにミルクを入れていた。

ダンテ団長の分である。


「あの人はミルクを沢山入れないとコーヒーを飲めないのだ」


と言って。メルビスは本当に面倒見が良いと言うか、気の利くお姉さんだ。

今丁度、王女の部屋の前で警備をしているダンテ団長に持っていくのだそうだ。



そんな時だった。

いきなりガラスの割れる音がしたかと思うと、王女の甲高い悲鳴が隣のこちらの部屋まで聞こえた。


メルビスと共に急ぎそちらへ向かうと、既に王女の部屋は開け放たれ、中でダンテ団長が剣を振るっていた。

仮面をかぶった男が3人程いて、そのうちの一人が団長と剣を交えていた。


王女は双子のメイドに庇われ、壁際まで下がっていたが、既に一人の仮面の男が近づいている。


「王女!!」


俺は剣を腰から抜いて、その男に斬りかかった。


「メルビス!! 王女を!!」


「わかった!!」


メルビスは王女を連れ、部屋から脱出するが、残り一人の男が彼女たちを追う。


「くそっ」


雑魚共に手間取っている場合では無い。

俺は剣を一度強く振って、相手の足場を崩すと、右手の甲をかざし、半透明の結界の檻を作って閉じ込めた。


「そこで待ってろ、後で全部吐かせてやる!!」


そう言って、団長の方を見た時だった。

仮面の男は団長の怪力によって剣を吹っ飛ばされた所だったが、懐から銃を取り出し、構えている。

見た所異国の魔導銃だ。


しかしダンテ団長はそれを恐れもしないで、銃口に掴み掛かり、叫ぶ。


「おい、トール!! 俺の事は良いから王女を!!」


団長は銃を奪い、仮面の男の仮面に掴み掛かり、肉弾戦に突入。奪った銃を使えば良いのにそこらに投げ捨てる。

団長は魔力のほとんどを肉体強化に費やしているらしいが、いかにもな戦い方だ。


これはもう、魔導銃も剣もあったもんじゃない。


俺はその場を団長に任せ、王女を追って部屋を出た。









「メルビス!! 大丈夫か!?」


俺は王女たちに襲いかかろうとしていた、最後の仮面の男を背中から斬ると、そのまま結界に閉じ込めた。

殺しはしない。黒幕が誰なのか、はっきりさせないといけない。


「トール……そいつら、異国の武器を使う様だぞ」


メルビスは右腕を銃で撃たれていた。

王女はがたがたと震え、側に居るメイドにすがりついている。


「メルビス、すぐに治療しないといけない。それは魔導銃だ。かすっただけで傷は広がっていく」


「大丈夫だ。魔術による侵蝕なら、魔術で止められる」


メルビスは既に、自分の術式を右腕に仕掛けているようだった。

ダンテ団長と違って、メルビスは細かい術式を使いこなす、魔術師としても優秀な人材だ。

いかにも白魔術師らしいと思う。



俺は、結果内に閉じ込めた男の仮面を外し、問う。

髭面の彫りの深い顔の男だった。いかにも雇われの……東の難民のようだ。


「おい、お前たちはいったい誰の差し金でこんな事をしている」


「………」


「だんまりは想定内だ。……見た所、お前の体内には、言ってはならない事を言った場合、即死ぬ様に術式が仕掛けられている。そんな奴の口を割る場合、どうしたら良いかわかるか?」


「………知らねえよ。俺は言われた通りやったまでだ。報酬がでかかったんでな」


「………」


男の瞳は、既に死を覚悟している。

俺は小さく息を吐くと、右手を掲げ、いくつかのキューブを生成した。


どこかできっと、敵側の魔術師が様子を確認しているはずだ。

何人居るだろうか。


キーン……


高い音が、円を描く衝撃となって、ホテルからその外へ響いた。まるで音波の様に広がって行く。

魔術師はその魔力の気配を、全て消す事は出来ない。


「………ホテルから200メートル先に二人。さらにその向こうに数人。結構居るな」


「はん……兄ちゃんも魔術師かい? 奴らは俺ら罪人を、使い捨ての駒だと思っている。ボロなんて出しゃしねえぜ?」


「ボロは出すもんじゃない。見つけるもんだ」


俺はその男の胸に手を当てた。男は殺されると思って「ヒッ」と声を上げる。

男の体内の術式を読み込み、側に出した半透明のモニターで解析させる。格下の魔術師の術式なんて、たいした事は無い。

一つ一つを丁寧に解読し、解いて行けば良いだけの話だ。


「……精霊魔術による術式縛り………それ以外に……ん? 呪術?」


「呪術?」


メルビスは、俺が不思議そうに呟いた言葉を拾った。


「ああ。呪術の痕跡がある。……しかし、呪術は黒魔術だ。ルスキアの魔術師に黒魔術師がいると言う事か? いや……他国の魔術師か?」


思いの外、敵側の他国干渉は大きいと見える。

俺はそれらを一つ一つ解除して行って、再び男に掴み掛かった。


「さあ、お前を縛る術はもう無いぞ。何もかも言ってしまえ」


「……ひひっ……お前、俺ん中の術、取っちまったのか?」


「そうだ。ちなみに解読した結果、お前に術をかけた者たちと、今外をうろついている魔術師たちが同じ魔力の波動を持っているというのも分かった。……お前、東の難民だろ。こっちに来てやらかした犯罪者って所か。雇い主に忠誠心も思い入れも無いなら、言ってしまった方が楽だと思うが……。言わないなら、このメディテ家特製の“頭がパラパラになる薬”を使って吐かせるぞ!! 怖いぞ、これは」


「………」


俺がどこからとも無く取り出した薬に男は青ざめ、何か言おうと口を開いた時だった。

いきなり男が悲鳴を上げ、全身を青い炎に包まれる。


「……っな」


男の周りに結界を張っていたので俺たちに被害は無かったが、俺は不可解で仕方が無く、頬に冷や汗を一つ流す。



先ほど俺は、ちゃんと術式を解除したはずだった。

周囲の魔術師の数も確認し、気をつかっていたはずだ。


何かを、見逃していたのか?

ありえない。



王女はあまりの衝撃に、泣き叫んでいる。

当然だ。あまりに強い火力によって、男は無惨な姿になっていった。


俺は歯を食いしばり、手をかざし、そのまま握りしめる。

無惨に半溶した男の屍事、結界を圧縮し、消滅させたのだ。


まるでそこには、元々何も無かったかの様に。



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